2024年7月30日(火)~8月2日(金)

 

 リボーン洞戸に滞在しました。

 初日に到着すると、船戸先生の診察を受けることになっています。

 船戸先生はもともと外科の名医でいらっしゃるので、CT画像を基に外科的なお話をされるのかと思っていました。

 しかし、心の問題を指摘されたのです。

 「そもそも左胸が乳がんになるのは、母との関係が関係している」とおっしゃいました。

 「それが解決していないから、鼻のがんにもなったのでははてなマークという見解をされたのです。

 母との関係が良くないことが、様々なことが自分が思うように上手くいかないことと関係しているのではなかと、私自身気づいていて、ここ1~2年は改善しようと努めてきました。

 しかし、相手あってのこと、なかなか思うように改善できていない状況だったのです。

 

 また、「佳子さんがそのお母さんを選んで生まれてきた。なぜ、そのお母さんを選んだのかはてなマークという質問をされました。その場では、その答えは分かりませんでした。でも、その答えが分かったらがんは治るビックリマークそう思えたのです。

 

 

 滞在中はいくつかセラピーを受けたり、ワークに参加したりしました。そして、その合間になぜその母を選んだのかはてなマークずっと考えていたのです。しかし、なかなか答えは見つかりません。

 

 3日目の朝、近くの滝まで歩いて行っていたとき、船戸先生からの質問の答えが分かったのですアップ

 私は平凡な人生は嫌だと思っていました。それで、振り幅の大きい人生を送るために、その種を提供してくれる岡部雅子(母の名前)のもとに生まれてきたんだということに気づいたのです。

 それが本当に正しいかどうかは分かりません。しかし、私自身、すごく腑に落ちました。

 

 では、これからどうするかはてなマーク

 ここ1年ぐらいはやってきたけれど、これからも私が母に対して良かれと思うことをやっていこう。その時に、母がどんな反応や態度をとったとしても、腹を立てたり、イラっとしたり、ショックを受けず、受け流していこう。と言っても、すぐには難しいと思うけれど、努力しよう。

 

 がんになるずっと前、若いころから人生60歳で良いと思っていました。それは、汚く醜くなって長生きしたくないと思っていたからです。

 60歳という設定は父が「60歳まで生きられたらいい」と言っていた影響かもしれません。

 しかし、やはりあと2年でまだ死にたくない。やりたいことや夢がいっぱいある。

 60歳は0歳。60歳から新たな素晴らしい人生がやって来ると信じている。

 絶対にがんは消えるビックリマーク

 

 今回のリボーン洞戸での滞在で、船戸先生にカウンセリングをしていただいたおかげで、大切な気づきを得ることができました。これは、とても大きな進歩です。

 思い切ってリボーン洞戸に行って、良かったですニコ