友達が夢に出て来たら | きょろりん村

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実家で在宅介護していましたがその母が2021.9に亡くなりました。残された父と私達夫婦の3人暮らしです。
ただいまアメンバー募集はしておりません。申請いただきましても受け付けておりませんのでよろしくお願いいたします。






昨年の8月に高校の時からの男友達が亡くなりました。


私がそれを知ったのは11月です。


10年くらい続けていたFacebookを昨年の7月に退会。


その男友達とはFacebookでも


繋がっていたので遠く離れて何年も会っていなくても


お互いの近況は知る事が出来ました。


お調子者の彼が調子に乗ってる様子がよく投稿されていました。


私達はLINEでも繋がっていたのでたまに連絡も取り合っていたし


FB退会した事はそのうちLINE入れたらいいな。


くらいに考えていました。


何より当時の私は腰椎滑り症による激痛で歩くのもままならぬ状態でしたので


正直言ってH君(男友達)の事は後回しでもいいやと思っていたのです。





高校の時私達はアニオタでした。


いわゆるアニメオタク。


アニオタ仲間でした。



学校を卒業してそれぞれ進学したり社会人になっても


細々と縁はずっと繋がっており


お互いの結婚式に出席したり


子供ができたらお祝いを贈ったり。


うちは息子1人だったけれどH君から届く年賀状の子供の写真は


年を重ねる事に1人から2人、3人へと増えていき


すごいなぁ〜


お互い一人っ子だったのにヤツは今や3人の子持ちかぁ〜


などと、とても感心していました。


奥さんが素直なとても良い人で


「あんなヤツなのにどうしてこんな良い人と結婚出来たのだろう…。」


と、いつも不思議に思っていました。


亡くなった人をあんなヤツ呼ばわり😅


だってヤツはそんなヤツだったから。




奥さんのナオちゃんは明るく優しくて素直で


いつでも一生懸命で本当に良い人でした。


でもそのナオちゃんが若くして突然亡くなってしまい


そこからH君の人生が180度変わってしまいました。


会社を早期退職、起業してせっかくうまくいってたのに


借金して儲かりそうもない商売に手を出して  


コロナ禍でその商売も行き詰まってしまった様でした。


そしてコロナ禍も収まって商売も少しずつ軌道に乗り始めたころ


H君は亡くなってしまった。


連絡して通じなくても相変わらず忙しいんだろうと


あまり気にもしていなかったのですが


連絡取れなくて2ヶ月経つ頃には


「なんか変だ…。」


と、思う様になりました。


それでもまだそのうち連絡取れるだろうと


楽観してやっと連絡取れた時に言う冗談も考えていました。



「あんまり太り過ぎて⚪︎んだのかと思ったよ〜」 


ブラックすぎるジョークですね💦



H君は学生の頃は素晴らしい美少年✨✨で


彼が私の家に遊びに来た時、母が


「あんたがあんまり可愛い男の子連れてきたから


とても驚いた」


と、言っていたくらいです。   


でも晩年は度を超えた中年太りで体重は3桁近くまでになっていました。






11月中旬、彼が運営に携わっていた勤務先の従業員の人と


やっと連絡が取れてH君が8月に亡くなっていた事を聞いたのです。


あいつは本当に亡くなっていた。。


それも3ヶ月近く前に。


私は全然知らなかった。


ナオちゃんが亡くなって10年経っていました。


Facebookを退会した時にすぐ連絡しておけば良かった。


私はとても後悔しました。


H君が亡くなった後ずいぶんゴタゴタがあって


他人が子供達に(皆んな成人しています)


直接連絡出来ない様になっている事がわかりました。


あんなに


「いろんな事ちゃんとした方がいいよ」


って言ってたのに。



優しくて真面目なところもあるけれど


その反面いいかげんでルーズで酒呑みの大食漢。


でも好き勝手なこと言える相手。


そして何より46年も友達だった。


でも私は知らなかった


あいつが亡くなっていた事を。




⚪︎ぬ時に虫の知らせでも送ってよこせよ!


あの世に行ってしまったのなら


せめて夢の中にでも出て来いよ!


まったく夢にも出てきやしない!


何かにつけていつもそう思っていました。


そしてそんな時は涙が出てしまうのでした。



ところがつい先日H君が夢に出て来たのです。


その日は前日からとても忙しくて疲れていたのに


早朝5時から野鳥観察に出かけて


夕方近くに帰宅した時は疲労困憊で倒れる様に昼寝をしてしまいました。


昼寝の夢を見ました。


夢の中で私は15年前に住んでいた都内の社宅近くの商店街にいて


懐かしいお店をスマホでバチバチ撮りながら歩いていました。


商店街の道の隅にテーブル席があって2人の男性が漫画を読みながら一杯🍷やっていました。


明日のジョーを読んでいる男性はなんとH君でした。


私は驚いてこう言いました。



「あれ?あんた、⚪︎んだんじゃなかったっけ?」


なんという言い草でしょう…情けない(^◇^;)


私の人間性がわかりますσ(^_^;)



そしてペラペラ喋り続けます。


「あら!急いで来たからエプロンしたまま来ちゃったよ!


このままの格好で飛行機✈️乗って東京来ちゃった!」


しかも超ボロいエプロン(^◇^;)


いくらなんでもそんな人いないから(^_^;)


さすが夢です(^◇^;)



そのうち彼は席を立ち向こうへ行ってしまいました。


「ちょっと行ってくる」


すぐ戻る様な事言ってた様な気がするけれどよく憶えていません。


テーブルに残った男性が


「彼は○んでないですよ」


と、私に言いました。 


「そうだったんですね。亡くなったって聞いていたので…」


そっか、生きてたんだ!


なぁーんだ、そうだったのか〜!😃


そこで目が覚めました。


やっと夢に出て来てくれた。


遅いよ〜



何か言いたかったのか。。?


供養してほしいのか?


私にはわかりません。


憶えているのは


私を見るH君の顔はいつものように


少し困った様な顔で微笑みを浮かべていて


その目はとても優しかったという事です。



彼の死因は奥さんのナオちゃんと同じくも膜下出血でした。


ヤツの場合は飲み歩いて転んで頭を打って外傷性。


何ともヤツらしい…。


その日は良いお酒の席だった様でとても楽しんでいたとの事。 


一緒にいた人たちが心配して救急車を呼んでくれて


一度は救急車に乗って搬送されかけたけど


「オレは大丈夫だから家に帰る!」


とごねて救急車で家に送ってもらったと。


はぁ、、、何ともヤツらしい。 



自宅で容体が急変したらしく、、、だそうです。



天国でナオちゃんに怒られたと思う。  


パパ!何やってるの?!


まだ子供達と一緒にいなきゃダメじゃない!


って絶対叱られたと思う。




もっと生きていてほしかった。


今よりうんと年寄りになってじーさんとばーさんになって


お酒🍷飲みながらアニオタ時代のこと語りたかった。





憧れのBlue Noteに連れて行ってくれてありがとう。


たくさんご馳走してくれてありがとう。


ばあちゃん(母)が亡くなって私が元気ない時に


得意の料理を作って宅急便で送ってくれてありがとう。


ズケズケ好き勝手言う私に付き合ってくれてありがとう。


楽しかったり腹を立てたり心配したりいろんな時をありがとう。




夢に出て来てくれてありがとう。




やっと一区切りつけた気がする。