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夜更けの事務所から

思い出がある程、人生は豊かだと思っています…
そんな思い出のひとつひとつを、忘れぬうちに書き留めておきたい。
できれば、誰にも知られずそっと…。
もしもお目にとまりましたら、愚にもつかぬ独り言ですが、おつきあいください。

今朝、SNS上で烏口を使って線を引く子泣きジジイ(あるアニメの1シーン?)の画像が話題になっておりましたが、

ご多分に漏れず、僕もデザイナー専門学校で烏口で線を引く練習をさせられました。

烏口は元々製図用に使われる特殊なペンで、製図やトレース、レタリングなどに用いられる、均一な太さの線をひくための描画用具です。

学校では1ミリの幅の中に10本線を引け、などという課題もありましたし、面相筆を使った溝引きでもやらされました。

どういった意図で子泣きジジイが烏口を使っていたのか、そのアニメを見ていないので分かりませんが、色々思い出したのでついでに。

 

僕がデザイン事務所に就職した頃は、時代はまだ写植・版下の時代で、デザインの制作現場にMacが導入されるのはずっと後の話でした。

さすがに今の時代にはこんなことを教えないであろうと思うのですが、例の画像が話題になっているのは当時これに苦しめられた僕と同世代の方、もしくはその上の世代の方々が何かある種のノスタルジーと共感を込めて話題にしたせいでしょうか。

しかし、さすがに僕が就職した頃の現場ではもうロットリングペンが主流で、(これも製図用の道具です)0.1mm、0.3mm、0.5mm、1mmと駆使して版下を作っていた事を思い出します。

僕の一つ上の先輩になると、まだ烏口を使う諸先輩方がいて、新入社員が朝来て最初にする事は、諸先輩方の机の上の筆洗をきれいに洗い、新しい水を入れておくことだと聞いた事があります。

 

今、デザイナーになろうという人、なったばかりの人はもう烏口の存在すら知らないんじゃないかと思われます。

烏口を使って自分で、版下台紙(DTP全盛の今では版下という言葉すら死語になりつつあります)にトンボを引き、写植を貼り、暗い紙焼き室にこもって(夏は汗だくになり)紙焼きを作成して貼り込んだり、というようなことをやってる古い世代の諸先輩方は異口同音で、「俺たちは新しいMAC世代よりも仕事が細かいし、底力が違う」「烏口はデザイナーとしての基礎」とよく言っていましたがそれも違うと思います。

今思えば、自分の過去を否定してしまうのが怖いだけだったのでは、と思います。

古い技術が「仕事の細やかさ」に通じるというのは、今となってはいささか精神論過ぎるきらいもありますし、そもそもこの仕事をやっていくうち、できる人間なら目も肥えてくる(いいものを作る目が養われる)ものです。

技術も感性も時代とともに移り変わるもの。

デザイナーは過去にしがみつくのではなく、常に時代を見て行かねばならないし、作ったものに反映させていくものだと思います。

(しっかり時代を捉えていれば、自ずと作ったものに時代は反映されるものですが)

 

全てを手作業でやっていた昔にノスタルジーは感じても、今更帰れないし、帰りたくもありません。

今の目で見れば作業効率が悪すぎますし、かけないでいい部分に時間がかかります。

昔は版下にかかる前のラフデザインを提案する段階など、カンプというものを作りました。

依頼先に「こんな仕上がりになりますよ」とデザインの意向を見せるものなのですが、全てを手作業で作っていました。

例えば、あるビジュアルの背景にグラデーションを入れるという作業だけで、エアブラシの準備をして、時間をかけて納得の行く形に吹いて、それから掃除等(器具の掃除をしっかりしないと次に使う時に目詰まりを起こす)をせねばならず、手間が異常にかかっていました。その他オムニクロム、ルミナベースとか、面倒くさいのでいちいち説明はしませんが、あの時代にデザインをやっていた方なら懐かしさに涙がチョチョギレル(あえて当時のギャグ)ものも駆使して時間をかけてカンプを作っていました。

パンフレットのカンプなら、8ページものであっても、貼り込んだパントーンや、カラーコピーやら何やらのせいで膨れ上がり、分厚い冊子のようになっていました。

今ならイラレであれば一発でグラデも入れられますし、色を変換するのも秒でできます。

あの頃を思うとフハッ(by 水木しげる)と鼻からため息も出ます。

 

今は今で、データ入稿が当たり前になる中、原稿製作と製版作業の垣根が曖昧になり、デザイナーの負担は増えて、それはそれで大変なのですが。

 

ふと、ネットで見た画像に色々思い出し、書き連ねてしまいました。

これも一つの時代のスケッチ、記録という事でお許しください。