武田家の正当な末裔ー武田邦信氏
最近、武田信玄の末裔を名乗る女性モデルが出てきた。今日は武田家側から明確に否定するコメントがあったそうだが、こういう詐称は本当に腹立たしい。武田という姓が一般的だからでもあるが、明治時代には「末裔争い」にもなったそうだ。結局は信玄の二男の龍宝の系統が「正当」となり、八男の信清の系統は正当ではないということで決着がついた。以前、米沢に行ったときに思わず信清の墓があった。姉が上杉景勝の正室だったので、武田滅亡後は上杉家に身を寄せていたそうだ。
先週は、その正当な16代末裔である武田邦信さんからお話を伺った。武田さんには東京での山梨関係の会で何度かお目にかかっている。先日は徳川家と武田家の因縁めいたお話をされた。何ヶ月か前の雑誌で、徳川家の当主、恒孝さんとの対談での話だ。私は読んでいたが、要は今の徳川本家は武田信玄の娘の松姫(織田信忠と婚約)なくしては存在しなかったという話だ。
さように世の中は意外なことでつながっているものだ。私も経団連で宇宙開発の担当が長かったので、ほとんどの宇宙関係者は知っているが、この中に上杉家の当主の上杉邦憲さんがいた。「はやぶさ」をつくったことで有名になったが、気さくな方で、メールの返事も早いし(メルアドはtono@・・・だった)、年賀状もロケットの絵が描いてあるのが特徴だった。
昨年秋にお会いした徳川家広さんは、翻訳家として有名だ。資本主義や金融システムへの批判をしていた。「殿」としては武士道が大事であり、お金儲けには違和感を感じるのだろう。武士は食わねど高楊枝だ。それぞれ末裔は特徴のある方ばかりだ。
武田さんはあまり癖のないタイプで、ずっと丸紅で普通のサラリーマンをされていたそうだ。きっと丸紅でも有名だったのだろう。今は名誉職をいくつかやったり、悠々自適の感じだった。まあしかし、どこに行っても「普通の人」とは見られないので、そういう苦労はしてきたと思われる。