その小説は日曜名作座で確かに聞いた。森繁の抒情的な朗読で聞いた。独身のまま50歳を過ぎた主人公がドブ川の近くの遊廓に夜な夜な通うという話だ。濹東綺譚と似ているようだが違う。うらぶれたロンドンで言えばコックニーという感じだ。しかし、長い間、この小説の著者も題名もどうしても思い出せなかった。記憶の底に深く沈殿していたのである。しかし、本屋で並んでいる本の背表紙をぼやっと眺めていたとき抹香町という題名が甦った。探し求めていたのは川崎長太郎の抹香町という短編であった。抹香町は川崎長太郎の故郷の小田原にある。そもそも、小田原の遊郭は、2つあったという。明治36年に芸者家や料理屋を新玉4丁目に移し集めた「初音新地」とその東側の新玉3丁目に開かれた新開地「抹香町」である。抹香町は戦後もカフェー街として残された。現在は住宅街の中に完全に埋もれているらしい。箱根に行くときは、小田原でぶらぶらするのが習慣なので今度探索してみよう。小川のほとりの粋な街だった面影を、僅かながら感じられる戦後の町並みを見てみたい。
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