日銀が成長基盤融資制度の期間を延長し、融資枠を倍増させた事で東証の日経平均が跳ねた。この制度は金融機関が融資しやすいように低利融資しようという制度で、実質的には政策金融を日銀がやろうとしている。日銀がいちいちある産業を伸ばそうと融資を促すというのは私は間違っていると考える。
通常、日銀は個々の融資案件について審査する訳ではなく、公定歩合の調整や公開市場操作等でマネタリーベースを調整する事で銀行の融資態度を緩和する事までしか出来ない。これは当たり前で、銀行は確かに日銀考査を受けるけど、個々の融資案件について日銀に審査機能はないしその権利もないのだから政策金融的にどの産業に融資をつけるかどうかを日銀が決めることは出来ない。
今回のこの成長基盤融資制度は「成長産業」が成長するために必要な基盤整備に融資した場合、その銀行に対して低利融資するシステム。でもこの枠を倍増するっていっても3.5兆円が7兆円になっただけ。日銀が異次元緩和で供給しているマネーは200兆円でしかも金利は底に張り付いているから、この程度は誤差の範疇という世界。
表向きは消費税増税で腰折れしかねない経済を支えるための政策という事だが、2013年度予算で公共工事を前倒しした影響で下期にばら撒く財源がないので、日銀にそれをやらせたい政府と、インフレ目標を異次元緩和で達成できるという理論を成立させなければならない日銀総裁らの意向もあるだろう。
勿論日銀だけが個別案件の審査力がない訳ではない。そもそも日本の基本的な融資スタンスではとても個別の技術や産業を評価してベンチャーキャピタルの様な投資をする事は出来ない。ベンチャーキャピタルと称しているところでもそこまでの能力があるのかも疑問。相変わらず中小企業融資には経営者の個人保証を要求するのだから。
結局はそういう成長する産業に対して投資するのはリスクを取る投機家でなければ出来ない。保守的な態度の投資家では自分の頭で理解できる範囲の事にしか投資できない。ましてや銀行のサラリーマン的発想では無理。当然お役人が成長産業を見分ける目を持っているなんて幻想もいいところ。産業再生機構が成功したからといってもあれは冨山氏等の民間のプロを集めたから出来たようなもので、政策金融機関でもそれが出来ない。
池田信夫氏も指摘するとおり、政策金融は政治家にとっては便利なものだ。自分の支持団体に融資がつけられれば、それは票になって帰ってくる。暴論を言えば政治家が地元に金をばら撒く事と大差はない。
私はケイジアンではないし、統制経済も反対だし、政府が成長産業を育成できるなんて幻想だと思っている。ここでやるべきは大胆な規制緩和とTPPを見越してアメリカ等の主要国と会社法や商習慣を合わせてしまうことだ。
例えばアメリカで会社法の判例が膨大に積みあがっているデラウエア州の判例をそのまま日本でも通用するようにするという位の大胆さがあってもいい。日本を左側通行にするのもひとつの手だ。
ただ日本の場合、規制緩和しても、業界内で横並びで何もかもやりたがるから、規制緩和だけではなく、投資した人にたいしても何らかのインセンティブが必要かもしれない。
OINKと言う言葉がある。Only in Koreaという言葉の略で韓国の裁量的な司法システムを揶揄する言葉でもある。新興国等でもそういう裁量的な行政・司法が存在している。当然そこに賄賂も絡むから、先進国の株式市場に上場している企業はコンプライアンスリスクとしてそういう国での付き合い方に苦慮している。
日本もその点では法の支配が徹底していない国だから問題が大きい。
少なくとも中学校を卒業していれば、日本は三権分立の法治国家で、法律を定める立法府たる国会、その法律に則り行政を行う内閣をトップとする行政を担う官僚機構、そして行政と立法が憲法に反したり他の法に触れていないかをチェックする司法府たる裁判所に権限が分かれている事は知っているはずだ。
ところが、現実は国会に法律を提出するのは国会議員ではなく行政の官僚が書いた法律案、そして決定したら施行規則・細則は省令や課長クラスの通達で決まっていく。そもそも立法府がきちんと自ら立法できるように機能していないから、行政が法律を作り、解釈を決め、運用する。
では司法はどうか。司法には当然違憲審査権もあるし、法律に問題がないかをチェックする機能を持っている。だから本来はそこに国民が提訴していけばいいのだが、何しろ日本の弁護士達は立法については知識がない。そもそも日本のロースクールでも法学部でも各法律については学ぶけど、法哲学や立法についてはあまり教えないし、教えられる人も少ない。
行政の中で提出する法律のチェックを行うのは内閣法制局で、これは内閣機能が弱かった明治政府が作り出した産物。それを戦後内閣の機能が強化されたにも関わらず、国会の答弁までする法制局長官を存在させたのが疑問だ。そして時の内閣法制局長官が法解釈をして、それが法律と同等に扱われる。首相が反対しても法制局長官が言えばそれが正になる。
これは本来はおかしい話だ。
そもそも内閣法制局にはそこまでの権限を認めていない。法律が違憲かどうかを判断するのは最高裁判所であると憲法に定められている。しかも内閣総理大臣の指揮下にある内閣法制局長官が上司の意思、つまり民意を代表している国会議員から選ばれた総理大臣の意思に従わないというのは国民主権の侵害以外の何者でもない。
ところが、朝日新聞や毎日新聞あたりは内閣法制局が解釈を決めることが立憲主義で、内閣の一部局に最高責任者たる内閣総理大臣が指揮命令を下すのは立憲主義に反するという。
馬鹿も休み休み言って貰いたい。
まずやるべきは国会内に立法のコンサルタントをする法律顧問でも置くことだろう。各党が持っても良いが、他の法律や憲法に抵触していないかをチェックするだけならば国会内でも良いだろう。
また内閣法制局ももう少し権限を縮小し、内閣の助言機関程度にまですればいい。それこそホワイトハウスの法律顧問室程度でよい。
そうなると司法が行政に遠慮するような裁判をしてもらっては困るので、裁判官の適正な任命が出来ているかをどうチェックするかというシステムが必要になるだろうし、民間にも立法が適正かどうかをチェックする能力を持つ機関が必要になるだろう。
その方がはるかに立憲主義と呼ばれる体制に近づくし、解釈ではなく、法の中にある精神や理念だけをベースに法律を運用するように出来るだろう。判例もそのひとつになり、英米法に近い法律体系になるだろう。
野党も官僚支配の打破というならば、自らの立法能力を高めるシンクタンクをきちんとつくり、運用し、基本法で運用を官僚システムに丸投げするのを止める方法を作るのが筋だろう。
結局は官僚は統制を好むから社民勢力との親和性がどうしても高いし、自民党的な家父長制とも親和性が高い。そしてそれが良しとされた時代には今のシステムが有効に機能したかもしれない。でもグローバル化と国民の多様化が進んだ現在、普通とか一般的という事すら簡単にいえないのだから、やはりきちんと法律で定め、法運用する法の支配が当たり前にならなければならない。
結局日本も欧米もリベラルは自由主義ではなく、統制を望む方向になる。アメリカもオバマ政権と議会と国民の間の乖離はその辺りの考え方の違いが出ているからかもしれない。
日本もその点では法の支配が徹底していない国だから問題が大きい。
少なくとも中学校を卒業していれば、日本は三権分立の法治国家で、法律を定める立法府たる国会、その法律に則り行政を行う内閣をトップとする行政を担う官僚機構、そして行政と立法が憲法に反したり他の法に触れていないかをチェックする司法府たる裁判所に権限が分かれている事は知っているはずだ。
ところが、現実は国会に法律を提出するのは国会議員ではなく行政の官僚が書いた法律案、そして決定したら施行規則・細則は省令や課長クラスの通達で決まっていく。そもそも立法府がきちんと自ら立法できるように機能していないから、行政が法律を作り、解釈を決め、運用する。
では司法はどうか。司法には当然違憲審査権もあるし、法律に問題がないかをチェックする機能を持っている。だから本来はそこに国民が提訴していけばいいのだが、何しろ日本の弁護士達は立法については知識がない。そもそも日本のロースクールでも法学部でも各法律については学ぶけど、法哲学や立法についてはあまり教えないし、教えられる人も少ない。
行政の中で提出する法律のチェックを行うのは内閣法制局で、これは内閣機能が弱かった明治政府が作り出した産物。それを戦後内閣の機能が強化されたにも関わらず、国会の答弁までする法制局長官を存在させたのが疑問だ。そして時の内閣法制局長官が法解釈をして、それが法律と同等に扱われる。首相が反対しても法制局長官が言えばそれが正になる。
これは本来はおかしい話だ。
そもそも内閣法制局にはそこまでの権限を認めていない。法律が違憲かどうかを判断するのは最高裁判所であると憲法に定められている。しかも内閣総理大臣の指揮下にある内閣法制局長官が上司の意思、つまり民意を代表している国会議員から選ばれた総理大臣の意思に従わないというのは国民主権の侵害以外の何者でもない。
ところが、朝日新聞や毎日新聞あたりは内閣法制局が解釈を決めることが立憲主義で、内閣の一部局に最高責任者たる内閣総理大臣が指揮命令を下すのは立憲主義に反するという。
馬鹿も休み休み言って貰いたい。
まずやるべきは国会内に立法のコンサルタントをする法律顧問でも置くことだろう。各党が持っても良いが、他の法律や憲法に抵触していないかをチェックするだけならば国会内でも良いだろう。
また内閣法制局ももう少し権限を縮小し、内閣の助言機関程度にまですればいい。それこそホワイトハウスの法律顧問室程度でよい。
そうなると司法が行政に遠慮するような裁判をしてもらっては困るので、裁判官の適正な任命が出来ているかをどうチェックするかというシステムが必要になるだろうし、民間にも立法が適正かどうかをチェックする能力を持つ機関が必要になるだろう。
その方がはるかに立憲主義と呼ばれる体制に近づくし、解釈ではなく、法の中にある精神や理念だけをベースに法律を運用するように出来るだろう。判例もそのひとつになり、英米法に近い法律体系になるだろう。
野党も官僚支配の打破というならば、自らの立法能力を高めるシンクタンクをきちんとつくり、運用し、基本法で運用を官僚システムに丸投げするのを止める方法を作るのが筋だろう。
結局は官僚は統制を好むから社民勢力との親和性がどうしても高いし、自民党的な家父長制とも親和性が高い。そしてそれが良しとされた時代には今のシステムが有効に機能したかもしれない。でもグローバル化と国民の多様化が進んだ現在、普通とか一般的という事すら簡単にいえないのだから、やはりきちんと法律で定め、法運用する法の支配が当たり前にならなければならない。
結局日本も欧米もリベラルは自由主義ではなく、統制を望む方向になる。アメリカもオバマ政権と議会と国民の間の乖離はその辺りの考え方の違いが出ているからかもしれない。
二週続けての首都圏での大雪。
私自身が東京でも多摩地区育ちなもので、東京都心で大したことがなくても地元に戻ると大変なことになっているというのは経験的に良く判っている。体感的には3度近く低い感じはする。高校生の頃は地元では長靴じゃないと駅まで行けない位の雪だったのに、都心に出ると大した事なかったり、場合によっては雨だったりという経験は何度もしたものだ。
先々週末は早くに病院が終わるので、不在者投票して病院に言った後その足で実家に避難して実家のリビングでのんびり過ごしていたのだが、先週末は流石にそうは問屋がおろさなかった。金曜日の夕方、船橋では1cm程の雪と水と氷の層が出来てきてすべりやすくなっているという感じだった。これでは多分寮のある三鷹では状況が判らない。第一京王線は高尾や相模原等もっと雪の降るエリアに向かっているのでダイヤ乱れで新宿駅の改札内が大変な事になる。爆弾低気圧や台風の時に何度も新宿駅で足止めをくらって、下肢の血流が滞り、足が浮腫み、翌日の行動に支障が出たりしてきた。
そこで考えたのは、都営新宿線で橋本行きの急行に乗るという事。そうすれば各駅停車に乗り換える時に雪の中で立つ可能性はあるけど、新宿の雑踏で大変な思いをするよりはまし。私自身が倒れてしまうリスクはおかせないのだ。
このプランは成功で、都営新宿線から京王線までスルーで行った事で新宿駅の雑踏を歩く必要がなく、転倒や具合の悪くなるリスクがなくなった。都営新宿線は非常に混雑していたので新宿駅の混雑は想像以上だったかもしれない。
寮にはいつもより1時間程余計に時間がかかったものの、無事に帰宅できた。しかし翌朝、駐車場をみて愕然とする。タイヤの半分まで雪が積もったまま。しかもだれも除雪しない。土曜日の午後に痺れを切らして、車の重みで雪を圧雪、通れる道を確保するという方法で脱出を図ったが、寮の奥にある私の駐車場所からは流石に到達できずその日の外出は断念。歩いて駅近くの牛丼屋で夕食をとり、多少の食料品を買って帰宅した。翌日朝に同じ方法で脱出し実家に帰った。途中、災害派遣の自衛隊車両に出くわした。別に「災害派遣」なんて自衛隊の車に弾幕貼る必要はないだろうにと思うが、左翼の人達は軍用車両が都内を走ったりする事に変に身構えるのだろうか。別に自衛隊に警察権はないし、余程問題がない限りは逮捕も何もされないのに。きっと悪い事をしているという自覚があるからそういう妄想を持つのだろうか。
先々週の大雪より今回の大雪の方が被害が大きかった。予想よりも長く降り続いたこと、雨が降って融けるのではという期待が裏切られた事、その分雪の粒が水分を含み重くなってしまった事、これらが今回の雪の問題を大きくした。
物流が止まるのはある程度仕方がない。トラック輸送に依存している限りそういう事は起こりえる。ただ、トラックが立ち往生してしまうというのも二種免許を持つプロとしてはどうなのだろう?チェーンなりスノータイヤなり用意するのが当たり前だと思うし、どこかに本部があるような業者ならばそういう指示命令を出しても当然だろう。
また、こういう大雪の予報が出ている最中にスキーや行楽に出かけようという人は、自らの負ったリスクなのだから、自己責任だ。特に子供連れで温泉に行こうとかスキーに行こうなんて人は一体どういうリスクマネジメントの考えを持っているのか。
また、物流網が止まることを当然想定しているのが小売業に携わる者の常識だと思うのだが、CVSやSMで欠品が起こるのはどうなんだろうか?日配品でも賞味期限がそれなりにあるモノは事前にストックする方法があったはずだ。JOTも結構だが、それが出来ないとしたらどこかで在庫を持つしか方法がない。ないしは別ルートの物流を確保するしかない。
鉄道はそれなりに経験で動いているのに何故か東急が主力の東横線で、しかも元住吉で複々線へ移送区間で事故。事故の場所が悪かったのもあるけど、バイパスルートの目黒線の線路を使って最低限の輸送を確保する方法はあったと思うのだが。。。。これを鉄道の脆弱性という人がいたが、それは単に東急の脆弱性の問題でしかない。問題を全て一般化するのは間違いだ。こどもの国駅のホーム屋根倒壊も東急が無関係とはいえない。
今回は屋根の倒壊が結構あった。アーケードの類の加重構造はおそらく古い基準だろうし、バックフィットなんか出来ない部分もあろう。でも避難施設になるだろう体育館でこの始末は問題が大きい。また一般的な車庫の屋根も結構倒壊したようだ。実家に去年出来た車庫はある程度アールが出来ているので無事だった。これも単なる傾斜ではなく、カーブが良いのか、融けるような電熱線が必要なのかも検討するべき課題だろう。
大雪でこれだけの問題が起こって、雪への備えの必要性をニュースで言うが恐らく殆どが実行されないだろう。除雪の道具一つとってもまだ買っていない家もある。またせっかく除雪した雪をまた道路に戻す馬鹿がいる。車通りが多かったり融雪装置があるならばそれも方法だろうが、普通の道路でやれば間違いなく凍結の原因だ。そういう当たり前の合意すら出来ていないのが日本の社会なのだ。そういう時にどう対処するかというある程度の合意が自治体レベルで出来て浸透しているのがベストだろう。
でもそれだけではリスクマネジメントとしては問題がある。
災害はひとつだけしか起きないという保証はない。
東日本大震災では地震による死者よりはるかに津波での死者が多かった。インフラへの影響も地震より津波の方が問題が多かった。津波は何度も来ていて、海沿いは危険が多いという当たり前の事が居住空間が少ないとか、自分の土地だとか、漁港に近いという理由だけで狭い道を含めて温存させてきた。対策は防波堤で。でもその防波堤が決壊したらという想定はしていなかった。
防波堤をどんなに高くしても想定を超えたら意味がない。だったら、一階部分に住まないとか、避難できるある程度の高さにかさあげした場所を作るとか、そういう対策は復興の中でやるべきなのに恐らく同じような町並みしか作らないだろう。少なくとも私の生きている間に三陸沖の地震はあと数回はあるはずなので、これは間違いなく来る危機だ。しかもその時には集住人口も減り、高齢化も進んでいるので今回より困難が付きまとうだろう。これはほぼ起こりえるシナリオだ。
しかも前回も3.11。津波の後に雪が降り出した。東北だから雪は当たり前だろうから、防寒や防雪という観点は必ず必要だ。ところが首都圏での直下型地震や東海地震において、こういう大雪の場合の想定をしているだろうか。それは起こらないシナリオではなく、ありえるシナリオだ。
結局、雪は降るか降らないかなので、2回降ったからもう次は降らないなんてことはない。今週木曜日も危ないし、まだ三月も気が抜けない。
雪の降る金曜日の夕方、大震災が発生したらどうなるのか。帰宅困難者を都内から脱出させる方法があるか?支援物資の配給は?物流は?そもそも指揮命令系統が機能するのか?電源は確保できるのか?原発なしで東京で直下型地震が起こった場合、大規模なブラックアウトも起こりえる。夏の暑いときならば感染症の問題も出るが、冬は凍傷や低体温症、心臓や脳疾患のリスクも高まる。
避難所では肺炎やインフルエンザの影響が懸念されるし、寒いので動かないことのリスクもある。
想定外というのは簡単だが、そういう最悪の状況を考えてどう対処するかを考えるのが政治の役割で、その政治の決断を現行法の中で形にするのが行政の役割のはずだ。日本は言霊の国だから考えればそれが起こってしまうと思い込む馬鹿がいるが、それを想定するのがリスクマネジメントだ。
その観点で言えば、地震、大雪、台風はいつ起こっても不思議ではなく、複合して発生する可能性もある。いつか必ず起こる事故だ。
ところが原発事故は福島第一の特殊な環境で起こった。福島第二も女川も東海も無事だった。全電源喪失時のバックアップ電力さえ確保すれば冷温停止までもっていける。
そして今のところ原発が起因で亡くなった人はいないし、因果関係のある症例もない。つまり、今のところ原発事故だけが原因で死んだ人もいない。
こういう場合、リスクマネジメントで考えれば、原発事故のリスクを評価して、大したことは起こらないと判断出来る。
確率の出し方も統計の見方も出来ない、要するに数学がわからないから文系になってしまった人達によって構成される官僚組織だけではなく、当たり前の科学知識を理解できない一般大衆、それと同じ程度の知識人とかタレント、そういう人は変に原発のリスクを過剰評価している。
リスクマネジメントは常に身近にあるもので、ビジネスマンならば身につけていて当然の知識のはず。それが普通の会社員にない。だから日本の経営者はそういうリスクマネジメントに疎い。マネジメントすら危うい人がなってしまう。
リスクの評価とそれに対するヘッジ方法、回避策、代替案、きちんと考えていないからこういう事になると私は確信している。
私自身が東京でも多摩地区育ちなもので、東京都心で大したことがなくても地元に戻ると大変なことになっているというのは経験的に良く判っている。体感的には3度近く低い感じはする。高校生の頃は地元では長靴じゃないと駅まで行けない位の雪だったのに、都心に出ると大した事なかったり、場合によっては雨だったりという経験は何度もしたものだ。
先々週末は早くに病院が終わるので、不在者投票して病院に言った後その足で実家に避難して実家のリビングでのんびり過ごしていたのだが、先週末は流石にそうは問屋がおろさなかった。金曜日の夕方、船橋では1cm程の雪と水と氷の層が出来てきてすべりやすくなっているという感じだった。これでは多分寮のある三鷹では状況が判らない。第一京王線は高尾や相模原等もっと雪の降るエリアに向かっているのでダイヤ乱れで新宿駅の改札内が大変な事になる。爆弾低気圧や台風の時に何度も新宿駅で足止めをくらって、下肢の血流が滞り、足が浮腫み、翌日の行動に支障が出たりしてきた。
そこで考えたのは、都営新宿線で橋本行きの急行に乗るという事。そうすれば各駅停車に乗り換える時に雪の中で立つ可能性はあるけど、新宿の雑踏で大変な思いをするよりはまし。私自身が倒れてしまうリスクはおかせないのだ。
このプランは成功で、都営新宿線から京王線までスルーで行った事で新宿駅の雑踏を歩く必要がなく、転倒や具合の悪くなるリスクがなくなった。都営新宿線は非常に混雑していたので新宿駅の混雑は想像以上だったかもしれない。
寮にはいつもより1時間程余計に時間がかかったものの、無事に帰宅できた。しかし翌朝、駐車場をみて愕然とする。タイヤの半分まで雪が積もったまま。しかもだれも除雪しない。土曜日の午後に痺れを切らして、車の重みで雪を圧雪、通れる道を確保するという方法で脱出を図ったが、寮の奥にある私の駐車場所からは流石に到達できずその日の外出は断念。歩いて駅近くの牛丼屋で夕食をとり、多少の食料品を買って帰宅した。翌日朝に同じ方法で脱出し実家に帰った。途中、災害派遣の自衛隊車両に出くわした。別に「災害派遣」なんて自衛隊の車に弾幕貼る必要はないだろうにと思うが、左翼の人達は軍用車両が都内を走ったりする事に変に身構えるのだろうか。別に自衛隊に警察権はないし、余程問題がない限りは逮捕も何もされないのに。きっと悪い事をしているという自覚があるからそういう妄想を持つのだろうか。
先々週の大雪より今回の大雪の方が被害が大きかった。予想よりも長く降り続いたこと、雨が降って融けるのではという期待が裏切られた事、その分雪の粒が水分を含み重くなってしまった事、これらが今回の雪の問題を大きくした。
物流が止まるのはある程度仕方がない。トラック輸送に依存している限りそういう事は起こりえる。ただ、トラックが立ち往生してしまうというのも二種免許を持つプロとしてはどうなのだろう?チェーンなりスノータイヤなり用意するのが当たり前だと思うし、どこかに本部があるような業者ならばそういう指示命令を出しても当然だろう。
また、こういう大雪の予報が出ている最中にスキーや行楽に出かけようという人は、自らの負ったリスクなのだから、自己責任だ。特に子供連れで温泉に行こうとかスキーに行こうなんて人は一体どういうリスクマネジメントの考えを持っているのか。
また、物流網が止まることを当然想定しているのが小売業に携わる者の常識だと思うのだが、CVSやSMで欠品が起こるのはどうなんだろうか?日配品でも賞味期限がそれなりにあるモノは事前にストックする方法があったはずだ。JOTも結構だが、それが出来ないとしたらどこかで在庫を持つしか方法がない。ないしは別ルートの物流を確保するしかない。
鉄道はそれなりに経験で動いているのに何故か東急が主力の東横線で、しかも元住吉で複々線へ移送区間で事故。事故の場所が悪かったのもあるけど、バイパスルートの目黒線の線路を使って最低限の輸送を確保する方法はあったと思うのだが。。。。これを鉄道の脆弱性という人がいたが、それは単に東急の脆弱性の問題でしかない。問題を全て一般化するのは間違いだ。こどもの国駅のホーム屋根倒壊も東急が無関係とはいえない。
今回は屋根の倒壊が結構あった。アーケードの類の加重構造はおそらく古い基準だろうし、バックフィットなんか出来ない部分もあろう。でも避難施設になるだろう体育館でこの始末は問題が大きい。また一般的な車庫の屋根も結構倒壊したようだ。実家に去年出来た車庫はある程度アールが出来ているので無事だった。これも単なる傾斜ではなく、カーブが良いのか、融けるような電熱線が必要なのかも検討するべき課題だろう。
大雪でこれだけの問題が起こって、雪への備えの必要性をニュースで言うが恐らく殆どが実行されないだろう。除雪の道具一つとってもまだ買っていない家もある。またせっかく除雪した雪をまた道路に戻す馬鹿がいる。車通りが多かったり融雪装置があるならばそれも方法だろうが、普通の道路でやれば間違いなく凍結の原因だ。そういう当たり前の合意すら出来ていないのが日本の社会なのだ。そういう時にどう対処するかというある程度の合意が自治体レベルで出来て浸透しているのがベストだろう。
でもそれだけではリスクマネジメントとしては問題がある。
災害はひとつだけしか起きないという保証はない。
東日本大震災では地震による死者よりはるかに津波での死者が多かった。インフラへの影響も地震より津波の方が問題が多かった。津波は何度も来ていて、海沿いは危険が多いという当たり前の事が居住空間が少ないとか、自分の土地だとか、漁港に近いという理由だけで狭い道を含めて温存させてきた。対策は防波堤で。でもその防波堤が決壊したらという想定はしていなかった。
防波堤をどんなに高くしても想定を超えたら意味がない。だったら、一階部分に住まないとか、避難できるある程度の高さにかさあげした場所を作るとか、そういう対策は復興の中でやるべきなのに恐らく同じような町並みしか作らないだろう。少なくとも私の生きている間に三陸沖の地震はあと数回はあるはずなので、これは間違いなく来る危機だ。しかもその時には集住人口も減り、高齢化も進んでいるので今回より困難が付きまとうだろう。これはほぼ起こりえるシナリオだ。
しかも前回も3.11。津波の後に雪が降り出した。東北だから雪は当たり前だろうから、防寒や防雪という観点は必ず必要だ。ところが首都圏での直下型地震や東海地震において、こういう大雪の場合の想定をしているだろうか。それは起こらないシナリオではなく、ありえるシナリオだ。
結局、雪は降るか降らないかなので、2回降ったからもう次は降らないなんてことはない。今週木曜日も危ないし、まだ三月も気が抜けない。
雪の降る金曜日の夕方、大震災が発生したらどうなるのか。帰宅困難者を都内から脱出させる方法があるか?支援物資の配給は?物流は?そもそも指揮命令系統が機能するのか?電源は確保できるのか?原発なしで東京で直下型地震が起こった場合、大規模なブラックアウトも起こりえる。夏の暑いときならば感染症の問題も出るが、冬は凍傷や低体温症、心臓や脳疾患のリスクも高まる。
避難所では肺炎やインフルエンザの影響が懸念されるし、寒いので動かないことのリスクもある。
想定外というのは簡単だが、そういう最悪の状況を考えてどう対処するかを考えるのが政治の役割で、その政治の決断を現行法の中で形にするのが行政の役割のはずだ。日本は言霊の国だから考えればそれが起こってしまうと思い込む馬鹿がいるが、それを想定するのがリスクマネジメントだ。
その観点で言えば、地震、大雪、台風はいつ起こっても不思議ではなく、複合して発生する可能性もある。いつか必ず起こる事故だ。
ところが原発事故は福島第一の特殊な環境で起こった。福島第二も女川も東海も無事だった。全電源喪失時のバックアップ電力さえ確保すれば冷温停止までもっていける。
そして今のところ原発が起因で亡くなった人はいないし、因果関係のある症例もない。つまり、今のところ原発事故だけが原因で死んだ人もいない。
こういう場合、リスクマネジメントで考えれば、原発事故のリスクを評価して、大したことは起こらないと判断出来る。
確率の出し方も統計の見方も出来ない、要するに数学がわからないから文系になってしまった人達によって構成される官僚組織だけではなく、当たり前の科学知識を理解できない一般大衆、それと同じ程度の知識人とかタレント、そういう人は変に原発のリスクを過剰評価している。
リスクマネジメントは常に身近にあるもので、ビジネスマンならば身につけていて当然の知識のはず。それが普通の会社員にない。だから日本の経営者はそういうリスクマネジメントに疎い。マネジメントすら危うい人がなってしまう。
リスクの評価とそれに対するヘッジ方法、回避策、代替案、きちんと考えていないからこういう事になると私は確信している。