「私なんて、もう誰からも必要とされていないのかもしれない…」
子どもは手を離れ、夫とは冷め切った会話ばかり。
職場では若い世代に気をつかい、鏡を見るたびに深くなるシワと老いにため息が出る。
「50代、私の人生このまま終わっていくのかな」
そんな強烈な無価値感と虚しさ。
「なんで私だけこんなに惨めなの?」と、出口のない暗闇でもがいてしまう…
もし、いまのあなたが少しでもそう感じているなら、この先も読んでみて!
私が何度も「捉え方がすべて」とくり返し伝えるのには、ちゃんと理由があります。
運命はツンデレ?どん底のときほど大幸運が近いワケ
陰陽五行の世界では、運気が良いときもあれば、ガラガラと壊れるときもあります。
「禍福は糾える縄のごとし」
良いときと悪いときは、順番にやってくるのがこの世のしくみ。
そして実は、大幸運のチャンスに乗るためには、いったん落ち込む、いったん壊れることが“善きこと”とされることもあるのです。
どん底からの復活を経験するたびに、人は光を放ちます。
その光はやがて影響力になって、周りを魅了していく。
そう、あなたが今あこがれている、あの人のように!
そう聞くと、陰陽の法則って、かなりのツンデレですよね!
人生、ずっと「ひゃっほ〜!」と楽しくは、いかせてくれない。
むしろ上がる前ほど、いったん下げてくる。
だからこそ、「捉え方」が大事になってくるのです。
どん底に耐えられない私たちに必要なもの
とはいえ。
私をふくめ、ほとんどの人は、どん底の恐怖になんて耐えられません。
しんどくなると、すぐに癒やしを求めたり、誰かのせいにしたくなったりする。
それは、人間としてごく自然な反応です。
だからこそ、どん底に落ちたときに問われるのは
「起きた出来事を、あなたはどう受け止めるのか?」
この一点なのです。
ここでの受け止め方が「捉え方」です。
どん底に耐える力というのは、起きた出来事をどう意味づけできるかという「心の筋力」のこと。
筋力だからこそ、今からでも鍛えていけます。
痛い目にあうたび、私を支えてくれたひと言
「今のあなたに必要なことしか起こらない」
これは、帝王学の世界で伝えられてきた言葉です。
私はこの一文に、何度も何度も救われてきました。
パーソナルカラーの企業案件が、ある日バサッと途絶えたとき。
仲が良いと思っていた友人に誤解されて、離れていかれたとき。
自分のうっかりで、大金を失って途方に暮れたとき。
そのたびに
「これは、今の私に必要だから起こったんだ」
と、自分に言い聞かせて、なんとか奮い立たせてきました。
そして、これは「過去の話」だけではありません。
今の私だってそうです。
足踏みしているように感じるときもある。
でも、それさえも
「今の私に必要だから起こっている」
と、捉え直すようにしています。
その苦しみは「心の筋トレ」かもしれない
ここまで読んでも、あなたはまだ
「私なんて」
「私には何もない」
と、自分をさげすみ続けますか?
もし、いま目の前にいる大切な人が
「私なんて…」と下を向いていたら、あなたはどんな言葉をかけてあげるでしょうか。
その言葉を、いまのあなた自身にも向けてあげてほしいのです。
「捉え方がすべて」と聞いて
「あ〜、またいつものね」
と思ってもらっても大丈夫。
でも、目の前の暗闇に、ほんの少しでも肯定的な意味を持たせてみたら、これまでとはまったく違う風景が見えてきます。
これは、私自身が体験してきた“事実”です。
ねえ、ちょっとだけ胸に手を当てて考えてみてください。
いま、「私なんて」とつぶやいているその人は、本当に何の価値もない人でしょうか?
もし、いま起きているその苦しさが
50代、60代からの第二の人生に向けてあなたが意気揚々と踊り出すために必要な「心の筋トレ」だとしたら?
あなたは、その筋トレを通して、いったい何を見出すと思いますか。
そう思えたとき、このどん底は「終わりの合図」なんかではありません。
あなたが最高の自分として踊り出すための大事な、大事な準備期間なのかもしれません✨
「私なんて」とつぶやいたその口ぐせを、そっと書き換えていくお手伝いをしています。ピンときたら、また会いにきてくださいね。










