4月の健康診断や体力測定等、各行事も終了し、いよいよ本格的に授業が始まった。

チエが生徒手帳を持って職員室の私の席にきた。

「先生、ハンコを押してください」

なんの説明もなく、生徒手帳の「本日の体育の授業は見学させてください」とチエの母親が書いた欄を指さし、担任の承認であるハンコの催促をしてきた。

チエは、幼少の頃、足に大けがをして両足の指を全て失っていた。

その為、幼稚園、小学校、そして中学と体育の授業を受けたことが一度もなかった。

そのことを、担任である私も知っているものとして、授業見学を承認する担任のハンコを頼みに来た。

保健の先生から事前にチエの事情を聞いていたが、あえてしらぬふりをしてチエに尋ねた。

「なぜ見学なの?」

予期せぬ質問にチエは戸惑った表情をした。

今まで当然の如く体育の授業は見学してきた。

担任も特にその理由を聞くこともなく全てが当然のこととして

すすめられてきた。

私も事情は知ってはいたが、これから先のことを考えると、本人から見学理由を言える子であって欲しいと願い、あえて知らないふりをしてチエに質問をしたのだった。

「どうした?見学理由はなに?」

再度質問をした。

「・・・・・」

突然、チエは泣きだしそうな顔をして職員室を出て行った。

まずい。傷つけてしまったか。

きつい質問だったかもしれないと後悔をしたが、既に遅かった。

チエを追って教室にいった。

チエは自分の席で顔をうずめたまま泣いていた。

それから、チエは2年間、私とひとことも口をきくことはなかった。そう、卒業式の前日まで。