(カラカラ浴場)
第四章 大規模な公共浴場は、なぜ作られたのか 古代ローマの泉と浴場・水車の話
古代ローマ時代、大型の装飾用噴水が38箇所あったことが、フロンティヌスの「水道書」に記載されている。
日本語では「泉」は自然、「噴水」は人工という意味合いが強い。
英語の「ファウンテン」は「噴水・泉・水源」等の意味がある。
トレヴィの泉は地中から湧き出てるわけではないので、日本語では噴水に相当するが、「泉」と呼んでいる。
水道橋の終着点を示す噴水は「モストラ」と呼ばれ、とりわけ華麗に装飾された。
現在ローマにある泉は中世以降のものであり、これらの泉の設計者・建設者として特に有名なのは、デッラ・ポルタとベルニーニである。
福島県にある「スパリゾート・ハワイアンズ」は、カラカラ浴場とほぼ同規模の広さと収容人数である。
浴場の運営、維持のために多数の奴隷が働かされていた。
カラカラ浴場はローマ帝国滅亡後の537年、ゴート王ウィティギスのローマ包囲、水道封鎖により使用不可能となったと言われている。
ギリシャの共同浴場
・バラネイオン 純然たる浴場施設
・ギムナシウム 体育施設、講義室や図書館を備えた教育施設に風呂がプラスされたもの
ギリシャの影響を受けて発達したローマの浴場
・バルネア バラネイオンやギムナシウムを継承した浴場
・テルマエ その中でも特にスケールの大きな公共浴場
首都ローマには、テルマエ11ヵ所、バルネア 942〜 967ヵ所存在した。
古代ローマの大規模浴場施設が、ローマ帝国の滅亡とともに、次第に消滅した理由
・大量の水消費、木材等の燃料消費を必要とした。また奴隷がいないと成り立たないため、財政的に維持が難しくなった。
・312年のコンスタンティヌス帝によるキリスト教公認。キリスト教が性に対する禁欲を求めた。
古代ローマ人が効率性を求め、水を動力として利用するための方法
・水を高い位置に押し上げ灌漑用水に使う。灌漑用水車やアルキメデス・ポンプ
・水の力を動力として使い、小麦の脱穀製粉や鉱石の破砕等に使う
