聖霊様は、

教会内にあらかじめ働き人を適材適所に備えておられます。

 

「キリストの御体」と呼ばれる教会において、あなたは絶対必要な手、あるいは足であり、重要な各器官です。その賜物という特殊能力をフルに発揮して御教会のために活躍してください。

 

高価なダイヤモンドも、ごつごつした原石から研磨を繰り返して本当の輝きを引き出します。同様に、聖霊様の賜物(たまもの)も信じて用いるうちにいよいよ輝いて鋭い洞察力のもと有益なものとなります。

 

賜物は天よりいただく贈り物ゆえ、決して人の努力や訓練によって生み出されるものではありません。しかし、すでに受けている賜物を用いる上で霊的な感覚だけは訓練する必要があります。

 

訓練とは、聖霊様の賜物の使い方と性質を学び、実践的に使い慣れるということです。これは卓上知識や神学的な研究だけでは体得できません。実践的な生きた信仰生活の延長上で試行錯誤を繰り返し、その中で霊的感覚が養われ、聖霊様に従うことを第一とする者となる、いわば実践神学の体験です。

 

私自身、信仰を持ってイエス様を信じた直後、いくつかの聖霊様の賜物を同時にいただきましたが、それをうまく用いる方法が分からなかったため、ただ不思議だけが目の前を通り過ぎて行ったという体験が多くありました。

 

【事前に夢を通して示された例】

 

一例を挙げると過去に教会の関係で、ある神様を信じない男性に二度目に出会ったとき、食事の席で彼は誇らしげに私にこう言いました。

 

「私はバブル期に不動産業で成功して私の会社には百五十人もの従業員がいて、十人以上の愛人もいた。毎日、女性たちから電話が鳴り止まなかった。」

 

現状、彼は数十億円の負債を抱えており、横には気の毒な現在の奥さんが座っていたため雰囲気を察しながら私は沈黙しましたが、確かに彼が話した「過去に十人以上の愛人」という話だけは私自身、彼に聞く前から聖霊様の賜物の一つである知識の言葉により、直接夢でそれを見ていたのでそれは本当のことだとすぐ分かりました。

 

しかし当初、夢で見たあの“不動産会社の社長を取り巻く銀座風に着飾った厚化粧の多くの遊女たち”の意味について「この社長は、悪霊が取り巻く危険な人物ゆえ要注意しなさい」くらいの意味にしか思っていませんでした。まさか、それが文字通りの彼の過去であり、聖霊の啓示による伝道の切り口であったとは悟れずに、当時はただ不思議だけが目の前を通り過ぎたという感じでした。

 

今なら、

 

「あなたの過去は聖書に出てくる夫を五人取り替え、今は六番目と共にいるサマリヤの遊女以上ですね。」

 

等、先に相手から聞く前に大胆にこちらからお話して生ける神様を証しする大きな伝道の武器にしますが、当時はどう対応していいのか分からない状態でした。

 

読者の皆様にも聖霊様の賜物がしばし現われているのに、その目的を十分把握できず、うまく適用できずに主の栄光が現われるチャンスを逃している人はいないでしょうか。

 

絶対、聖霊様の賜物について教会は無知や無関心であってはいけません。聖霊様が臨まれたら大胆に従い、自由に語らなければなりません。あなたが勇気を持って大胆に行動しなければ現せない奇蹟の領域が必ずあります。

 

恐れは禁物です。

信仰はある程度、冒険です。勇気ある決断と生きた行動によって主の御心だけが成就します。聖書の御言葉を確かなものとする現代のしるしと不思議である御霊の現われを文字通りこの世に向かって勇敢に現わして行きましょう。

 

 「しかし、同一の御霊がこれらすべてのことをなさるのであって、みこころのままに、おのおのにそれぞれの賜物を分け与えてくださるのです。」(第一コリント十二章十一節)

 

あなたはすでに優れた聖霊様の能力をいただいています。偉大な神様の賜物の所有意識を抱いて勇敢に御力を解き放ってください。あなたはそれができる人です。

イエス・キリストはあなたを通じて希望の天国の福音を伝え、あなたを通じて悪霊を追い出し、あなたを通じて病をいやし、あなたを通じて聖霊様のしるしと不思議をこの世界に示します。

 

【泉パウロ】