私の友達は画家なので絵の依頼を受ける。どんな絵でも描ける。Tシャツか入れ墨のデザインをはじめ美しい水彩のの風景など何でもできる。ある日その友達にどんな依頼が一番いやなの?と聞いて答えにびっくりした。「なんでも好きなように描いてください」というリクエストは一番いやと言った。本当なの?と思った。だって好きなように描くのはとても楽な感じじゃない?画家は心から描きたいと思った。そうではないの?私の仕事は英語を教えること、で好きなように教えてくださいと言われたら嬉しい。

でも描くことと教えることは違うね。

先月私の絵を描く気がなくなった。新しいカメラを買って私のほとんどの時間を写真をとることに使った。でもずっと描かなかったら腕がにぶるからやる気を出さないといけないと思った。でもなかなかできなかった。結局絵のサイトにみんなに聞いた。どうしたらいい?!

でも答えはほとんど「自分のために好きなように描いたらやる気がわいてくる。」

えっ!?

好きなようにしたらハイキングしたり写真をとったりしてしまう!描く目的がないと描けないと思った。好きなようにすることができたら今回のような問題は起こらないと思うね。急に友達の言ったことがあらためて分かった。自分のためだけに何かをやったら意味がないような気がする。

画家は人に見せるために作品を作る。だから絵は人の影響を受けるている。他の人が作った物を見なかったら作る意味がない。ごみみたいにクローゼットに場所をとってしまう。人の影響を受けていて見せるための作品だけ作りたい。

やる気がある時間は誰かの影響でインスピレーションがきた時。で、そのエネルギーで見せたい物を作れる。だからやる気がなかった時そのサイトに手伝ってくださいというメッセージを載せうことをしたかったの。つまりなんで答えは自分のために作るなの?!意味がわからん!私の友達に同情している。

英語を教える仕事は絵を描く仕事の違いは授業の計画は学生に教えるためにつくられたことだけど絵を描くのは一人ですること。だからこんなやる気の問題は仕事に感じないけど物を作りたいとき感じる。でも写真をとるのはいつも他の人に見せるためにするからこんな問題が起こらない。

実は私の生活に自分のためのことを何もしないかも。

それか、

自分のためにしたいことは人から影響を受けたいこと。

人間はいつも人の関係を作りたいね。毎日ほとんどのやっていることは他の人のため。服を選ぶとか仕事をするとか。人間はそいう物。

英語で有名なことわざがある。誰もいない森の中で木が倒れたら音が出る?

それを答えない。

でもそれでいいところが付いている。人間がいないと何も意味がない。

私はそれをよく感じる。一人で何かをやったら意味がないから全部のやっていることを友達に話さないといけない気がする。

だから今度だれかに「好きなようにして」といわれたら「あなたに聞くのは好きなことだからもうやっているよ!」と答える。

ジェニファー

日本はバレンタインの日がチョコレート会社で始まったお祝い。いつも作られたかが知らないけど70歳の生徒は子供の時からその習慣があったからバレンタインの日はもう日本のものになったと思う。アメリカの習慣はぜんぜん違う。まずチョコレートが作られたのじゃなくてカードの会社に作られた。だから絶対家族や友達や恋人にカードを交換する。特別な人に花をあげる。父さんはロマンチックな人だからいつも母さんにバラをあげるけど母さんは現実的な人だからブーケが意味がないと思うからすぐ捨ててた。毎年母さんは「何で死んでいる花をまたくれたの?」と文句を言うのに毎年父さんは買ってあげる。でも妹は植物が大好きだから楽しくバレンタインの日を待つ。

でもバレンタインの日は愛を伝えるのための日だから好きなように何でもあげたりやったり言ったりしてもいい。実はアメリカのバレンタインの日は日本のクリスマスみたいなお祝いと思う。アメリカの友達によく日本人はどうやってクリスマスを祝うの?と聞かれる。私の答えはいつも日本のクリスマスはアメリカのバレンタインの日でそれだけで友達が理解できる。

アメリカの小学生は一つのおもしろいバレンタインの日の習慣がある。その前の日にみんなは靴の箱を学校に持ってきて色紙で飾る. 箱のふたに郵便入れのように穴をあけて机の上に置く。先生は名簿を渡して家でみんなのクラスメートのためにカードを作る。自分で作るかいっぱい入れているカードの箱を店で買える。次の日カードをクラスメートの箱に入れる。

私はいつもその箱の中で一番いいカードを特別な男の子のために選んだ。

中学校の時私の学校は花を売っていた。カーネーションという花を知っている?黄色のは友達のため、赤いのは恋人のため、ピンクは家族の愛の意味がある、白いのは運がいいという意味。

何でその日に愛を祝うかという理由がある。実はバレンタインというのは名字なのよ。バレンタインという人がいて不公平にも死刑にされた。何でそうなったかについて色々な昔話があるけどなんとなく死んだ後で愛の聖人になった。

でも日本のバレンタインの日は歴史が入ってない。多分だれもバレンタイン聖人について何も知らないね。

だから!

何で私はマネージャにチョコをあげないといけないの!!?

ジェニファー


この世界には色々な人がいる。まず一つは「なぜ」と聞く人。こんな人はいつもどうやってこうなったかを知りたい。いつも理由を探している。何かを見たらその物の理由も考える。

もう一つは物を見たら目的を考える人。なぜ使うよりどうやって今から使うかと考える。その人はこの世界をよく変えたい。

私は前者。どこでも何でも意味を探す。新しいことを作るとか考えを使うとかはめんどくさそう。でも他の人の考え方を聞いたらすぐ深く起源を追求する。考えるだけで満足する。

でもよく友達は新しいアイデアを作りたい。それは私にとって難しい。だからそのアイデアを聞いたらとても感動する。

最近本を読んでいて主人公の一人は数学が好きな人。もう一人は技術が好きな人。数学が好きな人は機械を見たらどうやって動くかに興味がわいてきたけど答えを見つけたらつまらなくなる。技術が好きな人は機械を見たらどうやって動くかを調べてそれからもっといいやつを作りたくなるか使い方を探し始める。

その人の違いは内向的な人と外交的な人の違いと似ていると思う。

その本を読んで最近した会話が思い出した。ロボットを作る仕事がある生徒と話していた。その人は原子力発電所で働いている。そこにある機械はとても精密に作られている。1mmが間違いたら爆発するかもしれないからいつも気をつけないといけない。

私はそんな機械を作ることについて考えるだけで身震いする。生徒に怖くない?めんどくさくない?と聞いた。でもその生徒は機械を作るよりその機械のソフトを作る方がめんどくさいと言った。ソフトは一つの文字を間違いたら全部が動かなくなるかもしれない。精密に書かないといけない。そして間違いたらその文字を捜すのはとてもめんどくさい。機械を作る方がいいって。

私はその考え方が理解できない。手で何かを作るよりずっとパソコンのまえに座った方が気楽と思う。

人によって違うね。