ジオラマ。ディオラマ。ダイオラマ。情景・・。呼び名は数あれど私はジオラマである。「何ソレ、こわ~い♡」という女性の方に簡単に説明するとプラモデルを風景ごとミニチュアとして作るという物である。プラモ作りが楽しくなり、メインの趣味となった私は秋葉原のヨドバシカメラでタミヤの名作キット、 TIGERⅠを手にしていた。時は2015年初頭であっただろうか。そう、映画「FURY」が公開された直後、以前のブログで書いたように世の中からSHERMAN戦車が消えていた頃の話である。やっと手に入れたSHERMANを完成させた私の頭の中身は次は何を作ろう・・で頭が一杯であった。(後の調べによるとモデラーの頭の中身はみんなそうであるとの事)いや、迷ってなんかいなかった。もう、自動的にTIGERⅠと道筋は決まっていた。(後の調べによると「FURY」を観たモデラーはみんなそうだった模様)映画では何発の砲弾を受けるも、軽々と厚い装甲で跳ね返し、あっという間に三両のSHERMANを撃破。最後は後方に回られエンジンを撃破されたものの、その形は崩れることはなかった。その後、行動不能となったTIGERから車長以外は逃げ出して行く。それはドイツ兵が強かった訳ではなくTIGERⅠが強かった演出なのである。現在でも間違いなく世界一、不動の人気を誇る戦車である。

 

 話を元に戻そう。「FURY」の話になると序文が長くなる。ジオラマである。そうしてTIGERⅠを完成させた私の脳裏にあの夏の淡い思い出が蘇る。それはまだ小学校2~3年生の頃であったであろうか。岡山の田舎で育った私はガンプラ少年だった。アニメが特に好きな訳ではなかったのだがロボット、機械的な物が好きであったからであろう。プラモデルは近所(と言っても遠い)の薬局の奥に売っていたり(不思議な田舎の現象)父親に車でスーパーのおもちゃ売り場に連れて行ってもらいよく買って貰っていた。しかしそこはいわゆる模型店ではなくおもちゃ屋さんとか、ついでに売っている的なものだった。つまりは、店頭のショウウインドウに凄腕モデラー製作したプラモデルやジオラマが自慢げに飾られている様なちょっと大人の模型店ではなかった。しかし、当時の漫画「プラモ狂四郎」でジオラマという存在は知っていた。記憶はさだかではないがその少年誌にジオラマ写真が掲載されていた?り、正月に親戚が集まると、お年玉の使い道として市内の大きなデパート内の模型店に連れていってもらっていてその店のショウウィンドウに飾られていたような記憶がある。そんな頃、私は人生初のジオラマを製作したのである。

 

 あくまで子供、小学校低学年の頃の話だ。もう失念してしまっているのだが、ガンプラではない何かのロボットのプラモデルを買ってもらい、製作した。まずは頭部から。頭部は一つ。皆さんそうであろうが作っていて楽しい。先ず真っ先に作り「お~っ」となり、次に胴体を作り。頭部をはめ込む「お~カッコいい」と当時の私。さて、ここからだ。当時の私の集中力のライフインジケーターは1~2%。腕と足を作る頃には0%を切っている。じゃあ翌日・・といってもそのプラモに与えられた集中力はもう残されてはいないのである。とりあえずその頭部と胴体を赤色に筆塗りをし、考える。これで完成とする方法は無いものか・・。見た目は破壊され、四肢を失ったロボ・・「そうだ!破壊されたロボのジオラマにすればいいんだ!」その後、熱したキリで頭部、胴体にダメージ表現。もちろんその後の塗装なんてしやしない。そしてカブトムシを飼うような透明のプラケースにホームセンターで買って貰った“との粉“という代物(木目を平滑にする為の木の粉)を入れる。つまりは砂漠での戦闘後の破壊されたロボットを表現したかった訳だ。そして私はそのロボをとの粉にブッ刺し・・完成とした。との粉を固着させるという発想はなかった。日によって砂漠の形状が風や移動により日々変化する代物である。しかし、しかしだ。当時の私はそれで納得したのである。感動すらしたのである。ザク的な雑魚キャラロボがガンダム的なヒーローロボにあっけ無く倒され、砂漠の砂と共に歴史の波に埋もれていった・・ように見えたのである。母親に見せると「あらぁ~ようできたんじゃな~」とお褒めの一言。軽くあしらうという大人の所作を知らなかった私は気を良くし、近所に住む友人の藤井君に自慢げにそのジオラマを見せた。すると、するとだ・・藤井君は表情一つ変えず一生忘れられない一言を言い放ったのである。

 「ふ~ん」まだ少年だった私はその「ふ~ん」に全ての意味を知った。今までキラキラと輝いていた人生初のジオラマが、との粉が入ったプラケースに手足のないロボットプラモデルが刺さっているだけの得体の知れない物となった。やがてそれは近日中のうちに不燃物となりとの粉は自然に帰っていった・・。

 

 と、いうのが私の人生初のジオラマ製作なのである。それから三十有余年、とあるきっかけで製作したのがこれ。

 どうでしょうか。集中力のライフインジケーターも60~65%とパワーアップしております。タイトルは『Church'St』ベースはスチレンボードで石畳をけがき、教会はメーカー名を失念しましたがアメリカ製のキットを使用しております。この建物キット。いつもの中古店で購入したのですが蓋を開けてびっくり、レジンキットと思いきや石膏でできておりました(屋根部分はレジン)大方の予想通り、一度倒して真っ二つになりました。しかもドアや窓枠はついておらずスチレンボードで切った張ったで製作。雨どいやら階段の手すりやら見えない鐘やら・・結構手を加えております。柵関係はお馴染みMiniArtより。雪はモデリングペーストに重曹を混ぜてそれらしく。履帯跡は今見ると変。横に擦れてなければなりませんな。

 主役のTigerⅠ初期型。前記の通り、タミヤの物を使用。一度は作っておきたいS04、ミハエル・ビットマン仕様。ほとんど巣組みなのですがワイヤー系をステンレス線で製作。履帯交換用のワイヤーがストレスマックスだったのを忘れない。塗装はダークイエローからの白エナメル。そしてエナメル溶剤で剥がしております。実車の話、白色迷彩は水性塗料で塗装していたそう。ボロボロと剥がれていったそうな。なのでクルーが歩きそうな場所は多めに剥がしてみました。

 ジオラマといえばフィギュア、これにつきます。単品では表現しきれない物語が生まれます。と、偉そうに書きながら戦車兵全員乗り物酔いをしているような顔色。これを製作したのは四年ほど前、今はもっと上手く塗装できている・・はず。戦車クルーはタミヤのドイツ戦車兵前線偵察チームを冬服風に改造。ハッチの二人は余裕の一服。もう一人の若者は彼女からの手紙を読み返す・.・。一方、焚火の兵士は戦闘ショックから茫然自失、一人にしてくれといった所。このフィギュアはレジンキットを使用。

 そして非常に分かりずらいのですが教会の二階からは神父さんが焚火の兵士を見つめているのです。元はドイツ兵、エポパテで改造してみました。しかし、スチレンボードの窓枠。ヘロヘロです。今ならプラ板で作ります。そしてこれでは終わりません。あの頃の私へのリベンジでもあるこの一作・・。

 教会の後ろ蓋を開くと電池ボックスが!

 そう、LEDで発光するのです。写真では分るよしもありませんがこのLED、ゆらゆらといった感じで点滅するのです。二階の神父さんはランプ。自失の兵士は焚火がゆらゆらと。二年振りにスイッチを点けましたがちゃんと点きました。中々良い感じなのです。しかし、ぼんやりと付けばいいと一番弱いLEDを使用しましたが模型的にはもうちょい強めの灯りでも良かったかと思います。

 途中、もったいぶって書いた(とあるきっかけ)というのが俳優、石坂浩二さんが主宰されているプラモデルクラブ「ろうがんず」が2014年から開催されている模型コンテスト『ろうがんず杯2015』に出品する為であったのです。直ぐ言います。結果は無冠でした。が、まぁ仕方ないか・・。と思う反面、くやしさもあり、楽しくもありで2016、2017と毎年恒例参加となっているのです。その顛末はまた書かせていただくとして・・。

 

 拝啓、「ふ~ん」の藤井君。お元気でしょうか?すっかり疎遠になってしまいましたが私はこんなジオラマが作れるようになりました。決して恨んでいる訳ではありません。ジオラマってめんどくさいなぁと思ったらあの「ふ~ん」を思いだすのです。そしてもっと上手く作れるように努力を重ねているのです。今も新作を作っている次第でございます。いつかもし出会う事があれば私のジオラマを見ていただきたい。その時には「おぉ~」と言わせてやりたいと思う次第でございます。敬具。