最近、私が気になっているみことばがあります。

 

 

天の御国は、しもべたちを呼んで、

自分の財産を預け、旅に出て行く人のようです。

彼は、おのおのその能力に応じて、

ひとりには五タラント、ひとりには二タラント、

もうひとりには一タラントを渡し、

それから旅に出かけた。

 

五タラント預かったものは、すぐに行って、

それで商売をして、さらに五タラントもうけた。

同様に、二タラント預かった者も、

さらに二タラントもうけた。

ところが、一タラント預かった者は、

出て行くと、地を掘って、

その主人の金を隠した。

 マタイ25:14~18

 

 

最近、ここの箇所がずっと頭にあって、

私が預かっているタラントは、何だろう?

神さまから預かっているタラントを、用いられるようになりたい。

私は臆病で、チャレンジすることが苦手だから、

この一タラントの人みたいに、預かったタラントを、

隠していることはないだろうか?

 

教会であるご奉仕があって、

そのご奉仕が気になっているのですが、

私には、できるはずもないと思えるのです。

もし、神さまの召しと賜物があったら、やってみたいと思って、

でも、私には無理だろうなとも思うのです。

 

一タラントも足りていないかもしれないから。

 

そんな臆病風に吹かれて、そのご奉仕が、

気になっているとはとてもとても言えません。

 

私が預かっているタラントは何だろう?

それが分かったら、地に隠さずに、

用いていきたいのです。

 

ちょっと、最近気になって祈り始めたみことばです。

 

 

 

 

 

昨夜、聴いた賛美です。

 

「聖い心」ルアーワーシップ。

 

 

※お聴きになるときは、音量にお気をつけてください。