30代シングルマザー、~生活保護になる~ | ゆっくり福祉ライター♪ジュレのブログ

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こんにちはにっこり

今日は、お休み。
ゆっくり記事を書きたいと思います。


過去の出来事も何か役に立つかもしれない
と思い今回離婚後の話について。


離婚話は、また後日書くとして
当時小学2年生の娘と小学6年生の息子を
連れて2DK52000円の新しい賃貸マンションを借りた。


私は、結婚生活のストレスで障害が残り
障害者手帳も持っていた。


子供たちも、たびたび登校拒否をしていたので
仕事に出れない私は、


離婚後すぐに、生活保護にお世話になることに。


生活保護の申請に行くと必ず一度は断られる。
色々と大変だ。


申請さえ通れば、
市役所を通した社会福祉から繋ぎ資金
7万円程が借りれる。


それを食費に回し、
受給日を待つと、遡って渡された最初の生活保護の金額は、40万円だった。 

その後、子供二人いることの加算で
月々20万円程支給される。

すぐに、必要だった息子のジャンパーを購入した
のを覚えている。離婚したのは12月でした。


絶望というより、新しい生活がはじまる
不安ありわくわくする気持ちありでした。





子供たちの教育は、
私の生きざまを見せることだと思い、


ありのままを語り見せた。


学校に行かない二人に、
ハンバーグや、野菜炒めの作り方
炊飯の仕方を教えた。


時に学校のある昼間に家にいる
子供たちに1000円ずつ2000円渡し、
ランチに行っておいでと自転車で行かせた。



癌だった父を見取り、その後のことをする私の姿も
子供たちは見ていた。


必ずいう私の台詞。
特に息子には、『私のようになるな』『賢く生きて』と伝えていた。


息子はいつも『なんでや!』と怒っていた。



現在、高校に通う息子だが、
出席日数が足りないので、高校受験がだめだった
場合の就職活動のことも視野にいれ


私も病気だからとおちおち寝てばかりいた
訳ではなかった。


しかし52000円の家賃と15万円程の生活費
かつかつでした。


支払いが出来なくて水商売に出たことも。
いつまで生活保護なのか、
若くない自分と、不安が押し寄せ。


病気が悪化することも。
学校の先生や地域とは毎日やりとり。


それでも、悔しい思いは、バネになり
この経験は、いつしか花を咲かせます。


30代40代のシングルマザー生活保護の方は
どれだけいらっしゃるでしょう。


それに怯え、引きこもりになる
女性は、どれくらいいる?


一緒に、もっと人生楽しみませんか?


今はたっぷり今を生きてください。


私はこの経験を活かすため、準備をしています。
今、先が見えない不安を抱えてる皆様
のお力を貸して下さい。


具体化しましたら、ブログで人員の募集をします。
今を生きて、来る日、
お会いしましょうにっこり