田中真紀子氏が文部科学大臣に「復帰」-官僚たちは戦々恐々か? | 日本ファミリーオフィス協会

田中真紀子氏が文部科学大臣に「復帰」-官僚たちは戦々恐々か?

田中真紀子さんは1994年に科学技術庁長官として初入閣した。私はその時に経団連で宇宙開発を担当していたが、科学技術庁の幹部は、当初「いい大臣にきてもらった。これで宇宙開発の宣伝にもなる」と歓迎の意向だった。しかし、それも1994年9月の「きく6号」という衛星の打ち上げ不具合で終わった。


そこからはボタンの掛け違いの連続だった。宇宙担当は大臣とのアポもままならず、後に事務次官になる坂田さんなどは宇宙関係の出張途中に帰国命令が出たりもした。通産省からきた新(あたらし)官房長官は打ち合わせ時のちょっとした行き違いで「解任」された。もちろん、大臣にはその権限があるが、それを「行使」する人はまずいない。


今回はどうなるのであろうか。田中氏を入閣された野田総理の意図は、一つは代表選に出馬をしなかったことへの論功行賞であり、もう一つは政権浮揚、人気取りだ。真紀子氏はそういう「勘」は相当鋭い人らしく、自分の役回りは十分理解していると思われる。人気取りのためには、まずは「官僚たたき」が効果がある。


となると、また官僚たちとのバトルが起きるのだろうか。科学技術庁の役人は「最初」だったこともあり、田中大臣とのバトルには負けていたが、外務省の役人は「二度目」なので、状況を科学技術庁の役人からよく聞き、結局はリークにより大臣を追い出した。ただ今回は解散までの「時間」が短いので、そんなに大きなトラブルにもならないだろう。


科学技術庁の知り合いにはまだ今回のことは聞いていないが、今の局長クラスは18年前に課長補佐をやっていた世代だ。大臣とは直接話はしていないが、打ち合わせには同席している。どういう「ものの言い方」をしたらいいかは分かっているし、大臣の方も3度目で大人になっているかもしれない。意外に何もなく終わるかもしれないが、国民は何か起こるのを期待している。もちろん民主党のマニフェストにもあった「政治主導」のきっかけだ。もう証文の出し遅れかもしれないが。