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【問題2】について書く前に、ちょっと近況について書いてみる。前記事とはうってかわってだいぶフランクな内容であるし、いかにも「学生」が悩みそうなミーハーな内容であるので、読む価値はゼロと言っていいだろう。

最近、周りにいわゆる「リア充」が増えてきている。なぜだろう、ここ3ヶ月のうちに10組近くのカップルが身近にできている。正直言ってしまうと、私が気になっていた人にも相手ができてしまい、大変複雑な気持ちで過ごしている。
驚くのが、予期せぬカップルが多いことだ。というのも、みんな「いきなり」出会い、大変スピーディーに交際をスタートさせている。
私からしたら絶対にあり得ない事である。(あくまで個人的な意見である。)
相手は誰でも良かったのか、それとも真剣なのか、私にはわからないし、別にどちらでもいい。
最近では某恋愛ドラマが大変好評である。ストーリー的には日本人が好みそうな少しドロドロしていて、かつ、性的な表現が含まれるようなものである。主人公の女性は2人の男性に翻弄されながら展開していくのだが、現実において考えればそれは許されるのだろうか。本当に憧れの恋愛なのだろうか。どちらともわからない恋愛など、浅はかであるし不純である。
確かに人はより多くの人に愛されたいと願う。特に女性は、何人もの男性から愛され、選択するというプロセスに憧れを持つ。
しかし、そこで選んだ相手は、他者と比較した時に最も適していると思っただけで、単独で見た場合はもっと自分に相応しい相手がいるのではないだろうか。そうは思っても、なかなか出会うことはないし、キリがない。選択肢から選択するほかない。それに対して不快感を抱いてしまうのは、きっと「愛されるより愛したい」という側の人間だからなのかもしれない。だから、気になっていた人に相手ができても、自分が愛されないことより、その人を愛する気持ちが薄れてしまうことの方がよっぽど辛く感じる。
私は「リア充」になった友人のうちの一人に、本当に相手が好きかと尋ねてみた。即答でイエスが返ってくるかと思っていたが、少し言葉を濁していた。以外にも自分の気持ちに自信がないのかな、と思った。
もちろん、「好きすぎて辛い」などと言う人もいるだろう。(某歌手が歌うものはそのようなことばかり言っているし(笑)。) 別に私は「リア充」に敵対心などない。むしろ羨望の眼差しで見ている。友人たちにはぜひとも幸せになってもらいたい。だからこそ、自分の相手に対する気持ちを明確化して、自信を持ってその相手も幸せにして欲しいのだ。
私にも相手ができたならば、そうなれるよう最大限努力する。でも、「愛される」ことよりも「愛する」ことを忘れずにいたいと強く思う。

はて、大変どうでもよい内容になってしまった。(笑)
一度くらいこのことについて所信表明してみたかったので、まぁ良しとしようではないか。



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