当然私自身も出来るだけの寄付はした。何しろ足に障害がある私が現地に入ってボランティアというのは無理があるわけで、私が出来るのは寄付と東北の食品を買う・消費する位しかなかったと思う。
会社でも従業員に寄付を呼びかけていたので一年目は応じた。しかし去年から私は寄付をしていない。ただ東北の食品や東北で出来たモノを積極的に買うのは続けているし、昨年までは基本東北、特に福島のお酒を飲むようにしていた。
で、今年も3.11に向けて寄付の依頼とか報道での感傷的な取り上げ方がされると思う。
私は基本東北にはもう寄付はしない。あくまで東北のモノは消費するとか、出来れば東北を旅行する程度で留めたい。
それを考えさせてくれたのはこの週刊誌。
週刊 ダイヤモンド 2014年 3/15号 [雑誌]/ダイヤモンド社

¥690
Amazon.co.jp
第3特集で震災復興について書いてあった。そこに書いてあった事が私が疑問に思っていたことの答えのひとつだった。
私が去年あたりから寄付もしなくなったのには理由がある。
緊急の災害援助としての寄付金は一年目で集まったはずだ。また国も予算措置をしているし法人からも復興特別税を加算して徴収している。だとしたらこれから必要なのはお金ではない。東北の人が作ったものをいままで通りかそれ以上に買う事が一番良いと思っている。一年目からもある程度交通も順調になったら東北を旅行してお金を落とす事が一番いいと言っていたので自分の中では矛盾も何もない。
違和感を覚えたのがボランティアとして募集がかかった話を聞いた時だ。
津波の後片付けとかどうしても人手がいるという部分でボランティアに行くというのは確かに必要だと思う。また医療や精神面のサポートに必要なスタッフをボランティアでまかなう事も必要かもしれない。
でも、そのボランティアで求められていたのは養殖に必要なものの準備の手伝いという事だった。
だったら、それは震災前に自分達でやっていた事で、漁民の方々が自分でやるか、正当な賃金を払って地元民を雇用すればいい。それにボランティアが行く必要があるのかという事が凄く自分の中で引っかかった。
今回のダイヤモンドの特集では、そうしたボランティアの無賃金労働に頼る事で労働市場がおかしくなっているというお話があった。また復興に伴う様々な補助制度も労働市場を歪めているという事も書いてあった。(元々いかなる政府による補助や誘導・指導は経済を歪めるというのが私のポリシー)
もしこれが後数年続いたら、毎年そういったボランティアに頼って養殖漁業を続けるだろう。でも後継者にもならないし、その利益は恐らく震災前より良くなっているだろう。それは本当に必要な事だろうか?
防波堤についても地元から反対が出始めたという記事もあった。
津波は怖いけど、海が見えなくなる事で逆に津波の兆候が見えなくなったり、観光面からも問題があるという意見もある。それならば海の近くに住まない高台移転を受け入れるというのだ。
冷静に考えれば過去にも津波被害があった三陸で海の近くに住み続けるのも合理的ではない。高台に移転なり、先々を見て集住するなり対策は必要なはずだ。そして防波堤はどんなに高くしてもそれを超えたらアウトというのは震災でも見たはずだ。同じくらい滑稽なことを浜岡原発でもやっている。あのままいくと、あの周辺が津波で飲まれても原発だけは大丈夫、むしろ原発にいく津波が防波堤で横にいってしまう可能性の方が高いのではないか?同じエリアなら同じ高さの防波堤を作る事が合理的ではないのかと考えるのだが。
私は当初から東北の人口減少した漁村や農村を維持するより、これを機に限界集落化するところは集住・移転を進める事が必要だと言ってきた。また全て元通りに戻すのではなく、必要なものだけ作れば良いとも言ってきた。人が住まないエリアに橋をかけたりトンネルを掘りなおすのはおかしい。メンテナンスのランニングコストを払えるだけのインフラだけを作れば良い。そうしないと財政が破綻する自治体を増やすだけだと。
ところが金は政府がという発想もあるけど、被災者の感情に寄り添うべきという意見が何となく正論に見えるような報道が続くと私も人だから迷いもある。でも身の丈を越えたインフラ整備は過疎化にも繋がるというのが私の実感でもある。阪神淡路大震災の後の長田の街を見て、再開発の終わった長田を見てきた率直な意見だ。
そういう意味では震災復興は急性期を脱した。だったら、次は自助努力で出来る範囲でやっていくべきで、それ以上はむしろ競争を歪め、不健全にしていくだけだ。漁業もボランティアに頼るのはおかしいし、農業も同様だ。
例えば地元の学習塾。ボランティアが無償で行う学習指導の影響で営業再開を断念したという。もしちゃんと地元の学習塾と連携していれば防げたはずだ。
またボランティア団体が様々しかけるイベントにも被災者が疲れを感じているという報道もある。
急性期が終わったのならば、自分達の力で何とかする方法を考えていくしかない。感情的に助けてあげなければというのは、その人達の努力を無にするだけだ。過疎化・後継者難・商売の先細り、これらは震災が無くても東北が直面していた問題でそれが震災で何となく先送りされているだけ。過疎化や後継者難、自治体の財政疲弊に対してはもう集住化や色々な方法を考えなければならない。そうしないと行政コストばかり上がって本当にボランティアがいなくなったら行政も機能不全になりかねない。
私が出来る事はもう寄付ではない。3.11は避けて、観光客が回復していないエリアで普通に旅行する。そして地元の食べ物を食べて、地元にお金を落とす事。これが一番の支援だと思う。そして菅直人らの人災にあった福島に対しても出来るだけ旅行等で支援するしかない。私は福島に住んでも良いと思っている位安全である事を確信しているから。