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JetClipper's Bar next season(仮)

Si vis pacem, para bellum

来週で東日本大震災から3年が経過する。今でも三年前の揺れ、テレビから映し出される光景は忘れる事が出来ないし、それから数週間後、電車の中で鳴り出した緊急地震速報の恐怖も忘れられない。

当然私自身も出来るだけの寄付はした。何しろ足に障害がある私が現地に入ってボランティアというのは無理があるわけで、私が出来るのは寄付と東北の食品を買う・消費する位しかなかったと思う。
会社でも従業員に寄付を呼びかけていたので一年目は応じた。しかし去年から私は寄付をしていない。ただ東北の食品や東北で出来たモノを積極的に買うのは続けているし、昨年までは基本東北、特に福島のお酒を飲むようにしていた。

で、今年も3.11に向けて寄付の依頼とか報道での感傷的な取り上げ方がされると思う。
私は基本東北にはもう寄付はしない。あくまで東北のモノは消費するとか、出来れば東北を旅行する程度で留めたい。

それを考えさせてくれたのはこの週刊誌。
週刊 ダイヤモンド 2014年 3/15号 [雑誌]/ダイヤモンド社

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第3特集で震災復興について書いてあった。そこに書いてあった事が私が疑問に思っていたことの答えのひとつだった。


私が去年あたりから寄付もしなくなったのには理由がある。
緊急の災害援助としての寄付金は一年目で集まったはずだ。また国も予算措置をしているし法人からも復興特別税を加算して徴収している。だとしたらこれから必要なのはお金ではない。東北の人が作ったものをいままで通りかそれ以上に買う事が一番良いと思っている。一年目からもある程度交通も順調になったら東北を旅行してお金を落とす事が一番いいと言っていたので自分の中では矛盾も何もない。

違和感を覚えたのがボランティアとして募集がかかった話を聞いた時だ。
津波の後片付けとかどうしても人手がいるという部分でボランティアに行くというのは確かに必要だと思う。また医療や精神面のサポートに必要なスタッフをボランティアでまかなう事も必要かもしれない。
でも、そのボランティアで求められていたのは養殖に必要なものの準備の手伝いという事だった。
だったら、それは震災前に自分達でやっていた事で、漁民の方々が自分でやるか、正当な賃金を払って地元民を雇用すればいい。それにボランティアが行く必要があるのかという事が凄く自分の中で引っかかった。

今回のダイヤモンドの特集では、そうしたボランティアの無賃金労働に頼る事で労働市場がおかしくなっているというお話があった。また復興に伴う様々な補助制度も労働市場を歪めているという事も書いてあった。(元々いかなる政府による補助や誘導・指導は経済を歪めるというのが私のポリシー)
もしこれが後数年続いたら、毎年そういったボランティアに頼って養殖漁業を続けるだろう。でも後継者にもならないし、その利益は恐らく震災前より良くなっているだろう。それは本当に必要な事だろうか?


防波堤についても地元から反対が出始めたという記事もあった。
津波は怖いけど、海が見えなくなる事で逆に津波の兆候が見えなくなったり、観光面からも問題があるという意見もある。それならば海の近くに住まない高台移転を受け入れるというのだ。
冷静に考えれば過去にも津波被害があった三陸で海の近くに住み続けるのも合理的ではない。高台に移転なり、先々を見て集住するなり対策は必要なはずだ。そして防波堤はどんなに高くしてもそれを超えたらアウトというのは震災でも見たはずだ。同じくらい滑稽なことを浜岡原発でもやっている。あのままいくと、あの周辺が津波で飲まれても原発だけは大丈夫、むしろ原発にいく津波が防波堤で横にいってしまう可能性の方が高いのではないか?同じエリアなら同じ高さの防波堤を作る事が合理的ではないのかと考えるのだが。


私は当初から東北の人口減少した漁村や農村を維持するより、これを機に限界集落化するところは集住・移転を進める事が必要だと言ってきた。また全て元通りに戻すのではなく、必要なものだけ作れば良いとも言ってきた。人が住まないエリアに橋をかけたりトンネルを掘りなおすのはおかしい。メンテナンスのランニングコストを払えるだけのインフラだけを作れば良い。そうしないと財政が破綻する自治体を増やすだけだと。
ところが金は政府がという発想もあるけど、被災者の感情に寄り添うべきという意見が何となく正論に見えるような報道が続くと私も人だから迷いもある。でも身の丈を越えたインフラ整備は過疎化にも繋がるというのが私の実感でもある。阪神淡路大震災の後の長田の街を見て、再開発の終わった長田を見てきた率直な意見だ。


そういう意味では震災復興は急性期を脱した。だったら、次は自助努力で出来る範囲でやっていくべきで、それ以上はむしろ競争を歪め、不健全にしていくだけだ。漁業もボランティアに頼るのはおかしいし、農業も同様だ。
例えば地元の学習塾。ボランティアが無償で行う学習指導の影響で営業再開を断念したという。もしちゃんと地元の学習塾と連携していれば防げたはずだ。
またボランティア団体が様々しかけるイベントにも被災者が疲れを感じているという報道もある。

急性期が終わったのならば、自分達の力で何とかする方法を考えていくしかない。感情的に助けてあげなければというのは、その人達の努力を無にするだけだ。過疎化・後継者難・商売の先細り、これらは震災が無くても東北が直面していた問題でそれが震災で何となく先送りされているだけ。過疎化や後継者難、自治体の財政疲弊に対してはもう集住化や色々な方法を考えなければならない。そうしないと行政コストばかり上がって本当にボランティアがいなくなったら行政も機能不全になりかねない。


私が出来る事はもう寄付ではない。3.11は避けて、観光客が回復していないエリアで普通に旅行する。そして地元の食べ物を食べて、地元にお金を落とす事。これが一番の支援だと思う。そして菅直人らの人災にあった福島に対しても出来るだけ旅行等で支援するしかない。私は福島に住んでも良いと思っている位安全である事を確信しているから。


ウクライナ情勢がかなり危険になっている。ウクライナで親露派の大統領が辞任・訴追され、今まで弾圧されていた人達が政権を握った。ただ所謂新欧州派とは言えない人達も入っているのでその辺りが矛盾となってまだもめそうな気もする。
またロシア軍がウクライナ内のクリミア自治共和国にある軍施設の警備を強化していたり、ウクライナ海軍の司令官がロシア軍に寝返る等かなりロシアが介入してきて一歩間違うと戦争になるのが明白になってきた。

実はウクライナについて最初に関心を持ったのは、フレデリック・フォーサイスの「悪魔の選択」というスパイスリラーの小説を読んでから。元々クレムリンウォッチャーになりたいという変わった中学生だったけど、「悪魔の選択」は非常に興味深いものだった。
日本にいると何となく旧ソヴィエト連邦は中央アジアの●●スタンとかは別として後はロシアだと思っている人が多いと思う。面積としては確かにそうかもしれないが、ウクライナとベラルーシだけは旧ソヴィエト時代から別格だった。人種的にはスラヴ人で文字もキリル文字、元々の国の成立はルーシと呼ばれるキエフ大公国が発祥であるという共通点もある。ソヴィエトとは別にウクライナとベラルーシだけには国連の議席が与えられていた。(よく考えたら、イギリスだって4つ議席を持ってもいいんじゃないかという気もするが。)

ところが、ロシア・ベラルーシとウクライナは宗教と国語の面で非常に差がある。それはソヴィエト成立時の政策の差なのだが、ベラルーシはロシア語話者の方が多く、ベラルーシ語は日常使う人が減っている。元々ベラルーシ語は農村部で使われていた言葉で都市部ではポーランド語やロシア語等が使われていたという歴史も関係している。
実は宗教という観点でもウクライナはベラルーシ・ロシアとは一線を画している。
元々キエフ大公国だったというルーシ諸国のうち、モスクワ大公国がロシア正教会としてウクライナやベラルーシも含めた独立正教会としての地位を各正教会から承認を得て成立したのがロシア正教会。モスクワ大公国がキエフ大公国の正統な後継国家であるという主張も含まれている。
ところが1920年代にウクライナで独立した正教会を持つという動きがあり、ウクライナ独立正教会が未承認ながら出来た。その後のウクライナ独立運動の弾圧で四散して、モスクワ総主教府の下にウクライナ総主教代理教区が出来て総主教の下の府主教が置かれた。
ソヴィエトの崩壊と共にウクライナ独立正教会の生き残りがウクライナ正教会を名乗り総主教を立てたが、この独立正教会の方が信徒数が多くいるものの、教会法上は正当性が認められていない。

またウクライナの地理的な問題も大きな影響を与えている。
ベラルーシはウクライナより北方にある為、冬は雪が多い。逆にウクライナは南に黒海があり、ハンガリー・ルーマニア・スロバキアとも国境を接している。ポーランドとロシアの支配が長いベラルーシと違い、ハプスブルグ家の支配を受けた経験もある。ウクライナは肥沃な黒土でもあるが、雪も少なくモスクワまでの進軍ルートとしてはベラルーシやバルト3国を越えるよりウクライナを経由した方がいい。ナポレオンもヒトラーもそのルートを使った。
またその過程でロシアへの反発からナポレオンやヒトラーに協力した人達も実は多く居る。一説にはアウシュビッツ等の収容所の管理はウクライナからの志願兵にやらせていたという事例もある。
当然ながらその過程で宗教や言語にも影響を与え、正教会ではなくカトリックへの改宗者も多く居た。実際ウクライナでも1割はカトリックだ。(西方典礼教会と東方カトリック教会)

これはウクライナの西と東でも事情が異なり、西側はハンガリーやポーランドの支配を受けた経験もあるのでカトリックの影響が強い。逆に東はロシアの影響を強く受けている。しかしながらロシアに対して被支配民族だったという感情はあり、それが独立運動等に影響しているのもある。
また問題が複雑になるのはクリミア半島の帰属問題だ。ロシアにとってクリミア半島は不凍港の艦隊根拠地でもある。長らくクリミア半島の基地のある町は外国人に対して閉鎖都市であり、ロシア軍関係のロシア人が多く住み、事実上ロシアと言っても過言ではない。ロシア軍が持つ艦隊のうち黒海艦隊はここを根拠地にしているが、ソヴィエト崩壊後、ウクライナとの条約により黒海艦隊を二分し、ロシア海軍の基地を租借する事で合意を得た経緯がある。

またこれはヨーロッパ全体でも言えるのだが、やはり反ユダヤ主義は根強い。ソヴィエト時代にもあったが、ユダヤ人に対する迫害はあり、ソヴィエト崩壊以降にイスラエルに移住したユダヤ人も多い。ウクライナでは40万以上居たユダヤ人も8万人位ではないか?


ウクライナの問題は意外にGDPが低いという事。日本の福岡県一県とほぼ等しいGDPで、一人当たりで見ると世界の平均から見ても半分以下。ソヴィエト時代は黒海沿岸の工業もあったが、ウクライナがエネルギーをロシアに依存しているので工業の発展が遅れおり、自由化の混乱からもまだ脱していない。ただし農業生産は土壌の豊かさや気候のよさから、ロシアを含めた周辺国にとっては重要な穀倉地帯でもある。またエネルギーは基本パイプラインでロシアから送られるが、そのパイプラインはドイツ等ヨーロッパ諸国にまで連なっており、パイプラインの途絶はロシアにとってもヨーロッパにとっても重大な問題になる。


さて。ウクライナという国について概略をまとめた所で、今後の展開を予測したい。

既に南オセチア等でロシアが使った手法である、当該地域に住むロシア人・ロシア語話者に対して無条件でロシア国籍を与えるという事を既に始めている。つまり二重国籍にしてしまうのだ。
その後に自国民保護を理由に軍事介入し分離独立ないしウクライナ政府の打倒に動く訳だ。既にクリミア自治共和国自体を併合する案は出ているだろうから、はやければ今週中にもそういう動きがあろう。

これに対して欧米諸国は有効な対抗手段を打てるのか?
残念ながら厳しいといわざるを得ない。

例えばNATOでロシア軍とウクライナの間の緩衝地帯を作る為に軍隊を派遣し停戦、その後ロシア軍の撤退までいくというのは楽観的過ぎる。そもそもロシア軍に撤退意思は無いだろう。そしてその為にはかなりの軍隊、特に地上軍を派遣する必要がある。ところが地上軍は派遣にもっともコストがかかり、まだ経済的に厳しいヨーロッパ諸国にとっては二の足を踏むところだろう。落とし所としてスカンジナビア諸国にという手も有るが、ネックは費用負担だろう。

ではアメリカ軍を緊急展開させるという可能性はあるか?
オバマ政権下では難しいと思う。共和党は多分予算をつけるだろう。しかしオバマケア等の中止が当然議題に出てくるだろうから、妥協はしてこない。
仮に出兵したとしてもそれはロシア軍とアメリカ軍の対立だからかなり問題として大きくなる。オバマの胆力では到底耐えられないだろうし、リベラルが多い民主党議会もノーと言い出すだろう。

EUやNATO、アメリカ軍が介入できなかった場合、中欧・東欧諸国に与える影響は大きい。もしロシアに叛旗を翻せばまたロシア軍が同じような手段で介入してくるのではないか?それから西欧諸国は守ってくれないのではないかと。また同じように相互安全保障条約を結んでいる諸国にとってアメリカ軍が頼りないとなれば軍拡競争に突き進むしかない。

で、ここで漁夫の利を得そうなのはどこか?

中国だろう。

中国からすれば、どちらに転んでもおいしい。ロシアからの介入で大変なウクライナに貸しを作るようにするかもしれない。また逆に西欧諸国と一致してロシアを追い込む可能性も否定できない。
またもし戦争になった場合は介入していない大国は中国だけになるので平和維持軍の派遣等も出来るだろう。またアメリカの影響力ダウンも彼らにとっては敵失に過ぎない。


ウクライナでの危機は中東にも影響するのでエネルギー価格の上昇もありえるし結果的に通貨高にもなるだろう。ここで読み手をまちがえるのは非常によろしくない。

マーケティングと言うと何か誤解する人がいて、必ず売れる方法が存在してそれをマーケティングが実現できるからマーケティングで解決してと。

基本的に間違いなのは「必ず売れる」方法は存在しない。
それこそ経済学の前提条件じゃないけど、競争環境が単純とか顧客が同一性向とか本当にありえない条件でならばありえるかもしれないけど、何でも売れるという事はありえない。
そしてそもそもマーケティングは必ず売れる方法を作るのではなく、ドラッカーの言うようにsellingを無くす事にある。判りやすく言うと押し売りをする事無く、顧客が必要とするモノ・サービスが作られ売れて企業の利益を最大化できるというお話。
だからこそマーケティングは企業活動全般に影響があるし、逆に言うと企業活動全般の様々なボトルネックや問題がマーケティング活動の制約になる。どんなに良いアイディアがあり技術があっても、金型が作れないとか、材料が手に入らないとか、そういう初歩的なところで出来ないという事はいくらでもあるわけで。

またマーケティングを難しくしているのは、科学的な何か法則や理論があって、それに何かインプットすればそれに見合うアウトプットが出てくるというというものではないという事。
つまり、何かのそういうプログラムを作ってデータを放り込めば最善解が出るという事は今のところありえないのだ。
結局人が運用するマーケティングだから、恐ろしく合理的に作った計画がとあるマネージャーの閃きで一発で崩れてより良い計画が出来てしまったりするし、逆に作りこんだけど現場が付いてこなくて無理だったり、駄目な計画でも現場が頑張ったとか敵失で成功してしまうのも現実。しかも困った事にこういう計画通りになっていないけど成功してしまった事を失敗として見做さないから問題意識が共有できないという事も。
これは私の持論だけど、マーケティングにおいて計画した事が多少上ブレするのはいい。誤差の範囲ならば。でも倍とか売れたりするのは明らかにマーケティングの計画自体に問題があったという事で失敗と見做して検証するべきだという事。大抵の場合こういう倍売れたみたいな事になると成功事例となってしまうのだけど。


さて。


昨今流行の言葉のビックデータ。

そもそもビックデータとは何かという明確な定義が共有されないまま、言葉だけが先行している感がある。

昨年問題になったsuicaのデータ。あれで首都圏のJRに乗る人の行動やsuicaを使った駅ナカ等での消費が判るという触れ込みだった、よく考えると疑問がある。
JRしか乗らない人はsuicaかもしれないが、首都圏の人達の行動パターンとして郊外の私鉄の駅から山手線のどこかに接続、それから移動または地下鉄で職場まで行くというのがあると思われる。こういう人はおそらくsuicaではなくpasmoを使うだろう。恐らくpasmoの使用データはこの中には含まれないだろう。また駅の売店ならまだしも駅ビルの中の店でsuicaを電子マネーとして使ったとして、どこで買ったかまでは判っても、何をいくつ買ったという細かいデータまでは記録されていないはずだ。例えばマクドナルド等で何のセットを買ったかまでは記録しないけど、マクドナルドで幾ら使ったかしか記録しないデータに何の価値があるのか。

となると、サンプル調査で抽出した人の購買行動データの方が実は全体像が見える可能性が高い。要するにビックデータが全てのデータではない限り、何らか元データにバイアスがあるので正しい結果を導き出せない可能性があるのだ。これは統計の知識や社会調査の知識があればすぐに判る。残念ながら統計はあまり学生には評判の良い授業ではないし、社会調査の手法については大学の授業レベルでは恐らくそう多くないはずだ。たまたま私のように学生時代のアルバイトでそういうサンプリング調査とか統計の取り方をやった経験があると判っているのだけど、そういう知識のない人がマーケティングを担当している場合も多々あるのだ。

だから私自身はビックデータという事はbuzzワードだと認識していて、ポイントカードの類でも購買情報と属性データと日時がリンクしていないものは意味がないと認識している。極論するとそういう活用が出来ないポイントカードシステムの場合、会計上ポイント分は未払いの販売促進費用であり、積みあがりすぎたり、ポイントとして流出している場合は自社の売上にプラスになっているかどうか判らないのに費用は発生するという滑稽な事態になるからだ。


先日、あるIT関係の方と会食した時にビックデータを使うにしてもそれをスパコンにどういうプログラムを入れて解析すればよいのか、それを研究して実証できている人がいるのかという話題になった。マーケティングの理論としてそこまで精緻なモデルは作れないしプログラム化できないだろうし、結局そこでシミュレーションされた結果、マネージメントの一言で却下されて終わる場合といくつかのシミュレーションの中でも最悪なものを選択する可能性もあるという話にもなった。
極論すると、そういうビックデータをスパコンや分散型サーバーで解析する事より、ちゃんと理論が判り自社のリソースを理解しているマーケッターを大量に採用してエクセルで出来る程度の会席を実行させれば、実はもっと良い結果が出るのではという問題提起もあった。
結局、マーケティングにおける意思決定は様々な問題を複合的に検討する必要があり、製造上の問題や物流上の問題、価格や陳列等の様々な問題をクリアする必要があるので、単なるプログラムが出した結論より、経験や知識のある人によるマーケティング意思決定の方が実は安上がりで効率がよいかもしれない。


結局人間は非合理的な存在で、全ての行動が合理的に行われることはない。
夢に出てきた何かで宝くじを買って当たったとか、悪い夢を見たので取引止めたけど結果として問題のある話だったという場合だってある。それを合理的に説明する事は絶対に出来ないだろうから。