生涯、飽きたり、また初めたりする”腐れ縁”のような趣味がある。私の場合はプラモデルである。子供の頃、物心がついた時からもうプラモデルを作っていた。いや、模型と言ったほうがいい。グリコのおまけから始まり、ビッグワンガム、名前は忘れたがイチゴ味のキャラメルコーンのような物のおまけのゾイドのようなおもちゃ・・そしてガンプラへと移行していった。中学性になる頃からであろうか、そのすべては無くし、壊し、ごみ箱に消えていった。
そして30歳位であろうか、友人がガンプラを作っているのを見て、触発され、また始まった。小学生以来のガンプラに俺は目を剥いた。RGシリーズやHGシリーズ。果てはPGなどといった小学生時代には考えられないプロポーションと組みやすさの代物が店頭に並んでいた。最初に買った物は覚えている。”MG グフカスタム”登場した「MS小隊」はおろかファーストガンダムすらまともに観た事も無かったのに盾に装着されたガトリンクガンに惹かれた。そしてちゃんと塗装をしようと筆と塗料を買い込み製作した。一心不乱に。本来は水色塗装だが黒色にし、線香でショルダーアーマーを突っつき、鍛造表現をほどこした。ガトリンクガンの銃身をプラ棒で作りなおし、ショートバレルに改造した。それから止まらず、MGシリーズを中心に十数体は製作した。エアーブラシは敷居が高く感じ、筆塗り以外にも缶スプレーも使ったりした。しかし、当時私は自主製作映画を作っていて「これは、止めなくてはいけない!」断絶する必要もないのにきっぱり止め、その全てを処分してしまった・・。
そして自主製作映画を何本か撮り、映画コンテストに出品し、挫折した。三十五歳頃からだろうか、友人は仕事や結婚で俺にかまっている暇もあるはずもなく、ひとりひとりと私の周りから去って行った。一人で映画が撮れる訳もなく、私の映画は絶賛休止中である・・。
その後、小説を書いたり、短編ホラー映画を撮ったりと少しの抵抗をしながらテレビをつけると「所さんの世田谷ベース」で所さんが戦車模型を改造して遊んでいた。それは大きな戦車のラジコンだった。シャーマン戦車に塗装をし直し、木箱を乗せたり、錆塗装をしたり、オリジナルのフィギュアを乗せたり・・「これ,やりたい!」そして三度目に火がついた・・。
HENLONGの1/16RCシャーマン戦車。これを製作したのは三年程前、当時は製作過程をブログにあげようなんて思っておらず、いきなり完成写真。元はただのシャーマン戦車。当初は塗装をし直し、後部に荷物を乗せて完成。と思っていたのですが、プラモログさんのサンドバッグアーマー仕様のシャーマン戦車のジオラマを見て一目惚れ。どうせなら・・と製作。
察っしのいい方ならお解りいただけたであろうか?後部にはライベン一等兵が葉巻をふかしていて、装填手ハッチには A2ジャケットを着たオッドボール・・ではなくブルース・ウィルスが。そして戦車長ハッチにはジェイク・ギレンホール(結果的に似ていた)が乗っています。ジェイクは製品についていた物をポーズを変更し、ライベンとブルースはタミヤの1/16フィギュアを改造。ライベンのBARはプラバンや割り箸でフルスクラッチ!
シャーマンの魅力は車体に乱雑に積まれた荷物(ドイツ軍では禁止されていたそうです)そんな所からも国民性が垣間見れて面白い。サンドバックは無地のキッチンペーパーをミシンで縫い、中に石粉粘土を入れ、水溶き木工ボンドを塗り、塗装して製作。二度としたくない作業です。布類は同じくキッチンペーパーで作り、砲弾ケースはバルサ材で、空薬莢は真鍮パイプから。樽や有刺鉄線、 銃器類以外はほとんど手作りです。あまり1/16のアクセサリーパーツは売っていないのですなぁ。
最後に1/35のシャーマンとの大きさ比較。やっぱりでかい。そして重い。1/35のシャーマンはまた今度。
十年近く振りの模型。見る人が見たらまだまだでしょうが、まぁ自分的には満足ゆく物になりました(今はもう少し上手くなっています)そして何よりプラモ作りに出戻るきっかけになった物でした。今後は製作過程も書いていく予定ですのでよろしくお願いいたします。









