私は戦前生まれの高齢者の人を見て思う事がある。
それは自我、自己(エゴともいう)が強いという事である。
左脳は自我、自己を担当している。
特に昭和の時代は右脳を使う職業や左利きは
評価されづらかった。
昭和の時代に限って言うと、左利きとして生きる事はタブーとされていた。
右脳は非言語的な事を担当している。感じる事や第六感などを右脳は担当している。
人は左脳を失うと、自我、自己(エゴともいう)を失う。
政治家、医者、教師などは左脳を使う職業である。
左脳が優れていなければ政治家、医者、教師になる事は出来ない。
学生もそうである。左脳を発達させなければ、学生として生きていく事は出来ない。
学校は左脳を鍛える場所であり右脳を鍛える場所ではないからである。
ゆえに学生には不良(ヤンキーともいう)が多いのである。
学生時代、不良(ヤンキーともいう)だった人は意外にも多いのではないだろうか。
それは何故かというと学校という場所は左脳(すなわち自我や自己、エゴ)を鍛える場所だからである。
政治家、医者、教師は常に左脳を優位にして生きている。
なので他者に共感するという事が苦手なのである。
政治家、医者、教師は誰しもが善人であるというのは誤解である。
それはすなわち学校の生徒達は皆、教師に従う従順で良い性格である事は無いという事と
同じ事である。
自我、自己(エゴ)を強化し続けた結果、人はどうなるか。
私利私欲の為に人生を生きて、常に自分はどうであるかとか自分はこうであるといった事に
やたらと、こだわるようになる。
学生達に何故、不良(ヤンキー)が多いのか。
何故、政治家や医者や教師達は皆、善人であると断言が出来ないのか。
その答えは学生達も政治家も医者も教師も左脳を常に使い左脳を日々鍛えて生きているからである。
戦争は何故起こるか?。それは国家同士が互いのエゴ(自分達優先の自分勝手な考え)をぶつけ合うからである。
人は左脳を失った時、世界と一体になる。何故なら自己、自我(エゴ)が失われるからである。
大金持ちのあの人もホームレスのあの人も本当は自分なのである。
しかしその事に気付けないのは左脳があるからである。
左脳を鍛え続けた先にあるもの。それは自分一人だけの世界である。
独裁者は皆、左脳が発達している。
ミズノアキオ氏は本当は人に自他は存在しないという事に気付けていない。
滝川病院の件もそうである。
患者が何人死のうとも自分達には関係が無いと。
滝川病院で労働する医者や看護師達はそう思っていた。
だが左脳を失えば人は世界や他者と一体になる(一つになる)。
世界や他者と一体である(一つである)。
それが人の本来の姿、正体なのである。
なので人には元々、上下関係は存在しない。
思いやり。それは右脳から生まれる。
左脳がより優れている人物がこの世で偉くなる、この世の中は狂っているし間違っていると
私はそう思う。
引きこもり支援業者が引きこもりを拉致する時。
それは自分自身を拉致していると言っても過言ではないのである。
因果応報はこの世に存在する。
何故なら全ては自分なのだから。
それは左脳を失った時、気付く。
全ては自分だったのだと。自他は無く自分は世界や他者と元々、一体だったのだと(元々、自分は世界や他者と一つだったのだと)。
患者は医者。医者は患者である。人は他者や世界と分離してはいないのだから。人は他者や世界と一体なのだから(一つなのだから)。