外の世界は素晴らしい。一人暮らしは天国だ。

そうした引きこもりの抱いている幻想を打ち砕く。

引きこもりに一人暮らしの現実を理解させるという点では

引きこもり支援業者は立派な役割を果たしている。

もちろん、人間不信を増長させるという点でもである。

国や市町村が運営していない施設は民間の会社が運営している。

引きこもり支援業は客商売である。

無論、福祉施設も客商売である。

医者も客商売である。

なのでミズノアキオ氏が行っている引きこもりを連れ出すという行為は

病院を繁盛させるための策略なのかもしれない。

引きこもり支援業者が引きこもりを連れ出す理由。それはズバリ、金を稼ぐ為である。

引きこもり支援業は客商売だからである。

この世は左脳専用社会である。うつ病患者は左脳が病気である。ポジティブで陽気で外交的。

これが非うつ病患者の特徴である。

この世は左脳専用社会である。ゆえにポジティブで陽気で外交的な人が得をする。

引きこもりは確かにオタクっぽくてうつ病患者的である。

だが、人生でどう生きたいかを決めるのは引きこもりの当事者自身である。

人生で得をしたいかどうかを決めるのは引きこもりの当事者自身である。

ゆえに。引きこもり支援業者は引きこもりの人権を踏みにじってはならない。

ミズノアキオ氏自身、その事は、よく分かっていないようである。

ポジティブで陽気で外交的な人生は得をするしその方がいいだろうと

主張するのは分かる。だが、それを引きこもりの人に対して押し付けてはいけない。

なので宮崎県に引きこもりを連れていく活動は間違っていると言える。

引きこもりにも人権や心はあるのだから。

 

この世の物事も出来事も人も物も全てはモワモワの雲である。

素粒子=モワモワの雲である。

この事は量子力学において証明されている。
この世の物事も出来事も人も物も全ては素粒子で出来ている。
宇宙も素粒子で出来ている。
そう思うと、引きこもりを連れ出して更生させるとか、そういう事に命をかけるという
事をしなくてもいいという事に気付く。
意識の中で思い続けた事は必ず現実化する。
それに、引きこもりを助けたいと思う度に、引きこもりは増えていく。
物事は前提を元にして現実化するからだ。
この世の物事も出来事も人も物も全てはモワモワの雲である。
ゆえに他者の為に自分の人生を犠牲にするのではなく
自分の為に自分の人生を使っていく。
その事が何よりも人生を生きていくうえで大事な事なのである。
人はモワモワの雲であるがゆえに他者や物事から強い影響を受けてしまうものである。
だが自分の為に自分の人生を使っていく。
その事が人生を生きていくうえで大事な事なのである。
引きこもりを連れ出して更生させるという事はしなくていい。

誰もがモワモワの雲なのだから。

素粒子は過去から未来に行ったり未来から過去に行ったりという力を持っている。

素粒子は不思議なものである。ゆえに素粒子という不思議なものによる不確かな結果が続き成り立つのが物事や人生であると言える。なのでなおさら、自分の人生は自分の為に使っていくという事が大事になる。

次に記憶について。

人には記憶というものがある。

記憶は体に影響を与える。

それほどまでに記憶とは強い力を持っているのである。

ネガティブな記憶は体に病気をもたらす。

ネガティブな記憶は体に悪影響を与える。

引きこもり支援業者の人は自らのネガティブな記憶に囚われている。

なので引きこもり支援業者の人はネガティブな記憶を積極的に忘れる事が大事になる。

ホオポノポノなど記憶を忘れる為の技術や、やり方はこの世にはたくさんある。

そのどれもは人生や自らの心をより良いものにしていく。

ネガティブな記憶は積極的に忘れる事。そうすれば自分が加害者になるという事は無くなる。

私は戦前生まれの高齢者の人を見て思う事がある。

それは自我、自己(エゴともいう)が強いという事である。

左脳は自我、自己を担当している。

特に昭和の時代は右脳を使う職業や左利きは

評価されづらかった。

昭和の時代に限って言うと、左利きとして生きる事はタブーとされていた。

右脳は非言語的な事を担当している。感じる事や第六感などを右脳は担当している。

人は左脳を失うと、自我、自己(エゴともいう)を失う。

政治家、医者、教師などは左脳を使う職業である。

左脳が優れていなければ政治家、医者、教師になる事は出来ない。

学生もそうである。左脳を発達させなければ、学生として生きていく事は出来ない。

学校は左脳を鍛える場所であり右脳を鍛える場所ではないからである。

ゆえに学生には不良(ヤンキーともいう)が多いのである。

学生時代、不良(ヤンキーともいう)だった人は意外にも多いのではないだろうか。

それは何故かというと学校という場所は左脳(すなわち自我や自己、エゴ)を鍛える場所だからである。

政治家、医者、教師は常に左脳を優位にして生きている。

なので他者に共感するという事が苦手なのである。

政治家、医者、教師は誰しもが善人であるというのは誤解である。

それはすなわち学校の生徒達は皆、教師に従う従順で良い性格である事は無いという事と

同じ事である。

自我、自己(エゴ)を強化し続けた結果、人はどうなるか。

私利私欲の為に人生を生きて、常に自分はどうであるかとか自分はこうであるといった事に

やたらと、こだわるようになる。

学生達に何故、不良(ヤンキー)が多いのか。

何故、政治家や医者や教師達は皆、善人であると断言が出来ないのか。

その答えは学生達も政治家も医者も教師も左脳を常に使い左脳を日々鍛えて生きているからである。

戦争は何故起こるか?。それは国家同士が互いのエゴ(自分達優先の自分勝手な考え)をぶつけ合うからである。

人は左脳を失った時、世界と一体になる。何故なら自己、自我(エゴ)が失われるからである。

大金持ちのあの人もホームレスのあの人も本当は自分なのである。

しかしその事に気付けないのは左脳があるからである。

左脳を鍛え続けた先にあるもの。それは自分一人だけの世界である。

独裁者は皆、左脳が発達している。

ミズノアキオ氏は本当は人に自他は存在しないという事に気付けていない。

滝川病院の件もそうである。

患者が何人死のうとも自分達には関係が無いと。

滝川病院で労働する医者や看護師達はそう思っていた。

だが左脳を失えば人は世界や他者と一体になる(一つになる)。

世界や他者と一体である(一つである)。

それが人の本来の姿、正体なのである。

なので人には元々、上下関係は存在しない。

思いやり。それは右脳から生まれる。

左脳がより優れている人物がこの世で偉くなる、この世の中は狂っているし間違っていると

私はそう思う。

引きこもり支援業者が引きこもりを拉致する時。

それは自分自身を拉致していると言っても過言ではないのである。

因果応報はこの世に存在する。

何故なら全ては自分なのだから。

それは左脳を失った時、気付く。

全ては自分だったのだと。自他は無く自分は世界や他者と元々、一体だったのだと(元々、自分は世界や他者と一つだったのだと)。

患者は医者。医者は患者である。人は他者や世界と分離してはいないのだから。人は他者や世界と一体なのだから(一つなのだから)。

他者の感情(心)に共感しづらい人というものは意外にも多くいるものである。

職業でいうと医者、政治家、軍人などがそうである。

何故、他者の感情(心)に共感しづらいのか。

その答えは脳みそにある。

左脳のみを鍛え続け右脳が未発達になった結果である。

左脳が未発達の人には難しい数学の問題を解くという事は出来ない。

それと同じで右脳が未発達の人は他者の感情(心)に寄り添い共感するという

事が出来ないのである。

ミズノアキオ氏は医者である。そして滝川病院の事件も医者や看護師達が起こした事件である。

医学系の仕事は理系の仕事である。ゆえに精一杯左脳を鍛えなければ

医学系の仕事に就くという事が出来ない。

右利きの人は左脳のみを発達させながら成長する。

右利きの人は右脳を発達させ成長させるという事は少年期、少女期の頃からは完全に無くなる。

左脳が未発達の人にとって数学の難しい問題を解くという事は非常に難しい事である。

それと同じで右脳が未発達の人にとって他者の感情(心)に寄り添い共感するという事は

非常に難しい事なのである。