2014年4月6日、イワクラ(磐座)学会の六甲山イワクラツアー~瀬織津姫を訪ねて~が行なわれました。
イワクラを科学的に追求する学会なので、あまり神様の方に偏ってもいけないのですが、何かストーリーがあった方が楽しいかなぁと考えて、今ブームの瀬織津姫(セオリツヒメ)にゆかりの場所を巡るというツアーを計画しました。

東京、名古屋、九州といった遠方からも参加していただき21名のツアーとなりました。
三ノ宮駅でパラパラと降っていた雨は、バスが山を登るにつれて、ミゾレとなり、六甲山頂に着いた頃には雪になっていました。4月にもなって雪とは、信じられません。

まず、六甲山でイワクラの保存活動をされている巨石交流会の活動場所を訪ねました。
ここは、坂田登氏が主催する巨石交流会のみなさんが、埋まっているイワクラの土や木々を取り除く作業をされている場所です。
このイワクラは、何のために造られたのかまったくわかっていません。
前田舟山氏が尺八を演奏していただき、雪景色とあいまってなかなかいい雰囲気です。その中で、巨石交流会のみなさんとイワクラ学会のみなさんの交流が行なわれました。



【坂田登氏の説明を聞くツアー参加者】

次に、六甲比命神社に向いました。降り積もった雪で足元が悪い中、急な山道を登って神社にたどり着きました。
この六甲比命神社自体が岩屋になっており、六甲比命大善の巨大な磐座の上に建てられています。
ホツマツタヱの研究者である大江幸久氏は、この磐座が瀬織津姫の御陵であるとの説を展開されています。
みなさん、巨大な磐座に驚いていました。



【六甲比命神社に向うツアー参加者】

この周辺では、法道仙人にまつわる心経岩、雲ヶ岩、仰臥岩といった磐座も見学してもらいました。

また、2013年に大江幸久氏が発見したイワクラも案内しました。これまでなぜか隠されていたイワクラで私の一押しです。小さな石が精密に組上げられていて縄文の土偶や土器などと共通する芸術性を感じます。
イワクラ学会のみなさんも興味をもたれていました。



【雪の雲ケ岩】


その後、六甲カントリーハウス内の天穂日命の磐座に向いました。芝の上に雪が積もっているため足元が滑り、丘を登るのに苦労しました。


【丘を登るツアー参加者】


天穂日は、出雲の国譲り神話に登場する神で、出雲大社の北島国造家の祖神です。その天穂日がなぜ六甲山に祀られているのか謎ですが、大江幸久氏はこれに対し、ホツマツタヱでは瀬織津姫は、天穂日の育ての親であり、瀬織津姫の御陵を守っていると説明されています。確かに六甲比命神社と天穂日命の磐座は、東西に対面する二つの山に鎮座していています。



【ストーンサークルについて議論を交わすツアー参加者】

この後、みなさんの要望で六甲山神社に立ち寄りました。この神社には白山姫つまり菊里姫が祀られています。この神社は石の宝殿と呼ばれる石の祠があるので有名ですが、実はイワクラもあるので、見ていただきました。

六甲山を下山すると雨も上がり、穏やかな天気となっていました。

次に向った甲山は、きれいな独立峰で、人造ではないかと言われている山です。
その中腹の神呪寺を参拝してもらいました。
この寺は、真名井御前が空海の助けを得て建立した寺院ですが、その真名井御前は、丹後の籠神社ゆかりの人物といわれています。この神呪寺には多くの逸話が残っていて、興味の尽きない場所です。

この寺には、四国八十八カ所の写し霊場があります。この霊場は八十八カ所に石仏が置かれていて巡るようになっているのですが、この石仏が置かれている場所のいくつかは、イワクラであると考えています。現在、巨石交流会で、この場所を調査中です。
その中でも、最も大きなイワクラである50番の霊場を見てもらいました。
巨大な岩屋で奥に岩がはめてあります。
さらに、巨石交流会の2月の調査で発見したイワクラも紹介しました。このイワクラは樹木が生い茂って近づけなくなっていましたが、3月に伐採作業を行なってイワクラの全体が見えるようにしました。2つの石の上に石を乗せたいわゆるドルメンですが、岩の間を人が立って通れます。発見した巨石交流会で「虹の磐戸」と名付けました。

この甲山の周辺には、イワクラが数多くあり、これからもまだまだ発見できると思っています。とても重要な場所だったことが想像できます。瀬織津姫の暮らした場所ではないかといわれています。

次に、廣田神社を参拝しました。この廣田神社の御祭神は、現在、天照大神の御荒御魂と説明されていますが、戦前は瀬織津姫でした。
日本書記によると廣田神社の御祭神は撞賢木厳之御魂天疎向津媛命(ツキサカキイツノミタマアマサカルムカツヒメノミコト)となっており、ムカツ姫です。
一方、ホツマツタヱでは、瀬織津姫は、サクナダリ・セオリツ姫ホノコとして登場し、天照大神が姫の前に立たれて正室として迎え入れたことにより、天下る日前向津姫(アマサガルヒノマエニムカヒツヒメ)と呼ばれました。つまりムカツ姫です。
また、六甲山の古名もムカツ山であり、瀬織津姫の山であることを意味しています。
詳しいことは、この説を提唱されている大江幸久氏のブログ「八上 白兎神社Ⅱと全国神話伝承」 http://white.ap.teacup.com/hakuto/ を見てください。

最後に、芦屋神社を参拝しました。六甲山上に鎮座する天穂日命の磐座が元宮で、この芦屋神社が里宮となります。境内に古墳がある珍しい神社です。
山西宮司にお願いして、御祭神である天穂日命のお話をしていただきました。
ツアー参加者はかなり疲れていたにもかかわらず、熱心に聞きいっていました。



【芦屋神社の宮司のお話を聞くツアー参加者】


お天気には恵まれませんでしたが、イワクラ10ヶ所、神社4ヶ所を巡ることができました。楽しんでいただけたでしょうか。

このツアーのために説明書も作ったので、それをベースとしたもっと詳しい報告を書きたいと思っています。