北京帰りじゃんすが東京に慣れるまで

先日、市役所から祖父母以前の戸籍謄本を取り寄せたら200年以上先祖を遡れたこと書きましたが、その情報を基に家系図を作成してみました。


曾祖父母以前は名前も知らなかったので、実に面白かったです。


謄本には生没年が記載されているのですが、少し前までは3歳までの死亡率が高かったことに気づきます。 「母子ともに健康」というのは少し前まではすごく有り難かったことだと分かります。
曾祖父の前妻は二男を死産して、自身も亡くなっていました。
私の曾祖母はその2年後に嫁いでいました。


自分の子供から数えて9世代(平成~寛政)、登場人物約250人、この組み合わせのどれか1つが違っても自分が存在しなかったと考えると不思議な感じです。

明治の文書は旧字や崩し字も多く、解読できない部分が数か所あったのですが、実家の母に見せたら全部即時に解読してくれました。


今回、たまたま手にした本をきっかけに先祖遡りをやってみましたが、なるべく親世代や祖父母世代が生きている内にやったほうが資料に無い情報が聞けて面白いと思います。普通は遺産相続絡みや定年後の趣味でやる人が多いようです。

また、自分の血のほとんどは栃木だと分かりました。
祖父母以前はすべて栃木(宇都宮、鹿沼、日光あたり)で婚姻関係を結んでいます。
よく、島の血は濃いといいますが、明治以前はどの地域でも似たようなものだったのでしょう。

これ以上遡る方法も手間はかかりますが、いくつかあるのでぼちぼち進めています。
時間旅行をしているような不思議な感覚ですが、楽しいものです。
これ、ライフワークになりそう。

いくつか仮説を立てているのですが、その点と点が結びついたらさぞかし快感だろうと思います。

また目立った進展があれば、続報書きます。



最近読んだ「先祖を千年、遡る」という本で、直系先祖なら明治19年式戸籍まで遡ることができ、かなりの確率で江戸時代の先祖を知ることができると書いてあったので早速実践してみました。



といっても祖父母の本籍地の市役所に郵送で戸籍(または除籍)謄本の取り寄せの依頼をするだけです。定額小為替を多め(5000円分)に入れて送りました。




住民課の方もこのような依頼が多いのか、手慣れたもので、

「では、いけるだけいってみますねー。父方4通、母方4通ですので、計6000円です。1000円分足らないので郵送ください」とすんなり進みました。


そして、先日、父方、母方の遡れるだけ遡った戸籍&除籍謄本が届きました。




自分の場合は両親ともに栃木(しかも同じ市)で、先祖もずっと栃木だったようなので比較的容易でした。

結果としては、自分の子供から計算して最高9代分遡れました。


父方は高祖父の祖父(ひいひいひいひい爺ちゃん)まで遡れ、なんと文化14年生まれ。


といってもピンとこないので、西暦を調べたら1817年。

母方は高祖父の父までで、天保元年(1830年)生まれ。

最高は文化12年(1815年)生まれの父方祖母の曾祖母の父親。

1815年生まれの親だから1790年生まれくらいかと察します。



直系先祖の他に、兄弟姉妹やその配偶者も記載されているので、明治どころか慶応、嘉永、文化、文政生まれがごろごろいます。


坂本龍馬の一回り上の先祖まで普通に遡れるなんて、日本の戸籍管理システムはすごいな、と。


ひいひいひいひい爺ちゃんは天保の改革の時どんな影響を受けたのだろう、などと思いを馳せるのも楽しいものです。




戦死した場合はその旨も記載されています。大伯父の箇所に昭和141219日に「湖北省鐘祥県長嶺北側高地ノ戦闘ニ於テ戦死」と記載されていました。中国で亡くなっていたとは知らなかった。しかも、1219日は僕の誕生日です。



この戦闘についての情報がないか日中両方の検索エンジンで調べてみましたが残念ながらヒットせず。もちろん大伯父の名前でもヒットせず。歴史に残るような戦いの裏には名も無い戦闘で命を落とした無名の兵士が無数にいるのだなと。

大伯父は27歳でした。ちなみに、中国の方が日中戦争に関する情報は多いです。





明治19年式より前は、明治5年式があるのですが、ここには所謂「士族」「平民」といった身分の記載や「妾」といった記載もあるため公開はされていないようです。さらに遡りたい場合には、謄本から分かる総本家に連絡を取ったり、菩提寺で過去帳を見せてもらったり、という手があるようです。



当たり前のことですが、自分が今存在することは、父母がいて祖父母がいて、さらにその父母が、、というように繋がっているわけですが、200年間でも実際に名前を見ることができると、それを実感します。



江戸生まれでも、「一郎」「義久」「マキ」のように現代でも普通の名前のご先祖様がいて、子供の名付けの前にこれを知っておけば参考になったなと思いました。


謄本に記載されている人数は直系尊属だけでも20数名、親戚も含めれば100名以上。祖母、曾祖母の旧姓や女性先祖の嫁ぎ先も記載されているので、その苗字も数十あります。日本人皆親戚みたいなものですね。



予想外に情報が集まったので、家系図みたいな形に一旦整理してみようと思います。

明治19年式の謄本は読めない漢字や平仮名もあるので、これも解明したいな、と思っています。



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海音寺潮五郎の代表作「天と地と」。
1960~62年に「週刊朝日」で連載された歴史小説です。
もう半世紀前の作品になるわけですが、名作は色褪せませんね。

主人公は上杉謙信。
上巻は父親がメインで展開します。
山岡荘八の「徳川家康」も家康の祖父から始まりますが、こういう手法は主人公の背景情報がよく理解できるので好きです。

子供の五月人形、上杉謙信にすれば良かったな。。


ちなみに、子供の頃観た大河ドラマの印象が強いからか、上杉謙信といえばガクトではなく柴田恭兵です。

一騎打ちのシーンは強烈に記憶に残っています。


余談ですが、柴田恭兵さんはエキストラに優しいんですよ。

昔エキストラのバイトをしていたとき、エキストラ仲間内で評判でした。




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たまたまこの2冊を同じタイミングで読んだのですが、読み合わせとして最高でした。

順序としては、「明日の広告」を先に読んだ後、「戦略PR新版」の流れが良いと思います。

消費者を取り巻く環境が変化する中で、コミュニケーションもそれに対応しなくてはなりません。

最近、広告とPRの境界線がどんどん無くなっていっていると感じます。

この2冊はその象徴ですね。
この流れは今後も続くのだろうと思います。

おすすめ度:★★★★(5★が最高)

























おそらくこの本のタイトルに興味を持つ読者は広告関係の方々だと思いますが、内容は広告業界以外の方にとっても何かしら制作に関わっている方であれば(ビジネスの企画書等でも)非常に役立つものだと思います。

特に印象に残ったのは下記3点。
1.「なんかいいよね禁止」で常に「なぜ」を考える
良い映画を観た時、「いい映画だった」という感想で終わらせるのではなく、どこが良かったのか、なぜ感動したのか、という「なぜ」を考えること。受け手とつくり手の違いはこの点にある。受け手は一生「なんかいいよね」を言い続ける。

2.いいメチャクチャと悪いメチャクチャ
破天荒なアイデアであっても、本来の「目的」の達成を目指したものは良いメチャクチャ。いいメチャクチャははじめは的外れでも、大きく化ける可能性がある。ルールを破りたいだけの表現は悪いメチャクチャ。

3.ウソを見抜けないと人は動かせない
「アイラブ東日本」のウソでの一節。アイラブ東京、I LOVE NYのようにその都市を愛している人は実在するが、アイラブ東日本のように日本の東側半分だけを愛している人などいない。「本当にこう思っている人はいるのだろうか」と考えることが大事。


一旦読み始めたら、あまりの内容の面白さに一気読みしてしまいましたが、読みながらも「そもそも、コピーだけで物を買うことなんてないのではないか」という穿った考えがありました。

ですが、大学の頃「そうだ、京都に行こう」に影響されて、青春18切符で京都に行ったことを思い出しました。大学2年の夏休みのある日、仲間3人でファミレスで昼飯を食べているときのことです。1人が「夏休みだし、どっか行きたいよなー」と言い出し、もう1人が「そうだ、京都に行こう!」と言いました。当時、このCMが流行っていたこともあり、大いに盛り上がって、その場のノリで18切符を買って京都に出発してしまいました。思いっきりコピーに動かされていたわけです。

おすすめ度 ★★★★★(5★が最高)