フランスの小噺でこんなものがある。

ある所に兄弟がいました。
弟は母と暮らし、兄は都会で独り暮らし。
ある日、久し振りに兄が実家へ戻りました。
久し振りに会う弟と積もる話をが弾みます。
兄「ところで、猫を見かけないが何処に居るの?」
弟「ああ、死んだよ」
兄「お前は本当にデリカシーがないなぁ。
そういう時は、ある日鳥を追い掛けて家の脇の木をよじ登り屋根に上がったのだけど、降りられなくなったんだ。
僕は、猫を助けようと、梯子を掛けて屋根に登ったのだけどだけど、屋根の上は滑り易いものだから、猫は凄く怯えていて屋根の端に爪を立てて必死にしがみついているんだ。
僕は手を伸ばしたのだけど、猫は立てていた爪を滑らせてとうとう…
と、こう言えば心の準備が出来ると言うもんだろう?」
弟「なるほど。解ったよ。そして」
兄「ところで、お母さんは?」
弟「ああ…、ある日鳥を追って家の脇の木をよじ登り、屋根に上がったんだ…」
とまあ、色々バリエーションはあるが、これは結構な有名な小噺である。
誰でも、いきなり悪い知らせを聞くのは嫌なものである。
出来れば、心の準備をしたい。
それも、時と場合を踏まえないと気持ちの整理がつかない。
まあ、物事には軽重があり、人の生死となると話しは別だが、浮気となるとどうだろう?
浮気をする側として、私は浮気の形跡を残さないようにしている。
仮にどこかのレシート等の証拠品が発見されても、普段と違う香水の香りに気付かれても、ちゃんと言い訳を準備している。
「知らなければ幸せ」はその通りだと思う。
中途半端に情報があると、人は不安になり、疑い、気持ちも沈む。
疑心暗鬼にさせるくらいなら、丸っきり情報を与えないか、全て正直に開示するかだ。
これは、浮気をされる側でも同じである。
中途半端に知るのが一番たちが悪い。
相手が、例え全ての情報を開示していても疑心暗鬼となる。
全て話してくれているという信頼関係がなければ安心感を得られないからだ。
この事から、浮気の片鱗も見せない事の方が、お互いの間にストレスを生じさせない最善の方法だと思える。
何故なら、誰でも試みる事が出来る方法だからだ。
全ての情報を開示して全幅の信頼を得る方が遥かに難しい。

何故こんな話しかというと、離れて暮らす彼女の事が見えないからだ。
正直に話してくれていると思う。
嘘はつかない娘だとも思う。
でも、連絡が取れない時は不安が先に立つ。
何時もなら手紙するには早い時間。
まだ、21時過ぎたばかりだというのに返信がない。
お風呂かも?とか或いは疲れて寝てしまったか?と考える。
でも、普段の行動からすると、寝るには早すぎるし、もしかして、体調不良で寝込んでいるかも?等と考えを巡らしてしまう。
暫く待っても返信はない。
こりゃあ、寝ちゃったか、体調不良だと思った。
ここで最悪の不安が頭をもたげる。
他の男と内緒でデートしてるかも?
こういう考えが湧いてくるとなかなか払拭できない。
「デート中は手紙の返信しないもんなぁ」なんて…

疲れてそのうち寝込んでしまう。
朝になっても手紙は入ってない。
もし、夜中に起きたなら返信がある筈だ。
「寝たことにして、デートしている可能性はある」と最悪のケースまで考えてしまう。
いや、でも、体調不良だったらどうしよう?
まさか、まだ熟睡中?
仕事で万年睡眠不足だからなぁ。
色々考えて気を揉む。
「おはよう」の手紙を送ると、随分経って返信が来た。
母親と外出から帰って来て、夕方から寝込んでしまったとのこと。
ホッとした。
身体が何ともなかった。
ただ寝ていただけだった。
まだ、私は彼女を心から信頼していないのかもしれない。
彼女には他に付き合う男性がいるのだから、この不安はなかなか消えない。
悋気の独楽は、向こうへ行ったり、こちらへ来たり。
ふらりふらりと回り続ける。
いつも通っている丸の内のスポーツジムがある。
残念ながらプールはないが、マシンにスタジオ、お風呂が癒してくれる。
なにせ、都会の真ん中でお風呂に入れるのが良い。
風呂上りは、イルミの並木を涼みながら歩ける。
ところが、今日は今年一番の寒さである。
昼間も冷蔵庫の中と同じ位寒い日なのです。
そんな日に、ワイシャツ姿で汗をフキフキ歩いている私を道行く人は怪訝に視線を送り、変質者を見るような目で眺める。確かに間違いじゃないが、どこかを露出して歩いている訳ではない。
コートを羽織って、いきなりバッと前を開いてやろうかと思ったが、コートを着ると他の人と何ら変わりがないことに気がついて止めた。
昨夜彼女と逢った。
非常に機嫌が悪く、顔を会わせても目を見ずソッポを向いている。
手紙の遣り取りで私に色々言われたのが気に入らなかったらしい。
寒がりの彼女とゆっくり話せる場所をと思い、ホテルへ行くことにしたが、電車の中でもあちらを向いている。
その後ろ姿を眺め、どう話そうかボウッと考えていた。
そしたら、所要の手紙が来たので返事を打っている間に降りる駅を乗り越してしまっていた。
降りたところが、何を勘違いしたのか、それにさえ気が付かない私にまた激怒。
話に持っていくまで一悶着だった。
でも、まあ、ホテルへ行き、暖まりながらポツリポツリと私が話をする。
彼女は始終黙りっ放しで、私の質問に答える程度。
それもあちらを向いて顔を会わさない。

私は既婚者、彼女は独身。
彼女は、独身者が他の男性とデートしたり、セックスをすることの何が悪いと言う。
寂しくさせるから悪いんだと、寂しくないように傍に居れるの?という理屈である。
私は、私が大切に思っている女性が、自分を大事にしないのが嫌である。
人は自由にも制約がある。
何でも自由ではない。
もし、そうなら、人に対して「迷惑を掛けて済まない」とか、「悪いなぁ」なんて感情は生まれない筈だ。
人の思いや期待を裏切ること、他人ではなく自分自身でさえ自分のポリシーに反することを行う時には、抵抗を感じるものである。
そこには、明らかに何らかの制約が存在する。
とにかく、自分を大事にして貰いたい。
そうした行動も、生活習慣も、いっぺんにでなくて構わないから、少しずつ変えて行こう。
そうすることで、一歩ずつ幸せに近づいていくのだからと話す。
彼女は、頷きもせずベッドに横たわり身体ごとあちらを向いて聞いている。
ひとしきり話し終わって、彼女が言うには、「生活習慣は改めたいが、それ以外はどうしようもない」という返事。
でも、少しは解ってくれたと感じた。
私の考えが伝わったと思う。

話し終わって、お互いに気まずい。
彼女は直ぐに機嫌が治るタイプではないから尚更だ。
このまま、気まずく無言でホテルで過ごすのは無駄に思えるので、食事か自宅に帰るかの選択になるかな?
と思ったので、「どうする」と聞くと「セクスしてもいいよ」という。
「でも、気まずくてそんな雰囲気じゃないでしょ」と私。
「セクスすれば気が晴れるかも?」と彼女。
それから、物は試しとしてみたものの、やはり気持ちが高まらなく途中で断念。
腕枕をして抱き合い、またポツポツ会話をする。
今度は先程と違い、大分彼女の気持ちが解れてきた事を感じている嬉しい。
ホテルを出る頃は、強張った気持ちが氷解していた。
「逢って良かった」と幸せを感じた。