いつか夜空で

いつか夜空で

OFO's Weblog

 

昨日はいそいそと秋葉原へ出掛け、修理が完了した無線機を無事に受け取って来た。

事前に想像していたよりも修理費は高かったが、家に持ち帰ってアンテナを繋ぎテストしてみると、外部スピーカーを通して日本全国からの電波が元気一杯に聞こえ、直して良かったと感じた。

せっかくお金を掛けたんだから、もっとアクティブにオンエアーせにゃあかんなぁ~

 

店頭にて修理内容の説明を受け、支払いをしながら店員さんと話をしたのだが、今や出力200Wの申請をするとなると、少々面倒になってしまったらしい。

曰く、「あれこれ書類の提出を求められる」とか…

知らなかったなぁ。 まぁ、自宅から200Wも出そうと考えた事すら無かったので、気にもして居なかったんだけどね。

 

ネットで検索してみると、総務省・関東総合通信局のページに「ハイパワー(空中線電力200W超)の申請について(アマチュア局)」という記述を見付けた。

なるほど、以前の500W超(例えば1kWとか)の申請と同様。 つまり出力の閾値が下げられ、より「うるさく」なったって事だ。

 

「200Wを超える無線設備に係る申請については、開局申請・変更申請いずれの場合でも下記の書類を提出して下さい。

1 開局申請書又は変更申請書 1部

2 無線局事項書及び工事設計書  1部

3 必須添付書類

 3-1 送信機系統図 1部

 3-2 電波防護指針に基づく基準値に適合していることの証明書(アンテナの設置状況が判る平面図及び立面図を含む) 1部

 3-3 他の無線局の設置状況を示す図面 1部

 3-4 放送の受信状況の説明 1部」

 

うへぇ~ 考えただけでも面倒臭いよ!

 

更に、「他人の土地・建物、アパート/マンションに設置する場合」は、「土地建物の所有者、あるいはアパート/マンションの所有者/管理組合からの「設置承諾書」 1部」も必要になるらしい。

 

年々、アマチュア無線局がその数を減少させている中、電波を管理する「お上」は、締め付けを強め、「アマチュア局」という存在を片隅へ追いやろうとさえしている様に思える。

日本は、国の成り立ちからして、あれこれとお上がうるさく口出しをする国体だ。

「アメリカは、禁止されている事以外すべて自由。 日本は、許可されている事以外すべて禁止。」とは頻繁に使用される表現だが、実に的を射ている。

アメリカ人は規制される事に敏感で、自らの自由を奪われる事柄には途端に抵抗する。

だから、前述した「許可条件の一方的強化」がアメリカで起こった出来事ならば、きっと大騒ぎになったに違いあるまい。

ニッポン人は、蹂躙される事に慣れ切った大人しい羊の群れの様な国民性だ。

だから、国はそれをいい事に、徐々に徐々に拘束する「枠組み」を狭めようとする。

私には、そのあざとさが不快であり気持ち悪くてならない。

 

日曜の休日に月曜の有給休暇を足し、一泊二日で北アルプスへ行って来ました。 5年ぶりの山行です。

 

天気は生憎の「時折り雨が降る曇天」で、スタート地点にあたり有名観光地でもある上高地・河童橋の人出も少なめでしたが(まだ時期も少し早い)、ザックを背負った人の姿も目立ち、本格的な登山シーズンの到来を感じました。

西穂へ向かう人、前穂へ登る人など、やはり夏は「地獄の様な暑さの低山」よりも「清々しい高山」が良いですねぇ!

 

但し。

熊の出没が増加しているのはココも同様で、目撃情報をマッピングした地図を見ると、もう至る所が赤点だらけ! 観光客がワサワサ歩く様な土産物屋の直ぐ傍にも出るんだから、焼きトウモロコシなんて食べながら歩いていた日にゃ~格好の標的ですよ。

「利く」とか「利かない」とか意見は色々ありますが、そうした場所へ行かれる皆様は、どうか熊スプレーをお忘れなく。

 

今日は梅雨末期の曇り空だったけど、夜明けと共に筑波山に登って来ました。

車を運転しながら前方にそびえる山容を見やると、五合目辺りから上は薄い雲に包まれている様子。

まぁ、この季節は仕方ない…と諦め、いつもの市営駐車場に車を停めました。

 

登りルートは「白雲橋コース」。 女体山山頂からは180°の唯々真っ白いだけのパノラマビュー。 復路は「御幸ヶ原コース」→「つつじヶ丘」→「迎場コース」で下山。

全行程4時間足らずの、朝飯前登山でした。 家に帰り着いてから、朝ご飯を食べました。


途中の山道で、梢の上に留まっている姿を見掛けたこの鳥は、ソウシチョウ(相思鳥)と言う名で、日本には元々居なかった外来鳥(特定外来生物)。 現在は、あちこちに定着しているらしく、赤い嘴と鮮やかな黄色やオレンジ色の羽が特徴的な小鳥です。

非常に美しい声で鳴くんだけど、姿を見掛ける事は結構稀なんですよね。

 

まさに、「声はすれども姿は見えず、ほんにお前は屁の様な」…

歌うが如きさえずりが気になった方は、是非ご検索あれ! 沢山の動画がヒットしますよ。

 

かれこれ暫し前の話だが、用あって地元「つくば警察署」へ出向いた際(出頭したわけでは決してない)、署内の掲示板に写真の如き注意喚起を促す貼紙を目にした。

全体的に茨城弁で記述されている。

これが標準語で書かれると、少々無機質でぶっきらぼうな印象すら受けるが。 こういう地域色溢れる掲示物は、実に好ましい。

思わず立ち止まって、写真に撮ってしまった。

 

「警察署」というと、普通一般的にはあまり出入りする用事も無い事から、入口を潜った途端に妙な圧迫感や物々しさを感じさせられる場合もあるが、昔の「オイコラ式」ではあるまいし、今の警察は茶目っ気もあるのだ。

 

「お巡りさん」というと、多くのお巡りさんが、人に尋ねる事はガシガシ聞いて来るのに、自分の方からはあまり語らないし、詳しく説明もしない。

やり取りの中で、こちらがユーモアを交えて笑いを誘っても、「むふっ」と少しばかり口元からこぼれるのが精々だ。

あれは、ああいう教育を受けているのだろうか?

饒舌なお巡りさんというのも、今までに出会った事がない。

 

なにはともあれ、日本における「警察官」という職業も、色々と大変だと思う。

市民の平和の為、頑張って下さい。 私は応援してますよ!

 

7月4日(土)

三週間ぶりに山歩きをして来た。

先々週末は風邪気味で断念、先週末は生憎の雨天で戦意喪失。

今日は、曇りなれど梅雨の間の小休止と言った空模様だったので、朝飯前に「宝篋山(ほうきょうさん)」に登った次第。

いつもながらで変わり映えもしないが、登り:小田コース・下り:常願寺コースの組み合わせとした。

 

本当は「筑波山」を目指していたのだが、向かう途中で遠望する様子が、山頂部に薄いながらも消えそうもない雲が大きく掛かっていたので、急遽進路を変えたのでした。(標高の低い宝篋山は、然程雲に覆われていなかった)

こうした辺り、幾らか融通の利くところが低山の良さですね。

 

山中を歩いてみると、暫く続いた雨のせいで「全山キノコ祭り」状態でした。

「シロテングダケ」や「カワラダケ」。 猛毒の「カエンダケ」こそ見掛けなかったものの、そのほとんどが食べられないキノコのオンパレード。

 

例外は、上に掲載した「タマゴダケ」なのですが、これとて良く似た姿で有毒の「タマゴダケモドキ」が居るので、まぁ私のような素人さんは、口に入れないのが身の為でしょうね。

 

秋葉原電気街へは、半年に一度も行かないだろう。 押し並べて考えれば、2年に3回程の頻度か?
行けば楽しいのだが、掛かる交通費も馬鹿にならない。 だから電子部品が必要になった場合、まとめてネット通販を利用する事が多い。

それでも、電車に揺られて行って実店舗を一軒一軒覗いて回る楽しさは、通信販売では絶対に味わえない愉悦だ。
今回も様々な店を巡ったが、「こんな物まで稀少になっちゃったの?」と驚かされる品が幾つかあった。

嘗て、真空管が普通に並んでいた小・中学生の頃。 当時は少品種であった低周波用のICを手に入れる為に、京浜東北線でわざわざ川崎まで行った事を思い出す。
今は、更にそのICすら姿を消しつつあり、真空管に至っては遺物扱いだ。
連動して、大きな電圧を扱う電子部品も数を減らした。 表面実装部品の様に、より小型パッケージ化されたパーツばかりで、老眼には切ない時代になってしまった。
秋月電子通商などへ行く時は、忘れずに虫メガネを携えている。

バーニアダイヤルやプラグインボビンなども、真空管時代の終焉と共に店頭から消えていった。 バリコンの類も然り。 電解コンデンサーなども、随分と容量の選択肢が減ったように感じる。
小瓶に入れられた高周波ワニスが販売終了となり、ネット上の情報を頼りに手作りした話は以前に書いた。
インスタントレタリングが既に売られていない事を知った時には、「今の人は、どうやって自作機に文字入れしてるんだろう?」と不思議にすら思ったもんだ。
テプラを使うなど頭に浮かばず、インレタかダイモしか知らなかった。
秋葉原に於ける「絶滅危惧電子部品」を調査するのも、面白いかも知れない。

話は変わるが。
ラジオセンター2階にて中古品を並べた「e-BOX」へ行ったら、所謂BCLラジオの売り物が大幅に減っていた。
代わって台頭して来ているのが、「フィルムカメラ」の類。
これは、短波放送受信を趣味とする人が減少し、巷ではフィルムカメラが昭和レトロブームに乗って需要を高めて来ているという事の表れだろうか?
品揃えの変遷を見ていると、世の中のトレンドが垣間見える様で興味深い。

 

昔々、秋葉原におけるラジオ少年の聖地「ラジオ3拠点」と言えば、なんと言っても「ラジオセンター」「ラジオ会館」そして「ラジオデパート」であった。
今やどこも昔日の面影は無く、入居している店も業態を変えていたりと面食らう事も多いが、なによりもシャッターを固く閉ざした状況を目の当たりにするのが切ない。
もうラジオの時代ではないのだ。 小さなパーツを一つ一つ買って組み立てるなど、「時代遅れ」ならぬ「時代錯誤」なのであろう。
それは重々承知しているんだけれど、足を運ぶ度に営業している店舗が減って行く様を見るのは、なんとも辛いなぁ。
「夏草や 兵どもが 夢の跡」ってか?
秋葉原で無線機を修理に出すついでに、地上3階・地下1階建ての「東京ラジオデパート」の中を下から上まで歩き回った。

【地階フロアー】
「ゼネラルトランス販売」、嘗ての「ノグチトランス」は今も営業中。 「オーディオ趣味にも支えられている店は生き残れている」という事かな?

【1階フロアー】
「小林電機商会」には、今となっては流通品薄なパーツが在庫されていたりするが、USプラグ(GT管と同じ8Pのプラグ)が700円以上もするので、伸ばし掛けた手が引っ込んでしまった。 まぁ、仕方ないよな。

【2階フロアー】
金属ケース類の在庫が豊富な「エスエス無線」も健在。 次に来る時は、アルミシャーシとパネルを買おう。
「海神無線」も店を開けていたが、往時はミチミチに詰まったCR類の陳列テーブルに隙間が目立っていたのは、私の気のせいか?
真空管の「長谷川」は今も元気で、品揃えを眺めているだけでもワクワクするが、値札を見るとおいそれとは手が出せず、なにやら銀座の高級店のショーケースを傍観している気分になった。

【3階フロアー】
「門田無線」が閉店する噂は聞いていたが、行ってみると…本当に閉まっていた。 昔は基板のエッチングに必要な用品を買い、最近はアルプスの高級ボリュームを買うとすればココだったので、またひとつ不便になりましたね。

番外編だが。
(往時)ひしめき合うパーツ屋からは少し離れた場所に位置した「鈴商」へ久~しぶりに向かうと、なんとココもまた無くなっていた。
スマホで鈴商の現状を検索したら、2015年には閉店していたらしいので吃驚した。 因みに、更に遠のいた場所で通販のみ続けて居る様子だ。

ラジオセンターへ戻り、「東栄変成器」で低周波チョーク(100H 20mA)を買った。
1千7〜8百円くらいかと思ったら、お会計には千円札を4枚も財布から出す必要があったので、絵本の中の浦島太郎の気持ちが良く分かった。
「そんな物、今どき何に使うんだい?」というご意見もあろうが、手持ちの真空管式ラジオでは頻繁に使われている部品なので、トラブル時の緊急対応に備えて一個確保した次第。
こうしたパーツは、店の消失と共に流通も途絶えるので、まったく気が抜けない。
そうなると、後はヤフオクかeBayの出物を頼るしかなくなるからね。

中学生だった頃にトリオのコイルパックを幾つか買い、コンデンサー類に強い「三栄電波」は、ずらりと閉められたシャッターの中で孤軍奮闘する様に営業していた。 ここは、なんと言っても店名が良い! 「~電波」とか「~無線」という看板の文字を見ると、爺になった今も胸が躍る。

さてさて。
本日、ラジオデパート内をグルグル巡った様子はビデオに収めたので、いずれYouTubeにでもアップするか? でも、人の顔が多数映り込んでいるので、多分面倒になってやらないだろうなぁ…

 

我がシャックにおけるHF帯の主力機、ヤエスの”FT-450DM”が不調を起こした為、メーカー修理に出す事にした。
実用の上では使えない事もないのだが、購入からの月日を数えてみると既に10年を超えているので、修理の受付終了も程なくやって来るだろう。
併せて、ケースを開けて内部の様子を眺めもしたが、スルーホールの積層基板で構成させて居り、一般的に手に入り難い部品も多そうなので、もう丸っとヤエスに任せてしまう事にした。

但し、これが少々面倒で、個人からメーカーへ直接送り付けての修理依頼は受け付けないらしい。
すべて、販売店を通してのやり取りのみ。 ユーザーが小売店へ持ち込んで、小売店からメーカーへ修理品として送り、費用の見積りから正式な依頼を経て、無事完了したらまた取りに行かなければならぬ。
昨今、買い物全般がオンライン化している世の中において、なんとも「まだるっこしい話」だ。

メーカーにしてみれば、「古い型式の無線機なんぞには固執せず、いっそ最新鋭機を買ってくれ!」ってな感じなのであろう。
確かに、新しい無線機は多機能だし、私だって良いなぁと思わぬでもない。
さりとて今一歩を踏み切れないのは、自分のオンエアーに対するアクティビティーの低さ故だ。
実際のところ、交信なんて全然しないもんね。
過去にも、デジタルモードである"FT8"のセットアップをして、免許状の変更申請を行って送出の許可も得たのだが、モニター上に表示されたヨーロッパ局のコールサインを見て、「これって本当にそんな遠くから送信されてるの?」と疑問になり、その実感の乏しさから、なんとなく尻つぼみになってしまった。
「遠くから伝搬して来る電波は、やはりノイズにまみれてカスカスで聞こえなくっちゃ〜」という強いイメージに、老人の頭の中は支配されているのだ。

アンテナは調整したし、トランシーバーは修理に出したし。

無事に直って戻り、取り巻く環境が整ったら、もう少しだけやる気を出すか!?

 

P.S.

昭和のラジオ少年の"性"ですね。

カタログは、しっかり貰って来てしまった。(買わないけど…)

 

冒頭から汚い靴底をお見せして申し訳ない。

 

先日、台風で回ってしまったアマチュア無線用のアンテナの向きを修正する為、タワーを登り下りした際、その作業時にいつも履いている靴が壊れた。

一回目は何ともなかったのだが、二回目のてっぺんでの作業時に少々違和感があり、降りる際には靴底が剥がれてパカパカになっていた!

崩壊は最後の最後だったので、一先ずは良かったと胸を撫で下ろした。

 

思い返せば、少し前から靴のサイドウォールが剥離して浮く様な前兆はあったのだ。

しかしながら、歩いていてベタベタとソールがくっ付く様な感覚は無かったし、まだ暫くは大丈夫だろうと楽観視していた。

別離は、いつも突然なんですね。

 

作業靴の破損の原因は、所謂「加水分解」だと思う。

この加水分解。 石油を原材料とする化学製品には宿命とも言える現象だが、ネットで調べてみると…

「化合物が水と反応して起こす分解反応」とある。

つまり、化学的に結合した分子と分子の中に水と結合し易い分子があると、分解反応を起こすという事の様だ。

その代表的な高分子化合物が「ポリウレタン」で、なによりもクッション性を求められる靴などには多く使われている。

 

では、どうすれば発生を遅らせる事が出来るかと言うと。

「水や湿気と遮断する」となるのだろうが、実用上では土台無理な相談であり、突然の雨や足の汗だってあるんだから、濡れたら早々に乾かすしか手が無い。

なによりも、日本は多湿な気候風土故、クローゼットの中に保管していても加水分解は起こる。

 

靴以外でも、「たまに引っ張り出してみたら、表面がベタベタになっていた」という経験も多い。

あれは、ほんと不快ですね。

表面的に除去する為に、無水アルコールで拭いたりするのだが、一緒にレタリングの文字なども消えてしまい、そうなるともう一気に投げ捨てたくなってしまう。

では、ありとあらゆる所有品を、仕舞わずに家の中で出しっ放しにしたら良いのかも知れないが… そんな事、出来る訳ないしね。

やったら、カミさんに張り倒されちゃって、「夫婦関係」が先に分解しちゃうよ。

 

あぁ。 加水分解せず、安価で丈夫、更に高機能な素材は開発されないものか!?

 

先日の台風が通り過ぎて行った際に、一番受風面積の大きなHF帯(3.5〜28MHz)用ロータリーダイポールアンテナの向きが変わってしまった事は、既に書いた。
ダイポールはブロードな指向性だから、多少方位がズレていたって八木アンテナほどに神経質になる必要もないのだが、今回のように30°近くも回ってしまっては、そうも言っていられない。
早々にタワーによじ登り、取付けネジを緩めて向きの調整を行った。
その際に発見したのが、アンテナ全体を吊っているステー(支線)が切れ掛かっている事実。 3本撚りロープの内2本がプッツリと切れ、残りの1本で辛うじて耐えていたのだ!

全長が10mを越えるエレメントには支持するロープが必須で、これが無いと両端がダラリと垂れ下がってしまう。 そんな状態で強い風にでも吹かれたら、アンテナ自体の破損は免れないであろう。 細いロープではあるが、必要不可欠な補強材なのだ。


そのステーには、アンテナを購入した際に付属して来た、φ4mm位のナイロン製と思しきロープを使用していたのだが、支点となる部分が擦れて破断してしまった。
建設時、頭の片隅で「これじゃ〜ちょっと頼りないかな?」と4mmの細紐をいじり回しながら不安を覚え、「別途デベグラスロープを買って代えるか?」と考えたのは間違いではなかった。
間違いは、実際には買わず、ケチって付属品を使った事だ…

おっといけない! 発言を補足すると。
付属のロープが決して粗悪な訳ではなく、(私の取り付け方法に限って言えば)もう少し太くて耐摩耗性があって対候性にも長けた種類のロープを使うべきであったという意味だ。

なので、急遽φ6mmの金剛打ちポリエステルロープを購入して交換した。
タワー上に設置された状態では手が届かないので、一旦地上へ吊り下ろし、張り直した後に再び吊り上げて再取付。
てっぺんまで2回上り下りしたので、翌日は全身筋肉痛になった。