ビークル杯の頃 | 板垣コラム

ビークル杯の頃

トイズの人間は皆バラバラになったので大会は僕が引き継ぐ形となった。


タイミング良くトイズ時代から仲良くしてもらってた中古車屋さんビークルで働くことになりその合間に業務として大会をやらせてもらえるようになった。


この辺からドリコンGPの予選会やらBM杯やら始まり備北は益々盛り上がってきた。


大会はビギナークラスやらを作ったり予選ルーレットは廃止等テコ入れをしていった。


審査員も谷口が忙しくなり後半では神本、湯浅を審査員として投入することになった。


この頃僕は進行と審査の計算をしていたのだがこれも後半になって来て電卓からパソコンへと大会は大きく進化していった。管理人(堂薗浩二)の誕生である。


この頃が一番備北が盛り上がってたんじゃないかな?

選手もだけどチームの時代だったかも…アウトフェイス、アプローチ、ナイトゾーン、NA WORKS、club Mansまさに時代は群雄割拠だった。


あと思い出としてはBM杯の電話受け付け!
開始時間から二時間電話鳴りっぱなしでキャンセル待ちも20人くらいいて電話だけでひと大会終えたくらい体力を使った記憶がありますわ。


しかし4,5年働いてたビークルを退社することになりいよいよ、J-Cupが始まることになる。

つづく






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