タイトル・・・固いですよね・・・。漢字は宝石のような世界の濃密さを磨いたものなので、文字のアートとでも想って味わっていただけたらいいです♪

 

昨日、パートナーに、プチカミングアウトしたことがあり、

そこからの、内成る気づきや温泉のストーリーを、おもてなし料理として、綴らせてくださいませ。

星のように無限の創造性を持っている本当の自分を眺め、愛しあい、共に生活することを志すあなたを滋養する小さな灯火にでもなれば幸いです。♡

 

 

()内は読まれている方向けの補足

 

先日、ふと、想ったの・・・

過去生うんぬんという話しでは扱いたくないのですけれど

まるで兄妹みたいだね。私達。

そんな生活をしている。

◯◯が兄で、私が妹。

 

(会得したような波動が返ってくる。)

 

言っとかないと、一人そういう風に想って、生活している間に

(彼は私を世間でいうところの、”奥さん””彼女”として待遇し、そのパートナーとして必要と言われている態度をとろうとして)違和感が生じるのは嫌だなと想って。

 

(お互い相当すっきりした感じに。)

(彼は責任感が強いので、世間一般で言われている一男性が押さえておくべきだろうとされている肖像との自分の不一致に少々困っている感じがあった)

 

 

 

こんなカミングアウトだったのでした。

 

内縁の兄妹。

私の産まれた星は、家族というものに対する態度に個性が深いのは自他ともに表現され、

その軸は様々な出来事で舵取りを決めるときに、舵取りの創作性に微妙で絶大な味が出た。

 

 

 

 

さて、「兄」と「妹」というものに、無意識で調和が目覚めた日。

私達は、関係が強固に安定した。

 

なぜって

どうしてもふとしたときに浮かび上がる「種」が無くなったからだ。

それは、「別れる」ことについて。

 

私たちはそれぞれ、自由について特異な生活的、精神的、経済的信念を育て上げていた。

自由について、ここまで認識が表現でき、そしてその認識が完全に一致していることが

パートナーどうし誇りに想ったこともあるだろう。

 

そして自由への認識と生活の最低限の共創以外の趣向、嗜好、気、タイミングが笑えるほど違うため

個性を遺憾無く発揮するには、(オーラーを広げるだけ広げても、その影響が干渉しないぐらいのスペースを持ち、自由な精神性を具現化するには)、たぶん、住むところが違う。

きっと、家を別々に持つだろうな~。雰囲気の違う所に。というのが、行き先に見え隠れしはじめていた。

 

ただし、それが、「関係性の終わり」と解釈されるようなものであった場合、

魂的に今生で彼に捧げるとことができるもので、それを生涯捧げることを大いに喜んで行う心根を会得してもらうには、向いていなかった。「彼氏と彼女」「内縁の夫婦」という名称では。

わたしたちの関係の性質について、「本質的」に、今生別れることがない、見事な関係。

 

そういう土壌に整備されたのだから。

大きな安心だ。深い深淵の愛と絆、実績、自由、自分を尊重し、大事にして相手も尊敬する。どれをとっても、気の置けない強力なマッチング。有り難いものが在り安く成った。最高!

 

 

「目的のために喜んで共に生活する愛しあう家族」

自分たちで細胞分裂しながら、形作り、「家族」という自認の芸術に登頂。

 

わたしたちは、自分たちで決めて、お互いに成った。

 

とっても透明にシンプルに造形された。私達がつくりあげた生活の芸術のように。ラブラブ恋の矢

「兄妹」

 

 

そういえば、お互いそのポイントに座する家族を持っていないから馴染みやすい。ありのまま。

 

 

 

星と星との関係。

全てオリジナルで、それぞれの個性(星性)は誰しも、この宇宙の星々と同様計り知れない。

 

そういう星力、星の核、オーケストラを「本当の自分」と呼ぶなら

本当の自分とは

 

 

「本当の運命の相手」

 

だろうと想ったのは、いつの頃だったろうか。

 

 

 

星としての自分に還り、その調和とその威力によって、新しい経済、次元の違う飛躍、次のステージへの上陸を解決する時代になったからにはだ。

 

 

 

では、今後、人間と人間のMake loveというのは、どんな世界観にシフトしていくのだろうとふと想った。

 

そもそも観光地、ホテルのような、地球での滞在居住場所のような肉体。

その体と体で協演される、エネルギーの爆発、触発、新しい出会いとは?

 

そして、浮かんだのが。

 

オリンピック。

 

 

 

オリンピックの期間中は、戦争をしないこと。

 

 

芸術をシンプルな形で表現することで、わかりやくす味わえるようにしている。

 

生活技術の芸術か、肉体技術の芸術か、人生力の芸術か、精神力の芸術かというような区分けで、現時点で、オリンピック対象種目になっているものが、肉体技術の芸術に関わるものというだけである世界。

 

 

 

シンプルな形(決まり)に集約し、そこでエネルギーが最高に爆発できること全て。

それが、芸術。

ひとりひとりは星の芸術家。ここは星の芸術家の集う地球という会場。

自分代表の選手が集っているという在り様だ。

 

 

研ぎ澄まされた芸術というのは、人の心を震わせる。

それは、本当の自分と調和して相思相愛である星のエネルギーが宝石のように、

ヒーリング効果、触発をもたらしているからではないだろうか?

 

 

 

そして、エネルギーとエネルギーがハーモニーするために

ハーモニーしやすいように形を定める。

エネルギー協技、協奏、協演をするために、鋳型を遣って、オリジナルのエネルギーをそこに集約してもらう。

 

それが、スポーツでいうところのルールなのだろう。

 

 

 

誠心誠意込めた自分という作品。芸術。

そして「今」に集中し、鍛え上げたエネルギーの爆発力を協演すると

触発と触発により、するっと限界を越え、新しい「エネルギー」が産まれる。

そして、その「誕生」のエネルギーが、周囲の人達をリードする。

 

「星としての個の成長力」を補う。

 

 

からくりが判ると

オリンピックのような出来事は、日常でいつも開催できることがわかる。

 

生活においても、人生においても、生命としても、精神としても。

 

 

 

 

地球上の美しい造形をみても、星ひとつの魅力、力、芸術性は堪能したり、活用するのに暇がなく無限の資産に恵まれていることは想像するのは難しくないだろう。

 

それと、あなたとは、同様なのです。あなたという存在も星なのです。

と比喩したら、どれだけ自分をコントロールし、自分という芸術を表現することに集中することを楽しんでいいのかも伝わるといい。

 

 

 

外に沢山の資産を開発した。

さらに成長したいとき、星との調和と、外の資産の調和とを融合、調和することで実現する冥利を配る。

 

 

 

オリンピックの間は、戦争をしないと決めた。

 

でも、実は、オリンピックをするには、戦争を停止しないと成り立たなかった。

 

というのも事実だろう。

 

 

本当の集中と無限の星力を放射するには、「平安」「リラックス」が精神界のベースなのだ。

平和の上に、本当の自己超越が花開く。

自己超越というのは、それほど場所を選ぶ。

 

家族や家の安全が確保されていて、スポーツ選手は地球の裏側にいって自分に集中できたわけだ。

 

 

 

本当の自分との調和は、平和と陰陽の関係。

生活の芸術は、”平和”の上に彩られる。

そして、”平和”は、本当の自分との調和に集中するとき、産み出される。

 

 

愛と愛。

本当の自分との調和の粋と本当の自分との調和の粋。

その出合い。

大きな新しい愛のエネルギーを地上に産出し、地球の平和で包むような神秘の産出。

 

内側から、地球に愛を供給する行為。かもしれない。

 

ビックバンのように。

媒体を創造し、MakeLove

 

地球の一部として、宇宙のひとしづくとして。触れられる本当の自分との調和ならなおすごい。

 

星オリンピック♪

星の芸術祭☆

生命の波動の協演と共創♪

 

 

邂逅、知り合い、調和し、愛し愛される関係へ。

平安へ、成熟へ、完全へチューリップオレンジ

 

 

 

 

 

 

家の外に愛を広げる時期

 

それは、まるで、”宇宙””社会”への出生。

 

親として、”宇宙”の自治体に届けを出し、受けられる保護、サービスを子が受け取れるよう、親が受け取れるようオーダーをすることは、愛を受け取ることを是とすること、承認することだろう。

 

そして、ここでは、親も子も”わたし”=自分。

 

その”出生届け”を出すサポートし、”宇宙”の自治体のサポートを結びつけるプロに出会った。

 

もちろん、それは私にとっての直観であり、つまり処方箋ですから、他の人には楽しい物語として風合いをお届けすることに徹しようと思う。

 

 

出生届けに盛り込まれるものには

 

理念

 

信念

 

 

意味

 

が挙げられていた。

 

 

家に帰って、文字が口にしている言葉をまじまじと味わう。

 

そうしたら、こんなふうに味わった。

 

理念 心を今にセットしたときに帰る里にある宇宙と魂と地球との調和、あるいは宝。核。を治めるもの。温泉でいうところの泉質を決める宝石と地の力、体の力、心の力。

 

信念 心を今にセットし、口から宇宙のこと魂のこと地球のこと肉体・実体のことを表現する人型の星 温泉でいうところの”形の現れ” 志(効能)を実現するために理念が体に伝わる触媒。

 

志 心が相手に向けて目指すもの 効能

 

意味 宝石が引き合わせる未来

 

天然石を活用すると、

理念は天然石が効果をもたらす世界。または天然石を作り出す世界

信念は天然石が相手に触れる触媒

志は天然石の効能

意味は”進化のマスター”(タイガーアイの意味)など

 

精神体は肉体と成長のバランスをとりながら、子宮から、家から、親星(社会)から 順に自立していく。

 

”わたし””愛”の”体”サイズが成長しつづける。

 

すべて”わたし”

 

その超然を受け入れたなら、持続可能な成長、永遠の成長が宇宙の星には約束されている。

 

自分ではないものに成ろうとするとき、成長は一時的なもの、おもちゃで遊んでいる状態。

 

愛するものが、「人生に責任を持つときです」と、わたしに懸命に訴えかけてくれた。

 

わたしは、それを 「人生を愛するとき」と今、自分のものにした。

 

 

地球に、日本に、女性に、舞い降りた来賓を歓迎し

在るものをここで仲間入り出来るよう縁をつむぐ光、それぞれに敬意と称賛を覚えた。

学びも含めた芸術祭に全身全霊で愛と感謝を贈ります。

 

昨日のセッションで、

 

宇宙観と地球観。という言葉が贈り物として届きました。

私向けの比喩を用いてコンシェルジュ直観が私のところへ届きました。

別の表現では、現実的なものの観方を学ぶ。

 

家に帰って、必死にシナプスをつなげました。笑)

 

現時点では、地球観、現実的なもののもの観方とは

男性性のものの観方を学び、受け入れる。ということでした。

 

家庭での女性の力についての理解は完璧。

でも、それを男性に伝えるためには、男性の世界観と男性の言葉を知り、

翻訳し、まずはコミュニケーションを取れるようになって

そして、相手に成るのではなく、違う存在だからこそできる協技、協奏を実現する。

戦うのでも喧嘩するのでもなく、そこが智慧と品と冒険の使いドコロ。

資産の使いドコロ。という芸術家として道。楽しみどころなのだと。

 

わたしは、認められたくて、男性のようになろうとしていたかもしれません。

相手の摂理に自分を合わせようとしていたかもしれません。

相手に成り代わろうとしていたかもしれません。

でも反対に、心が自分の存在を認められたくて叫ぶのです。

ありのままの自分であるようにすすめるのです。

すごい葛藤のような波打ち際、波と波のぶつかるような世界が精神の中にありました。

 

どこかで相手も自分も見放していた。

地球の力、命の力を知っていて活かすことに注意することから目をそらし

そして退屈していた。同じ思考ばかりを社会に当て、自分の思考という玩具を片付けることから目をそらしていた。

 

相手も認め、自分も認め、相手は相手たらしめ、自分は自分たらしめればよいのだと

両方を受け入れればよいのだと知りました。

 

 

 

在る資産を上手に活かす能力に長けた日本の女性性。

核からの愛を放射することに長けた子供。

 

地球で生史以来創ったことのない芸術を創るというテーマに

集中したらまるでここは文化祭、芸術祭の世界だろうね。

 

今まで創ったものから新しい価値を

今まで資源にならないと想っていたものを資源に変える技術を。

今まで戦いにしかならなかった世界で和足しを

 

数千年かけて作り上げた世界を”解体”することで、

新しい技術とエネルギーと資産、時代が生まれる。

 

 

 

 

”自分を変える””人生を変える””新しい次元で生きる””未知を品と智慧と冒険心で超える”

 

女性が子を宿すとき超えること。

男性に親に成ることを伝え、親としての自覚が芽生えるのをそっと見守り、頼り、共存しながら、違うものとして尊重しあい、活かし合い、助け合い、命の力を灯し、渡し船となる。

人生の大きな渡し船に。

 

家族全員を渡す。それも環境や栄養や空気やヒーリング、憩い、愛というふんわりしたものを理解し、介しながら。渡しながら。だから女性は、「わたし」というのかもしれませんね。

 

渡し、和足し。