痔主になった。
地主ではない。
医者に診て貰ったら直腸にポリープがあるという。
今日医者に摘んで貰った。
麻酔をしたので足下がフラフラする。
ロッカーで着替える際に腰周辺の感覚がない。
その割には、血流がいいのかジュニアは元気である。
かなり膨らんでる。
変な感じなので、誰も見てないことをいいことに少ししごいてみる。
感覚がなく、全く気持ちよくない。
なんだぁ と思い着替える。
術後の医者の説明を受け、受付で袋を渡される。
聞けば、下血した際のガーゼだそうである。
これなら、ナプキンの方が余程機能性が良さそうだが、男には出さないのか?
一度付けてみるのも悪くはなかったが…
足下がフラフラするのでネットカフェにでも寄ってほとぼりを冷ましてから帰ることにする。





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上野、エル・グレコ展を見に行って来ました。
あのグレコです。
散々ダン・ブラウンの小説に出てくる受胎告知を見たいと思い足を運びました。
お目当ての「受胎告知」。
やっぱり、生はいい!
というのが感想でありますが、宗教画はさっぱり解らない。
日本人には馴染みがない。


凄く正直な感想はお母さんに連れられた小さな女の子が後ろで漏らしていた。
「お母さん、あの女の人は聖人なのに赤ちゃんを踏んづけてるよ」
聖人パウロのいる〝無原罪の御宿り〝はアンナが赤ちゃんを踏みつけている。
しかも、複数の赤ちゃんの頭の上に乗っかっている。
青いドレスの裾に隠れて脚が解らないが、あれはグリグリ踏みつけていると言っても良い。
なんで?と思うのは私も同じだったが、私の方が大人である。
「そんなもんだ」で済ませた。
しかし、子供の目は怖い。
生まれながらにして罪を持たないマリアを産んだはずのアンナは子供を踏みつけていた?
それって原罪じゃないのか?
見て見ぬ振りをしちゃダメである。
子供は素直である。



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沖方  丁

江戸時代初期の話である。 
4代将軍家綱の頃、お城手囲碁の指南役をやっている、渋川晴海という不思議な人物が主人公。
過去の棋譜ばかりを尊重していることに飽き飽きした喪のばかりである。
晴海は元々大和を、星をみるのが好きだった。
特に算術好きが高じて天文観測、改暦の大任を担うことになるという話である。
時代物というと、服装、文化、習慣、何もかも違う世界の話を良く書けるものだと感心する。
細々とした物まで見てきたように書け、違和感がなく現代に通じるように表現するのは才能だと感じる。
この小説も、晴海の純朴さと素直さが良く表現されている。
時代背景や、ちょっとした小物の扱いなどで、それほど詳しく表現しなくてもそれらしく読めてしまう。
作者の力か、グイグイ引き込まれてしまう。
楽しい小説であった。



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