建築書
ウィトルーウィウス 著
森田慶一 訳
講談社学術文庫
2026年1月14日 第1刷発行
この本は自分にとっては敷居が高いと感じていたのですが、別の本に「この本の内容についての今日の評価は一致してかなり厳しく、ウィトルウィウスは当時でも二流か三流の建築家であったに違いない、とさえ言われてる」とあったので、かえって親しみが持てて、読もうという気になりました。
第一書
カリュアティデスと呼ばれる、ストラを纏った婦人の大理石像の柱
(訳注 一番良い実例はアテーナイ(アテネ)のアクロポリスにあるエレクトリオン)
そのカリュア(訳注 カルュアエとも呼ばれる。スパルタの北にあたるラコーニアの町)はギリシャに敵対してペルシャに与した。そのためギリシャ人はカリュア人に戦いを宣し勝利した。
こういう理由で、当時建築家たちは、後世までカリュア人の悪評高い罪の償いが記憶に伝えられるように、荷を負った格好につくられた彼女たちの像を公共の建物に意匠したのであると。
(単なる美しい像だと思ったのですが、厳しい逸話が含まれていたのですね)
城市が海に近接していて南か西に面しているならば、そこも健康的ではない。なぜなら、夏季を通じて南の天は日の出時には暑くなり、日中には燃えさかり、西に面する天は日の出には暖かく、日中には暑くなり、夕方には沸き立つから。
第二書
デイノクラテースは容姿と体躯の威とによって推挙されて高い身分に成り上がりました。しかるに、インペラートル、自然は私に背丈を与えず、老齢は容姿を醜くくし、身体の工合も活力を低下させてしまいました。このように、私はこれらの援兵に見捨てられているわけですから、学識と著書の助けによって、こいねがわくは御知遇を得んことを。
第三書
第四書
キルクスにあるカストルの殿堂のような形式で最初につくられたのはアテーナイのアクロポリスとアッティカのスーニオンにあるパッラス・ミネルウァ[アテーナー]の殿堂である。
(訳注 アテーナイのアクロポリスにあるミネルウァ神殿は言うまでもなくパルテノンを指す。スーニオン(スニオン)のミネルウァ神殿はここではおそらく現在ポセイドン神殿と確定されている堂を指しているものと思われる。スーニオンには古くアテーナーの神殿があり、その遺跡とおぼしきものが発掘されているが、その堂はペルシア軍侵入の際に破壊されてしまったからウィトルーウィルスの頃には存在しなかった筈である)
第五書
特に元老院議場は何よりもまず町や都市の威厳に相応しく造らるべきである。
第六書
しかるに、カエサル、このわたくしは技術から得られるべき金銭に勤勉を売り渡すのではなく、悪評を伴った富裕よりもむしろ良い評判を伴った貧乏を良しとしました。こういうわけで、得られた名声はわずかでありますが、この数巻を世に出すことによって、願わくば後の世に知られんことを。
イタリアは北と南の中間にあって両方が混ぜ合わさっているので、適度であって勝るものなしと称賛を博している。それで、知力を持って夷狄の勇猛を破砕し、強い腕力で南方人の思慮を破砕する。こうして、神の御心はローマ市民の国を立派な中庸の地域に配置したので、彼らは全世界の支配権を握ることができたのである。
第七書
プトレマイオス王は、実に、こう答えたと言われています。千年も前に死んだホメーロス(ホメロス)は長い年月にわたって幾千人もの人を養っている。ホメーロスよりも優れた才能を公言してる者は自分はおろか多くの人をも養うことができなければならぬと。
第八書
水の発見は、もし泉が露出していて流れているならば、比較的容易である。しかし、もし流れ出していないならば、水頭が地中に求められてそれが集められるべきである。それは次のように試みられるべきである。太陽が昇ってしまう前に、水を求めようとする場所に歯において伏し(腹ばいに伏し)、地に顎をつけて支え、その辺りを見渡す。こうすれば、顎は動かずにいるから、視線が必要以上に高くなって誤りを犯すということがなく、どの方角にも一定の限界で水平な高さを示すであろう。その時どこかにゆらゆらという空中に立ち昇る湿気が現れると、そこが掘られる。なぜなら、乾いた土地ではこの徴候はありえないから。
酸性の水脈に属する泉もいくつかある。たとえば、リュンケースティス(マケドニアの内陸地方)に、イタリアではウェリアの湖(ローマの北にあるアペニン山脈中の湖)に、カンパーニアではテアーヌム(現在のテアーノ)に、その他いたるところにあって、これらはそれを飲むことによって人体内にできた膀胱結石を消失させる力を持っている。
(これが本当なら凄いと思いますが)
陶管による導水はこんな工合の良い点をもっている。第一に水道の中に何か悪いところができても、誰でもそれを修繕することができる。さらに、陶管からの水は鉛管を通ったものに比べてずっと衛生的である。なぜなら、鉛からは鉛白が生じ、それは人体に有害だといわれているからである。
第九書
第一〇書
さて私は、水力オルガンについて、それがどんな理法に基づいているかということにできる限り簡明に直載に触れ、それを記述することを省略しないであろう。(訳注 この章の記述から水力オルガンを再構成することは困難である)
