今日は、礼拝で教会に行きました。

今月から、あるご奉仕の練習をする予定もあって、

教会でのそのご奉仕も勉強になります。

 

見て聞いていると、すごいな、私には難しいなと思えて、

1タラントの者が、5タラントを比べてしまいそうになりますが、

神さまに、喜びと愛する気持ちで、

私もお捧げしていきたいと思って祈り、勉強しています。

 

何歳になっても、学ぶことは多いです。

 

礼拝に行けて、教会の皆さんと賛美し礼拝できることは、

本当に心が満たされ、喜びだなと胸が熱くなります。

毎週、お顔を見てご挨拶したり、

分かち合ったり、一緒に神さまを愛し拝することは、

本当に奇跡のような恵みだと感じます。

 

感謝でまた一週間を進めます。

 

 

教会のお花たち。

とても綺麗に咲いていました。感謝。

 

 

 

今週の聖書のみことばから。

 

それでは、どのように言うべきでしょうか。

義を追い求めなかった異邦人が義を、

すなわち、信仰による義を得ました。

しかし、イスラエルは、

義の律法を追い求めていたのに、

その律法に到達しませんでした。

 

なぜでしょうか。

信仰によってではなく、

行いによるかのように追い求めたからです。・・・

 ローマ9:30~32aより

(新改訳聖書2017)

 

 

ディボーション。

救われてからずっと、あるディボーション誌を

使ってしていましたが、

今は購読を止めて、聖書通読表を使って、

聖書の通読を続けています。

 

ゴールデンウイークは、

我が家は特にお出かけとかもしないので、

ゆっくり夫婦で過ごしたり、

また、お祈りしたり、聖書を読んだりして、

神さまと親しく過ごせたらいいなと思っています。

 

じっくり、神さまと過ごすって、

日々に、なかなか持てないので、

時間と場所を聖別しないとなぁと思っています。

 

そういえば、教会のお祈り会が、コロナの頃から、

zoomでやってくださっていたのですが、

教会の今年のテーマがお祈りについてなので、

再び教会でお祈り会を持つことになったので、

教会に集まってお祈り会できるのが、

本当に久しぶりになるのですが、

祈り合える恵みを楽しみに、また感謝します。

 

みことばとお祈りが、

コツコツと続けられたらと思います。

 

 

 

今日、読んだ聖書から、

 

この方以外には、だれによっても救いはありません。

天の下でこの御名のほかに、

私たちが救われるべき名は人には与えられていないからです。」

 使徒の働き4:12

 

改めて、救い主イエスさまの御名は、

大きな意味を持っているんですね。

つい、誰か人に頼りそうになったり救いを求めてしまうことは、

ないだろうか。

救いはイエスさまの御名のほかには、与えられていないのですね。

昨年くらいから、教会のあるご奉仕をやってみたいと、

思うようになり、祈っていました。

でも、そのご奉仕は人の前に出るご奉仕だったので、

私は人前に出たりするのは超苦手だったので、

自分の思いなのか、主から与えられたチャレンジなのか、

悩み、祈って考えていました。

 

それで、二つのみことばが心に留まり、

これは、神さまのGOサインかなと思って、

牧師先生にご相談をしました。

 

牧師先生ご夫妻と、そのことについて、長い話し合いをして、

決断したのは、そのご奉仕を今はやれないということ。

(牧師先生との話し合いをヒントに、自分で決断しました。)

 

 

みこころを求め、応えをいただくって、

私は時々勘違いしたり、性急になってしまったり、

失敗してしまうことがあります。

 

失敗すると、もう、みこころは求めないなんて、

否定的になってしまったり、

私は必要ではないんだとか、悲観的に考えてしまったり、

私は自己肯定感が低い方なので、悪い方にばかり考えてしまいます。

 

今は、それで失敗してしまったことで、少し落ち込んでいました。

 

でも、失敗した私の心の痛みも、すべてが益に変えられるのですよね。

 

すべて、主の素晴らしさが現わされる結果になったらいいなと思います。

 

今回の経験を通して、主のみこころを求めるときは、

応えを急いではいけないと思いました。

自分の思いが主からのものではないこともあるんだということと、

判断が難しいときは、牧師先生ご夫妻にもご相談することも、

大切だなと学びました。

 

あと、主のみこころは超苦手なことを、

なさろうということは、私の場合はあまり無いようです。

がんばって、自分の力で何とかやってみようとかではなく、

日々の地味でコツコツと続けていることや、

地に足がついて行っていることの中に、

私ができることがあるように思いました。

 

例えば、教会のお掃除だったり、

お家に誰かをお招きしてお昼やお茶を一緒にいただく、

小さなお交わり会を持つことだったり、

大好きな絵を描くことで、

みことばのハガキ絵を描いて誰かにお送りしたりすることとか、

お手紙を書くこととか。

 

そんな小さなお捧げものが、

今の私にできることなのかなと思わされました。

 

今回は、途中下車しました。

これもまた益になりますように。

 

 

神を愛する人々、すなわち、

神のご計画に従って召された人々のためには、

神がすべてのことを働かせて

益としてくださることを、私たちは知っています。

 ローマ8:28                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                       

 

 

 

 

 

 

所用で出かける主人を送りに駅まで行き、

帰りにひとりで、公園の桜を見て来ました。

 

 

 

 

満開で美しかったです。

 

明日の教会の礼拝は、外部の牧師先生をお招きします。

いろいろ、心に思うことがあって、

主への強い飢え乾きを感じて備えています。

早く教会に行って賛美し、礼拝したいです。

 

神さまの愛を受けて、

神さまに愛をお返しして、礼拝したいです。

 

 

ひと山峠を越えたところに住んでいらっしゃる、

お祈りの親友のSちゃんを訪問できました。

雨降りの一日でした。

峠道は雪でした。

でも、無事に安全に行って帰ることができ、感謝でした。

 

Sちゃんと、久しぶりにお交わり。

とても楽しく恵まれました。

 

Sちゃんは、お誕生日が近かったので、

お花がいっぱいお部屋に飾られてあって、

とても美しかったです。

おめでとう。

 

 

美味しいお茶やお昼ご飯をいただいたり、

いろいろ分かち合えて恵まれました。

 

いろいろ語り合ったのですが、

キリスト教会には、いくつかの教団や単立の教会があったり、

罪についてや、考えさせられることなども、

語り合えて有意義な話し合いでした。

 

普段、教会ではそこまでは話せないので、

話し合えて考えたりできて、よかったです。

 

 

午後には、小学生のお子さんが帰って来られて、

少し大きくなった感じで、

お子さんは成長が早いですね。

 

お部屋のところには、

お子さんが集めた美しい瓶に、

美しい野の花が活けてあり、

その瓶と花たちのところを、

お子さんは「お花の森」と名付けてお水を上げたりしているようで、

素敵な感性だなと思いました。

 

私は、小人になって、お子さんの飾った、

お花の森を散歩してみたいななんて、思いました。

 

お子さんは、芸術的なセンスがあって、

素敵だなと思いました。

 

 

Sちゃんとお会いして、

いろいろ語り合ったり祈ったり、

恵まれ励まされました。

 

神さまからのプレゼントのような一日を、

ありがとうございました。

感謝です。