株トレードで成功しようとしたキム・ドクヒ 

 

しかし、神様の御心は違った成功だった。 彼は大学卒業後、経営で大成功。

 

絶好調だった20代後半に株を始め、程なく2億8千万円を稼ぎ、株中毒になりました。その後、アルコール中毒、タバコ中毒、麻薬中毒、ギャンブル中毒になって無理に投資を行い、結局家を失いました。全財産、息子の貯金箱まで開けて株につぎ込み、すべて失い、両家の両親のお金、奥さんのお金、ヤミ金までつぎ込み、1億円の借金を背負いました。株をやめられず、7回も自殺を試みました。お母さんの葬儀でも株のチャートの動きばかり見ていたほどです。そして、家を追い出されました。

 

「あなたに家族とこの家で一緒に暮らす資格はないから出ていって。」 ホームレスになりました。

 

韓国の水原駅の近くでホームレス生活をしながら絶望的な人生を生きていた時に牧師になったいとこが噂を聞いて会いにきました。いとこは彼をホームレス、アルコール中毒者たちが生活する教会の「ラファ共同体」に連れて行き、そこで朝の祈り会に参加させ、キム・ドクヒ氏は泣き叫びながら祈りました。

 

「神様!あなたが天地を創造し、全知全能なら私を助けてください!それなら信じますから!」

 

彼は祈り、一年後に家に帰りますが、またも株に手を出し、追い出されました。そして、再び「ラファ共同体」に入り「主よ、私を助けてください」と神様の前に涙で祈りました。

 

2007年10月12日、朝の礼拝を捧げる時に、聖霊様の炎が臨みました。心で熱い聖霊様の恵みを体験するようになりイザヤ書57:17-21の御言葉が臨みました。

 

「「彼のむさぼりの罪のために、私は、怒って彼を打ち、顔を隠して怒った。…彼をいやそう。私は彼を導き、彼と、その悲しむ者たちとに、慰めを報いよう。…平安あれ。遠くの者にも近くの者にも平安あれ。私は彼をいやそう。」

 

「この御言葉が私を生かした御言葉であり、私の人生の指標になった御言葉で、永遠に私の中で生きる言葉だ。その御言葉が私に臨んだ瞬間は、世の様々なくびきから自由になった瞬間だった。その瞬間、心に平和が臨み、真の癒やしを受け、自由の世界が開かれるようになった!」

 

そして、家庭に復帰し、47歳に職業カウンセラーに挑戦し、資格を取り、職業カウンセラーの講義をしました。すると意外にも講義に才能があり、彼が講義を行うと人々が押し寄せ、講義を受講した人たちがみんなカウンセラーの資格を取得しました。

 

そのことが新聞に紹介され、雇用労働部からベスト講師賞を受賞し、多くの大学から声をかけられ、学生たちに夢を植えつける大学教授になりました。彼は告白します。

 

「神様はご自身を求める者には報いてくださる方だ。私たちの人生はいくらでも変われる。私が信仰を持つようになって受けた本当に大きな賜物は、より価値ある人生だ。私は中毒から抜け出し、新たな人生を見つけた。この先の私の人生は御国の階段を一段階、一段階踏み、吟味しながら生きる人生。この地の御国から死んで天の御国に着くまで人生の目的地が決まった。私は毎日努力しながら、毎日考える。この御国からあの御国まで。」

 

箴24:16「正しい者は七たび倒れても、また起き上がるからだ。悪者はつまずいて滅びる。」

 

何が起きても恐れないでください。道が違えば進路を直せばいい。倒れたらまた起き上がればいい。

 

 

ロマ12:2 この世と調子を合わせてはいけません。いや、むしろ、神のみこころは何か、すなわち、何が良いことで、神に受け入れられ、完全であるのかをわきまえ知るために、心の一新によって自分を変えなさい。

 

ユリシーズ・グラントは、軍務についている時に酒を飲み、酔っ払い、軍を辞めさせられました。それでビジネスをしましたが、失敗し、農業も試しましたが、失敗しました。彼は、働き盛りの四十代に、薪ひろいをし、道端で売っていたのです。しかし彼はあきらめません。彼は、その「忍耐」によって、アメリカ大統領になったのです。

 

ヒルトンは元は劇団を引率する旅暮らしでしたが、テキサス講演の際に天気悪く客の入りが悪くて、劇団メンバーは飢え、やる気を失い、金が底をついたとき神様に祈り、宿泊にいつも不憫を感じていたホテル業を始めるアイディアを受けました。今では巨大なヒルトンホテル財閥になりました。

 

ウルワースは最初、四つ店を開きましたが、三つは失敗して閉店しなければなりませんでした。しかし、彼は、あきらめないで、後に、全米にチェーン店を持つまでになりました。

 

ペリー提督は七回、北極を目指し、すべて失敗しました。しかし、あきらめないで八回目に北極点に到達しました。

 

エジソンは電球のフィラメントを見つけるのに、1600もの材料を試し9000回以上の失敗を繰り返しました。

 

オスカー賞で有名なオスカー・ハマスタインが「オクラホマ」で成功するまで、六回のショーはすべて失敗でした。

しかし、後にはアメリカ音楽劇場史で最重要な人物、ブロードウェイ史上で最高の台本作家と呼ばれました。

 

ベーブ・ルースは714本のホームランを打ちましたが、その倍以上の空振りをしています。

 

キリストにはかえられませんの賛美歌作者ジョージ・バーナード・ショウは子供の頃、全くスペルができません。

 

ベンジャミン・フランクリンは算数が苦手で、

 

アインシュタインは「勉強についていけない子」と思われて学校から追い出されました。

 

地震の基礎知識、世界平均で年間4万人弱が犠牲に、M8超の巨大地震は毎年発生しています。



地震がよく起きる場所は? 地球上の地震の約80%は、火山活動が盛んなことから「リング・オブ・ファイア(火の輪)」とも呼ばれ、太平洋を取り囲む環太平洋火山帯で起きています。

地震の多くは断層帯で発生する。岩盤が壊れてずれた断層が集まっている場所です。
 

マグマの流れは全世界を包括していて、もはやどこで噴火が起きても不思議ではないです。地震多発の現実は、理由が天然であれ、人工であれ、世界の終わりの時期が来ている前兆です。
マタ24:7 「民族は民族に、国は国に敵対して立ち上がり、方々にききんと地震が起こります。24:8 しかし、そのようなことはみな、産みの苦しみの初めなのです。」
 

私達の足下、地中深くには、炎のマグマ流がゆっくり太平洋を廻る大きな輪(Ring)、環太平洋火山帯(Ring of Fire)と環太平洋生命帯(Ring of Life)があり、ほぼ一致しています。
環太平洋火山帯、活発に活動する火山帯。 

緑色の帯は、生き物の生息密度を表します。
 


ヨブ28:5 「地そのものは、そこから食物を出すが、その下は火のように沸き返っている。28:6 その石はサファイヤの出るもと、そのちりには金がある。28:7 その通り道は猛禽も知らず、はやぶさの目もこれをねらったことがない。28:8 誇り高い獣もこれを踏まず、たける獅子もここを通ったことがない。」


紀元前5世紀から紀元前3世紀ごろにパレスチナで成立した文献ヨブ記のヨブは地中の流れ、マグマの存在を知っていたのです!

聖書は神様が書いた真実な命の書、脅威の書です。
創世記には、エデンを守るために火のまわる輪が置かれたと言いますが、Ring of Fireなんとなく似ています。

創3:22 「神である主は仰せられた。「見よ。人はわれわれのひとりのようになり、善悪を知るようになった。今、彼が、手を伸ばし、いのちの木からも取って食べ、永遠に生きないように。」3:23 そこで神である主は、人をエデンの園から追い出されたので、人は自分がそこから取り出された土を耕すようになった。3:24 こうして、神は人を追放して、いのちの木への道を守るために、エデンの園の東に、ケルビムと輪を描いて回る炎の剣を置かれた。」

イエス様の再臨から始まる天国エデンの祝福に入るには、どうしても一度は炎のまわる剣の輪を通過します。回転する炎の剣を通過したら、これに触れるだけで人は即死します。人にとってもっとも厳しいまわる炎の剣の通過とは、死の体験です。

それは誰でも生涯で一度は体験する大病や事故など、人それぞれに定められた厳しい心焼かれる死の試練体験です。その後、イエス様を信じていれば、天国エデンに入れます。 

世界の最後、地上の楽園エデン同様の千年王国への入場も、全地は一度はこのような厳しい炎の輪を通過しないとならないのでしょうか。

それは大地震連動のマグマ炎が盛んに激しくまわっては、噴き出て燃え上がる大噴火の地質学的な厳しい試練です。

聖書は地上最後の大地震をこう預言します。


ヘブル12:26 「あのときは、その声が地を揺り動かしましたが、このたびは約束をもって、こう言われます。「わたしは、もう一度、地だけではなく、天も揺り動かす。」12:27 この「もう一度」ということばは、決して揺り動かされることのないものが残るために、すべての造られた、揺り動かされるものが取り除かれることを示しています。12:28 こういうわけで、私たちは揺り動かされない御国を受けているのですから、感謝しようではありませんか。こうして私たちは、慎みと恐れとをもって、神に喜ばれるように奉仕をすることができるのです。12:29 私たちの神は焼き尽くす火です。」

 

 

賛美について 音楽は使い方によって、良い目的の役に立ちます。軍楽隊の突撃の指示を出す時に、昔は太鼓やラッパの音が使われました。激しいリズムや大きな音は、兵士に闘志を奮い立たせ、恐れることなく戦場へ駆り立てる効果がある。悪魔は音楽の性質を悪用します。ロックやメタルの問題は歌詞とリズムです。聖書で言葉の力は侮れません。ハードロックやメタルなどの激しい音楽は脳を興奮させ、楽しい気分になるので、簡単に止められない中毒性がある。1950年から2014年の間に亡くなった12,665名の有名ミュージシャンを調査した結果ロックスターは一般人よりも平均寿命が25歳も短い

 

賛美による癒し効果 サムエル第一16:14主の霊はサウルを離れ、主からの、わざわいの霊が彼をおびえさせた。16:15 そこでサウルの家来たちは彼に言った。「ご覧ください。わざわいをもたらす、神の霊があなたをおびえさせているのです。16:16 わが君。どうか御前にはべるこの家来どもに命じて、じょうずに立琴をひく者を捜させてください。わざわいをもたらす、神の霊があなたに臨むとき、その者が琴をひけば、あなたは良くなられるでしょう。」

 

Ⅰサム16:23 神の霊がサウルに臨むたびに、ダビデは立琴を手に取って、ひき、サウルは元気を回復して、良くなり、わざわいの霊は彼から離れた。

 

イザ14:12「暁の子、明けの明星よ。どうしてあなたは天から落ちたのか。国々を打ち破った者よ。どうしてあなたは地に切り倒されたのか。」悪魔は、天から落とし、地に切り倒せる

宗教改革者マルティン・ルターは、悪魔を追い出す方法について  イエスの御名という権威=イクスシアがある

「私たちに苦難と疑いを与える悪魔を追い出す最も良い方法は悪魔を叱ることだ」

 

世界三大長寿村と言われるエクアドル、パキスタン、カスピ海近くの村もすべて低酸素症になりやすい標高が高いところに位置しています。ミトコンドリアは、細胞中の酸素を使ってエネルギーを作る器官で本来は加齢によって機能が衰えますが、高地のように酸素濃度が低い場所ではミトコンドリアが常に活性化し、年をとっても細胞レベルで健康が維持できるのです。つまり厳しい低酸素の過酷な環境の人々こそ体が常時、臨戦態勢で目覚めて、活性化して病気に対する免疫力が強いようです。
 

ヘブル5:8 キリストは御子であられるのに、お受けになった多くの苦しみによって従順を学び、5:9 完全な者とされ、彼に従うすべての人々に対して、とこしえの救いを与える者となり、5:10 神によって、メルキゼデクの位に等しい大祭司ととなえられたのです。

 

冬は厳しい寒さで知られている北海道ですが、夏は30度を超える事もあります。特に、北海道は昼夜の寒暖差が激しく、夜になると気温はグッと下がるため、昼夜の気温の差が激しいほど野菜も穀物も引き締まって糖度は高まると言われていて、北海道産の食物がおいしい理由はそこにあるのです。

厳しい環境を乗り越えて強くなった人々は人生に深みと味がある。
 

試練の環境は長寿村の住民の体や北海道の食物をも強くしますが、心も同様の現象が起きます。

心に大きな傷を負うほどつらい経験をした後には、不安や緊張が続いたり眠れなくなったりする「心的外傷後ストレス障害」が起きる人たちがいます。

 

その一方で、逆境を乗り越えた後に大きく成長する人たちもいます。この「心的外傷後成長」と呼ばれる変化は、トラウマや苦しい環境を乗り切ったことで起きるポジティブな変化を表す。これまでの研究で、心に大きなダメージを受けた後、それを乗り越えた人の70%が、何らかのポジティブな心理的成長を遂げているとわかっている。

ハーバード大学医学部の心理学者マリー・フォーゲアドは「逆境を経験すると、信念や人生の優先事項を変えざるを得なくなる。それが習慣化した考え方を打ち破り、創造性を向上させる」と説明する

 

 

「神は、そのひとり子(イエス・キリスト)をお与えになったほどに、世を愛された。それは、御子を信じる者が一人も滅びないで、永遠の命を得るためである」

(聖書)

 

あなたがどんな人であろうとも、イエス様はあなたのありのままを受け入れてくれます。イエス・キリストはあなたを愛し、ゆるし、あなたが混乱するたびに、いつもあなたを抱きしめて癒してくれます。彼は全知全能で、愛に満ちた神です!この乱れた時代の中でも正義の神イエス・キリストは道で、真理で、命です。思い切ってイエス様を信じて十字架のある教会に通って下さい。必ず後悔することのない豊かで幸せな人生を与えて下さいます。

 

「私(イエス・キリスト)はあなたがたのために立てている計画をよく知っているからだ。主の御告げ。それはわざわいではなくて、平安を与える計画であり、あなたがたに将来と希望を与えるためのものだ。29:12 あなたがたが私を呼び求めて歩き、私に祈るなら、私はあなたがたに聞こう。29:13 もし、あなたがたが心を尽くして私を捜し求めるなら、私を見つけるだろう。29:14私はあなたがたに見つけられる。主の御告げ。私は、あなたがたの繁栄を元どおりにし、私があなたがたを追い散らした先のすべての国々と、すべての場所から、あなたがたを集める。」(聖書)

 

あなたが、イエス様を信じるなら、罪がゆるされ、地獄ではなく、天国へ行けるようになります。イエス・キリストは、私たちの罪・トラウマ・のろいを背負って十字架上で死なれ、復活して今も生きておられます。次のように声に出して、いま祈ってみて下さい。天国の命の書に名前が書き記され、本物の喜びと平安と幸せ、永遠の命が与えられます。

 

「天の父なる神様、私のすべての罪をおゆるし下さい。悔い改めます。私の罪を背負って、イエス様が身代わりに十字架で血を流して死んでくださったことを感謝します。3日目に復活されたイエス様、私の心にお入り下さい。私の悩みと問題を解決して、聖書が分かり、立派なクリスチャンになれますよう聖霊様を与えてお導き下さい。世界を滅ぼす敵の陰謀と罪と悪魔と地獄から私をお救い下さい。永遠の命である天国に入れますようお守りください。イエス・キリストの名前によって祈ります。

アーメン」

再臨の時期

 

再臨の時がいつかは正確に知られていません。イエス様も「その日、その時は、だれも知らない。天の御使たちも、また子も知らない、ただ父だけが知っておられる」(マタイ24:36)とはっきり言われました。しかし、福音が全世界に宣べ伝えた後、来られ(Ⅱテサロニケ2:2、3)、ラッパの響きとともに来られ(Ⅰコリント15:51、52)、ノアの日のように来られる(マタイ24:37~39)と教えています。

 

再臨前後の事件

 

1.空中再臨 Ⅰテサロニケ4章16、17節に約束されているように、主が号令と御使いのかしらの声と、神のラッパの響きのうちに、ご自身天から下って来られます。この時、主が油を用意している教会と聖徒を雲の中に引き上げる事を「携挙」、イエス様が空中まで来られることを「空中再臨」と言います。

 

2.7年患難 携挙された聖徒たちが小羊イエス・キリストとともに空中で婚礼の祝宴をする間、地上では患難が続きます。この患難の期間が7年あるので、「7年患難」と呼びます(ダニエル9:27)。

 

3.地上再臨 空中で小羊の婚礼の祝宴が終わる時、イエス様は引き上げられた聖徒たちとともに地上に降臨します。これを「地上再臨」と呼びます。ゼカリヤ12:10,14:3、

イザ64:1 ああ、あなたが天を裂いて降りて来られると、山々は御前で揺れ動くでしょう。

 

4.千年王国 サタンが縛られ底知れぬ所に閉じられた後(黙20:1~6)、この地上には「千年王国」が設立されます。この王国の王はイエス・キリストです。

 

5.白い御座の裁き(黙20:11) 神様は宇宙のある所にさばきの座をおかれましたが、このさばきの座が「白い御座」。審判が始まると、その前にすべての死人はよみがえって立たされ、各々自分の行いに応じて裁かれます(黙20:12-15)。

 

6.新天新地 最後には新しい天と新しい地が到来します。聖徒が入る御国は永遠に新しいもの(黙21:1)。新しいエルサレムが下ってきます(黙21:2)。この新しいエルサレムは新天新地の都。新しいエルサレムがどれほど美しいかについては、花嫁が夫のために飾られたようであると描写されています(黙21:2)。

 

終末的人生の態度

 

イエス・キリストの再臨に備えて、聖徒は油を用意した5人の娘のようにいつも目をさましていなければいけません(マタイ24:42、25:2~13)。そして、熱心に伝道しなければいけません。伝道はイエス・キリストの最後の願いであり(マタイ28:18~20;マルコ16:15~18;使徒1:8)、最大の関心事ですから、時がよくても悪くても伝道に力を尽くさなければいけません(Ⅱテモテ4:2)。霊の救い、これが私たちの人生の一番大きな使命であり、目標です。最後に聖徒は再臨を待望しなければいけません。私たちの究極的な希望はこの世ではなく、キリストの再臨と永遠な御国にあります。ゆえに、私たちは御国を愛し、待ち望む態度で過ごさなければならない(Ⅱペテロ3:11、12)。

 

「わたしが道であり、真理であり、いのちなのです。わたしを通してでなければ、だれひとり父のみもとに来ることはありません。」(ヨハネ14:6)

(ハワード・ストーム『臨死』)

 

大学教授として成功を収めていた著者のハワード・ストーム氏は、ヨーロッパ旅行中に病で瀕死の状態に陥り、臨死体験で地獄へと降下した。暗闇の中で体験した悲惨な出来事を通して、彼は神を信じずに生きた自分の生涯を嘆き、イエスに助けを呼び求めた。

 

すると、彼の元へ、光り輝く神(イエス)が現れ、ハワード氏を地獄から救い、天国へと連れ出した。ハワード氏が、イエスから感じた愛は、この 世のどんな愛とも比べることのできないほどの強大な愛であり、彼は完全に受け入れられていた。その後、ハワード氏は地上に帰ってきた。

 

私はその光から目を離すことができなかった。それは私が今まで見たどんなものよりも、激しく、美しかったからだ。イエスの愛は人類愛の全てを足しても、それを超えるほどの愛であり、その愛は完全に私を包み込んでいた。私は、彼が善であり、力であり、知識であり、愛であり、言葉を失うほど素晴らしいお方で、人間が想像できる以上の愛なるお方であると知った。

 

私がイエスと天使たちと共にいた時、彼らが私の人生の記録を見たいかどうか尋ねてきたので、私はよくわからないまま同意した。彼らが見せてくれた場面は、私が忘れていた出来事が多かった。全く知らずに、自分が人に与えた影響を見せられたのだ。

 

その時には気づかなかったのだが、その時関わった相手に、私が与えた影響や感情を、彼らは私に教えたのだった。天使たちは、私たち家族の性格が形成されるのに、愛がどれほど重要かということを私に示した。また、本来あるべき形とは違う形で、愛が表現されていた時、どんなに天使たちが悲しんでいたのかを、私に教えてくれた。

天使たちとイエスは、私の陸上競技での勝敗成績には全く興味を示さなかった。私たちがいかに互いを励まし合ったり、傷つけ合ったりしたかという人間関係だけを重視していた。

 

(マタイ)18:1-4)「そのとき、弟子たちがイエスのところに来て言った。「それでは、天の御国では、だれが一番偉いのでしょうか。」2 そこで、イエスは小さい子どもを呼び寄せ、彼らの真中に立たせて、3 言われた。「まことに、あなたがたに告げます。あなたがたも悔い改めて子どもたちのようにならない限り、決して天の御国には、はいれません。4 だから、この子どものように、自分を低くする者が、天の御国で一番偉い人です。」

 

 

天国はほんとうにある

 

コルトン君4歳は体験後、ある葬儀に参加した時、父親にこのような質問を投げかけた。「その人の心には、イエスがいるの?」

つまり、息子は、死んだ男性がキリスト教徒だったのかどうか、イエスを救済者として見ていたのかどうかをたずねている。

「ぼくは、よく知らないんだよ、コルトン」その激しさに不意をつかれた私は言った。「その人のこと、あまり知らなかったからね。」

 

コルトンの顔が心配そうにゆがむ。「その人の心に、イエスがいないとだめ!その人は、イエスを知らないとだめ!そうじゃなきゃ、天国にはいけないの!」

(『天国はほんとうにある』101,102p)

 

「コルトン、イエスが何で十字架の上で死んだのか、君は知ってるかな?」

コルトンはうなずいた。

・・「えっとね、イエスが言ってたけどね、イエスが十字架の上で死んだのはね、そうすれば、僕たちがイエスのお父さんに会いに行けるからだよ。」

(『天国はほんとうにある』190p

 

「でね、イエスはね、神のすぐとなりの座ってるんだよ、知ってる?」

興奮したコルトンは続ける。

「イエスのいすは、イエスのパパの、すぐとなりなの!」

 

 

 

1987年、朴永固(パク・ヨンギュ)牧師は高血圧で死にました。

 

しかし、神様の恵みによって彼の命は20年延ばされました。 最初の4年間は、彼の容態が悪かったため、話すことができませんでした。彼が生き返ったのは50歳の頃です。 彼は臨死体験の中で、神様に天国と地獄を見せられました。

 

傲慢(ごうまん)と自尊心(プライド)は呪いと死をもたらす。

私は、5千人の信徒を持つメガチャーチの牧師でした。しかし、私自身の傲慢によって、神に撃たれたのです。   私はかつて1億5千万ドルの財産と5台の高級車を所有していました。しかし、死を体験した後、全て他人に与えました。 覚えておいてください。救いは、所有する財産ではなく、信仰によるものです。 今、私は執事、長老、教会のリーダーの方々にお伝えします。あなたの牧師に心から仕えてください。 ある日、突然、天罰が下った。

 

1987年10月19日、昼ご飯を食べて、休んでいたときのことです。突然、激しい痛みを感じました。 あまりの激痛に耐えられず、死んでしまいそうでした。そして、私は意識を失いました。 4ヵ月後、意識が戻った時、私は植物人間になっていました。医者は、このままでは死ぬだろうと言いました。 私の身体は、全身麻痺し、見るも無惨な状態でした。家族も信徒達も怖がって、誰一人見舞いに来ようとしませんでした。 そして、ついに、私は死にました。

 

 私が死ぬ時、部屋に二人の人が入ってきました。彼らは壁を通り抜けて入ってきたのです。私は叫びました。 「誰だ、おまえたちは!私の家を壊す気か!?」そのうちの一人が言いました。 「私たちは天国から来た天使です。神の国から遣わされてきたのです。」天使たちは、光り輝いていました。

 

私の右側にいた天使が言いました。 

「私はイエス様の御国に仕えている者です。あなたを天国に連れてくるよう命令を受けたのです。今、あなたが死ぬと、あなたの家族は大変悲しむでしょう。主はあなたの寿命を延ばしたいと願っておられます。 あなたに天国と地獄を見せたいのです。地獄へ入る者を減らし、天国へ入る者を増やすこと、これがあなたの使命です。 もしただちに従わないなら、あなたは天国と地獄に行くことができません。」

 

また、左側にいた天使も言いました。 

「あなたが生まれてから死ぬまで、私はいつもあなたと共にいました。」

私にはその意味が分かりませんでした。 今なら分かります。彼は私の守護天使だったのです。私は天使の申し出を断りました。 

「だめです!私は行きたくありません!私は牧師です。こんなひどい体で主にお会いするなんて!健康になったら行きます。主に責められるでしょう。私はあまりにも傲慢(ごうまん)でした。この病はそのためです。どうして天国へ入れましょう? ああ、恐ろしい!どうか天に帰って下さい。私の病を癒して下さるよう主にお願いして下さい。 そしたらまた来て、夢の中で天国に連れて行って下さい。どうか主が私を憐れんで下さるようにお願いして下さい!」

 

しかし、天使は聞き入れませんでした。彼らは私の服を脱がせました。汚れた服では天国へ入れないということです。 そして、白い衣を着せてくれました。(ゼカリヤ書 3章4節)

 

彼らは私の手をつかみ、天へ飛び立ちました。雲の間をぬって昇り、地球がどんどん小さくなっていくのが見えました。 私達は、黄金でできた道に入って行きました。その道はとても大きく、どこまでも続いているのです。輝く光がありました。

目を開けて見られないほど、まぶしい光です。

「この光はどこから来るのですか?」

私はたずねました。 「天国からです。」と天使が答えました。

「ああ!なんという大きさだ!」と思いました。

 

また、白い衣を着て飛んでいく人々を見ました。「彼らは誰ですか?」私がたずねると、天使が教えてくれました。 

「彼らは神に忠実に仕え、聖霊の導きに心から従って、主イエスを信じた者達です。 彼らの体は地上で死に、霊魂が天国へ向かっているのです。」

もうひとりの天使が続けて言いました。

 

「天国には12の門があります。救われた霊魂が天国へ来ると、これらのうち1つの門をくぐって入ります。」

 

 私達は南の門の前に立っていました。しかし、その門は開いていませんでした。  

私は天使にたずねました。「なぜ閉まっているのですか?」天使がこたえました。 「あなたが、天国の賛美を歌っていないからです。」(詩編 100篇4節)

 「私はかつて非常に傲慢(ごうまん)でした。この病はそのためです。地上の賛美すらまともに歌えませんでした。 聴いたこともない天国の賛美をどうして歌えましょう?」と私が言うと、天使が教えてくれました。 

 

「確かにあなたの言うとおりです。しかし、賛美する準備をして下さい。 あなたがどんなに傲慢であろうと、賛美しなければなりません。」

 

天使が歌い始めたので、私も一緒に歌いました。 そのうち自然に歌えるようになり、ついに私達は中へ入って行きました。 天国がどんなに素晴らしいところか、言葉で表すことができません。

 

「主よ!感謝します。こんな傲慢(ごうまん)で汚れた者に、天国を見せてくださるのですか!」神様の声が聞こえました。 

 

「私の愛する朴牧師、ようこそ天国へ!遠いところからよく来ました。」その声は愛とやさしさに満ちていました。 涙があふれました。

「主よ・・・!」

天使達が私に言いました。 

「20年も牧師をしてきたのに、聖書のことばを忘れたのですか?天国には涙はないのです。泣くのをやめなさい!」 

 

すると、私の涙は止まりました。 

神様は私に5つの質問をされました。

(1)「あなたはどれぐらい時間を費やして聖書を読みましたか?」

(2)「あなたはどれぐらい献金しましたか?」

(3)「あなたは何度、福音を伝えましたか?」

(4)「あなたは什一献金を完全に捧げましたか?」

(5)「あなたはどれぐらい時間を割いて祈りましたか?」

 

私は答えられませんでした。主は私を叱責(しっせき)されました。

 「あなたは大きな教会の牧師になってから、祈りを怠るようになった。忙しいというのは言い訳にすぎない!」 

私は悔い改めました。 

「天使達があなたに天国と地獄を見せます。あなたの望むところ、どこでも見てまわりなさい。 多くの場所を見て、それから帰りなさい。」

 

案内されたのは、忠実に主に仕えた大人達の住むところです。救われることと、報酬を受けることは大きく違います。ここにはたくさんの住まいがあります。 

高層ビルのように高い建物もありました。どれも、大変美しい宝石や見たこともないような石でつくられています。 地上で、心から主に仕えた人に与えられるのです。ここにいる人はみな、20~30歳くらいに見えました。

 

ジェニファー・ペレツ

 

私の両親はクリスチャンです。私もクリスチャンになりましたが、高校生になると、私は反抗的になり、神様の道から離れました。・・

 

私の証しは1997年5月2日から始まります。私に一人の友人がいました。

・・彼が私をモーテルに連れて行こうとしていることなど、決して思いつきもしませんでした。・・そのモーテルで私がトイレから戻ると、私のコップにはすでにスプライトが注がれていました。私がそれを飲んだ後、何が起こったのか、私にはわかりません。

 

けれども、気が付くと、私は自分の霊が私の体から抜け出るのを感じました。

・・私は自分の反射した姿を見たのではなく、ベッドの上にいる私の体を見たのです。

私が振り向くと、二人の人がいました。彼らは「こちらへ来なさい」と言って、それぞれが私の片腕を取りました。彼らは私をある場所に連れて行きました。

私は自分がどこにいるのかを知ろうとして見ると、そこは天国でした!

 

最初に私が見たのは、とても大きな壁でした。それは白くて、ずっと遠くにまで広がっていて、終わりがありませんでした。その壁の真ん中に、一つのドアがありました。長いドアでしたが、それは閉じていました。

そのドアのすぐそばに、大きなイスがありました。また、その右側に、それより小さなイスもありました。それらのイスは金で造られているように見えました。

 

私の右側に大きな黒いドアがありました。その周囲はとても暗くなっていました。それは醜いドアでした。ところが、私の左側はパラダイスのようであり、そこには木々や、透明な水の滝や草がありました。それはとても平和に満ちた場所でしたが、そこにはだれもいませんでした。

 

私がよく見ると、私の前に父なる神様が見えました。ただし彼の御顔は見えませんでした。彼の栄光の輝きのためにです。それは、とても大きく、とても明るく、天国中を輝かせて、明るくしていました。彼の栄光はどんなものをも輝かせていました。そこには太陽はなく、月もなく、星もなく、彼がその光でした。私は確かに彼の体を見ました。そして彼の体は御子とともにおられました。彼らはお互いの内側で一つとなっておられ、彼らはいっしょでした。彼らを別々に見ることも可能でしたが、彼らは一方が他方の内側におられ、彼らはいっしょでした。

 

彼らのすぐそばに、二人の天使、ガブリエルとミカエルがいました。私が彼らの名前がわかった理由は、彼らの額に金でそれが書かれていたからです。私がそこで主の御前にいると、彼は私に私の人生の映画を見させてくださいました。始まりから今に至るまです。私は私の友人たちに、自分はクリスチャンだと話していましたが、実際には私は自分のクリスチャンとしての実を現してはいませんでした。

そして彼は私に、私は地獄に行くことになっていると語られました。

 

天使ガブリエルが来て私の腕をつかみました。彼は私を、あの醜い黒いドアへと連れて行きました。それから私たちはとても速く落下し始めました。

私たちが止まると、私がそこで最初に感じたのは、渇きでした。私は本当に渇いていました!私は泣き出しました。涙が頬を流れているうちに、その涙は完全に蒸発してしまいました。タイヤが焼けるような、硫黄の臭いがありました。私の五感はすべて非常に敏感になっていました。また、私の両腕の小さい毛は、全部すぐに消えました。私はその熱をすべて感じており、ものすごい暑さでした。

 

その後、私は天使ガブリエルを振り返って見ました。そして私はその天使にこう叫びました。「私は渇いています、私は渇いています!」彼は私を見下ろし、こう言ったからです。「主はあなたにもう一度チャンスを与えようとしておられます。」

 

彼がそう言うと、すぐに私のすべての渇きも、私のすべての苦悩も、私のすべての痛みも、さっと消え去りました。私は平安な気持ちになりました。それから彼は私の片手をつかみ、私たちは上っていこうとしていました。

「私はあなたを愛しています」

それから、その天使は私をふたたび神様の御前に連れ戻しました。

主は、とても感じの良い御声で、こう言われました。

「私はあなたを愛しています」

 

彼はみなさんをも全く同様に愛しておられます。彼はそのことばを私に直接語られました。彼は、私が行って彼を怒らせたどんなことでも私を赦しておられると言われました。彼は私を赦してくださったのです。彼は私に将来のことも示されました。

私に与えられた幻は、現在から携挙までのことでした。彼は私に携挙前に起ころうとしているさまざまなことを示されました。私はみなさんにお話ししますが、携挙は近いです!私は主といっしょに行く準備ができているだろうか?と自問する必要があります。