もう20年以上昔、不動産会社の支店長をしていた頃の話だ。
私が支店長をしていた地域は、女工さんの町で、お客さんも若い女性が多かった。
私の部下に一人、女癖の悪い奴がいた。
そいつは、女性の来客者があると率先して営業をしていた。
それだけなら良いのだが、そいつは入居を決めた女性のアパートまでナンパしに行き、何人もの女性を手篭めにしている事が分かった。
そんな事が公になると大変である。
早急に手を打たねばならないし、今後に同様のケースが発生する事も防止しなくてはならない。
とりあえず、本人には何も言わずにシステムを先に変える必要があった。
先に本人に言えば、顧客データを先に持ち出されてしまう危険がある。
システム変更を告げずに顧客データを隠すと業務に支障が出る。
一番問題な事が、パワーハラスメント で書いた、部長グループの一員である事だ。
その対策は、社員と言えども顧客データの閲覧は支店長の許可を必要とし金庫内に管理、女性客は女性社員が担当する事にした。
正直な所、顧客データは入居が終われば何も問題が無ければ閲覧する必要は無い。
この方針を決めると、最初に出てきた反論が「そんな事を勝手に決められては困る」から始まり、「何かあったらどうする」「女性社員がいない時は対応できないじゃないか!」「それで売上が落ちたら支店長が責任を取るのか!」ナドナド。
その時点で、私は腹をくくった。
近々、会社を辞める事になるかもしれない。
腹をくくって「全責任は私が取る」と言って押し切った。
その社員から、その後に出た言葉は「あんたが責任取ったぐらいじゃすまない」・・・
その社員は、自分の要求を責任と言う言葉に転嫁しているだけだ。
その後、女性社員から面白い話を聞いた。
私が留守の時「支店長は女の客を独り占めしようとしている」と言ってますよ。
正に自分の世界観でしか他人を見る事が出来ない奴だ。
まあ、私にしても本気で客や会社の事を思ってやっているのではなく、恐らく「自己保身」だ。
彼のやっている事が表沙汰になれば、責任を問われるのは私だ。
他人のやった事で責任を問われたくないだけの話でもある。
その後、部長グループの告げ口作戦が始まった。
パチンコ屋の社員寮の話で、建築するか、一棟貸しにするか、物件を探してはプレゼンしていたのだが、部長グループはパチンコ屋に入る所の写真を撮り、社長に「仕事中にパチンコしている」と報告をした。
社長は、確認の為「あの部下」に真相を聞いた。
私は社長に呼び出されて釈明を求められた。
そこで、営業日報を見せて話の進み具合等を説明したのだが、あの部下が「隠ぺい工作してました」と報告していた。
先手を打たれていた。
その社員が行ってきた事を、説明してももう遅い。
覚えの順序と経験値2 で書いた様に先に世界観を植えつけられてしまった。
先に、世界観を植えつけられてしまうと、何を言っても言い訳にしか聞えなくなってしまう。
社長に、経緯を説明している自分が情けなくなってきた。
そして、その社員の客に手を出している事に対しての社長の言動に、切れた。
社長は「男女の問題だから別に良いんじゃない?」・・・
そこから、大口論になり「お前なんか辞めろ!クビだ!」・・・「上等だ!こんな会社にいられるか!ボケ!」と、啖呵を切り、資料を社長に投げ付けて会社を後にした・・・結局クビになった。
会社から家に帰る途中、妊娠中で結核治療中の家内を抱えてこれからどうするんだ?と後悔もした。
この時ほど人間関係に疲れていた事は無い。
それから、職人としての見習いを始めたのだが、見習いは給料が安い。
仕事をせずに失業保険をもらっていた方が高かった。
その会社の給料が28万、失業保険は80%だから22万になる。
しかし見習いの給料は12万、10万も安い、ボーナスも無い。
見習いを卒業する直前に、出産を迎えるのだが、金も無いのに出産はきつい。
それまでは、借金の返済なども何とか回してやっていたのだが、家内の使った高額な国債電話料金は滞納。
その為、裁判になってしまった。
もうすぐ、見習いから一人立ちできるのでそれまで待ってくれ、と言っても聞き入れられない。
そこで、事情を説明してお金がありません、どうしたらよいですか?と裁判長に言った時「自己破産」と言う手段がありますよ・・・
では自己破産します・・・
当時、見習いの給料は12万円、家賃が4万円、水道光熱費で2万円、借金の返済が4万円、残りが2万円。
家内は結核、共稼ぎも出来ない、すでに破綻している。
そこに出産、どう考えても無理だ。
そして、自己破産する事にした。
自己破産したら借金取りが毎日のように来た。
最初は、電気を消して居留守を使って隠れていた。
呼び鈴、ドアを叩く音、部屋の前の人の声、電話のベル、部屋に近付いて来る足音、全てに脅えていた。
しかしそれも馬鹿らしくなって来た、なる様にしかならない。
そして全てに対応する事にした。
最初に借金取りに相手をした時は、やはりかなり怖かった。
それでも、ありったけの勇気を振り絞って、堂々と相手をした。
すると、面白い事に気が付いた。
こちらが弱腰に、ごめんなさい、すみません、と脅えながら対応していた時は、ヤクザの様な口調で喋っているのだが、払えん物は払えん!部屋の中で金になるようなものがあったら持って行け!と居直ると、すごすごと帰って行った。
電話で、当社だけでも月に一万でも返済してくれと、言って来た所もあった。
自己破産する前にどうして相談してくれなかったのか?と言って来た所もあった。
しかし、ちゃんと相談はしていた。
支払いがきついので、返済額を少なくして期間を延ばしてくれる様にも頼んだ事もある。
そして、支払い可能な金額を言った時に、そんな金額では聞けませんと言われた。
「その結果の破産です」と言ったら、二度と電話はかからなくなった。
こうなると、脅えるどころか相手をやり込める事が楽しくなって来て、脅えていた自分が馬鹿らしく思えて来た。
そして、昔の自分を思い出した。
民族学校の生徒に囲まれても逃げなかった自分、ヤクザの家に乗り込んだ事もある、それなのに何を思えていたんだろう?
会社に勤め始めて、会社と言う社会の中で自分を見失っていた、そして何より妻を娶り守る物が出来てしまった為に、弱気になっていた。
脅える必要など何処にも無かった。
そして、破産廃止決定。
余談だが、元金分は終わっている。
破産廃止後、2ヶ月で見習いから、一人親方になった。
その時の給料はまだ仕事が少なかった事もあったのだが、40万に跳ね上がった。
一年後には平均80万になっていた。
7ヶ月待ってくれたら全て返せていた。
破産者はカードが作れないが、平均月収80万もあればカードなど必要無い。
しかし、見習い期間中の出産は金も無く破産しているので、借金も出来ない。
結核中の出産は危険を伴い、下手をすると家内の命も危ないと言われていた。
予定日を過ぎても陣痛が来ない。
1週間過ぎた頃に、医者からこれ以上は母子共に危険と言われ、状況を見て帝王切開する事になった。
陣痛誘発剤なども試したのだが、一行に出てくる気配は無い。
結局、帝王出産する事になった。
家内には悪いが、内心喜んでしまった。
自然分娩は自費だが、帝王切開は保険だ。
市からの補助金は、自然分娩の費用の補填の意味が強いのだが、帝王切開でも補助金は出る。
これで、子供用品を揃える事が出来た。
出てきた子供は4キロを超えていた。
世の中何が幸いするか分からない。