今度の4人の庶民感覚のかたがたは全員ヘッドフォンで何かを鑑賞なさりながら、ケータイのメールを使っていらっしゃる。
同時に4人の他人が同じことをしていらっしゃるので、きっとそういう方のための優先席なんだろう。
ケータイでの作業が終わったらしい方から、順にお休みになります。
ヘッドフォンをしていらっしゃるので、他人の、少々の声には邪魔されません。
お休みですから、どんな方が乗車されても見えませんから、邪魔されません。
今度の4人の庶民感覚のかたがたは全員ヘッドフォンで何かを鑑賞なさりながら、ケータイのメールを使っていらっしゃる。
同時に4人の他人が同じことをしていらっしゃるので、きっとそういう方のための優先席なんだろう。
ケータイでの作業が終わったらしい方から、順にお休みになります。
ヘッドフォンをしていらっしゃるので、他人の、少々の声には邪魔されません。
お休みですから、どんな方が乗車されても見えませんから、邪魔されません。
状況説明から・・・・・・
10時出勤くらいの時間の電車。
座席はほぼ満席。
つり革使用率約70%。
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私が電車に乗り込むと、ほぼ前述の状態だったので中ほどへ進んで7人がけの座席の中央あたりに、立った。
何気なく優先席方向を見る。
4人がけに4人座っていて、真ん中の二人の男がケータイメールらしき作業をしている。
私はいったんは顔を背けたが、このままにしてはいけないと、小さな勇気を振り絞ってその二人に向かって歩き始めた。
ちょうどいいところに、車内放送がかかった。
「―――優先席付近では携帯電話の電源を・・・・・・」
もちろん庶民感覚のお二人は、そんな放送があってもびくともしない。
私は二人の前に立ち、顔を近づけて、
「放送、聞こえたんすか?」と問いただした。
一人はあわててパタンと電話を閉じてポケットへ。
もう一人は、少しからだが大きいからか言うことを聞きたくない風の躊躇を見せたが、ケータイを閉じて、しまった。
二人ともいったん目を下に向けた後、覗き込むように私の顔を見直して、もう一度目を伏せた。
その後、一人がわざとらしく窓ガラスを振り返り、「優先席、だったのか・・・・・・」と小さな声で言い訳をした。
丸の内北口に憧れの靴磨きがふたり並んで出ていた。
今日の私の靴はもう20年も前から履いているもので、ひびも割れているし雨のシミなどで色もまだら。
長い間待ち続けていた出会いの時。
私が椅子に腰をかけようとすると「こんにちは」と顔を上げて意外な挨拶。
なれない足つきで靴磨きの台に足を乗せる。初めての経験。
私を担当してくれる職人さんと隣の職人さん、顔が似ている。
親子?
父はおもむろに私の靴にクリームを塗り始めて、間もなく、かかとのゴムが「危機一髪。滑り込みセーフ」と、張り替えを薦めてくれた。
隣に座っている方も、同じようにかかとのゴムを直してもらっている。
でも、ヒールの全面が、黒いゴムである―――。
なぜか「お願いします」とすぐに返事をしてしまった。
ご覧の通り、ヒールの皮革ごと、引っ剥がされてしまった。
そのよどみのない動作を見ていたら、すっと気持ちは落ち着いて、不安と不満のほとんどが吹き飛ばされた。
あとはその職人技を拝見するのみ、である。
隣では身の上話が始まっている。
「―――二代目なんです」
「―――継ぐ人がいなければ」
などという声が聞こえている。
父は10本ほどの釘を口に含んで一つひとつ取り出しては打ち付けてゆく。
「素晴らしい靴だね」を連発してくれる。
「いやあ、もう20年も履いていますから」
「いい皮革は透明感の高い仕上がりになるんだよ」
その仕上がりが、この通りである。
かなり気恥ずかしい。
まだ時間があったから洋品店を覗いたが、今風のシェイプではない靴をピッカピッカにして履いているところをおしゃれな店員さんに一瞬で見極められながら奥へ進み続けることができずに、出てきてしまった。
どうしても写真が撮りたかったが、なにせピッカピッカだから、撮影している様子を見られる覚悟ができずに、歩いて時間をつぶした。
打ち合わせ先へ5分前について応接に通されると、あわてて撮影した。
約束はあさって、だった。
市ヶ谷の旧日テレ通りの吉野家さんには、よくお世話になっています。
朝はスタッフは少なく、忙しいのでしょう。給仕の中国人らしい人は笑顔のひとつも見せてくれずに、カウンターも拭きません。
汁やら紅しょうがのかけらやらが箸の箱や紅しょうがの入れ物に飛び散って張り付いているままです。
昨日初めてランチでお世話になりましたら、マネージャーらしき女性がいろいろと指示を飛ばしていました。
しかしこの方、まわりを見ません。
ほとんど顔を上げません。
私が注文した生卵の器の底に卵の殻のかけらがありました。
箸の先で追い回しましたがなかなか捕獲できません。
指を突っ込んでも無理でした。
今度は器を持ち上げて箸を一本だけ握り、箸の先で押し付けて器のふちまで追い出そうと悪戦苦闘していました。
クレームをいえば、取り替えてくれるのかもしれません。
悪戦苦闘している私の器を持つ手の左10センチくらいにある紅しょうがの入れ物を、そのマネージャーらしき人が、
「失礼します」といって交換しました。
どこもみずにです。
私が悪戦苦闘しているのも、気がつきません。
気がつかないふりなのでしょうか?
きっと仕事が終わったら、自分の仕事に満足して、「人を使うのは大変だわ」とかいいそうな感じに見えてしまいました。
まして、「お客様に満足していただくためには?」なんてことは考えそうにもないように見えてしまいました。
いまは桜がきれいな親水公園は、四季折々の木々を眺めながらの散策を楽しむ周辺住民の憩いの場所です。
自転車を走らせている庶民の女性の右奥に見えるオレンジの看板には、「自転車の走行は危険ですから禁止」と書かれています。
これから電車に乗ろうとホームに向かう階段を上がろうとすると、駅に到着した電車から人があふれて我先にと改札を目指して階段を降りてくる。
「のぼり」とか「くだり」などとかいてあっても、関係ない。
のぼりとくだりが手すりで分かれていても、関係ない。
急いで電車に乗りたい人が上り階段を上がってきていても、関係ない。
庶民感覚の群集に押されて、のぼりはシャットアウト。
わずかばかりの抵抗と上を見上げて降りてくる群衆を睨んでも、何の効果もないようです。
「この座席は7人がけです。ゆずりあってご利用ください」
こんなこと書いてあっても、庶民感覚のかたがたにはまったく効果がありません。
庶民感覚では、7人がけの座席の使い方は、ご覧の通り。
通勤時などの混雑時は、ほとんどの座席は6人がけになります。
5人がけになっている座席の前で、どなたかが、「スミマセン」と場所を空けてもらって座ると6人がけになるわけです。
近頃の座席のほとんどが、他人のことは気になさらない庶民の皆さまのためにわかりやすく、ひとりあたりの座席ごとにくぼみがついていたり模様がついていたりします。
しかし庶民感覚のかたがたにはまったく効果がありません。
新聞を広げたり股を広げたりしながら庶民感覚の皆さんはどんなお気持ちなのでしょう。
「大辞林 第二版 (三省堂)」より引用させていただきます。
しょみん 【庶民】<
(1)一般の市民。社会的特権をもたないもろもろの人。
(2)貴族や武士に対して、一般の人々。平民。庶人。
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この辞書の通りとすれば、今やニッポンに「庶民」なんていないはずと言い切ってもよいでしょう。
いやいや、と自らを庶民と自覚しているかたがたは反論するでしょう。
「われわれ庶民からすると~」なんて、収入が低いのも教養が低いのも運気が低いのも地位が低いのも志が低いのもすべて庶民でない人のせいにしようとするのが、諸悪の根源である「庶民感覚」です。
江戸川区は小松川境川親水公園の2006年3月25日の桜です。
私はこの桜を見上げながらお弁当とお酒を持参して花見をしました。
この桜の木に縛り付けられていたのが、場所取りの札とビニールのひも。
われわれが座っている正面に見えます。
三月二十六日(日)
この場所をお借りいたします。
江戸川 明るい社会づくりの会
桜の木6本分にビニールのひもが縛り付けられていて、ばたばたと音を立てています。
この日のお昼にお弁当をひろげていたのは私たちだけで、通りかかる年寄りに「まだ早いね」と声をかけられました。
気の利いた人がひとりいて、「きょうは、気持ちいいね」と声をかけてくださいました。
「まだ早い」この日の夜にお花見をする人がいるかどうかはわかりませんが、「江戸川 明るい社会づくりの会」のことがさらに有名になることは、間違いないでしょう。