教師になろうとしたのは、自閉症児の子たちから、たくさんの感動を受けたのがきっかけだった。

そして、彼らと週1回の水泳指導だけでは物足りなさを感じ、彼らのような子どもたちと、毎日接していたくて養護学校の教師になることを決意した。

しかし、美術教師の資格しかなかったので、まずは中学校の教師になり数年勤務したら、養護学校への異動を希望しようと考えていた。

つまり、中学校の教師は、養護学校の教師になるための通過点として捉えていただけだった。

本気で中学生の生徒たちと向き合っていこうなどとは、心の底から思っていなかった。

そんないい加減な思いは、生徒たちには感じ取られていたのかもしれない。

障害児教育に全力を傾注しようと志を立てていたが、目の前にいる中学生たちには、「本気」で立ち向かっていなかったのだ。

初日からの彼らの私に対する態度は、そんな自分の心の姿そのものだったに違いない。

勤務している中学校には、暴力事件や、恐喝事件、窃盗や暴力団とのつながりのある生徒、シンナー中毒の生徒、そして暴走族に所属している生徒が少なくない。

そんな生徒たちとつきあうには、生半可な気持ちでは無理だ。

それなのに、なんて自分はいい加減な気持ちで担任をしているのだろう・・・うしろめたさえ感じてきた・・・

教師となって5日目の午後・・・・隣町の中学の生徒指導担当の教師から、学校に連絡がきた・・・

学年主任が対応した。

「おたくの生徒が本校の生徒に暴行をはたらきました・・・

引き取りにきてくれませんか??」

そういえばタツジが今日は休んでいた・・・

学年主任から呼ばれた・・・・

「先生・・タツジがまた暴行事件をおこしました・・

困ったもんです・・・先生が、引き取りにいってきてください。

親にいっても無理ですからね・・・あいつの親もヤクザなので、相談しても無理ですから・・・」

また?1年生の頃から何度も傷害事件を起こしているのか?

「はい、わかりました。今からすぐに行きます」

生徒指導主任と二人・・・不安な思いで引き取りに向かった。

暴行を受けた生徒は、頭と腕に包帯が巻かれていた・・・

その隣でタツジは、反省の色など微塵も感じられない態度を

とっていた・・・・

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