こんにちは😊

ご無沙汰してましたが枕草子の続きです。


補足①

時の関白であり定子の父親である藤原道隆が出てきます。道隆の弟が藤原道長。有名なのは道長の方ですが実は道長は関白ではなく摂政止まりでした。

(摂政と関白はほぼ同列です。違いは摂政は天皇が病気又は幼い、などの条件が必要。関白は条件が必要なし、いつでも権力を発動出来ます)


一条天皇は道長を嫌い、摂政にすらしたくなくて、ためらっていた。けれど実力は認める。そこへ母親が必死に頼みこんできたので仕方なく渋々摂政にしたそうです。道長は道隆を見習っており、やり方は似ているのです。それなのに何故道隆は問題なし、道長は嫌なのか?それは一条天皇が道長を憎んでいたのが一番の理由だと推測されています。道長は一条天皇が愛する定子に嫌がらせを重ね、虐めました。その定子を必死に守ったのは一条天皇でした。


今回は出てきませんが、気の毒でならないのは定子は自身に降りかかる悲運を嘆かずに受け入れて冗談で笑い飛ばしているところ。枕草子に悲劇は描かれていません。清少納言は陰惨を書かなかったことで、定子のあり様を表現しているようにも感じるのです。単に風景・風俗描写が優れているだけではなく、枕草子が「おかしの文学」と言われる所以はそこにもある気が、私はします。


補足②

『清少納言』は彼女の名ではありません。『清』は歌人として有名であった父に因んで『清』、役職は少納言ですらありません。単なるあだ名・呼び名でした。彼女については名前がわからないのです。



第三十四段

菩提という寺で結縁(けちえん/仏と縁を結ぶ)の八講をするので参詣したのに、ある人が「すぐに帰って来てください。とても寂しい」 と言ってきたので、蓮の葉の裏に『もとめても かかる蓮の 露をおきて 憂き世にまたは 帰るものかは (望んでも濡れたい蓮の露を捨てて どうして嫌な俗世に二度と帰るものですか)』 と書いて送った。本当にとても尊くしみじみ心打たれ、今はそのままお寺にいたいと思ったから、家族の人のじれったさも忘れてしまいそう。 


第三十五段

小白川(こしらかわ)という所は、小一条の大将藤原済時(なりとき)殿のお邸である。そこで上達部が結縁の法華八講をなさる。世の中の人は、それがとても素晴らしので「遅く来るようならば牛車を立てる(駐車する)ことができない」 と言うので朝露が置くとともに起きて行くと、なるほど隙間がなかった。轅の上に、後の車の車台を重ねている。車三台くらいはお説教の声も少しは聞こえるだろう。


六月十日過ぎで暑いことといったら例がないほど。池の蓮を見るだけで、とても涼しい気がする。 左右の大臣達の他にはお越しにならない上達部はいない。二藍の指貫、直衣、薄青色の帷子などを透かしていらっしゃる。少しお年のお方は青鈍の指貫に白い袴で、とても涼しそうである。藤原佐理(すけまさ/三蹟の一人)の宰相なども皆若々しく、全て尊いことは限りなく素晴らしい見物である。廂の間の御簾を高く上げて、下長押の上に、上達部は奥を向いて長々と並んで座っていらっしゃる。その次の座には殿上人、若い君達(きんだち)が、狩装束、直衣など。とても風情がありじっと座っていないであちこち歩き回っているのも、とてもおもしろい。


実方(さねかた)の兵衛佐(ひょうえのすけ)、長命の侍従などは小一条の一門の方なので、多少は出入りに慣れている。まだ元服前の君たちなども、とても可愛らしい様子でいらっしゃる。 少し日が高くなった頃に、三位中将、今の関白殿(藤原道隆)をそう申し上げたのだが、その三位中将が、唐綾の薄物の二藍色の直衣、二藍の織物の指貫、濃い蘇芳色の下袴に、糊張りした白絹の単衣のとても鮮やかなのをお召しになって歩いて入っていらっしゃるのは、あれほど軽やかで涼しそうな方々の中で、暑苦しい感じがするはずなのに実にご立派なお姿に見える。朴(ほお)、塗骨(ぬりぼね)など、扇の骨は違うけれど、皆が同じ赤い紙の扇を使って持っていらっしゃるのは、撫子がいっぱい咲いているのにとてもよく似ている。 


まだ講師も高座に登らないうちは、懸盤(お膳)を出して、何だろう、何かを召し上がっているようだ。義懐(よしちか)の中納言のご様子が、いつもより勝っていらっしゃるのはこの上ない。色合いが華やかで、とてもつやがあり鮮やかなので、どれがどうと優劣がつけがたい貴人たちの中にあって、この人はただ直衣一つを着ているといったすっきりしたお姿で、絶えず女車の方を見ながら、話などをしていらっしゃる。「素敵」 と思わない人はいなかっただろう。 後から来た女車が、隙間もなかったので、池の方に寄せて立っているのを、中納言はご覧になって、実方の君に、 「口上をふさわしく伝えられそうな者を一人」 と呼ばれると、どういう人なのだろう、実方の君が選んで連れていらっしゃった。「どう言ったらいい」 と、中納言の近くにいる方たちでご相談なさって、お伝えなさる言葉は聞こえない。使いの者が大変気を使って、女車の方へ歩いて近寄って行くのを、心配しながらも、一方ではお笑いになる。車の後ろの方に寄って言っているようだ。長い間立っているので「歌でも詠むのだろうか。兵衛佐、返歌を考えておけ」などと笑って「早く返事を聞きたい」と、そこにいる人全員、歳をとった人、上達部までが皆、そちらの方を見ていらっしゃる。実際外で立っている人まで見ていたのも、おもしろかった。 


返事を聞いたのだろうか。使いの者がこちらに少し歩いて来たところで、女車から扇を差し出して呼びもどすので私は『歌などの言葉を言い間違えた時にはこのように呼び戻すだろうが、あれほど待たせて時間をかけて出来た歌は、直すべきではないのに』と思った。使いが近くに来るのも待ち遠しく「どうだった、どうだった」と誰もがお尋ねになる。使いはすぐには言わないで権中納言がおっしゃったことだから、そこへ行って勿体ぶって言う。三位中将が「早く言え。あまり趣向を凝らし過ぎて、間違えるな」とおっしゃると「この返事もまるで同じようなものです」 と言うのは聞こえる。藤大納言(とうだいなごん)は、人より特に覗いて見て「どう言っていた」 とおっしゃったようで、三位中将が「とても真っ直ぐな木を押し曲げたようです」と言われると、藤大納言はお笑いになる。皆が何となく笑う声が女車の人に聞こえたのだろうか。中納言は「それで呼び戻さなかった前は、どう言ったのだ。これが直した返事か」とお尋ねになると「長い間立っていましたが何の返事もありませんので『それでは帰ることにします』と言って帰ろうとしたのに呼ばれたので」などと申し上げる。「誰の車だろう。ご存じですか」 などと不思議がられて「さあ、歌を詠んで今度は贈ろう」 などとおっしゃっているうちに、講師が高座にあがったので皆、静かになって講師の方ばかりを見ているうちに、女車はかき消すようにいなくなってしまった。車の下簾などは、今日使い始めたばかりに見えて、濃い紫の単襲に二藍の織物、蘇芳の薄物の表着(うわぎ)などの服装で、車の後ろにも、模様を摺り出してある裳を、広げたまま垂らしたりなどしているのは『誰だろう。返事だって不十分な返事をするより、あのようなのが』と思われて、かえってとてもよい応対だと思われる。 朝座の講師清範(せいはん)は高座の上も光が満ちている気がして、とても素晴らしい。暑さでつらい上に、やりかけの仕事を今日中にしなければならないのをそのままにして『ほんの少し聞いて帰ろう』と決めていたのに、次から次へと牛車が集まり出るにも出られない。『朝の説教が終わったら何とかして出よう』と思って、後ろの車にこのことを伝えると、高座の近くに行けるのが嬉しいのだろう、すぐに車を引き出して場所をあけて私の車を出してくれるのをご覧になって、うるさいほどに年寄りの上達部までが笑って非難するのを聞きもしない答えもしないで、無理に窮屈な思いをして出て来ると、権中納言が「やあ、退クモ 亦 佳シ(しりぞくもまたよし/法華経:方便品より)だな」( 釈迦が法を説こうとした時、悟りを得たと思って五千人が座を立って退いた時の釈迦の言葉)と言って、笑っていらっしゃるのは素晴らしい。だがそれも聞いただけで暑さに慌てて出て来たので使いを通して「五千人の中にお入りにならないことはないでしょう」と申し上げて帰って来た。


八講の初日から終わる日まで、そのまま立ててある車があったが、人が近寄って来るとも思われないで全く呆れるほど絵などのように動かないで過ごしたので「珍しく、素晴らしく、奥ゆかしく、どんな人なのだろう。なんとかして知りたい」と中納言がお探しになったのを聞かれて、藤大納言などは「何が素晴らしいのだ。ひどく無愛想で無気味な者だろう」 とおっしゃったのがおもしろかった。


そうしてその月の二十日過ぎに中納言が法師になってしまわれたのは、しみじみと心に染みた。桜などが散ってしまうのも、これに比べれば普通のことだろう。「白露の 置くを待つ間の 朝顔は 見ずぞ なかなか あるべかりける(白露が置いてわずかな時間で消える朝顔なんて、かえって見ないほうがいい)」 とさえ言えないほど、ご立派なお姿に中納言は見えたものだ。 ※寛和二年(986)六月二十四日、前日の花山院の出家を追って中納言義懐は出家した。




やっと1/10くらい?進みました(笑)


昨年12月から我が家のワンコがガンを患い、2月に亡くなってしまいました。この5ヶ月は本が1冊も読めずにいます。集中できないのです。


でもね。このままじゃイカン、女がすたる😆(笑)


枕草子を楽しみにして下さるブロガーさんがスッゴイ少ないですが(笑)ちゃんと、いて下さる。


いい機会になりました。

私は救われています。

本当にありがとうございます😊



最後まで読んでいただいて本当にありがとうございました😊