ムンクの絵を見るとキングクリムゾンの宮殿のアルバムジャケットを連想する。
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この男の表情は何を現しているのだろう。アルバムのクライマックス曲のEPITAPHを叫んでいるのだろうか。初期のキング・クリムゾンで作詞を担当していたピート・シンフィールドの名曲だ。歌詞を引用すると
The wall on which the prophets wrote
Is cracking at the seams.
Upon the instruments of death
The sunlight brightly gleams.
When every man is torn apart
With nightmares and with dreams,
Will no one lay the laurel wreath
As silence drowns the screams.

Between the iron gates of fate,
The seeds of time were sown,
And watered by the deeds of those
Who know and who are known;
Knowledge is a deadly friend
When no one sets the rules.
The fate of all mankind I see
Is in the hands of fools.

Confusion will be my epitaph.
As I crawl a cracked and broken path
If we make it we can all sit back
And laugh.
But I fear tomorrow Ill be crying,
Yes I fear tomorrow Ill be crying.

預言者は誰なのか。嘆きの壁に向かって祈りを捧げているラビなのか。謎の曲である。



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昨日の日経新聞にニューヨークマンハッタンのリトルイタリーがチャイナタウンに押されてますます狭くなっている記事が載っていた。リトルイタリーには独特の響きがある。リトルイタリーと聞いてすぐに連想するのはゴッドファーザーとミーンストリートの2作である。中でも私がマイケルスコセッシ監督の映画の中で最も好きなミーンストリートはリトルイタリアのみが舞台であった。ミーンストリートは聖ジェンナーロ祭から始まる。聖ジェンナーロはナポリの英雄であり、ナポリからの移民によって祭りが広められニューヨークで最も有名な祭りとなった。日経の記事ではリトルイタリーの有名なレストランであVINCENT'Sの主人の話しも載っている。チャイナタウンに呑み込まれたリトルイタリーは中国の正月の春節に中国人と一緒にパレードをするそうだ。



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団藤重光先生が逝去された。戦後の刑法学をリードした巨匠である。団藤先生の定型説や人格責任論は一斉を風靡した。犯罪の定型性を欠く行為は犯罪の構成要件を阻却し、犯罪を構成しないという理論である。しかし、この定型説は、定型を欠くか否かの判断が恣意的になるとして、平野龍一先生の鋭い批判にさらされた。人格責任論も人格の形成過程にも刑事的非難を及ぼすものとして決定論者の平野先生から攻撃された。小生は平野先生信奉者であったため、団藤説は間違った説に思われた。しかし、団藤先生は実に人間性豊かな人権派であった。皆がファンだった。平野先生が攻撃したのは団藤先生のみで、平野先生もそれだけ団藤先生のことを尊敬していた証左とも言える。最高裁判事になってから団藤先生はある毒殺事件の死刑判決にかかわってから、死刑反対論者に転じた。1963年8月茨城県で起こった波崎事件である。団藤先生曰く「・・・誤審の問題は死刑廃止論者の間では言い古されたことで、私も法学者である以上、大学に在職中から、もちろん、このことは良く知っていました。しかし、正直言って頭でそう考えていただけだったのです。これでは駄目です。私は最高裁判所に入ってから、本当に身をもってそのことを痛感するようになったのです。それはある毒殺事件でした。状況証拠だけで、被告人はずっと否認していたのですが、『合理的な疑い』を超えるだけの心証の取れる事件でした。刑事裁判の原則として『合理的疑い』を超える心証が取れる時は有罪ということになっているのですから、この事件も有罪のほかなく、しかももし本当だとすれば、情状の悪い事件でしたから原判決が言い渡した死刑判決を覆すことは出来ない事件でした。弁護人側の主張を読むと、原判決が果たして絶対に間違いのないものなのか、一抹の不安がないでもなかったのですが、それだけでは、現行法上、何とも仕方ないのです。それで上告棄却ということに。ところが、法廷で裁判長が上告棄却の宣告をして、我々が退廷しかけたときに、傍聴席から『人殺しっ』という罵声を浴びたのです。やはり本当は無実だったのかもしれない。私には一抹の不安があっただけに、この罵声は胸に突き刺さりました。私はこの瞬間に決定的な死刑廃止論者になったのです。・・・」。裁判官の良心を吐露した重みのある言葉であった。


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