西の果てまで、シベリア鉄道で

ユーラシア大陸横断旅行記

大崎善生 著

中央公論新社 発行

2012年3月25日 初版発行

 

小説家の大崎善生さんによる、2009年6月、ウラジオストック(ウラジオストク)からリスボンまで、鉄道に乗って行った記録です。

大崎さんは自分にとっては、小説家としてよりも「将棋世界」の編集長のイメージが強いです。

この本の舞台がユーラシア横断ということで、ロシアからヨーロッパの最西端までだと、どうしてもロシアの大変さが目立ってしまいます。

でも話としては、シベリア鉄道の食堂車のステーキや駅の露天商のピロシキがひどくて結局カップラーメンばかり食べていたとか、車掌さんが無愛想だったとか、の方が面白いですね。

 

第一章 シベリア鉄道に乗る

東京駅を出発して、新潟行きの新幹線に乗り、富山県伏木港からロシア船籍ルーシ号に乗船し、2日間窓のない船底の部屋に閉じ込められてウラジオストックに辿りつき、そこで1泊してから翌日の夜に出るシベリア鉄道ロシア号に乗り込んだ。

 

ロシア語は N やRが鏡に映したように逆向きになっていたり、アルファベットの中に数字があったりで、まともに読もうとすると間違いなく頭が痛くなる。

(アルファベットの中に数字があったというのは、З(ゼー)のことだと思われます)

 

一見、ヨーロッパ風の街の造り方をしていながら、ロシアとヨーロッパの違いは

・散歩している犬が極端に少ない

・自転車がない

・カフェがない

イルクーツクでよかったのは、ホテルに隣接して‘’モネ‘’という名の小さなイタリアン・レストランがあってそこが感動的に何を食べても美味しかったこと。

 

2009年のこの旅では、伏木富山港を出発してからの船代と、6泊7日のシベリア鉄道1等車の運賃、途中下車の宿代、さらにモスクワを経て寝台列車を乗り継ぎワルシャワ泊まで、計2週間の費用全て込みで、2名分が約65万円ほど。ちなみに、近年は数百万円かけて15日間ゆっくりと観光しながら回る「ゴールデンイーグル号」という豪華寝台特急も走っている。

 

第二章 陸路でパリへ

ヨーロッパのアパートに時々見かけるスキップフロアであることを看破した。(5階に行くためには)4階から階段上がるか6階から降りるかだ。

 

フランクフルトは一度は是非行ってみたいと思っていた街であった。ここがドイツでは20年も連続で「最も暮らしたくない街」に選ばれていることは知っていた。

 

シュヴァルツヴァルト(黒い森)が突然に枯れ出した時、建設予定だった原子力発電所の工事を住民の力で止めさせたのが、環境首都と呼ばれるこの街フライブルクの新しい歴史の始まりとなった。

 

コルマールという小さな町に十数年前に突然将棋ブームが起こり、将棋の会が発足した。15人くらいで始まったのだが、そこで不思議なことが起こった。ほぼ全員がフランス人の初心者で、毎週のように集会を開くのだが、全員が初心者のためいつまでたっても誰も強くならないのだ。そういう状態が3年も続いた頃、将棋雑誌の編集者だった私が情報を察知し、その奇怪な現象を取材しに現地を訪れたのだった。

 

高速鉄道とは「最高時速250km 以上で走行する列車」を指す。たとえばドイツ国鉄のICEは国内主要都市を中心に7カ国をまたいで運行し、最高時速330キロを誇る。

フランス国鉄のTGVも最高時速は320キロ、パリを拠点として 6カ国にわたり運行している。

 

第三章 西の果てまで

スペインで何も食べる気が起きなくなると、そこにはガスパッチョという栄養の塊のようなスープがあって、まったくよくできた社会でもある。食欲不振や夏バテ防止に最適で、これを飲んでは体調を戻し、再びビールはワインやサングリアを飲み過ぎ、炎天下を歩き回り疲れ果ててはガスパッチョで何とか立ち直るというジャンキーのような数日を過ごしていた。

 

おわりに 旅の熟成、言葉の鮮度

旅はある意味では作家としては欠かすことのできない語彙と体験の補充の場なのかもしれない。新しい何かに出会い、心を動かされ、それを言葉で表現しようとする時、自分の中にいくつかの新しい言葉の組み合わせが生まれていく。ただそれが原稿の上に現実に産み落とされるのは、もっともっと先のことで、ある期間自分の中を血のように巡り続けて熟成されるときを待つ。