突発小説もどき -A Chird Dream 8-
彼はいつだって他の為に無茶をする。
体が痛いと悲鳴を上げても動くのだ。
守るべきものがある事は、彼にとっては幸せで、同時に負担な事だった。
本当に倒れてからでなければ気付いてもらえない、その痛みをも。
守るべき者の為ならば、彼はどんなに辛くても耐える。
失う怖さを知っているからだ。
-A Chird Dream 8-
傷口から溢れる夥しい血に気を止めるのは、流している本人ではなく、傍に居た女性の方だった。
「これくらい平気です。それより一刻も早く現状を皆に伝えないと」
彼が笑って「平気」だと言えば、大抵の者は騙される。
至近距離から鎧をも砕く打撃を受けておきながら、何が平気なものか。
マスターから強く言われても、ジェングは苦笑を返しただけで足早に近場の街、アウグスタへと向かってゆく。
彼の頭は既に、自分の事よりも目前の問題の事で一杯だった。
その時。
――― ぱん!
後ろからマスターが駆け付け、腕を掴まれて振り向かされたと同時に鋭い痛みが頬を襲った。
「―――……」
何が起きたのか分からない…
そんな顔で呆気に取られたジェングの目に、マスターの鋭い視線が映る。
「マスター…?」
「少しは自分の体を労わりなさい! 死んだらどうするの!?」
その形相と怒鳴り声に、ジェングの顔が呆気から驚きに変わる。
いつも穏やかな姿勢を崩さない彼女から、初めて見た怒りの色。
彼女がどうして怒っているのかは分からないが、自分がとても悪い事をしたのだとジェングは思った。
それでも「ごめんなさい」の一言が言えず、ジェングはうろたえる。
理由が分からないのに謝るという、相手に失礼な事は出来ないのだ。
「マスター…」
「肩に凭れなさい、ギルドホールに着くまで支えるから」
「え、いや…大丈夫ですよ」
「言われた通りにしなさい!」
再び怒鳴られジェングがたじろぐ。
そのまま有無を言わさずジェングの腕を掴むと、マスターは自分の肩に回して体を支えながら歩き始めた。
驚きを隠せないながらも体重をかけないようにと遠慮しながら従う。
マスターが何か言いたそうに彼を睨んだが、何も言わずに街に向けて足を運んだ。
「………っ」
忘れかけていた痛みが体を襲う。
それでも少しだけ楽に感じたのは、一人ではなく二人で歩いているからだろうかと、ジェングは少しだけ思った。
それから数十分後、彼らはアウグスタに到着する。
そのままアウグスタ付属のテレポーターを通じて別の場所へと足を踏み入れる。
幹部の者、入隊して日も浅い者、階級問わず皆が終結するそこは彼らの所属するギルドのギルドホール。
雑談の飛び交う賑やかな輪も、一人一人を見れば実力の垣間見える猛者揃いだ。
「おっ、やっと来たな。呼び出しておいて遅いぞー」
一人が雑談を遮って声をかければ、賑わいがぴたりと止まり声の向かった方に集中する。
「ごめんなさい、これから状況を説明するわ」
マスターが近付くと自然と輪に隙間が出来る。
彼女の為に用意された席だ。
「って、ジェングどうした?」
先にマスターに声をかけた男、ジェングよりも一回り体の大きい剣士が二人の顔を覗き込んだ。
最初こそ遠慮して体重をかけないようにしていた体も、今はガラクタのように引き摺られている。
彼らが近付いた途端に広がったきな臭いにおい――― 金属に付着した血のにおいに気付くと、剣士も皆も黙ったままマスターに視線を向けた。
「…彼の状況は後で説明するわ、今は回復を」
それだけ言うと、マスターは腕の力を緩めてジェングを床の上に寝かせた。
力を失った体は崩れるように沈んでいく。
仰向けになって初めて皆の耳に届いた呼吸は今にも消えそうなほどか細く、顔も血の気が引いて真っ白になっていた。
もう痛みすら分からぬ彼の耳には誰の声も届いていない。
ただ、現状を伝えなければという使命感だけで気を持ち堪えさせているだけだった。
「…酷いな、肉が見えているじゃねえか。こんなになるまで何をしていたんだこいつは…」
鎧を剥ぎ取って直に現れた傷口に、治療と回復を施すビショップも、それを見ていた皆もうっと顔を顰めた。
「一人でやり合ったらしいのよ、トワイライト盗賊団と」
マスターがそう言うと、場の空気が張り詰めた。
トワイライト盗賊団と聞いてもそれが何なのか分からぬ者は張り詰めた状況を理解出来ず何度も皆を見回す。
「冗談だろ? その集団は五年も前に消息を断ったはず…」
「でも現にジェングは彼らと戦ってやられているのよ。あたしも信じ難かったけれど、ギルメンをここまでボコボコにされて黙っていられないわ」
彼女はそう言って弓を構え、射るポーズを取った。
そうしている間にもビショップの一人がジェングの傷口に癒しの魔力を流し込む。
その癒しの光をも、ジェングは虚ろな意識で熱いと拒絶していたが、傷口はゆっくりと塞がってゆく。
「あのー、トワイライト盗賊団って何なんですか?」
状況の分からぬ一人、入隊してまだ日も浅い剣士が空気を割って入った。
彼はジェングよりも一回り小柄だが、体格は彼よりもがっしりしていた。
「五年前の当時、ブリッジヘッド近隣で悪名を轟かせていた強盗集団だ」
問いに答えたのは椅子を使わずテーブルに腰をかけていたシーフ。
帽子の鍔から覗いた銀目が印象的な男だった。
「強盗、誘拐、殺人、あいつらは金になる事なら何でもやる。奴らの殆どはシーフでありながら闇に乗じず日の下でも蛮勇を奮いやがる。それによって多くの傭兵や護衛ギルドが討伐に駆り出されたが、犠牲が増えるばかりで一つとして成功したところは無かった」
それを聞いて辺りから感歎の声が漏れる。
「お前、その頃はまだギルドに入隊していなかったのに、そんな事よく知っているな」
「腐ってもシーフだからな。これくらいの情報なら知っていて当たり前だ」
よく見える口元がにっと笑った。
「ついでに言うと、トワイライト盗賊団らしき集団がまた動き始めた事も知っていたぜ」
それを聞いた瞬間、辺りにどよめきが走った。
「はあ!? 知っていて何で言わなかったんだよ!」
「だって別に聞かれなかったし、情報屋を回っても討伐の依頼とか一切見なかったからな」
それを聞いて周りの怒声ががくりと静まる。
情報を持ち出した本人に至ってはいたく涼しげである。
「とまぁ、情報屋では見かけなかったんだけども」
言いながら、シーフがジェングの下に近付いた。
「こいつが依頼を負っていたっていうのはどういう事? おかしな話だよなぁ?」
口元に笑みを浮かべながら無造作にジェングのベルトを掻き漁ると、そこから血塗れた二枚の紙を取り出した。
一枚は依頼主が送ってきた依頼書、もう一枚は…
手渡された依頼書をマスターが広げると、我もと皆が紙面を覗き込む。
そこに書かれていた文章に目を通すと、怪訝な顔付きでマスターがシーフに訊ねた。
「これがトワイライト盗賊団の討伐依頼…?」
書いてある内容は違うようだけど、と付け足しながら、マスターも皆ももう一度紙面をまじまじと見詰めた。
「奴らのよく使う手段だ。そこに書いてある内容はダミー、ハナっからこいつを狙って書かれたものさ」
そう言ってシーフが鼻先でジェングを差す。
「ダミー? どういう事?」
「奴らは標的の性格までも利用する食えない連中だ、ジェングの事だから罠の臭いに気付きながらも請け負ったのだろう、他の人間に被害を出さない為にな」
「……」
それを聞き皆の表情が険しくなる。
彼を利用した挙句こんな目に遭わせて許せるはずもない。
「でもジェングが狙われた理由は何? あいつらは何をしようとしているの?」
怒りに震える声を抑えながらマスターが問う。
「さあ、そこまでは分からないけど。でもジェングでなければならない理由があったはずだ」
冷静な姿勢を崩さずシーフが答える。
「こいつはきっとその理由を探していたんだ。もう一枚の紙を開いてみろ」
言われるままマスターが依頼書をテーブルに置き、もう一枚の紙を広げる。
「…これは…?」
そこに書かれていた文面を見るなり、彼女は疑問符を浮かべた。
「ベルトには他に何も入っていなかった。手がかりはそれだけだ」
少し俯いて鍔に表情を隠すと、シーフはそれきり口を閉ざした。
「これだけじゃ何も分からないわ…、ジェングが気を取り戻すまで待つしかなさそうね」
そう言ってマスターは床を見下ろした。
傷の痛みが引いた事に安堵したのか、持ち堪えさせていた意識は深い眠りの底へと落ちたようで、蒼白くも静かな寝息を立てていた。
「体力を消耗し切っているはずだから今は休ませましょう。その間に皆、戦闘の準備を整えておいて」
視線を皆の方へ戻すと、真剣な顔付きでマスターが言った。
「もしかするとギルドバトル以上に過酷な戦いになるかもしれないわ。何せ五年前、当時の私たちでは刃が立たなかった相手だもの」
弓を握る手に力が篭る。
「確かに五年前はそうだったけれど、今は分からないだろ?」
表情の強張る彼女にそう投げかけたのは剣士だった。
「相手も強くなっているだろうけれど、俺たちだってあの時のままじゃないはずだ。今度こそクエストを成功させよう」
剣士はそう言って頼もしい笑みを見せた。
それに釣られてふっと笑うと、マスターは静かに頷いた。
「でもお前、いやに詳しく状況を知っていたな?」
傍観を決め込んだシーフに投げかけられた声。
「…シーフだから」
何でも知っていて当たり前だと、冗談ぽく静かに答えた。
「本当にそれだけかぁ? まさかお前がトワイライト盗賊団の一味でした、なんてオチはないよな?」
言った相手は冗談だと悪気も無くけらけらと笑う。
それに一瞬だけ冷たい視線が送られた事に気付きもせず、鼻で笑うシーフの顔に気を許す。
「そんな訳ないだろ。冗談もその辺にしとけよ」
それは他愛も無い会話だと片付けられ、茶化した本人も、それを聞いていた周囲の者も、数分後には完全に忘れ去っていた。
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貿易港ブリッジヘッド。
ライゼの耳打ちがジェングに届かないのと同じように、シェザの耳打ちもシャルワールには届かない。
最初こそそう簡単に死なないだろうと思っていたけれど、だんだんとそれも危うくなる。
耳打ちは届かないけれど、この世界にはそれ以外にも不可思議な力が存在する。
個人の情報を登録した魔法石を持っているならば、その石の魔力によって相手が何処にいるかを突き止める事が出来るのだ。
マスターがジェングの居場所を突き止めたのも同じ、彼らのギルド紋章には魔法石が埋め込まれている。
その石を頼りにシェザはここまで追う事が出来た。
しかしブリッジヘッドに着いてからというもの、彼女の足はそこであぐねている。
魔法石の導きが弱まっているのだ。
考えられる事は二つ、追っている対象の生命力が弱まっているか、魔法石の磁力が届かない場所へ移ったかだ。
「………」
今の場合、どちらでも考えられる。
もしもどちらとも当て嵌まった場合、結果は最悪になる。
嫌な予感に拍車をかけるように、夜の冷たい潮風がシェザの背を撫でた。
早く行かなければ――― その焦りが募るも、足は宛も無く彷徨う。
この辺りにいる事だけは違いないのに、目前で道を失ったもどかしさがシェザの苛立ちを更に募らせた。
時々思い出したかのように辺りを見回す。
もしかしたら何かを見た住民がいるかもしれないと思ったのだ。
しかし視界に映るものは乏しい街灯と波を打つ海の影ばかり。
不自然なまでに人影が見当たらない。
それはブルンネンシュティグの街で夜の賑わいを当たり前のように見てきた彼女にとって、まるで別世界をも感じさせるものであった。
(この辺りは治安が悪くて物騒だと聞くものね…。住民が出歩かないのは当然としても、警護するギルドすらもいないなんて)
そう思い、シェザの顔が少しだけ歪んだ。
ブルンネンシュティグには警備ギルドが当然のようにいて、街は治安を保つ事が出来る。
ブルンネンシュティグはそうだった、けれど警備ギルドを雇う金も無い貧しい街、そこに暮らす者は誰に守ってもらえる事もなく、我が身は自分で守らなければならない。
今までの環境を当たり前だと思っていた自分を、シェザは少しだけ恥じた。
「…?」
感傷に浸りかけていたシェザの目に、闇に乗じてはいるものの……それでもやたらと目立つ複数の影が映る。
あからさまに怪しい。
どう見てもこれから建物に潜入しようとしている泥棒のような風情だ。
集団はこちらに気付いていない。無言のままシェザが地に槍を立てた。
刹那。
「ぎゃあああ!!」
凄まじい閃光が駆け抜けたと同時に大勢の断末魔が轟く。
シェザの突き立てた槍が避雷針となり、地表に流れた電流が闇で蠢く集団に直撃したのだ。
下手すれば死者が出てもおかしくないものを、手加減というものを知らない彼女はお構い無しにやってのける。
電流が直撃したのを見届けるとシェザは足早に集団に近付いた。
奴らは感電の痺れに悶えていた。
あれだけの電流を浴びて痺れだけで済むとは、こいつら大した生命力である。
「ったく、この忙しい時に泥棒を目撃するなんて。アンタたち全員警備ギルドに引き渡すわ」
「まっ…待って、誤解っス…!」
感電に痺れながらも必死に抗議する声をシェザは完全に無視した。
が、その後のキーワードで状況は一変する。
「俺らは泥棒じゃないっス…頼まれて来ただけっス…!」
「頼まれた? 誰に?」
「ジェングの兄貴にっスよ…!」
「あっ馬鹿、名前を出すのは不味いって!」
慌てて名前を出した者の口を塞ぐも、その名は既にシェザの耳に届いてしまった。
「ジェングですって?」
「へ? 姐さんご存知で?」
「知ってるも何も…私はその妹よ」
「妹ぉ!? ジェングの兄貴に妹が居たんスか!」
「いやぁー姐さん手荒いけどなかなかの美人で」
「煩いわね、そんな事よりジェングに何を頼まれたの? 教えなさい」
妹と聞いて鼻の下を伸ばすこの集団、紛れも無くあの時ジェングのトワーに巻き込まれて飛んでいったスナッチャー盗賊団だった。
「ひいっ、話しますから矢をこっちに向けないでくださいっス」
「分かればいいのよ」
ふんと鼻を鳴らしながらシェザが弓を引っ込める。
「俺らはジェングの兄貴にシーフギルド跡地の潜入を頼まれたんス。何でも今請け負っている依頼を全うするには現状を把握しなけりゃならないそうで」
「シーフギルド…? 聞いた事はあるけど、そのギルドは十数年も前に無くなったんじゃ…」
「いや、目的はシーフギルドじゃなくて跡地の方だそうっスよ」
「でもこんな地獄に入ったら俺ら生きて帰れる訳が無いっス、中には化け物がうじゃうじゃ居るんスよ。鬼っスジェングの兄貴は」
言い終わると彼らはさめざめと泣き出した。化け物と言うが彼らもモンスターである。
「それで跡地の前でコソコソしていたのね…」
女々しい彼らにシェザの冷ややかな視線が送られる。何とも情けない。
「…って、シーフギルド跡地ですって…?」
今更のようにシェザがはっと顔を上げる。
見上げた先にはおどろおどろしく聳えた木製の建物。
かつて残忍な悪積を轟かせたシーフギルド盗賊団の旧跡地。
その一瞬、シェザの持つ魔法石が僅かに反応した。
シェザの表情がみるみるうちに引き攣る。
「…ちょっと待って、ここは一般の冒険者ですら足を踏み入れたら生きて帰れないと言われている…」
ランクB以上の立ち入り禁止区域。
そんな場所から何故シャルワールの生存反応が出るのだ。
「…あの馬鹿、よりによってこんなところに手を出したわけ!?」
「?」
「じゃあシャルワールを連れ去ったという男も…シーフギルドと何か関連が…?」
そう口走った瞬間、シェザの血の気が引いた。
「無理よ、敵う訳ないわ」
あっさりとそう吐き捨てた。
「さっきから何の話してるんスか? 姐さん」
話について行けないスナッチャーたちが首を傾げる。
「とりあえずまだ生きてはいるみたいだから…突撃する前に作戦を立てましょう」
「うっス…って、えぇ!?」
思わずノリで返事をしてしまったが時既に遅し、シェザの目は本気である。
哀れ、スナッチャーたちは完全に巻き込まれてしまった。
「無理無理無理っス! 俺らまだ死にたくないっス!!」
「へぇ。言う事聞かないなら今ここで私が息の根を止めてあげる」
「勘弁してくださいっスーーー!! ジェング兄弟はみんなこうなんスか!?」
「歯食い縛れ」
「やめてーーーー!! 分かりました言う事聞きますから!! 矢こっちに向けないでくださいっスーーー!!」
泣き面と土下座で必死に許しを請う姿を見て、ようやくシェザが弓を下ろした。
彼女が一人でぶつぶつ言っている間にさっさと逃げておけばよかったとスナッチャーたちは全力で後悔した。
「そう言えばアンタたち何者なの?」
「へ?」
今更興味を向けられてスナッチャーたちがきょとんとする。
「俺たちっスか? スナッチャー盗賊団っス」
「ふーん」
聞いておいて興味が無さそうだ。
「あっ、よかったら姐さんもどうっスか? 団員に」
「ちょっと何言ってるんスか団長、女人禁制って規則作ったのはあんたっスよ」
「いやしかしこの姐さんは男以上の腕っ節の持ち主で」
「言われてみればそうっスね」
「どうっスか姐さん、スナッチャー盗賊団の一味に!」
カッ――― ドォン―――!!
深夜のブリッジヘッドに二度目の雷が落ちた。
今度は感電だけでは済まず黒焦げになったスナッチャーたちの目に、雷神の槍を構えた鬼が映っていたという。
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なかがき。
ギルドの面々はジェングの加入しているEDENの方たちがモデルです。
でもモデルであって個人そのものではないのでほぼオリキャラ化してしまいました。誰が誰かは私のみぞ知る(殴
モデルとなった方のイメージを損なわないようになるべくセリフとかは出したくなかったのですが、結局そうもいかずみんな好き勝手に喋らせてしまいました。
こうなったら一人一人に名前をつけて………や、やめときます。
