「今日はリーグ戦でした。◯ポイント負けました。下手すぎました。」
こんな感想をたまに目にします。
毎回思うんですよね。
絶対、自分のこと下手って思ってないでしょ…って。
麻雀は、いきなり上手にも下手にもならないと思うんです。
誰もが論理的な土台に基づいて麻雀していると思うので。
麻雀において全く同じ局面や面子になることは先ずないので、全ての局面は、何かしらの判断基準に当てはめて打牌が選択されるから、強さに再現性が生まれるし、麻雀番組で解説者が解説したり、選手のことを強いと褒めたりすることが可能なんじゃないかなぁと思っています。
しかしながら、経験や技術によっては、持っている判断基準に当てはまらない局面が当然出てくると思うし、そんな局面に出くわしたら、何十秒も考える訳にもいかないので、
「エイヤー」
とか
「何となくこっちかな」
ということは誰にでもあると思うんですが、運任せで打牌を選択したり、毎回異なる判断基準を用いてしまうと、「再現性」はないことになります。
迷った選択はキチンと検証して、その判断の正誤を明確にして、次回も同じ選択をするのか、違う選択をするのかを決めていく作業の積み重ねが大事なのかなぁと思うのです。
しかし、「この場面の選択はこっちでした」みたいな軽い反省を見ていると、論理的に判断している気がしないんです。
誰もが常にベストな選択をしたと思いながら打牌選択しているはずで、「エイヤー」で打牌選択している場合は、論理的に補強をしてあげればいいんですが、軽い反省で、簡単に論理的な部分を修正してしまうのは、麻雀の土台が弱いんじゃないかなあと思ってしまって、その選手に対する期待や興味が薄れてしまうんですよね。
それはまるで波溜師匠に指摘されあっさり考えを変えてしまうオバカミーコを見ているような感じなのです。


