外典聖書 ヨブの遺訓
 

1章

ヨバブと呼ばれる者、ヨブの言葉の書。

病に倒れた日、身の回りのことを整理し始めた、彼は7人の息子と3人の娘を呼んだ。
彼らの名前はテルシ、コロス、ヒュオン、ニケ、フォロス、フィフェ、フォラン、ヘメラ、カシア、アマティアス・ホーンである。彼は子供たちを呼んで言った。「集まれ、我が子たちよ、私のもとに集まってくれ。主が私にしてくださったこと、そして私に起こったすべてのことをお前たちに見せよう。私はお前たちの父、ヨブであり、耐え忍んできた者だ。お前たちは選ばれた栄誉とヤコブの種から授かった恵みの中にいる。お前たちの母の父、ヤコブの種である。私はエサウの子孫であり、ヤコブの兄弟だ。お前たちの母ディナもそこから来ている。彼女との間にお前たちをもうけた。私の前妻は他の10人の子供たちと共に悲惨な死を遂げた。だから聞け、我が子たちよ、私に起こった出来事をお前たちに示そう。

 

2章

さて、私はかつてヨバブと呼ばれていたが、主が私をヨブと名付けた。その後、私はヨブと呼ばれるようになり、崇拝される偶像の神殿のすぐ近くに住んでいた。そこでは常に全焼のいけにえが捧げられているのを目にしていたが、私は心の中で考え始めた。「本当にこれが天と地、海、そして私たち自身を創造した神なのだろうか?どうすればそれを知ることができるのだろう?」

 

3章

ある夜、私は床に就いていたとき、非常に明るい光の中で大きな声が私に響いてきた。「ヨバブ、ヨバブ」と。そのとき私は「はい、ここにおります」と答えた。するとその声が言った。「立ち上がれ。お前が知りたがっている者をお前に示そう。彼らが全焼のいけにえを捧げ、酒のささげものを注いでいる者は神ではない。その力は人間の本性を欺く悪魔のものである。」

これを聞いたとき、私は床に伏して礼拝し、「私の魂の救いのために来てくださった主よ、どうかお願いです。本当にこれが人々を欺くサタンの場所ならば、私にその場所を清める権威を与えてください。そこで彼に注がれる酒のささげものを止めることができるように。私はこの地域を治めているので、誰がそれを禁じることができましょうか?」

 

4章

その光は私に答えて言った。「お前はこの場所を清めることができる。しかし、主が私に伝えるよう命じたすべてのことをお前に示そう。」私は言った。「主が僕に命じたことは、何であれ聞き入れ、行います。」

再びその声が言った。「主がこう言う。もしお前がサタンのこの場所を清めようとするなら、彼はお前に対して怒りを持って戦いを挑むだろう。しかし彼はお前を殺すことはできない。多くの災いをお前にもたらし、お前の財産を奪い、お前の子供たちを連れ去る。しかし、お前が忍耐強く耐えるならば、私はお前の名を世の終わりまで全地に知られるようにする。そして再びお前の財産を返す。それは倍返しになるであろう。こうして主が偏りなく、従う者すべてに良いことを与えることを知るだろう。またお前は復活の日に立ち上がり、痛みを耐えながらも冠を得る競技者のようになる。そのとき、お前は主が公正で真実であり、選ばれた者たちに力を与える強いお方であることを知るであろう。」

 

5章

我が子らよ、そこで私は、「死ぬまで耐え忍び、一歩も引き下がりません。」と彼に答えた。天使によって封印された後、彼が去ったとき、私は翌晩、50人の若者を連れて偶像の神殿へ行き、それを地に倒して破壊した。そして家に戻り、戸がしっかりと閉められるように命じた。

 

6章

聞け、小さき我が子たちよ、不思議に思うがよい。私が家に入り、扉をしっかりと閉めたとき、私は門番にこう命じた。「今日、誰かが私を尋ねてきても、何も知らせず、彼は忙しくて時間がないと言うように」。その間、私は家の中にいたが、サタンが物乞いに変装して扉を叩き、門番にこう言った。「ヨブに会いたいと伝えてくれ」と。門番がそのことを私に伝えたとき、私は「今は時間がない」と答えるように言った。

 

7章

サタンはその言葉を聞くと立ち去り、肩に荷を背負って戻ってきた。そして門番に「ヨブに伝えてくれ。パンを一切れ渡してほしい。食べたいのだ」と言った。そこで私は焼け焦げたパンを門番の娘に渡し、彼に渡すように言い、「もう私のパンを食べることは期待するな。お前は私から遠ざけられたのだから」と伝えた。しかし、娘はその焼け焦げたパンを渡すのが恥ずかしく、彼がサタンだとは知らずに、自分の良いパンを彼に渡してしまった。

サタンはそのパンを受け取ると、何が起こったのかを悟り、娘に言った。「去れ、悪い召使よ。私に与えるべきパンを持ってこい」。娘は深い悲しみで泣きながら言った。「本当に、あなたは私を悪い召使だと言うでしょう。もし私がそうでなかったならば、主人の指示通りにしたはずです」と。

娘が戻ってくると、焼け焦げたパンをサタンに渡し、「私の主がこう言っています。もうお前に私のパンを食べさせることはない。私はお前から遠ざけられたからだ。しかし、何も渡さなかったと非難されないように、このパンを与える」と伝えた。

サタンはこれを聞くと、娘を私のもとに送り返し、「このパンが完全に焼けているように、私もお前の体を同じようにするだろう。一時間以内にお前を打ち倒し、破壊してやる」と言った。私は彼に答えた。「お前の望むことをやれ。お前が私に何かをもたらそうとしているならば、私はお前が与えるどんな苦痛にも耐える準備ができている」

 

8章

彼が私のもとを去り、大空の下から離れた後、彼は主に懇願し、私の財産に対する権限を得ようとした。そして、彼がその権限を得たとき、再び戻ってきて、私の全財産を奪い去った。

 

9章

だから聞いてくれ、私に起こったすべてのこと、そして私の損失についてお前たちに示そう。

私はかつて13万匹の羊を持っていたが、そのうち7,000匹を孤児や未亡人、貧しい者や困窮した者のために毛を刈るために指定していた。また、80匹の犬が私の羊の群れを守り、さらに200匹の犬が家を守っていた。私は9,000頭のラクダを持っていたが、そのうち3,000頭を各都市で働かせ、良いものを積んで街や村に送り、困窮した者や貧しい者、すべての未亡人に分け与えるよう命じていた。また、14万頭の放牧されている雌ロバを持っていた。そのうち500頭を選び、その子供たちを売って貧しい者や困っている者に与えるように恒常的な指示を出していた。さまざまな地域から人々が私に会いに来るようになり、私の家には4つの扉が常に開かれていた。私は召使に、これらの扉を常に開けておくよう命じていた。なぜなら、誰かが施しを求めて来て、私が扉の前に座っているのを見て、恥ずかしくて引き返してしまうかもしれないからだ。そこで、彼らが私を1つの扉で見かけたときは、別の扉から入り、必要なだけ取っていけるようにしていたのだ。

 

10章

また、私の家には常に30のテーブルを設けて、常に旅人たちのために食事を提供していた。さらに、12のテーブルは未亡人のために特別に設置していた。どんな旅人が施しを求めて来ても、彼はまず私のテーブルで食事をしなければならなかった。その後に施しを受けることができた。また、誰も私の家を空のポケットで出ることを許さなかった。私は3,500頭の牛を持っており、その中から500頭を選び、耕作用として指定していた。それらを使う者がどのような分野でも使用できるようにし、その収穫物を貧しい者のために確保していた。さらに、50のパン屋を持っており、それらを利用して貧しい者たちのために食事の支援をしていた。

 

11章

また、私の熱心さを見て、助けを申し出る旅人もいた。彼らの中には、当時は資源もなく、投資するものもない者たちがいて、「どうか私たちにも彼の奉仕に参加させてください。私たちは何も持っていませんが、私たちに慈悲をかけ、遠くの町へ商売に出るための資金を貸していただければ、最も貧しい者のために奉仕し、その後に必ず返済します」と頼んできた。

これを聞くと、私は喜び、彼らが貧しい者のために私から何かを取っていくことを許した。そして、彼らの要求に応じて、書面を受け取り、望むだけの金額を貸し出した。担保は書面だけで、私の費用で彼らが出発するのを見守った。時には彼らが商売に成功し、貧しい者たちに施しをすることもあったが、他の時には略奪に遭い、戻ってきて「どうかお待ちください。返済の方法を見つけるまでお許しください」と懇願した。

その時、私は書面を取り出し、読み上げながら、その書面を取り消すと宣言した。「私は貧しい者のためにお前たちを信頼していたので、何も取り戻すことはしないし、借金を取り立てることもない。」

 

12章

時折、心から喜んでいる男が私のもとに来て、「私は裕福ではなく、困窮者を助ける力はありませんが、今日、あなたのテーブルで貧しい者のために奉仕したい」と言った。合意が成立すると、その男は奉仕し、夕方には食事をとり、帰ろうとする際には、私から賃金を受け取るように強いられた。私は「お前が働く者であり、賃金を期待していることは知っているので、受け取らなければならない」と言った。また、賃金を受け取る者たちが私の家に留まることは許さなかった。

 

13章

牛の乳搾りをする者たちは疲れ果て、山々には乳が流れ、道路にはバターが広がっていた。私の家畜は岩や山に寝かされ、鳥たちのために乳が山々を洗い流し、固まったバターのようになった。未亡人や貧しい者たちのために食事を準備していた私の召使たちも疲れ果て、「誰が彼の肉を一部分でもくれるのだろうか」と私を軽蔑して呪うこともあった。それにもかかわらず、私は非常に親切であった。

 

14章

私は6つの詩篇と10弦のリラを持っており、未亡人たちに食事を与えた後、毎日自分を奮い立たせてリラを取り出し、演奏して彼女たちに賛美歌を歌わせていた。これにより、神を思い起こさせ、主を称えるようにしていた。もし私の女中たちが不平を言い始めた場合、私はリラを取り、弾きながらその報酬として彼女たちを黙らせることで、不平を止めさせていた。

 

15章

奉仕が終わった後、私の子どもたちは毎晩夕食をとり、年長の兄のもとに行って彼と共に食事をし、3人の姉妹も一緒に連れて行った。急用の問題は女中たちに任せ、私の息子たちは召使たちと一緒にテーブルに座っていた。そこで私は、彼らのために300羽の鳩、50匹の子ヤギ、12匹の羊を犠牲として捧げた。また、儀式が終わった後に残ったものを貧しい者たちに与えるように指示した。そして「これらの儀式後の残り物を取って、私の子どもたちのために祈ってください。おそらく私の息子たちは、尊大に『我々はこの裕福な男の子どもであり、これらの財産は我々のものである。なぜ我々も奉仕するのか』と言って、主の前に罪を犯したかもしれません。誇りは神の前で忌まわしいものです」と言った。また、神の祭壇に選ばれた雄ヤギを捧げて、私の息子たちが神に対して悪い考えを持っているかもしれないことを祈った。

 

16章

私がこれらのことを行っていた7年間、天使が私に啓示を与えた後、サタンは権限を受けると、無慈悲に降りてきて、未亡人のために指定していた7,000匹の羊、3,000頭のラクダ、500頭の雌ロバ、500頭の牛を焼き払った。これらすべてを自らの手で破壊した。サタンが受けた権限に従って、私に対して行ったのだ。残りの家畜は、私によく扱われていた同胞たちによって押収され、彼らは私に対して立ち上がり、残りの動物を奪っていった。彼らは私に財産の破壊を報告したが、私は神を称え、冒涜することはなかった。

 

17章

その後、悪魔は私の心を知り、私に対して策略を巡らせた。ペルシャの王に変装して私の街に現れ、街のすべての悪党たちを集めた。そして、自分を誇示しながら彼らに言った。「この男ヨブは、地上のすべての善を破壊し、何も残さなかった。乞食や盲人、足の不自由な者たちに施しを施した者であり、また偉大な神の神殿を破壊し、飲み物の供え物の場所を平らにした。だから、私も彼が神の家に対して行ったことに見合う報いをしよう。さあ、彼のすべての動物や残されたものを略奪して、自分たちのものにしよう。」彼らは応じて、「彼には7人の息子と3人の娘がいる。彼らが他の土地に逃げて、私たちに対して訴えるかもしれないし、私たちに立ち向かい、最終的には私たちを殺すかもしれない」と言った。すると彼は言った、「心配することはない。彼の財産のほとんどはすでに火で破壊した。他のものは押収したし、彼の子どもたちも殺してしまうだろう。」

 

18章

彼がこれらのことを彼らに話すと、去って行き、私の子どもたちの上に家を崩壊させて彼らを殺した。私の同胞たちは、言われたことが本当に起こったのを見て、私を追い詰めて攻撃し、私の家のすべてを奪い始めた。私の目には、安っぽく価値のない者たちが私のテーブルやソファに座っているのが見えた。私は疲れ果てて何も言えず、まるで出産の苦痛で骨盤が麻痺している女性のようだった。主が天使を通して予告した戦いと、私に語られた勝利の歌を最もよく思い出し、私はある都市に入ってその富を発見し、その栄光の一部を得たいと望む者のようになり、また、貨物を載せた海行きの船に乗り込み、大洋の中で風に逆らって第三の波を見たとき、船とその荷物よりも良いものを得るためにすべてを失う覚悟で荷物を海に投げ入れるように、自分の財産を天使たちが語った都市に比べて何もないものと考えた。

 

19章

最後の使者が来て、私の子どもたちの喪失を知らせたとき、私は深く動揺し、衣服を引き裂きながら報告を持ってきた者に「どうしてあなただけが助かったのか?」と尋ねた。そして、何が起こったのか理解したとき、私は大声で泣き叫びながら、「主は与え、主は取り去られた。主が良しとされたように、そうなったのだ。主の名は祝福されるべきだ」と言った。こうして、私のすべての財産が消え去った。

 

20章

サタンは、私を軽蔑させることができないと判断し、私が座っているときに私の体を主から取り上げるように頼んで、私に病を負わせるために使わせてくれるよう求めた。その後、主は私の体に関してはサタンの手に渡したが、私の魂に対しては権限を与えなかった。サタンは私の子どもたちの喪失を嘆きながら玉座に座っている私のところに来て、大きな暴風のようになり、私の玉座をひっくり返した。私は玉座の下に3時間も閉じ込められ、逃げることができなかった。そして、頭から足の先まで激しい病に打たれ、困難と苦悩の中で私は街を離れ、糞尿の山の上に座った。体は虫にたかられ、体からの分泌物が地面を湿らせた。体の中には多くの虫がいて、もし虫が体から落ちたときは、それを拾い上げて元の場所に戻し、「指示があるまで、ここに留まっていなさい」と言っていた。

 

21章

私は、48年間糞尿の山の上で病に苦しみながら過ごしました。その間、私の妻が水を運んでいるのを目撃しました。それも、ある貴族の家で女中として働きながら、パンを手に入れて私に持ってくるためにです。私は驚き、「この街の者たちのなんという冷酷さだろう。どうして彼らは私の妻を奴隷のように扱うのか」と言いました。その後、私は冷静さを取り戻しました。

 

22章

11年間の後、彼らは私にさえもパンを禁じ、彼女が自分の食べ物さえもわずかにしか持てないようにしました。彼女が食べ物を手に入れたときは、自分と私のために分け与え、「なんと痛ましいことか、もうすぐ彼には十分なパンさえもないだろう」と嘆きながら言いました。彼女は市場に行って、パンの貯蔵庫からパンを焼いて私に持ってきて、私が食べられるようにしていました。

 

23章

サタンがこれを知ると、彼はパン屋の姿に変装しました。偶然にも、私の妻が彼のところに行き、彼が普通の人間だと思ってパンを乞いました。サタンは彼女に、「値段を払って、お好きなものを取ってください」と言いましたが、彼女は「どこでお金を得られるでしょうか?私たちに降りかかった悪を知らないのですか?もし私に憐れみを持っているのなら、慈悲を示してください。そうでなければ、あなたに見せることになるでしょう」と答えました。サタンは「もしあなたがこれらの悪に値しなければ、受け取ることはなかったでしょう。今、手元にお金がないのなら、髪の毛を差し出しなさい。そして、これらの三つのパンを取ってください。おそらく、あと三日間は生き延びることができるでしょう」と言いました。彼女は、自分の髪の毛が空腹の夫と比べて何の役に立つのかと考え、髪の毛を軽蔑しながら「どうぞ、取ってください」と言いました。すると、サタンはハサミを取り出し、彼女の髪を刈り取って三つのパンを渡しました。周囲の人々が見守る中、彼女はパンを受け取り、それを私に持ってきました。サタンは彼女の後をこっそりと歩きながら、彼女の心を惑わせました。

 

24章

妻が近づき、涙を流しながら私に言いました。「ヨブ、ヨブ、どれだけ長くこの糞尿の山の上に座っているつもりですか?ほんの少しだけ待って、救いの希望を持っているだけですか?私はさまよい歩く女中で、あちこちを回っているのです。あなたの記憶は地上から消え去り、私の苦労の末に生まれた息子たち、娘たちも同様です。あなたはここで虫に侵された腐敗の中で夜を過ごしており、私は一日の労働と夜の苦痛に浸かっています。たった一つのパンを提供し、持ってくるために、わずかに自分の食べ物を受け取り、それをあなたと私で分け合っているのです。あなたが病気であるだけでなく、パンも十分に得られないことに心の中で疑問を感じながら、私は恥ずかしげもなく市場に行く決意をしました。たとえ心が痛んでもです。パン屋は『お金を出せばパンをくれる』と言いましたが、私は私たちの困窮を示し、彼から『お金がないなら、髪の毛で払え。そうすれば三つのパンを渡す。おそらくあと三日間は生き延びられるだろう』と聞きました。私は思い切って『髪を切ってください』と言い、彼は市場で群衆の前で私の髪を恥ずかしく切り落としました。」

 

25章

周囲の人々は驚きました。「これがヨブの妻であるとは。彼女はかつて14枚の布を持ち、部屋を守り、内側に扉があった。彼女のもとに入ることはかなりの価値があった。しかし今や彼女は髪の毛と引き換えにパンを手に入れている。かつては良いものを積んだラクダが貧しい地域に向かっていたのに、今や彼女はパンのために髪を提供している。かつては家に7つの食事用のテーブルが用意され、貧しい人や異邦人が食べに来たのに、今や彼女は髪の毛をパンと交換している。かつては金や銀で作られた足浴器を持っていたのに、今や彼女は裸足で歩き、髪の毛をパンと交換している。かつてはリネンと金で織られた衣服を持っていたのに、今やぼろきれを着て髪の毛と交換している。かつては金と銀の自分専用のソファを持っていたのに、今や彼女は髪を売ってパンを得ている。ヨブよ、多くのことが一般的に語られているが、私はあなたに簡潔に話す。心が弱っている私の骨は砕けそうだ。立ち上がり、パンを受け取り、満足した後、神に対して何か言葉を述べて死んでしまいなさい。そうすれば、私もあなたの体の痛みからくる疲れから解放されるだろう。」

 

26章

そのとき私は妻に答えました。「見てごらん、私はこの17年間、体の中の虫たちに苦しみながら生きてきたが、私の魂がこれほどまでに苦しめられたのは、あなたの言葉が原因だ。『神に対して何か言葉を述べて死にましょう』と。確かに、私たちはこれらの苦しみを受けているし、あなたも同様に子どもたちや財産を失った。しかし、神の手から良いものを受け取ったならば、悪いことも耐え忍ぶべきではないか?私たちは神が憐れみを持って私たちに慈悲を示してくださるまで忍耐しようではないか。あなたは、悪魔があなたの後ろに立って、あなたの理性を揺さぶり、私を欺こうとしているのが見えないのか?彼は、あなたを無知な女性として私を誤らせるために利用しようとしているのだ。」

 

27章

再び私の妻の後ろに立っていたサタンに向かって私は言いました。「前に出て来い。隠れていないで出てこい。ライオンは檻の中で力を示すか?鳥のひなは籠の中で飛ぶか?出て来て戦え。」すると、サタンは私の妻の後ろから出てきて立ち上がり、涙を流しながら言いました。「見よ、ヨブ、私は疲れ果てている。あなたが肉体の苦しみを受けている一方で、私は精神的に深い苦しみにある。私はまるで、ある選手が他の選手と戦い、一方が他方を抑え込んで砂を口に詰め込み、四肢を打ちのめしたが、耐え続けることで、下にいる選手が勝利を収めたようなものだ。あなたが私の試練に耐え抜いたため、私は敗北を認めざるを得なかった。」こうしてサタンは恥ずかしそうに去り、私のもとから三年間離れました。そして私の子たちよ、すべての出来事において忍耐しなさい。忍耐こそが何よりも価値があるのです。

 

28章

私が病気の中で20年を過ごしていると、王たちは私のことを聞きつけ、各国から私を訪ねるために立ち上がりました。彼らは私を励まそうとしましたが、距離から近づくと私を認識できず、声を上げて泣き、衣を引き裂き、灰を撒きました。そして彼らは私の隣に七日七夜座り続けましたが、誰も私に話しかけませんでした。これは彼らが忍耐していたからではなく、彼らが私を以前の繁栄を知っていたからです。かつて私は彼らに貴重な石を見せたとき、彼らは驚き、手を叩いて言いました。「もし私たちの三つの王国の財宝を一つの場所に集めたとしても、それはあなたの国の輝かしい石に及ばないだろう。」私は東方の人々よりも高貴であったのです。しかし、彼らがアオシティスに来て、「ヨブはどこにいるのか」と尋ねると、町の人々は「彼は町の外の糞の山の上に座っている。20年間、町に戻っていない」と答えました。彼らは私の財産について尋ね、私に起こったことが彼らに示されました。

 

29章

彼らがそのことを聞いたとき、彼らは市を離れ、町の住民と共に私のところに案内されました。しかし、彼らは私がヨブであると認めず、異議を唱えました。彼らは全く疑念を抱いていました。そのとき、テマの王エリファズが私に向かって言いました。「あなたは私たちの王ヨブですか?」と。私は泣きながら頭を振り、灰を頭に振りかけて言いました。「確かに、私はヨブです。」

 

30章

彼らが私が頭を振るのを見たとき、彼らは地面に倒れ込んで気を失いました。彼らの兵士たちは、三人の王がまるで死んだかのように倒れているのを見て動揺しました。三時間後、彼らは起き上がり、一人一人が互いに言いました。「これは本当に彼であるとは信じられない。」その後、彼らは七日間私の事業を再確認し、私の家から出された多くの善行や、周辺の村や都市に分配された品物を思い出しました。「どうして、彼はこんなに深刻な状態に陥ったのか」と言いました。

 

31章

七日間の考慮の後、エリファズは他の王たちに言いました。「彼が本当にジョブなのかどうか、よく尋ねてみよう。」しかし、彼らは私からの悪臭のために約半スタディオン離れた場所にいたため、香水を手に持ち、兵士たちが私の周りに香を撒きながら近づいてきました。彼らは三日間かけて香を供え、その後、エリファズが私に向かって言いました。「あなたはジョブ、私たちの仲間の王ですか?あなたはかつて浴室のような華やかさを持っていましたか?あなたは昼間、土地の中で太陽のようだった人ですか?あなたは夜中に月や星のように輝いていた人ですか?」私は「そうです、確かにそうです」と答えました。すると、エリファズは泣きながら王の哀悼の歌を呼び起こし、他の王たちとその兵士たちはそれに応じて歌いました。

 

32章

これはエリファズの哀悼の歌です。彼はジョブの富のすべてを祝福しながら歌っています。

「あなたは貧しい人々のために七千匹の羊を用意した人ではないか。では、あなたの玉座の輝きはどこにあるのか?あなたは三千頭のラクダを貧しい人々に物資を運ぶために用意した人ではないか。では、あなたの玉座の輝きはどこにあるのか?あなたは千頭の牛を貧しい人々のために耕作に使うために用意した人ではないか。では、あなたの玉座の輝きはどこにあるのか?あなたは黄金の寝台を持っていたが、今は糞の山の上に座っている。今、あなたの玉座の輝きはどこにあるのか?あなたは宝石で飾られた玉座を持っていたが、今は灰の中に座っている。今、あなたの玉座の輝きはどこにあるのか?あなたが子どもたちの真ん中にいたとき、あなたは香り高い果樹の芽のように咲いていた。しかし、今、あなたの玉座の輝きはどこにあるのか?あなたは貧しい人々のために六十のテーブルを設けていたが、今はあなたの玉座の輝きはどこにあるのか?あなたは香の祭壇を持っていたが、今は悪臭の中で暮らしている。あなたは銀の台の上に黄金のランプを持っていたが、今は月の光を待っている。では、あなたの玉座の輝きはどこにあるのか?あなたは乳香の香油を持っていたが、今は困窮している。では、あなたの玉座の輝きはどこにあるのか?あなたは不正義と罪人を嘲笑していたが、今はあなたも嘲笑されている。では、あなたの玉座の輝きはどこにあるのか?あなたは広大な輝きを持っていたジョブであるが、今、あなたの玉座の輝きはどこにあるのか?」

 

33章

ジョブがエリファズと他の王たちに対して語った言葉です。「静かにしてくれ。今、私の玉座を示そう。その威厳の輝きは聖なる者たちの中にある。私の玉座は上の世界にあり、その輝きと威厳は父の右手から来ている。この世界は過ぎ去り、その栄光も色あせるだろう。そしてそれを求める者たちは、その滅びに加わるだろう。しかし、私の玉座は聖なる地にあり、その輝きは変わらぬ者の世界にある。川は干上がり、その波の傲慢さは深淵に沈むが、私の地の川は干上がることはなく、消えることもない。これらのものは過ぎ去り、支配者たちは去って行くが、その栄光や誇りは鏡のようなものだ。しかし、私の王国は永遠であり、その輝きと威厳は父の戦車にある。」

 

34章

エリファズはジョブの言葉に怒りを覚え、他の王たちに言いました。「我々が軍を率いて慰めに来たのは何の役にも立たなかった。見よ、彼は我々を非難している。彼はこの腐臭と虫の苦しみの中に座りながら、我々の国々を嘲笑っている。王国は滅び、支配者たちも去るが、彼は自分の王国が永遠であると言う。エリファズは深い悲しみに満ちて立ち上がり、『我々は慰めに来たのに、彼は我々を部隊の前で貶める。』と言って、去って行った。」

 

35章

バルダズはエリファズに対して言いました。「このような言い方をするべきではない。彼はただでさえ悲しみにくれているだけでなく、多くの病に苦しんでいる。たとえ我々が健康であっても、この悪臭の中で近づくのは難しい。香料を多く使っても、近づくのがやっとだ。エリファズ、あなたは自分が病にかかった時を忘れてしまったのか?それは二日間だけのことでさえ、苦しんだではないか。今は彼の本当の状態を見極めるために忍耐しよう。もしかしたら彼は精神的に不安定になっているかもしれない。以前の繁栄を思い出し、心が乱れているのかもしれない。誰が病に苦しむと、心が乱れないだろうか。私に彼に近づかせてくれれば、彼の状態を確認することができる。」

 

36章

バルダッドは私に近づいて言いました。「あなたはヨブですか?」と尋ね、私は「はい」と答えました。

バルダッドは続けて言いました。「あなたの心は安定していますか?」

私は答えました。「私の心は地上的なことに固定されていません。地球とそこに住む者たちは不安定ですが、私の心は天上的なことに固定されています。天には混乱がありません。」バルダッドは続けて言いました。「地球が不安定であることはわかっています。時には平穏で、時には戦の時期もあります。しかし、天は常に平穏であると聞いています。もし本当に心が安定しているなら、最初の質問に対して適切に答えてください。もしそれに冷静に答えれば、次の質問をし、その答えが冷静であれば、あなたが感情的に動揺していないことがわかるでしょう。」

 

37章

バルダッドはさらに言いました。「では、あなたは誰に希望を置いていますか?」と尋ね、私は「生ける神に」と答えました。

バルダッドは続けて言いました。「では、あなたの財産を破壊し、これらの疫病をもたらしたのは誰ですか?」と尋ね、私は「神」と答えました。

バルダッドは再び言いました。「では、神に希望を置いているのに、どうして神が不公平だと考えるのですか?もし神が与えてから奪うのであれば、実際には与えなかったほうが良いのではないでしょうか?王が自分の兵士を尊重しないことはありませんし、主の深い事を理解できる者はいません。誰が主に不正を帰すことを許されるのでしょうか?答えてください、ヨブ。」

さらにバルダッドは、「もしあなたが本当に冷静で知恵があるなら、なぜ私たちは太陽が東から昇り、西に沈み、再び早朝に東から昇るのかを説明できますか?これらのことを説明してみてください。もしあなたが神の僕であるならば。」

 

38章

私は答えました。「私は冷静であり、心は健全です。なぜ主の壮大な事を語らないべきでしょうか?また、私の口が全く失敗するべきではありません。私たちはただの塵と灰であり、天の事に忙しくすることはありません。今、私の心が健全であることを知ってもらうために、ここで私からの質問があります。

食物は口に入り、水も同じ口から喉を通りますが、便所に達する際にこれらは分けられます。誰がそれを分けるのですか?」

バルダッドは答えました、「それはわかりません。」

私は続けて言いました、「もしあなたが体の機能を理解できないのに、どうして天の事を理解できるでしょうか?」

するとバルダッドは答えました、「私たちは私たちの理解を超えた事について尋ねているのではありません。あなたが健全な精神を持っているかどうかを知りたかっただけです。今、私たちは本当にあなたの知性が影響を受けていないことを知っています。それでは、私たちに何をしてほしいのですか?」

「私たちは旅をしているので、三つの王国から医者を連れてきました。治療を受けることを望みますか?もしかしたら、救済を見つけるかもしれません。」私の答えは、「私の癒しと治療は、医者を創造した主から来るものです。」

 

39章

私がこれらのことを話している間、私の妻がぼろぼろの衣を着て、役人たちの仕役から逃れて到着しました。彼らは彼女が出て行くのを禁じており、もし他の王が彼女を見て捕らえるかもしれないと恐れていました。彼女は彼らの足元にひざまずき、泣きながら言いました、「エリファズ、あなたとあなたの二人の友人たち、私がどのような人であったかを覚えていますか?そして私がどのように着飾っていたかを。今、私のぼろぼろの姿をご覧ください。」

彼らが大きな哀悼の意を表し、疲れ切って静かになったとき、エリファズは自分の紫の外套を脱ぎ、それを私の妻の周りにかけました。しかし、彼女は彼らに頼みました、「お願いです。あなたの兵士たちに崩れた家の瓦礫を掘り起こしてもらい、少なくとも私の子供たちの骨だけでも保存できるようにしてください。私たちにはその費用がないので、せめて骨だけでも見たいのです。私の十人の子供たちが亡くなり、一人の葬式も準備できていません。私は牛や野生動物のような母親なのでしょうか?」

彼らは掘りに出かけましたが、私はそれを禁じました。「無駄に苦労しないでください。私の子供たちは見つからないでしょう。なぜなら、彼らは創造者である王によって天に召されたからです。」

彼らは再び私に答えました、「では、あなたが子供たちが天に召されたと言うとき、誰があなたが狂っていると言わないでしょうか?本当のことを教えてください。」

 

40章

私が彼らに答えました。「私を立たせてください。」彼らは私を立たせ、両腕を支えました。立ち上がったとき、私は父に賛美を捧げる歌を歌いました。そして、私が彼らに言った祈りは次の通りです。「目を東に向けて見なさい。天の栄光に冠された私の子供たちを。」

それを見た妻は地面にひざまずき、礼拝しながら言いました。「今、私は私のために主の前に記念碑があることを知りました。それで、私は立ち上がり、町に戻ってしばらく休み、そして仕役の仕事に備えて自分をリフレッシュします。」彼女は町に向かい、彼女が仕えていた支配者によって押収された牛の厩舎に行き、ある飼い葉桶の近くに横たわり、良い気分で亡くなりました。

彼女の支配者が彼女を探しましたが見つけることができず、夕方に家畜の囲いに入り、彼女が死んで広がっているのを見つけました。彼女を見たすべての人が哀悼の声を上げ、その音は町中に届きました。彼らは急いで何が起こったのかを確認しに行き、彼女が死んでいるのを見つけ、生きている動物たちが彼女の周りで泣いているのを見ました。彼女の葬儀を行い、彼女を子供たちの家が崩れた近くに埋葬しました。町の貧しい人々は大いに哀悼し、「これがかつての誇りと栄光の女、シティです。彼女はまともな埋葬さえも受けることができませんでした。」と述べました。

 

41章

エリファズと他の者たちは、これらのことの後、私のそばに座り、私に対して議論し、大声で非難し続けました。彼らは、私が多くの罪のために不正に苦しんでおり、もはや希望が残っていないと主張しました。私は怒りに満ちて強く反論しましたが、彼らは激怒して立ち去りました。その時、エリフが彼らに頼んで言いました。「もう少し待ってください、私が彼に問題を明らかにします。あなたたちは長い間ここに留まり、ヨブが正しい人だと自慢していましたが、私は最初からこの問題を持っていませんでした。私も彼の前の繁栄を思い出して悲しみましたが、今彼は天に座っていると誇らしげに語っています。今、私の言うことを聞いてください。彼の虚構の状態について話します。」エリフはサタンに影響されて、私に対して侮辱的な言葉を述べましたが、それはエリファズの書物の中に記されています。

 

42章

その後、エリフの傲慢な演説が終わった後、主は嵐と雲を通して明確に私に現れ、エリフを非難しました。主は、エリフの中で話していたのは人間ではなく獣であると示しました。そして、主が雲を通して私に話している間、四人の王たちもその声を聞きました。主が私に語り終えた後、彼はエリファズと他の二人の友人たちに言いました。「なぜあなたたちは罪を犯したのか。あなたたちは私の僕ヨブについて正しく語っていない。立ち上がり、ヨブにあなたたちのために犠牲を捧げさせなさい。そうすれば、あなたたちの罪が取り除かれるだろう。彼以外の者であれば、私はあなたたちを滅ぼしていた。」その後、彼らは私に犠牲のためのものを持ってきて、私はそれらを受け取り、彼らのために犠牲を捧げました。主はその捧げ物を喜ばれ、彼らの罪を赦しました。

 

43章

エリファズ、バルダッド、ゾファルが主が彼らの罪を赦してくださったことを知り、エリフがその恩恵に値しないと考えたとき、エリファズは立ち上がって話し始めました。他の友人たちとその部隊は祭壇の近くで彼に応答の歌を歌いました。エリファズは次のように語りました。

「私たちの罪は取り除かれ、私たちの不法は埋められた。エリフ、ただ一人の悪者は、生ける者の中に記念されることはない。彼の灯は消え、その光輝は滅び、彼の輝きは永遠の裁きへと逃げていく。この者は光の者ではなく、暗闇の者である。彼の栄光と威厳は暗闇の門番たちに引き継がれ、彼の王国は消え去り、彼の玉座は腐敗し、彼の天幕の名誉は冥界にある。彼は蛇の美しさを愛し、ドラゴンの鱗を求め、その毒と毒素が彼の食物となる。彼は主を自分に受け入れず、主を恐れなかったばかりか、彼の尊い者たちも主を怒らせた。主は彼を忘れ、聖なる者たちは彼を見捨てた。しかし、怒りと憤りが彼の天幕であり、彼の心には希望がなく、体には平安がない。彼の舌には蛇の毒がある。主は正しい、彼の裁きは真実であり、彼には偏りがない。彼は私たち全員を一緒に裁くだろう。見よ、主が来られた。見よ、彼の聖なる者たちは準備が整い、冠が賛美と共に先導している。聖なる者たちは喜び、心の中で喜び跳ねるがよい。彼らは待ち望んだ栄光を受けた。神は私たちの罪を清め、不法を除き、悪者エリフには生ける者の中に記念はない。」

 

44章

エリファズが賛美を止めた後、全員が彼に応答して歌い、祭壇を取り囲んでいたとき、私たちは立ち上がって都市に入りました。そこで私たちは主の喜びの中で盛大な祝賀を行いました。再び、私は貧しい者たちのために善行を行うことを決心し、以前私を知っていたすべての友人たちや恩恵を受けた人々が私のもとに集まりました。彼らは私に何を求めているのか尋ねました。貧しい者たちに再び善を施すことを思い出し、私は言いました。「それぞれが一匹の羊を私に提供してください。貧しい者たちのために衣服を作るためです。」すると、みんなが一匹の羊と一枚の金貨を持ってきました。そして主は私が所有していたすべての財産を祝福し、私の財産を倍増させてくださいました。

 

45章

そして今、私の子どもたちよ、見てください。私は死にゆく者です。何よりもまず、主を忘れないでください。貧しい者たちに善を施し、助けを必要とする者たちを見捨ててはなりません。見知らぬ者から妻を迎えてはいけません。私の子どもたちよ、私は自分のすべてを分け与えますので、それぞれが自分の持ち分を自由に管理できるようにしてください。

 

 

46章

そして、彼は相続のために財産を七人の息子たちだけに分配しましたが、娘たちには一切の財産を渡さなかったので、娘たちは悲しみ、父に言いました。「父上、私たちもあなたの子どもではないですか?なぜ私たちには一切の財産をくださらなかったのですか?」

それに対してヨブは答えました。「私の娘たちよ、心配しないでください。私はあなたたちを忘れていたわけではありません。あなたたちには兄たちよりも優れた相続を用意してあります。」

そうして、彼は娘のヘメラを呼び寄せ、「この印章を持って、金庫へ行き、三つの金の箱を持ってきなさい。あなたたちの相続を与えるためです。」と言いました。ヘメラはそれに従い、箱を持ち帰り、ヨブがそれらを開けると、中からは色とりどりの紐が出てきました。その見た目は言葉では表現しきれないほどで、地上のものでなく天からのもので、太陽の光のように火のように輝いていました。

彼はそれぞれの娘にその紐を渡し、「これを胸に巻きなさい。そうすれば一生の間、あなたに良いことがあるでしょう」と言いました。

 

47章

そのとき、もう一人の娘であるカシアが父に言いました。「父よ、これが兄たちよりも優れた相続だと言われていたものでしょうか?この珍しい紐を持っていても、生計を立てることはできませんよね?」

父ヨブは答えました。「私の娘たちよ、これを持っていることで生計を立てられるだけでなく、この紐たちはあなたたちをより良い世界、天の世界へ導くものなのです。これらの紐の価値を知らないのですか?主は私をこれらの紐にふさわしいと考え、私に慈悲を示す日、体から病や虫を取り去るためにこれらをお授けになりました。神は私に『立ち上がり、男のように腰を締めよ。私が質問するので、あなたは答えなさい』とおっしゃいました。そのとき、私はこれらの紐を巻くと、即座に体から虫も病も消え、私の体は力を取り戻し、まるで何も患っていなかったかのようになりました。心の痛みも忘れることができました。そして、主は私に力強く語りかけ、現在のことと未来のことを見せてくださいました。

だから、私の娘たちよ、これらの物を持っていれば、敵に直面することも、心配することもありません。これは父の守護のお守りです。私が死ぬ前に、これを身に着けて、私の魂のために来る者たちを見守り、神の創造物を驚きと共に見てください。」

 

48章

このように、ヘメラと呼ばれる娘は立ち上がり、父が言ったようにその紐を身に巻きました。すると彼女の心は変わり、もはや地上的なことに気を取られることはなくなりました。彼女は天使の言語で神に賛美の歌を捧げ、天使の賛美のスタイルに従って高揚した気持ちで歌いました。そして、彼女が高揚して歌っていると、彼女の衣装に霊が刻まれました。

 

49章

カシアも紐を結び、自らの心が変わり、もはや世俗的なことを気にすることはなくなりました。彼女の口はアーコンの言語を取り入れ、神の創造について賛美しました。もし誰かが天の創造について知りたいと思えば、カシアの賛美歌の中にそれを見つけることができるでしょう。

 

50章

そして、もう一人の娘、アマルテアの角も自分の紐を結び、彼女の口は高次の存在の言語で神を賛美しました。彼女の心もまた変わり、世俗的なことから離れました。彼女はケルビムの言語で美徳の主を称賛し、その輝きを示しました。もし誰かが父なる神の輝きをつかみたいと望むなら、アマルテアの角の祈りの中にそれを見つけることができるでしょう。

 

51章

その後、三人の娘たちが賛美歌を歌い終わると、主が現れました。それはヨブの兄弟ネリウスであり、聖なる天使も共にいました。私はヨブのそばのソファに座り、各々が互いに解説を行うのを聞きました。その内容をもとに、私はヨブの三人の娘たちから発せられた賛美歌のほとんどを含む完全な書物を作成しました。これらの事柄が保存されるためです。これらは神の壮大な事柄です。

 

52章

三日後、ヨブは痛みを感じることなく床に伏しました。オームの帯のために苦痛が彼に触れることができなくなっていました。三日後、彼は自分の魂を迎えに来た者たちを見たので、すぐに立ち上がり、リラを娘のヘメラに渡しました。カスヤには香炉を、アマルティアの角にはドラを渡しました。これらを持って、彼の魂を迎えに来た者たちに祝福を与え、賛美をさせるためです。彼女たちがそれらを受け取ると、彼の魂を迎えに来た輝く戦車を見て、各々が自分の独特の言葉で神を祝福し、賛美しました。

その後、大きな戦車に乗っていた者が降り、ヨブに挨拶しました。三人の娘と父自身がそれを見守る中で、他の者たちには見えない何者かが彼の魂を抱きしめ、戦車に乗せて東へと出発しました。ヨブの遺体は埋葬のために運ばれ、三人の娘たちは先頭に立ち、神を讃える賛美歌を歌いながら進みました。

 

53章

そして、私ネレウスと七人の息子たちは貧しい者や孤児、すべての無力な者たちと共にヨブの葬儀に付き添いました。私たちは涙を流しながら言いました。

「今日は二重の悲しみ、哀れな者の力が去り、盲目の者の光が失われ、孤児たちの父が去り、旅人たちの宿がなくなり、未亡人たちの衣も失われた。誰が神の人を悼まないだろうか?」

遺体が墓に運ばれると、すべての未亡人と孤児たちがそれを囲み、墓に入れることを禁じましたが、三日後、彼らはヨブを墓に安置しました。

 

 

 

 

 

聖書の御言葉が万物を保っている。御言葉の法則に逆らわないこと

 

万有引力の法則に逆らってビル屋上からジャンプすれば大怪我。季節の四季の法則に逆らって夏に厚着すれば熱中症。冬に薄着すれば風邪ひく。学校の校則逆らえば違反者は停学や退学。社内則逆らえば解雇。交通法規違反ば事故や罰金。法律違反は逮捕。条約逆らえば国交断絶や制裁、やがては戦争。

規則を知らなかったでは、通らない。霊の世界も法則ある。

聖書の成功法則に従う行動する人は、それを知っても知らなくても祝福される。

 

クリスチャンでなくても御言葉通りに行なえば成功するし、御言葉に反する行動はクリスチャンであっても失敗する。

ただしこの種類の成功は地上の繁栄だけのこと。天国入場は十字架イエスしかない。

 

1,信じる法則

信じる者は儲かると書きますが、何を信じるかが大事で、信じた通りに人はなっていきます。

どういう人たちと接し、何を聞き、何を信じているかによって、その通りになっていきます。何を信じるかによって人生は大きく変わっていくようです。どうせ信じるなら人生がより良くなっていくことを信じたほうがいいですね!

「心の中で疑わず、ただ、自分の言ったとおりになると信じるなら、そのとおりになります。」

 

松浦あや

「私はかわいいんだ」って、周りがなんて言おうと思い込んでいたから芸能人になれた。

 

小室哲哉

全然売れなかった時代も、自分が売れっ子のつもりで生活していた。

 

セオドア・ルーズベルト  

自分にはできると信じれば、あなたはもう道半ばまで来ている
 

ジョン・レノン

根本的な才能とは、自分に何かが出来ると信じることだ

 

イエスは答えて言われた。「神を信じなさい。よく聞いておくがよい。だれでもこの山に、動き出して海の中に入れと言い、その言ったことは必ず成ると、心に疑わないで信じるなら、そのとおりに成るであろう。そこであなたがたに言うが、なんでも祈り求めることは、すでにかなえられたと信じなさい。そうすればそのとおりになるであろう」

(マルコ11章22~24節)

 

ロマ10:17 そのように、信仰は聞くことから始まり、聞くことは、キリストについてのみことばによるのです。

 

マル9:23 するとイエスは言われた。「できるものなら、と言うのか。信じる者には、どんなことでもできるのです。」9:24 するとすぐに、その子の父は叫んで言った。「信じます。不信仰な私をお助けください。」9:25 イエスは、群衆が駆けつけるのをご覧になると、汚れた霊をしかって言われた。「口をきけなくし、耳を聞こえなくする霊。わたしがおまえに命じる。この子から出て行け。二度とこの子に入るな。」

 

できると信じて、否定的になるな 肯定的になれ 積極的になれ

使徒パウロ 

ピリ4:13 私は、私を強くしてくださる方によって、どんなことでもできるのです。

Ⅱコリ13:8 私たちは、真理に逆らっては何をすることもできず、真理のためなら、何でもできるのです。

 

あなたのビジョンを紙に書いてみよう

西内まりやさん

ずっと歌手デビューが夢だったそうで、「実は、昔から未来日記をつけているのですが、『2014年に歌手デビューをする!』と書いたていたんです。」と驚きの裏話を告白した。2014年8月20日に『LOVE EVOLUTION』でデビューした

 

小林麻耶こばやし まや

「タモリさんに会う」と2年間ほど満月の日に紙に書いたから『笑っていいとも!』に出演できたと、オンエア当日にタモリさんに話す。

 

松井玲奈まつい れな

1年の始めに手帳に目標を100個書く。blogにも、「叶えたいことはこうやって紙に書いたりしてちょっと意識したりしてみると叶う」

 

青山テルマ

夢や目標を叶える為に「紙に書いて貼る」

 

イチロー選手 

小学生の時の作文

僕の夢は一流の野球選手になることです。

そのためには、中学高校と全国大会に出て活躍しなければなりません。活躍できるためには練習が必要です。

ぼくは、3歳のときから練習を始めています。3歳から7歳までは半年くらいやっていましたが

3年生の時から今では、365日中360日は激しい練習をやってます。

だから1週間中で友達と遊べる時間は、5~6時間です。

そんなに練習をやっているのだから、必ずプロ野球選手になれると思います。

そして中学、高校と活躍して、高校を卒業してからプロに入団するつもりです。そしてその球団は、中日ドラゴンズか西武ライオンズです。ドラフト入団で契約金は1億円以上が目標です。ぼくが自信があるのは投手か打撃です。

去年の夏、ぼくたちは全国大会に行きました。そして、ほとんどの投手を見てきましたが、自分が大会NO1選手と確信でき、打撃では県大会4試合のうちホームラン3本を打ちました。

そして、全体を通した打率は5割8分3厘でした。このように自分でも納得のいく成績でした。

そしてぼくたちは、1年間負け知らずで野球が出来ました。だからこの調子でこれからも頑張ります。そしてぼくが一流の選手になったら、お世話になった人に招待状を配って応援してもらうのも「夢」のひとつです。

とにかく1番大きな夢は、プロ野球選手になることです。

 

本田圭佑

「ぼくは大人になったら世界一のサッカー選手になりたいというよりなる」と小学校の頃の文章で断言。

本田選手がインタビューで、「今回、大怪我をしたにも関わらず、焦る気持ちではなく、むしろ(自分はまた復帰して、サッカーをしてる)とワクワク感が強く、それを頭の中で描いていた」と答えてました。

 

 

 

 

 

赤い馬と白い馬

 

 終末七年患難時代の最後にはイスラエルの北部レバノン、シリア、ヨルダン三国の接点に近く、ヨーロッパ、アジア、アフリカ大陸の交通の要衝としても注目されているハルマゲドンにて、世界最終戦争が起きます(黙示録9:13~19、16:12~16)。

 

 その日、反キリストの世界支配に反発した中国を始め、日本のようなアジア諸国連合軍が騎兵を組織してイスラエルに軍事侵攻します。

 

 黙示録九章一六節では騎兵の数は二億であり、人類の三分の一を殺すために解き放たれると預言します。現在すでに中国の民兵隊は二億五千万人いて、人類の三分の一を滅ぼす殺傷能力ある核兵器も保有してます。

この戦争は人類史上、最も血なまぐさい大惨事となり、その死者はメギドの谷間から流れ出た葡萄酒のようになり、馬のくつわに届くほどの千六百スタディオン(二九六㎞)にも広がると預言されています(黙示録14:20)。

 

それゆえ、イエスさまの救いの血潮を拒み、自らの不義の血(エゼキエル16:22)に溺れることとなる神さまの激しい怒りの大きな酒ぶねに投げ入れられたすべての不信者の象徴は、ニメートルくらいはあろう馬のくつわまで届く赤い血の海につかった赤い馬です。

反対にイエスの血潮を信じて救われて、七年患難の来る前に空中携挙された私たちすべてのクリスチャンは、この日、空中から白い馬に乗ったイエスさまに付き従って地上のオリーブの山に降りて来る地上再臨を体験します。その象徴は白い馬です。

 

「また、私は開かれた天を見た。見よ。白い馬がいる。それに乗った方は、『忠実また真実。』と呼ばれる方であり、義をもってさばきをし、戦いをされる。その目は燃える炎であり、その頭には多くの王冠があって、ご自身のほかだれも知らない名が書かれていた。その方は血に染まった衣を着ていて、その名は『神のことば』と呼ばれた。天にある軍勢はまっ白な、きよい麻布を着て、白い馬に乗って彼につき従った。この方の口からは諸国の民を打つために、鋭い剣が出ていた。この方は、鉄の杖をもって彼らを牧される。この方はまた、万物の支配者である神の激しい怒りの酒ぶねを踏まれる。その着物にも、ももにも、『王の王、主の主。』という名が書かれていた。」(黙示録19:11~16)

 

 イエスさまにつき従って、真っ白い清い麻布を着た私たちすべてのクリスチャンも白い馬に乗って地上再臨します。その時、最も注目に値するのは大空を覆う白い雲のように白くはなはだ数の多い大群衆となったすべてのクリスチャンのまとう白い衣と白い馬たちに囲まれて、一際引き立ち目立つ紅一点の赤があります。それが白い馬に乗られたイエスさまの身にまとわれた血潮に染まった御衣の色です。多くの王冠を受け、「神のことば」と呼ばれるイエスさまのまとわれた御衣だけは白い空と白い馬と白い衣の只中、唯一・血潮に赤く染まっており、そこにはわかりやすく「王の王、主の主」と書かれています。実にすべての者、ことにイエスさまを突き刺した人々がはっきり仰ぎ見るイエスの御衣に染みた、この血潮こそ、ご自身が十字架で流された尊いあがないの正義の血潮です。

 

賀川豊彦

 

賀川豊彦はいつも学校で「妾の子、妾の子、父ちゃんがいない妾の子」と馬鹿にされながら育ちました。賀川は15歳のとき、東京に上京して昼は印刷屋の掃除をし、夜は勉強。彼は未来を夢見ていた。しかし、21歳の時、絶望状況に陥りました。
肺病が悪化し、吐血が続き、医者から「もう手遅れです」と言われ、見捨てられたのです。
死の宣告を受けたので絶望しました。
それで彼は寝床で寝たまま隣人の迷惑になるより、自殺を選ぼうとしました。
しかし、彼は数年前に宣教師を通して福音を聞き、イエス様を受け入れていました。
それで、神様のみことばを思い出したのです。
「イエス様は裏切られて過酷な苦しみを受けたとき、自殺を考えただろうか?いや。イエス様は最後まで希望を捨てなかったではないか!あの十字架に架けられたときも、ご自分の前に置かれた喜びのゆえに、十字架のはずかしめをも耐え忍ばれたではないか!
イエス様は『わたしはよみがえりであり、いのちです』と挫折と絶望の中でも『復活の希望を持て!』と訴えておられるではないか!そうだ。そうに違いない!」。
賀川豊彦にイエス様のみことばが心に強く響いてきました。
「わたしはよみがえりであり、いのちです」というヨハネ11:25のみことばでした。
それから彼は「わたしはよみがえりであり、いのちです」というイエス様のことばを口ずさみます。それを心に刻み、絶望ではなく、復活の希望を心に思い描いて新しい出発をしようと考えました。
彼はその時、このみことばを通してビジョンをいただいたのです。
すると不思議なことに彼に力が流れ込んできました!

彼はその場で起き上がり、リヤカーに自分の荷物を載せ、神戸の貧民街に入ったのです!
人々から相手にされていなかった娼婦、酔っ払い、やくざたちに自分が悟った復活の希望を伝えていったのです。彼はこう訴えました。
「皆さん、皆さんは貧しくてここにいますが、絶望の中でも希望があります。イエス様を迎え入れると、絶望の中で希望が芽生えるのです。希望の花が咲きます。希望の実がなり、再出発ができるのです。」彼は絶望の中でも希望を握り、希望の福音を伝えました。
そして、この希望が彼の絶望的な病い、悪性の肺病に打ち勝ったのです!
不治の肺病を克服し、長生きしながら、世界的な偉人となり、貧民街でキリストの福音の花を咲かせたのです。医者からも見捨てられた彼を生かしたのは神様のみことばでした!

「そのように、わたしの口から出るわたしのことばも、むなしく、わたしのところに帰っては来ない。必ず、わたしの望む事を成し遂げ、わたしの言い送った事を成功させる」(イザヤ55:11)

「イエスは言われた。『わたしは、よみがえりです。いのちです。わたしを信じる者は、死んでも生きるのです。また、生きていてわたしを信じる者は、決して死ぬことがありません。このことを信じますか』」(ヨハネ11:25~26)

 

わずかの者が残っていた 悪魔と戦え 

 

「あなたが、はいって行って、所有しようとしている地に、あなたの神、主が、あなたを導き入れられるとき、主は、多くの異邦の民、すなわちヘテ人、ギルガシ人、エモリ人、カナン人、ペリジ人、ヒビ人、およぴエブス人の、これらあなたよりも数多く、また強い七つの異邦の民を、あなたの前から追い払われる。あなたの神、主は、彼らをあなたに渡し、あなたがこれを打つとき、あなたは彼らを聖絶しなければならない。彼らと何の契約も結んではならない。容赦してはならない。」(申命記七章一~二節)。

 

これは主からモーセを通じてイスラエル人に与えられた歴史的課題、七つの異邦人、聖絶命令です。そこでヨシュアの時代、イスラエル人は主の聖絶命令に従って勇敢に戦い抜き、約束の相続地ヨルダン西岸を征服し、戦争はいったんやみました。しかし、ヨシュア記十一章二十二節では詳細に戦況報告します。

「それでイスラエル人の地には、アナク人がいなくなった。ただガザ、ガテ、アシュドデにわずかの者が残っていた。」

この時、勝利に酔いしれるイスラエル人にとってこれら「わずかに残された者」が、後に大きな問題を招くことになるとは当時、誰もが想像さえしませんでした。しかしその後の歴史はまさに主が事前に警告されていた通りです。

 

「もしその地の住民をあなたがたの前から追い払わなければ、あなたがたが残しておく者たちは、あなたがたの目のとげとなり、わき腹のいばらとなり、彼らはあなたがたの住むその土地であなたがたを悩ますようになる。」(民数記三十三章五十玉節)。

 

聖絶から逃れたわずかな者が住む第一の地方ガザ地域。

ここは使徒の働き八章二十六節によると主の使いが伝道者であるピリポ執事に向かって

「立って南へ行き、エルサレムからガザに下る道に出なさい。(このガザは今、荒れ果てている。)」と宣教命令を与えられた地です。それはガザに残されたわずかな者たちがやがて増え広がり、何千年も経過した後の時代にこの地域を不信仰で満たし、荒廃させてしまったからです。

 

わずかな者が残された第二の地方ガテ地域。

ガテからはやがて3メートル35センチもある巨人の代表戦士ゴリアテが立ち上がり、イスラエル人の代表戦士とひとつ国の命運を賭けた戦いをしようと呼びかけ、朝に夕に四十日間イスラエルの陣営を悩ませました。

 

第三の地方アシュドデ地域。

ここでは後にダゴンの偶像の宮が造られ、イスラエルから重要な契約の箱が奪われて後、ここアシュドデにある偶像ダゴンのかたわらに安置されてしまいました。そのため主の聖なるみ怒りに触れたアシュドデの全住民は非常な大恐慌と死に直面する腫物に打たれました。

 

このように本来追放すべき異邦の七部族に妥協してすべてを聖絶しなかったイスラエル人にとってそのわずかに残された者が、後の時代に彼らの「目のとげ、わき腹のいばら、悩みの種」となってしまったのです。

ここに教訓があります。

今日の聖絶とは私たちの相続地なる乳と蜜の流れ出る祝福の基、心の中から違法の七つの悪霊どもをすべて一匹残らず追い出すことを教えています。心のうちにわずかに残された悪霊を持っていてはいけません。私たちは主イエス・キリストを信じた時から聖霊様が心のうちに入って来られ死んでいた霊魂が生き返ります。心の王座に新しい王、聖霊様が住まわれます。そのためローマ軍の千人隊長や百人隊長が砕かれて取り除かれた時のように古い隊長であった悪魔は縛られて追放されます。

しかし、隊長が除かれて組織の統制力を失なった配下所属の雑兵のような悪霊どもの軍隊は、私たちが礼拝を繰り返すうちに継続して追放されますが、時にある領域で徹底した悔い改めがなされていないため、わずかに古い悪霊が心の中で依然、壊されていない罪を慕う思いの要塞をとりでに取り残されているケースがあります。心の中の要塞とは憎しみや悔い改めていない罪です。

ここをとりでとして悪霊は住みつき内側から仲間を再び住まわせようと引きつけるのです。徹底した罪の告白によって全ての領域でこの古い要塞を破壊しなければなりません。

 

私たちは皆、霊の戦争をしているということを忘れてはなりません。

私たちの戦いは主権、力、この暗やみの世界の支配者たち、天にいるもろもろの悪霊に対するものです。この戦いは私たちが認めても認めなくても参戦しても参戦しなくても現実に朝も夜も絶えず霊的な世界で起きている現実の戦争です。この戦争の最終的な大勝利は天国に入る私たちのものと既に決定していますが、いまだ戦闘が残っているのです。天国というのはただ黙って立ったままエスカレーター式の王道で入る所ではありません。

 

黙示録三章二十一節では

「勝利を得る者を、わたし(イエス)とともにわたしの座に着かせよう。それは、わたしが勝利を得て、わたしの父とともに父の御座に着いたのと同じである。」

とあり、ルカ十三章二四節では

「努力して狭い門からはいりなさい。」

とあり、マタイ十一章十二節では

「バプテスマのヨハネの日以来今日まで、天の御国は激しく攻められています。そして、激しく攻める者たちがそれを奪い取っています。」

とあります。私たちは必ず天国に帰還しますが、戦争でぼろぼろになって負傷しながらようやく帰還する兵士もいれば、英雄となって捕虜を大勢解放して戦利品を携えながら帰還する兵士もいるように霊の戦いにおいても努力次第で天国の栄光が大きく違うのです。

  

ある信頼できるクリスチャンのご主人さんから聞きましたが、その奥さんは過去に悪霊現象がひどかったそうです。今はイエスの御名で追い出して癒されて良くなったのですが、過去に暴れた時に、悪霊が奥さんを通じて語った言葉です。

 

「おまえは神様がどんな方か知っているか?この際だからすべてぶちまけて話すけど・・・神様は光と愛をミックスした方だ。おれたちが追い出されたら、他のすでに入っている悪霊たちがたくさんいるからどこでもすぐに入れないので大変だ。入るにもいつでもできるのではない。きっかけがないとだめだ。以前は天国で賛美していた。ものすごい美しい光の国だった。しかしリーダーが堕落して追放されたから、自分たちが知らないうちに一緒に地上へ落とされた。もう一度あの美しいところへ本当は戻りたい。しかし、出来ない。おれたちはやがて負けることに決まっている。リーダーにしかられるから言えないけど本当はあそこにもう一度帰りたい。あんなすばらしいところヘ行けるお前たちクリスチャンがうらやましい。」

 

イスラエルの民がカナンの相続地で異邦人七部族を追放した後、始めて乳と蜜の流れる豊かな祝福を全面謳歌できたように私たち神様のイスラエルも心のカナン地域から祝福の流れをふさいでいる異邦で違法な七つの悪霊をすべて追放しましょう。

 

では私たちが今日、積極的に追放すべき違法の七つの天敵とは・・・

第一に、憎しみ

第二に、世の罪悪への誘惑

第三に、偶像を慕う心

第四に、恐怖心

第五に、劣等感

第六に、否定的な心

第七に、怠慢・怠惰の心

 

イエスの御名で罪を告白して徹底的に邪悪な悪霊を一匹残らず追い出しましょう。

 

 

親子は容姿だけでなく、性格や行動など何かと共通点が多いものです。

これまで、こういった親から子へ受け継がれる現象は、主に遺伝的要因と環境的要因が関係すると考えられてきましたが、最新の脳科学の研究で顔だけじゃなく脳も似ているからと分かった!

 

最新の脳科学では、親子のあいだで顔や性格だけでなく「脳の形」「脳の働き方」まで似ることが分かってきています。

東北大学の研究では、親子三人の脳MRIをたくさん集めて解析した結果、次のようなことが示されています。

  • 脳には「父親に似やすい部分」と「母親に似やすい部分」がある
  • 「両方の親に似る部分」と「どちらにもあまり似ない部分」もある
  • 親子の関係がない他人同士よりも、親子どうしの方が脳の形が統計的に有意に似ている

つまり、脳そのものの「かたち」にも親子らしさが表れている、ということになります。

 

霊的呪いが家族の上に行くことがある

家系から ダビデ 性的不品行と性的異常の呪い

 

父ダビデ 人の妻バテシェバに対する姦淫行為 その結果、呪いは子孫たちに流れました。父ダビデを破れ口に姦淫の悪霊が家系内に働いたのでしょう。

子アムノン 妹タマルに近親相姦

子アブシャロム ダビデの大勢のそばめと姦淫

子ソロモン 妻1000人 一夫多妻制

ソロモン王が死に、

孫レハブアムが次の王となりましたが、その時、神殿男娼が始められました。

ひ孫アビヤムも神殿男娼を公認しています。 

今で言うLGBT公認です。

それは間違った判断であり、罪です。その証拠に男色の町ソドムとゴモラは破滅し、後の世代への教訓として見せしめにされています。

 

霊的祝福が家族の上に行くことがある

テモテが持っていた「純粋な信仰」も親子三代のクリスチャンホームゆえに与えられた天然系の祝福で、親から子へ流れた霊的影響力の賜物です。

「私はあなたの純粋な信仰を思い起こしています。そのような信仰は、最初あなたの祖母ロイスと、あなたの母ユニケのうちに宿ったものですが、それがあなたのうちにも宿っていることを、私は確信しています。」(第二テモテ1:5)

 

自分への否定的な評価をどう考えるか 対応次第で家系の呪いは砕かれる!
学校の担任の教師が子どもたちにいかに誤った評価を下しているかを示す一覧表です。
人は誰の意見を受け入れるかが重要です。


トーマス・エジソン
「この少年は頭が悪くて何一つ学ぶことができないので、これ以上学校へ来ても無駄である」

アブラハム・リンカーン
「4ヶ月しか学校へ行ってないことを思えば学業成績は優秀、しかし、空想家でよくバカげた質問をする」

アルバート・アインシュタイン
「彼はクラスでも特殊な存在。10歳になるのに、ようやく簡単な読み書きが出来るようになったばかりである。頭は悪いし、友達とは遊べないし、バカげた空想の世界にいつまでも浸っている。この子に対して、あまり高い成果を求めるべきではない」

エンリコ・カルーソー
「彼は声が良くないから、とても歌手になんかなれない」

ルイ・パスツール
「化学の成績が22人中15番では、将来性はあまりないと思える」

アレクセイ・トルストイ
「彼は何も学ばず、学ぶ気もない」

アメリア・イヤハート(女性パイロット先駆者)
「私は、アメリカのことを大変心配している。この少女は利発で好奇心に満ちてはいるが、考えることは無謀で、関心はもっぱら昆虫や床を這いまわっている虫に向けられている。
何とかしてこの少女の好奇心の対象を、女の子らしいものへ向けなければならない」

これらの人々は教師や上司といった、権威ある人間の自分に対する否定的な評価を決して受け入れませんでした。もし受け入れていたならば、まったく違う道を辿ったことでしょう。
しかし、彼らは自分の人生の舵を、自分の手でしっかりと握り続けたのです。
なぜなら、私たちは、それぞれ神の最高傑作として造られているからです!

「私たちは神の最高傑作であって、良い行ないをするためにキリスト・イエスにあって造られたのです」(エペソ2:10)

 

毎週礼拝を守らなければなりません。お勧めは聖書を読んで教えに従い、クリスチャンとして生きることです。日々、祈り、賛美を捧げ、聖霊様の導きを受けながら生きることが重要です。

聖霊を受けて生まれ変わる人が救われます。聖霊のバプテスマが必要です。

これは神様に従う人に、神様が注がれる救い体験です。生まれ変わった霊で神様が体験的に分かるようになる変化です。誰でもこの変化を体験しなければ天国には入れません。まだもし、救いの確信が弱く、イエス様が分からないなら、すぐに教会へ行って牧師に相談して、聖霊を受けられるように祈ってもらってください。聖霊のバプテスマは人生で最大に重要な救いの体験ですから。

この超自然的な新生と言う救霊の体験無くしてイエス様を信じることは不可能です。


ヨハ3:5 イエスは答えられた。「まことに、まことに、あなたに告げます。人は、水と御霊によって生まれなければ、神の国に入ることができません。3:6 肉によって生まれた者は肉です。御霊によって生まれた者は霊です。3:7 あなたがたは新しく生まれなければならない、とわたしが言ったことを不思議に思ってはなりません。3:8 風はその思いのままに吹き、あなたはその音を聞くが、それがどこから来てどこへ行くかを知らない。御霊によって生まれる者もみな、そのとおりです。」

 

 

イエス様が身代わりに呪いを受けた十字架の木

 

申21:22 「もし、人が死刑に当たる罪を犯して殺され、あなたがこれを木につるすときは、21:23 その死体を次の日まで木に残しておいてはならない。その日のうちに必ず埋葬しなければならない。木につるされた者は、神にのろわれた者だからである。あなたの神、主が相続地としてあなたに与えようとしておられる地を汚してはならない。」

 

ガラ3:13 「キリストは、私たちのためにのろわれたものとなって、私たちを律法ののろいから贖い出してくださいました。なぜなら、「木にかけられる者はすべてのろわれたものである」と書いてあるからです。3:14 このことは、アブラハムへの祝福が、キリスト・イエスによって異邦人に及ぶためであり、その結果、私たちが信仰によって約束の御霊を受けるためなのです。」

 

家系について 親子三代の同じ問題ありませんか?もしあれば家系に働く呪いです。アブラハム家がそうでした。

 

父アブラハム:妻サラ は不妊の女だった(創11:29-30)

「アブラムとナホルは妻をめとった。アブラムの妻の名はサライであった。ナホルの妻の名はミルカといって、ハランの娘であった。ハランはミルカの父で、またイスカの父であった。サライは不妊の女で、子どもがなかった。」


子イサク:  妻リベカも不妊の女だった(創25:21) 

「イサクは自分の妻のために主に祈願した。彼女が不妊の女であったからである。」


孫ヤコブ:  妻ラケルも不妊の女だった(創29:31)

「主はレアがきらわれているのをご覧になって、彼女の胎を開かれた。しかしラケルは不妊の女であった。」

 

同じ問題 
アブラハム 妻サラを妹と偽る(創12:10-13)
イサク 妻リベカを妹と偽る(創26:6-7)

 

”先祖から”伝わった(受け取った)むなしい生き方。人の血が、子孫の上にかかってしまう呪いがある。

マタイ27:24-25「そこでピラトは、自分では手の下しようがなく、かえって暴動になりそうなのを見て、群衆の目の前で水を取り寄せ、手を洗って、言った。「この人の血について、私には責任がない。自分たちで始末するがよい。」25すると、民衆はみな答えて言った。「その人の血は、私たちや子どもたちの上にかかってもいい。」

 

霊的祝福が家族の上に行くことがあります。

使徒16:31 「主イエスを信じなさい。そうすれば、あなたもあなたの家族も救われます。」
ヨシュア24:15 「私と私の家とは、主に仕える。」という祝福。

箴言13:22 善良な人は子孫にゆずりの地を残す。

Ⅰペテロ1:18-19「ご承知のように、あなたがたが父祖伝来のむなしい生き方から贖い出されたのは、銀や金のような朽ちる物にはよらず、19傷もなく汚れもない小羊のようなキリストの、尊い血によったのです。」

 

あるアフリカの牧師の場合、彼の祖父は、45歳で亡くなりました。早死です。いつも胸の痛みがあったようです。

ある時、彼の父が84歳の時、胸の痛みを感じると言いました。その話を聞いた時、示されました。これは早死の呪いだ。

実は、彼もその頃、胸の痛みを感じるようになっていました。
「私はイエスの御名の権威を取る!イエスの御名で、死の霊よ、出て行け!早死の呪いを打ち砕く!」

そう祈ると牧師は、その瞬間から胸の痛みとマヒから癒されたそうです。

もし、いまイエス様を信じていなかったら、緊急事態としてイエスを信じて呪いを断ち切って下さい。

以下に書かれた通りに信じて単純に宣言しましょう。呪いを打ち壊す9つのステップで何かが変わります。

 

呪いを打ち壊す9つのステップ    

 

Ⅰペテ1:18-19  ご承知のように、あなたがたが父祖伝来のむなしい生き方から贖い出されたのは、銀や金のような朽ちる物にはよらず、傷もなく汚れもない小羊のようなキリストの、尊い血によったのです。

 

ステップ1 主イエス・キリストとの関係を確かなものとする。

祈り 主イエス様、私はあなたが神の御子であると心から信じます。あなたは天にある栄光の御座を離れ、人間となられました。あなたはこの世に住まわれ、私たちと同じようにあらゆることで試みを受けられましたが、罪は犯されませんでした。あなたは十字架にかかられ、命を捨てて下さいました。あなたの尊い血は、私のあがないのために注ぎ出されました。あなたは死者の中からよみがえり、天にのぼられました。あなたはご自身のまったき栄光の内に、ふたたび来られます。主よ、私はあなたのものです。わたしはあなたの子供であり、あなたのすべての約束を受け継ぐ者です。あなたは私の救い主、私の主、私の解放者です。イエス・キリストの御名で祈ります。

 

ステップ2 あなたのすべての罪(知っている罪も知らない罪も)を悔い改める。

祈り 天の父なる神様、私は悔い改める態度であなたのもとに来ています。イエス様の御名で私が気付いている罪も気付いていない罪も、私が犯してきたすべての罪をお赦し下さい。イエス様の十字架の血で私を清めて下さい。

 

ステップ3 あなたの先祖の罪との関わりを断ち切りなさい。

祈り 天の父なる神様、私は私の先祖たちの罪をイエス様の御名で告白します。受け継がれてきたすべての呪い、また、私の両親あるいは先祖たちが行なった罪と違反と不正行為の結果として私たちの上に置かれたすべての悪霊による束縛について、私は今、それらとの関わりを断ち、それらを打ち壊し、私自身と私の家族を解き放ちます。

 

ステップ4 神の赦しを受け入れ、自分自身も赦しなさい。

祈り 天の父なる神様、あなたは御言葉の中で、もし私が自分の罪を告白すれば、あなたは忠実で正しい方であって私の罪を赦して下さり、すべての不義から私を清めてくださると約束しておられます。私は、あなたがキリストによって私を赦して下さったと信じます。私はイエス様の御名であなたの赦しを受け取り、自分自身をも赦します。

 

ステップ5 かつてあなたに悪を行なったすべての人々を赦しなさい。

祈り 主よ、私は人々から悪いことをされましたが、あなたはこれまで私を傷つけた人や私に何らかの悪を行なったことのある人をすべて赦しなさいと命じておられます。私は○○さん(名前を挙げてください。生きている人も故人も)を赦すことをはっきり決心します。私は赦したこの一人一人を祝福します。彼らがみずからのあやまちを悟って悔い改め、救われて新しくなることを祈ります。彼らが地獄に落ちないようイエス様の御名で祝福します。

 

ステップ6 異端、オカルト、諸宗教などとの関わりをすべて断ち切る。

祈り 天の父なる神様、私は異端、オカルト、偽りの宗教とのあらゆる関わりを罪として告白し、あなたの赦しを求めます。私は、あなただけから受けるべき知恵、知識、導き、力、いやし、富を、サタンの国から求めてきたことを告白します。私は今、イエス様の御名でサタンとそのすべてのわざとの関わりを断ち切ります。私はサタンから私自身を解き放ち、私がサタンにゆだねていたすべてのものを取り戻します。私は呪いをこばみ祝福を選びます。

悪魔との間で交わされたどんな小さな契約でも、今、イエス様の御名で断ち切り、無効にします。

 

ステップ7 異端、オカルト、偽りの宗教との関わりあるすべての書物や物、道具などを全部打ち壊す。

祈り 天の父なる神様、あなたはねたむ神であられ、先祖のとがを三代、四代の子孫にまで報いられる方です。

それゆえ私は、あなたの御国に反する私の所有物の書物や物をイエス様の御名で打ち壊します。私の所有物であなたに喜ばれない物が何かあり、それが悪魔に付け込むすきを与えているなら、それを私に明らかに示して下さい。私はすべての悪魔から出た物を打ち壊して捨てます。私は悪魔とは霊的、精神的、物質的にも一切関係ありません。

 

ステップ8 呪いの悪霊をすべて追い出しなさい。

祈り サタンよ、お前は私の人生に対して何の権利もなく、私に打ち勝つ何の力もない。私は神のもので、神に仕え、神だけに仕える。私は主イエス・キリストの権威により、私にのぞんできた悪しき呪いの力をすべて打ち壊す。先祖からの呪いの霊ども、個人的罪による呪いの霊ども、魔術による呪いの霊ども、語られた言葉による呪いの霊ども、すべての呪いの悪霊に命じる、今私から去れ!私はイエス・キリスト以外の神々は一切拝まない!

 

ステップ9 祝福を宣言しなさい。

宣言の祈り 天の父なる神様、あなたの御子であられ私の救い主であられるイエス様の十字架で、すべての呪いから私を解放して下さり感謝します。あなたは私をイエス様の御名で引き上げ、私を上におらせて下さいます。あなたは私に実を結び、繁栄させて下さいます。あなたの祝福の御手により、私は成功者であり、失敗者ではありません。私はかしらであり、尾ではありません。上にいる者であり、下にいる者ではありません。あなたは私を清さの中に堅く立たせて下さいました。私はあなたのもの。あなたに仕え、あなたの御名があがめられることをこころざします。私は圧倒的な勝利者です!イエス様の血で呪いは去り、祝福された永遠の命を受けた民です。アーメン。

 

20世紀初め、ボストン郊外に重度の精神障害を対象とした施設があり、患者にリトル・アーニーという女の子がいました。彼女は誰に対しても全く反応せず、職員は彼女を助けようとしましたが、成功しません。ついに彼女は施設の地下独房に監禁され、見放されました。しかし、ここで働いていた一人のクリスチャン女性は思いました。「愛を注ぎ続けるなら、この子はきっと変わる」彼女は毎日、昼の時間をアーニーの部屋の前で過ごすことに決め、アーニーのために聖書を読み、彼女が口を開くように祈り続けました。何ヶ月もアーニーは無反応で愛してることを知ってもらおうと、お菓子を持っていきましたが、一度も受け取ってもらえません。やがて癒しを信じて祈り2年間。アーニーは施設を出て、普通の生活をすることができると診断されました。しかし、彼女はそこを出ないと言います。なぜなら、自分のために愛を捧げ続け、時間を捧げ、労してくれたクリスチャン女性に心から感謝し、自分も彼女のように弱く傷ついた人のために人生を捧げたかったからです。名も無いクリスチャン女性の愛で癒されて救われたリトル・アーニーの別名はアン・サリバンです。
約50年後、ヘレンケラーの栄誉をたたえる式典で新聞記者から「目も見えず、耳も聞こえないハンディキャップを乗り越えた秘訣は何でしたか」と聞かれたヘレンケラーは答えました。「アン・サリバン先生のおかげです」と。ヘレンケラーという目が見えず、耳も聞こえず、暴れまわったり、叫び続けたりする少女をあきらめずに愛し続け、その可能性を信じたアン・サリバン先生も過去に名も無いクリスチャン女性によって癒され救われ、やがて教師となってヘレンケラーという奇跡のクリスチャンを生み出し、世界の人々が光を見出す大きな励ましを得ました。愛は連動します。
また、ナポレオンの時代にシャロネットという男が無実の罪で牢獄に何か月も入れられてしまい自暴自棄になり、死を覚悟しました。その独房には毎日、わずかな日の光が差し込むスポットがありました。ある朝、シャロネットは、驚いたことに固い土の中から小さな草が芽を出しているのに気が付きました。彼にはそれが、神が与えてくださった希望の光のように思えたので、感謝と喜びをもって、毎日その草に水をやりました。やがてその草は大きくなり、ついに美しい紫と白の花を咲かせました。この一連の出来事を見守っていた看守たちは、この話を家に持ち帰って妻たちに話しました。やがてこの話は、ナポレオンの妻ジョセフィーヌの耳にも届きました。彼女はこの話に心を動かされ、これほど花を愛する者が犯罪者であるはずがないと確信し、ナポレオンに裁判のやり直しを願い出ました。その結果、彼の疑いは晴れて釈放され、自由の身となったのです!小さなことから感謝を始めましょう!

 

2020年6月、東京都千代田区の大手町に「大手町ワン(Otemachi One)」という複合再開発ビルがオープンしました。この土地は、かつては三井物産本社ビル、旧日本長期信用銀行本社ビルおよび三井生命ビルの3棟が存在したエリアです。
3つの土地面積を合計すると6000坪を超える広大な敷地、1坪約9091万円 当時、設計会社に開発プランを描かせると、妙に形の悪いプランが出てきました。図面をよく精査すると、敷地の一部から建物が逃げるように建っていました。その逃げた土地は、将門の首塚が祀られた場所です。

たいらのまさかどのくびづか“将門の首塚”を避けて設計されたビル約44坪「平将門の首塚」の土地だけで40億円は下らない計算です。なんという無駄でしょうか。その土地を避けて建築したのです。


その44坪の首塚の境内には、多数の蛙の置物が奉納されています。将門の首が京都から飛んで帰ったことから、必ず「帰る(カエル)」にひっかけ、左遷に遭った会社員が、元の会社に無事に戻ってこられるように、あるいは誘拐されたり行方不明になった子供が、無事帰ってこられるように、といった願いをかけて供えられています。おろかな迷信による行動です。

関東大震災当時は、この地には大蔵省の官舎が建っていました。関東大震災地震で被災したため、建替える際に首塚を撤去したところ、大蔵大臣をはじめ14人もの関係者が亡くなるという奇怪な事件が起こり、首塚を復元しました。

この時に、「大臣が亡くなり、工事関係者が不幸な目にあうのは、首塚を荒らしたからに違いない」との噂が広がりました。

さらにおよそ20年が経過した戦後間もなくのことです。GHQの関連施設の工事の際、再び首塚を撤去しようとしたところ、作業車が横転して運転手が亡くなるという事件まで発生しました。

土地にかかった呪いでもあるのでしょうか?

聖書では…。
 

エリコ再建の呪い エリコの水

エリコ地域では、住むには良いのに水が悪くて病気や流産が多くでました。地域の呪いです。
Ⅱ列王2:19 この町の人々がエリシャに言った。「あなたさまもご覧のとおり、この町は住むのには良いのですが、水が悪く、この土地は流産が多いのです。」2:20 すると、エリシャは言った。「新しい皿に塩を盛って、私のところに持って来なさい。」人々は彼のところにそれを持って来た。2:21 エリシャは水の源のところに行って、塩をそこに投げ込んで言った。「主はこう仰せられる。『わたしはこの水をいやした。ここからは、もう、死も流産も起こらない。』」2:22 こうして、水は良くなり、今日に至っている。エリシャが言ったことばのとおりである。

 

この意味は、塩のように純白で混じりけのない罪なきイエス様の御名で祈れば、地域の呪いを砕いて水質改善できることを教えています。地域の呪いを恐れて建築を避けたりしないで、イエス様の御名で祈って呪いを積極的に打ち砕きましょう。

 

罪から生じる呪いもあり、長さ10M、幅5Mの空飛ぶ巻物が聖書に出てきます。この呪いの巻物は盗人と嘘つきの家に入り、その梁と石を共に滅ぼします。家族全体への悪影響が一人の罪人によって広がるというのです。 

 

ゼカ5:1 「私が再び目を上げて見ると、なんと、巻き物が飛んでいた。5:2 彼は私に言った。「何を見ているのか。」私は答えた。「飛んでいる巻き物を見ています。その長さは二十キュビト、その幅は十キュビトです。」5:3 すると彼は、私に言った。「これは、全地の面に出て行くのろいだ。盗む者はだれでも、これに照らし合わせて取り除かれ、また、偽って誓う者はだれでも、これに照らし合わせて取り除かれる。」5:4 「わたしが、それを出て行かせる。──万軍の主の御告げ──それは、盗人の家に入り、また、わたしの名を使って偽りの誓いを立てる者の家に入り、その家の真ん中にとどまり、その家を梁と石とともに絶ち滅ぼす。」

 

立地は良いのに「儲からない」ナゾ

不動産を扱っていると必ずあるのが「儲からない」土地と言われます。

証言によると、「今まで取り扱った物件の中に、都心部の交差点でよく目立つ商業店舗ビルがあった。このビルの1階には物販店や飲食店が入居するのだが、早いと半年、長くても2年以内に閉店、あるいは撤退してしまう。店舗の面する道は人通りも多く、立地も悪くないはずなのだがどうにも居ついてくれない。物販がだめなら飲食・バーと、いろいろ試しても結局持たない。これは理屈ではなく、もはや土地の霊の仕業としか思えないのだ。こうした土地は、実は不動産屋を営んでいるとあちらこちらにある。
また、世の中には占い師や土地の方位などを鑑定する人たちがたくさんいるが、彼らが我々の商売をときに邪魔することがある。契約寸前までいっていた物件を契約日の数日前に方位などが理由でドタキャンされることは日常茶飯事である。だが、それもあながちインチキとはいえないのがこの不動産という不思議な世界なのだ。」
 

聖書では、マラキ預言者が語った盗む者の家に呪いが入りますが、クリスチャンは通常、人からは盗んでいないです。しかし、神様からはどうだろうか?

マラ3:8 「人は神のものを盗むことができようか。ところが、あなたがたはわたしのものを盗んでいる。しかも、あなたがたは言う。『どのようにして、私たちはあなたのものを盗んだでしょうか。』それは、十分の一と奉納物によってである。3:9 あなたがたはのろいを受けている。あなたがたは、わたしのものを盗んでいる。この民全体が盗んでいる。3:10 十分の一をことごとく、宝物倉に携えて来て、わたしの家の食物とせよ。こうしてわたしをためしてみよ。」

 

什一献金、これはイエス様の新約時代も有効宣言されました。

マタ23:23 「わざわいだ。偽善の律法学者、パリサイ人。おまえたちは、はっか、いのんど、クミンなどの十分の一を納めているが、律法の中ではるかに重要なもの、正義とあわれみと誠実を、おろそかにしているのです。これこそしなければならないことです。ただし、十分の一もおろそかにしてはいけません。」

ここでイエス様は「ただし、十分の一もおろそかにしてはいけません。」と言われたのです。

 

ノアの家族にかかった祝福と呪い

創世記9:18-25 「箱舟から出て来たノアの息子たちは、セム、ハム、ヤペテであった。ハムはカナンの父である19この三人がノアの息子で、彼らから全世界の民は分かれ出た。20さて、ノアは、ぶどう畑を作り始めた農夫であった。21ノアはぶどう酒を飲んで酔い、天幕の中で裸になっていた。22カナンの父ハムは、父の裸を見て、外にいるふたりの兄弟に告げた。23それでセムとヤペテは着物を取って、自分たちふたりの肩に掛け、うしろ向きに歩いて行って、父の裸をおおった。彼らは顔をそむけて、父の裸を見なかった。24ノアが酔いからさめ、末の息子が自分にしたことを知って、25言った。「のろわれよ。カナン。兄弟たちのしもべらのしもべとなれ。」

 

創世記九章二〇節以降では、ノアは洪水の審判後、神の再び洪水を起こさないという契約のしるしの虹を見て信じ、洪水を警戒することなく信仰で農夫となり葡萄畑を作りました。ところが彼が大洪水の緊張から解かれ油断したある日、自然発酵した葡萄酒を飲んで酔ってしまい、天幕の中で裸になっていたところを、父ノアの失態の第一発見者ハムがこれを面白がり、他の二人の兄弟に告げたのです。しかし、セムとヤペテは着物を取り、ノアの裸を見ることなくこれを覆い隠しました。酔いが醒め、一部始終を知ったノアは、末の息子ハムの罪悪を知り、ハムを呪い、他の兄弟たちには祝福を宣言しました。

ノアが五百歳になったときに生まれた彼ら三人は(創世記5:32)その後の運命は全く異なりました。

 

まずここで祝福されたセムヘの御言葉とは、霊的な祝福です。

「ほめたたえよ。セムの神、主を。カナンは彼らのしもべとなれ」

セムには特に礼拝用語の「ほめたたえよ」や「セムの神、士を」などすべて霊的、宗教的な使命が預言されました。

今日セムは黄色人種の祖先と言われますが、確かに東洋には数多くの大きな宗教があり、中でも中東はキリストが来られた発祥の地として世界的な注目を浴びています。東洋人は霊的に祭司長のような使命が与えられたのです。

 

また、祝福を受けたヤペテヘの御言葉とは、物質的な祝福です。

「神がヤペテを広げ、セムの天幕に住まわせるように」

ヤペテには特に「広さ」や「天幕」に象徴する物質的な祝福の使命が預言されました。今日ヤペテは白色人種の祖先と言われますが、確かに西洋は一般的に東洋より広く立派な家を持つ先進諸国が多く、物質的に祝されたその財力を背景に宣教師が世界に多く送り出されたのです。そして文字通り神さまに広げられたヤペテは広い国土の他、人間自体も背が高く広げられており、「セムの天幕に往む」という祝福通り、歴史的に多くの資源を東洋諸国から安く輸入して栄えてきました。

 

一方、呪いを受けてしまったハムヘの御言葉とは、子孫にまで及ぶ災いです。

「呪われよ、カナン。兄弟たちのしもべらのしもべとなれ」

ここでノアが罪を犯したハム本人ではなく、その子のカナンを呪ったのには象徴的な意昧があります。呪いとは父から子へと代々降りて行くものだからです。

 

事実、その後のハムの歴史を見るとやがて時代が流れ、力ある猟師として名をあげた最初の権力者ニムロデが、この呪われたハムの子孫から立ち上がりシヌアルの平地に、バベルの王国を築きました。しかし、この王国は洪水を警戒する高い塔が築かれ、契約の虹を無視したものとして、主の御言葉に真っ向から挑戦し、加えて全地の表に産み、増え、広がるものではない、反対に一つ所に集まる背信の王国でした。それゆえ、不信仰と傲慢の象徴とも言うべきバベルの塔は、主に打たれ呪われたものとして言葉は分裂し、彼らの反逆は失敗して地の全面に強制的に散らされたのです。

 

その後も呪われたハムの子孫、カナン人は集まり王国を築きました(創世記10:19)。それはソドムとゴモラの町、男色と罪悪に満ちた町として主に忌み嫌われ、滅ぼされました。その滅亡は、雷を伴った地震により、吹き出した天然ガスに火がつき、硫黄、瀝青、噴出した石油にまで引火し、巨大な火の海となったすさまじい審判の様子が、今日の考古学者による遺跡発掘調査で判明しています。聖書ではこの災害を「硫黄の火を天の主のところから降らせた」(創世記19:24)と言います。

 

呪われたカナンの子孫がどうなったか。

カナンの子孫 創10:15-18「15カナンは長子シドン、ヘテ、16エブス人、エモリ人、ギルガシ人、17ヒビ人、アルキ人、シニ人、18アルワデ人、ツェマリ人、ハマテ人を生んだ。その後、カナン人の諸氏族が分かれ出た。」

 

出23:23 「わたしの使いがあなたの前を行き、あなたをエモリ人、ヘテ人、ペリジ人、カナン人、ヒビ人、エブス人のところに導き行くとき、わたしは彼らを消し去ろう。」

 

神が宣言されたのが、カナンの子孫(エモリ人、ヘテ人、カナン人、ヒビ人、エブス人)を消し去ろうという呪いです。

 

今日ノアの三人の息子たちは白人・黄色人種・黒人であり、末の子ハムは黒人の祖先だったと言います。黒人の歴史は確かに奴隷として強いられ、兄弟白人や、黄色人種のしもべらのしもべとなったことが多くありました。これは絶対、神が呪われた奴隷制度を協賛したものでも認めたものでもなく、人間の罪悪の結果として引き起こされた呪いが、代々伝わった悲劇です。

しかしこれを悟り戦う時、イエスの血潮がすべての呪いを断ち切り、今日の黒人教会やアフリカのような偉人なリバイバルの祝福を実現できます。

 

 

 

 

昨日に続いて、勝手にシリーズ第二弾
本当は恐ろしいドラえもん

原作では、元は黄色のネコ型ロボットだったドラえもんが、ネズミに耳をかじられたショックで青ざめて体全体が水色に変わったとされています。

日本人は黄色いモンキーだと米英に馬鹿にされ続けてきましたが、ドラえもんの黄色いネコとは、黄色いサルと言われた日本人をネコのように大人しく飼い慣らすことを意味します。黄色いネコが青ざめて変色するほどの日本の過去の災害ショック体験は、

原爆投下や人工地震災害などですが、ドラえもんではこれらのことをパロディ的に扱っています。

   

 

しかし、災害結果はいつも恐ろしい死です。ドラえもんの水色ボディは水死を意味します。ドラえもんの名前の由来は、どら焼きが好物の頭文字ドラにドザエモンを掛け合わせています。ドザエモン、土佐衛門とは、成瀬川 土左衛門(なるせがわ どざえもん)。江戸時代の大相撲の力士です。宮城県出身で、彼の水死の際、色白で相当太っていたため、体の膨れ上がった水死体を「土左衛門のようだ」と、喩えて言っていたものが定着して水死体の隠語になりました。死後、日数を経た水死体の多くは水を大量に含んでふやけた太い体になりがちです。ドラえもんは水死体のドザえもんのように青白くあんこ型体形で膨れ上がっています。 

   

 

一方、相棒の野比のび太君は子供の頃、おっちょこちょいで可笑しな少年だな、あははレベルの認識で親近感もありました。

しかし、いまでは時代に合わせて実は、非常に言い難い話なのですが、その存在は障害者を暗示していたようです。

テストで0点ばかりを連続するのは、やはり知的障害の特徴です。ドラえもんは本当は恐ろしいです。

今の時代、薬害でいじめに遭いがちな障害児の出産が急増している日本の現実を犯行予告していたのです。

少子化の1人っ子政策のような核家族による人口削減。核家族とは、「ひと組の夫婦とその未婚の子どもだけで構成される家族形態」 を指し、日本では戦後に急速に一般化した家族構成です。日本では高度経済成長期以降に核家族化が進み、1970年代には世帯の過半数を占めるようになりました。同時期にこれを推すようにドラえもんは、小学館の学習雑誌で1970年1月号から連載開始されて大ヒット、テレビ化されました。ドラえもんに出てくる子供たちは核家族ばかりです。

 

自然災害に見せかけた日本が青ざめる人工災害死。介護ロボットが常時付き添う要介護者急増の新時代。水難事故死で青白くふやけた土佐衛門がモデルで主人公。確かに産業用ロボット製作技術は長けた日本ですが、ドラえもんの意味するロボット用途は障害ある少年のび太君への24h付き添い介護です。

 

いま日本の小学校がどうなっているかご存じですか?各学年のクラス数が小学校1学年で平均1.5 クラス、中学校1学年で平均3クラスしかありません。そのひとクラスの平均生徒数ですが、2025年度は小学校21.56人。中学校26.34人です。特別支援学級を設置している小学校の割合は76.6%。中学校は73.7%。つまり各学校でひとクラスは知的障害児専門のクラスです。文部科学省によると、小・中・高校で特別な支援を受けている児童生徒が、1993年から2020年の27年間で10倍以上に増加。発達障害児は、小中学校の通常学級に8.8%と推計されています。

私が小学生の時は、学校に特別支援学級はありませんでしたが、ひとクラスは平均50人は生徒が在籍していて、各学年6組までありました。今はちょうど半数になったわけですが、さらにさかのぼる昭和初期世代では、私の時代の2倍は生徒がいました。

 

漫画では、障害あるのび太君以外は、暴力と剥奪を好む誰も逆らえないアメリカのようなジャイアン。
ずる賢い詐欺師スネ夫。賢いデキスギ君。男友達ぼかり付き合うしずかちゃん。
日本社会をこのようにしたいのですか?

漫画家のペンネーム:藤子・F・不二雄(Fujiko・F・Fujio    ABCDEF Fはアルファベットで6番目 頭文字、FFFは666)

敵は、日本を飼いならしたネコのように馬鹿にしていると思いませんか?聞く耳の取れたドラえもんのように霊的難聴。日本を子供の時から視覚で内面腐敗させ、洗脳してきた陰謀。単なる都市伝説として聞き流しても構いませんが、事実そうなっているのです。事実被害者が大勢いるのです。この国には、悪に対抗して戦う本物の救い主イエス・キリストと聖徒が必要なのです。

 

日本人を洗脳から解き放ち、救うための解放の5ステップ

 

1,過去や現在に(先祖、自分)オカルトや偶像との関わりがないか?

あれば告白して悔い改めましょう。

出20:4 「あなたは、自分のために、偶像を造ってはならない。上の天にあるものでも、下の地にあるものでも、地の下の水の中にあるものでも、どんな形をも造ってはならない。20:5 それらを拝んではならない。それらに仕えてはならない。あなたの神、主であるわたしは、ねたむ神、わたしを憎む者には、父の咎を子に報い、三代、四代にまで及ぼし、20:6 わたしを愛し、わたしの命令を守る者には、恵みを千代にまで施すからである。」

 

2,育ってきた環境はどうか。心の傷はどこにあるか?

心の癒しを祈り求めましょう。

詩139:23 「神よ。私を探り、私の心を知ってください。私を調べ、私の思い煩いを知ってください。139:24 私のうちに傷のついた道があるか、ないかを見て、私をとこしえの道に導いてください。」 

 

3,自分に対してどう思っているか、神に対してどう思っているか。日々の告白はどうか? 

聖書的な正しい告白を毎日しましょう。  

箴18:20 「人はその口の結ぶ実によって腹を満たし、そのくちびるによる収穫に満たされる。18:21 死と生は舌に支配される。どちらかを愛して、人はその実を食べる。」

4,救いや義について聖書的に理解しているか?自分は罪人だと思っていないか?

イエス・キリストは十字架で私たちの罪を背負って血を流して死なれ、三日目に復活されました。

イエス様だけが道で、真理で、命です。他に救いの神はないです。 

Ⅱコリント5:21「神はわたしたちの罪のために、罪を知らないかたを罪とされた。それは、わたしたちが、彼にあって神の義となるためなのである。」

 

5,赦していない人はいるか?

イエス様が私を赦してくれたので、同様に赦しを宣言しましょう。 

詩109:17 「彼はまたのろうことを愛したので、それが自分に返って来ました。祝福することを喜ばなかったので、それは彼から遠く離れました。109:18 彼はおのれの衣のようにのろいを身にまといました。それは水のように彼の内臓へ、油のように、その骨々にしみ込みました。」

 

ヨハネ16:33「あなたがたは、世にあっては患難があります。しかし、勇敢でありなさい。わたしはすでに世に勝ったのです」

 

Ⅰコリ10:12 「ですから、立っていると思う者は、倒れないように気をつけなさい。10:13 あなたがたの会った試練はみな人の知らないものではありません。神は真実な方ですから、あなたがたを、耐えられないほどの試練に会わせることはなさいません。むしろ、耐えられるように、試練とともに脱出の道も備えてくださいます。」

 

 
 

影が十度あとに戻る科学の話 

 

1960年にケネディー大統領がNASAにアポロ月面着陸計画を命じました。プロジェクトと予算を組み、コンピューターを駆使して月面着陸に関する様々なことを計算し、準備する一環で、メリーランド州グリーンベルト市ゴダード宇宙飛行センターでは太陽と月と惑星の軌道の位置が100年後あるいは1000年後にどうなっているかの運行軌道を綿密に調べました。

人類が月に降り立つには、過去の軌道を調べねばならず、彗星にいたるまでのあらゆる惑星の軌道を調査しました。わずかでも誤差があれば、アポロ号は宇宙の藻屑となって消え去ってしまう、非常に危険なもので、彼らは最新鋭のコンピューター導入で計算しました。

この情報は、アポロ号だけでなく、今後打ち上げる人工衛星の軌道上にある何かにぶつかったりしないかを知るためにも必要です。人工衛星の寿命が尽きるまでの間に惑星がどこにあるかがわかれば、失敗を防ぐことができます。彼らはコンピューターのタイムスケールを一世紀単位で前後させていましたが、ある所で進まなくなりました。

コンピューターは突然、停止し、赤信号を表示してしまったそうです。コンピューターが破損してしまったのか?と、科学者たちが調べてみると、破損や故障は見当たりません。そこで、原因を徹底調査したところ、過去に人類の歴史の中で、1日だけ失われた日があることを、コンピューターが見つけ出しました。

 

放射性炭素14Cを用いる年代測定法・炭素14法という方法で年代測定をしながら、同時に地球の年代、各種の惑星の軌道を計算すると、どうしても矛盾が1日でてくる。この失われた1日というのは一体、何だろうか?

時間は前に向かって進むのに、逆に後ろに後退している。いわゆるタイムスリップ?過去に時間が戻った1日があるのか?

宇宙史上、そんな出来事が本当にあったのだろうか?科学者らが悩むうちに、一つのヒントが与えられました。

NASAに勤めるクリスチャンが、ひらめきました。第二列王記20章。

 

死に至る程のひどい腫物の病に罹ったヒゼキヤ王。預言者イザヤが彼を診断した時、「あなたは死ぬ。直らない」と預言しました。しかし、王は悔い改めて、自分の持っている金銀財宝に背を向けて、壁に向かって必死に祈りました。壁というのは偶像ではありません。部屋の中を見渡すと金銀財宝をいっぱい持っている王様ですから、それを背にして、雑念を振り払って何もない壁に向かって祈ったということを意味します。金銀に依存せず、ただ神様だけにすがって、一晩中泣いて祈ったヒゼキヤ王。

すると神様の言葉が再び預言者イザヤに臨みました。

イザヤが、「干しいちじくをひとかたまり、持って来なさい。」と命じたので、人々はそれを持って来て腫物に当てるとヒゼキヤは癒されました。その時、ヒゼキヤはイザヤに言いました。

「主が私をいやしてくださり、私が三日目に主の宮に上れるしるしは何ですか」(8節)。

イザヤは言います。

「これがあなたへの主からのしるしです。主は約束されたことを成就されます。影が十度進むか、十度戻るかです」(9節)

ヒゼキヤはこう答えました。

「影が十度伸びるのは容易なことです。むしろ、影が十度あとに戻るようにしてください」(10節)。

預言者イザヤが主に祈ると、主はアハズの日時計におりた日時計の影を十度あとに戻された」(11節)。

 

ここでヒゼキヤは、本当にこの病気から快復して再び主の宮に登れるようになるのかどうか、そのしるしを求めています。

すると神様は、日時計が、10度進むか、あるいは10度戻るかどちらがいいか選びなさいと言われました。

 

日時計は時間がたてば進みます。それは黙っていても進むわけで、珍しいことでありません。だから逆に10度戻ることをヒゼキヤはしるしとして求めたのです。

イザヤが祈ると、なんと日時計の影が10度、後ろに戻ったのです!日時計の「10度」は40分間です。

神様はこの時、40分間前に時間を戻す、いわゆる過去にタイムトラベルを起こされたのです!

 

ここで、ヒゼキヤ王が腫物で皮膚が醜くなる死の病から癒され、三日目に主の宮に上れることへのしるしが40分間、過去にタイムスリップする偉大な奇蹟は、将来、王の王イエス様が腫物以上に全身ムチ撃たれ、醜くい十字架の死から癒され、三日目に復活して、主の宮なる天国にオリーブ山頂から上る預言であり、イエス十字架・復活・昇天は全世界にマイナス40分のタイムトラベルを起こしてまでも事前に預言するほどの重大事です!

 

NASAの研究では、計算上「失われた一日(24時間)」があることが分かりましたが、このヒゼキヤ王の出来事によって、その内の40分間は説明がつくことになります。しかし、失われているのは丸一日であって、40分では到底たりません。

そこで、NASAに勤めるクリスチャンが再び、ひらめきました。

 

ヨシュアの時代にも、神様が歴史介入して時間をタイムトラベルさせた、ドラえもんのタイムマシーンのような出来事が記されていたのです。

ヨシュア記10:5~11「彼らがイスラエルの前から逃げて、ベテ・ホロンの下り坂にいたとき、主は天から彼らの上に大きな石を降らし、アゼカに至るまでそうしたので、彼らは死んだ。イスラエル人が剣で殺した者よりも、雹の石で死んだ者のほうが多かった。」

神様は、イスラエルを戦時中に救おうと、敵のエモリ人に対して天から隕石のような雹の石を次々に敵陣に落として倒したとあります。敵軍はどんどん弱くなり、時間があるならもっと敵を多く倒せると考え、イスラエルの将軍ヨシュアが神様に祈りました。「日よ。ギブオンの上で動くな。月よ。アヤロンの谷で」(12節)。

 

ヨシ10:13 民がその敵に復讐するまで、日は動かず、月はとどまった。これは、ヤシャルの書にしるされているではないか。こうして、日は天のまなかにとどまって、まる一日ほど出て来ることを急がなかった。10:14 主が人の声を聞き入れたこのような日は、先にもあとにもなかった。主がイスラエルのために戦ったからである。

 

民が敵に復讐するまで、まる一日ほど太陽、月、時間が停止しました!ヘブライ語直訳で「太陽は死んで燃えた」です。

NASAに勤めるクリスチャンが先ほどのヒゼキヤ王の時代に時間が40分バックしたことを思い出して、ヨシュア記20章でまる一日ほど太陽、月、時間が停止!それは23時間20分、時間が進まなかった。これら両方合わせると、びったり24時間。

 

NASAの科学者たちはこの二つの聖書記事を合わせて24時間を組み込むと正確な計算ができました。

こうして後、コンピューターは再稼働し、結果、月着陸に対して正確な軌道を導き出すことができたそうです。

聖書は凄いです。書かれたことは架空の神話ではなく、現実です。

東京大学でもこのことを追跡調査した結果、確かに失われた一日が人類の歴史にはあったと証明済みです。

 

ちなみに私たちは、今ではもう過去に戻る時間のタイムトラベルは出来ません。

イエス様を信じて未来に向かって進むだけです。

その理由は、(ヨシュア記10:13、14)「民がその敵に復讐するまで、日は動かず、月はとどまった。これは、ヤシャルの書にしるされているではないか。こうして、日は天のまなかにとどまって、まる一日ほど出て来ることを急がなかった。主が人の声を聞き入れたこのような日は、先にもあとにもなかった。主がイスラエルのために戦ったからである。」

 

神様が時空を1日ずらした過去に戻るタイムトラベルの奇蹟は「先にもあとにもなかった。」と書かれていますので、タイムマシーンによる過去と未来の時空移動は今後は二度と存在しないです。今後タイムトラベルの夢はあきらめた方がいいです。

漫画家のペンネーム: 藤子・F・不二雄

(Fujiko・F・Fujio    ABCDEF Fはアルファベットで6番目 頭文字、FFFは666)

 

DS闇組織からドラえもんに与えられた人口削減計画の推進は一人っ子政策の実現です。   

ドラえもんを観た子供たちが笑いながら気が付くと勉強不足の大人になって、観て学んだ通りの小さな核家族を作ります。

少ない子供たち。のび太君ひとり子、しずかちゃん一人娘、スネ夫君ひとり、多くてジャイアンの二人が限界。模範的な核家族です。それは子供のころから漫画で教育され洗脳された無意識の内に働く人口削減計画に乗せられた路線で、欧米列強を決して再びしのぐことのないよう意図的に作られた日本人弱体化を目指すものです。なぜなら欧米支配層は、日本人は優れて優秀な民族であることを知っているからです。  

 

世界の子供数の平均 圧倒的にアフリカで子供たちが増えています。   

 

先進国になるにつれて子供が少ないようです。日本は181位で平均1.2人。

子供は一人というのが普通の家族です。しかし、これは2023年度の統計です。

 

2025年では、日本の子ども数は1366万人、1982年から44年連続で減少中。

本当は日本人こそ爆増して世界を満たせば平和と豊かさは実現するでしょう。

ドラえもんのタイムマシンに付いている電灯は、照明器具ではなく、フォースフィールドという力場(りきば)を作る装置です。りきばとは、乗員に働く力が乗員の位置によって定まる空間領域のことで、過去や未来を行き来する亜空間移動の際に乗員は無重力状態になってしまい、途中で振り落とされてしまう可能性があります。このため力場を発生させることで、重力を作り出し、搭乗者のバランスを安定させ、外部には力場を中心としたバリアを展開し、振り落とされない安全移動を可能にします。

現在はタイムマシンで過去や未来へ行くことは基本的に不可能とされています。なぜなら、地球、宇宙全体は常に回転や移動を続けているため、現在から過去や未来に移動すれば、その間に地球や宇宙が移動しているので、宇宙の果てに取り戻されることとなるからです。また、タイムマシンの原理では時空を超越する理論を把握しきれない大人は、理性の限界で移動中に気が狂うだろうと考えられています。ドラえもんでは、いつも子供ばかりが乗っているのも、その理由でしょうか。 

 

では、ドラえもんのどこでもドアはどうでしょうか?

ヨハ20:19 「その日、すなわち週の初めの日の夕方のことであった。弟子たちがいた所では、ユダヤ人を恐れて戸がしめてあったが、イエスが来られ、彼らの中に立って言われた。「平安があなたがたにあるように。」

 

【新共同訳】ヨハ20:19 「その日、すなわち週の初めの日の夕方、弟子たちはユダヤ人を恐れて、自分たちのいる家の戸に鍵をかけていた。そこへ、イエスが来て真ん中に立ち、「あなたがたに平和があるように」と言われた。」

τῶν θυρῶν κεκλεισμένων ὅπου  閉ざされたドアの中で ドンフィーロンキティズメイナノップ

イエス様は瞬間的に鍵のかかった閉鎖ドアの外側空間から内側空間への移動に成功しています。  

 

しかし、人間は瞬間移動実験にすでに失敗しました。

フィラデルフィア計画とは、

ニコラ・テスラ設立のレインボー・プロジェクトの一環で、新秘密兵器「磁場発生装置テスラコイル」を使い、「レーダーに対して不可視化する」実験でした。

スイッチを入れると強力な磁場が発生し、駆逐艦エルドリッジはレーダーから姿を消して2,500km以上も離れたノーフォークに瞬間移動。それから数分後、またもや発光体に包まれ艦は元の場所に瞬間移動しました。 

戻ってきた乗員は半分体が壁に、はさまった状態で「行方不明・死亡16人、発狂者6人」と地獄の絵図のようだったと報告されています。海軍上層部はこの実験失敗を隠蔽しましたが、後にこれが映画になりました。 

 

神様はタイムスリップや瞬間移動、空間すり抜けなど、天の御使いが行うような領域の神秘的な動きは、地上の人間には許されていないようです。その理由は、傲慢になりやすく、罪に傾きがちな人間にそのような特殊能力を与えれば、必ず乱用してコントロールできなくなって世界は大混乱の悲劇のうちに終了するからでしょう。 

そうでなくても、もはや制御不能な核兵器問題や自然破壊など問題山積です。

 

ドラえもんの秘密兵器「災難訓練機」は、災害を疑似体験できる未来の機械です。まるで気象兵器HAARPだね。

再現できる人工災害は、台風・洪水・地震・火事・雷の5種類です。  

 

 

いばらの王冠

 

天国で私たちは将来、栄光の体に冠を受け、光り輝く清い麻布を着ることが許されます。

私たちのいただく冠とは、あらゆる角度から装飾された大変美しいものです。

 

「命の冠」(黙示録2:10)

・「金の冠」(黙示録4:4)

・「栄光の冠」(第一ペテロ5:3)

・「義の冠」(第ニテモテ4:8)

・「喜びの冠」(ピリピ4:1)

・「栄光の冠」(蔵言4:9)

・「誇りの冠」(第一テサロニケ2:19)

 

などと呼ばれており、黙示録四章一〇節によると、天国の二四人の長老たちは自分の冠を御座の前に投げ出して、ただ神さまだけを礼拝しています。彼らが自分たちの冠を投げ出したのは、美しく高価な冠以上に、すべてを創造し、与えて下さった主ご自身を礼拝することが最高にすばらしく、主をあがめたい一心から夢中になってすべてを捧げ、冠を投げ出し、自らを低くしてまでも神さまを高めたい真の礼拝者たちの心の現われだと思います。

 

私たちも本当に霊の目が開いて主を知るならば、それぐらい夢中になって主を愛し、礼拝するにふさわしい今、私たちの知る以上に限りなくすばらしい神さまです。その理由は、私たちのいただく冠も衣も命も、すべてはイエス・キリストが身代わりにいばらの王冠を受けて血潮を流し、衣を失い、裸の恥を受けつつ、十字架で命を捨てられたからです。

これはティアラです。 イエス様はティアラではなくいばらの冠です。

 

イエス様には、王様の着るような紫の衣を着せられ、王様が持つような葦の杖を持たされ、「王様ばんざい」と馬鹿にされました。ですから、頭上のいばらの冠は王様のかぶるような大きな王冠のはずです。     

 

 これが王冠です。高さがあります。

 高さ的に言うならば、このように縦長、それ以上に高さがあったかもしれません。 つまり蛇がとぐろを巻くように頭上にぐるぐる巻きに巻かれた茨はかなりの量だったはずです。   

 

さらに王冠には金銀、宝石装飾のゆえ重量があります。

そこで、帽子やティアラと違って、頭に乗せた後にはぎゅっと上から下に押さえつけて固定します。

そうしないとずり落ちます。

ですから王冠の内側には柔らかな固定用のあて布があります。

イエス様の場合も、いばらのティアラでも帽子でもなく、王冠ですから、ぎゅっと上から下に強く固定します。

頭にこれを乗せてから押さえつけたら、出血がひどくなります。

イエス様の茨はとげわれもこう種という針の一本一本がするどく長い針の集合体です。

 

本当は、悪いことを考えた私たちの頭こそ受けるべき受難なのに、聖なる愛の考えしかない正義のイエス様の御頭が罰せられました。すべての地獄的裁きは罪ある私達人間の身代わりです。