古典の世界へようこそ。

お立ち寄り下さりありがとうございます😊感謝💓



第二十四段

補足①貴族の女性は顔を見せてはいけないこの時代、たとえ自分の娘でも成人したら几帳を隔てて、扇で顔を隠して会わなければならなかったそうです。

そういう時代なので、沢山の男性に会う機会が多かった宮仕えの女性は、世慣れた、はしたない女性と見られる傾向があったようです。



将来に望みもなく、ただ一途に夫にすがって、偽りの幸福にしがみついて安住しているような人はうっとうしく軽蔑したく思われる。やはり相当な身分の娘などは、宮仕えをさせて世の中の様子を見せて慣れさせる為にしばらくお仕えさせた方がよい。


宮仕えする人は軽薄で悪いと言ったり思ったりする男性は本当に憎らしい。だが男性がそう思うのも、成程そういう面があるかも知れない。宮仕えをすれば口をきくのも恐れ多い帝をはじめ、上達部、殿上人、五位、四位は言うまでもなく、女房の従者、長女(おさめ=雑用係)、御廁人(みかわようど=便所掃除)の従者、礫瓦(たびしがわら=身分の低い者)など宮仕えする人がそういう人に会って恥ずかしがって隠れたりしたことが、いつあっただろう。


男達は宮仕えする女ほどに色々な人に会うことはないだろう。宮中にお仕えしている限り、やはり色々な人に会う。「○○の上(奥様)」などと呼んで大切にするのに「宮仕えをしたから(人に顔を知られているせいで)奥ゆかしくない」と思われるのも、もっともかも知れないが、それでも宮中の典侍(ないしさのすけ)などと言って、時々参内して賀茂祭の使いなどで行列に加わったり出来るのは実に名誉なことである。そうした役目を果たしながらも、家庭におさまっているのは、尚更素晴らしい。受領が何かを差し出す時に、宮仕えした人ならば田舎者丸出しにして、わからないことなどをあれこれ人に尋ねたりはしない。(そういった意味で)奥ゆかしいものだ。



第二十五段

期待外れでがっかりする、興ざめなもの。 昼に吠える犬。時期ではない春に仕掛けてある網代。三、四月に着る紅梅の着物。牛が死んだ牛飼。赤ん坊が亡くなった産屋。火をおこさない角火鉢や囲炉裏。学者が女子ばかり生ませていること(学者は男子しか継げないから)。方違え(災いを避ける為に普段と方角を変える)に行ったのに、もてなしてくれない所。ましてそれが節分の時だったら本当に興ざめ。


地方から送ってきた手紙に贈り物がついてないもの。

京からの手紙でさえもそう思うかもしれないが、知りたいことを書き集め、世間の出来事などを聞けるのだから、この場合は手紙だけで十分。


特に綺麗に書いた手紙を人に持たせ『今はもう、あの手紙の返事を持ってこちらへ向かっているだろうか?妙に遅い』と待っていると、渡した手紙を、正式の書状でも略式の結び文でも、ひどく汚らしく扱って毛羽立たせて、結び目の上に引いた墨なども消えて「いらっしゃいませんでした」或いは「物忌みで受け取ってくれません」と言って持って帰って来られるのは、ひどくがっかりして興ざめである。


また、必ず来るはずの人の所に車を迎えにやって待っていると、来る音がするので「来たかしら」と人々が外へ出て見ると、車を車庫に引き入れて轅(ながえ)をポンと打ち下ろすので「どうしたの?」と尋ねると「今日はよそにお出かけでお越しになりません」 とぼそっと言って牛だけを外して行ってしまう。または家に迎えている婿君が来なくなったりするなどは、ひどく興ざめ。相当な身分で宮仕えする女に婿を取られて『恥ずかしい』と思っているのも、ひどくつまらない。


赤ん坊の乳母が「ほんのちょっと」と言って出かけたので、何とかあやして「早く帰って来て」と声を掛けたのに、「今夜は帰れません」と返事をしてくるのは興ざめどころか、とても憎らしく耐えがたい。こういう女を迎える男は尚更どんな気がするだろう。


人を待つ女の家で、夜が更けてからそっと門を叩く音がして、胸を少しドキリとさせて人をやって「誰?」と尋ねさせると、(思っていた人ではない)別のつまらない男が名乗ったのは、全く興ざめなどという言葉ではとても言い尽くせない。


修験者が物の怪を調伏(ちょうぶく)しようと、大変得意顔で数珠などを持たせて、蝉のような声を絞り出して経を読んで座っているけれど、物の怪は少しも去る様子がない。男も女も家の者が集まって『変だな』と思いながらも祈っているのに、修験者は二時間も読み続けて疲れたのか「まったく効かない。立ってしまえ」 と言って数珠を取り返して「ああ、全然効かないな」と言って額から上に頭を撫で上げてあくびをし、誰より先に物に寄りかかって寝てまった。『たまらなく眠い』と思っている人を、それほど親しいとも思えない人が揺り起こして無理に話しかけるのも無粋か。いずれにしても本当に興ざめである。


除目(じもく=官吏任命式)で官職を得ることができなかった人の家で「今年は必ず」と聞いて、以前仕えていた者達で、あちこちよそに行った者や、田舎めいた所に住む者達が、出入りする牛車の隙間がないほど皆集まった。


任官祈願の参詣のお供に「私も私も」とついて行き、ご馳走を食べたり酒を飲んだりと大騒ぎして待っているのに、除目が終わる三日目の夜明けになっても門を叩く音がしない。『おかしいな』などと耳をすまして待っていたが、先払いの声などがして、上達部など皆が宮中を退出してしまわれた。


除目の様子を聞く為に出掛けて、前夜から寒がって震えていた下男がとても憂鬱そうにこちらへ歩いて来た。下男を見た者達は(その様子を見て)「どうだった?」と尋ねることさえできない。よそから来た者などが「殿は何になられたのですか?」と尋ねると「何々の国の前の国司ですよ」 などと必ず答える。


吉報を本当に頼りにしていた者は『あまりにも情けない』と思った。隙間なくいた者達が、翌朝になって一人二人とすべるように出て行く。古くから仕えている者達で、そうあっさりと離れることのできない者は、来年の国司交替がある国々を指折り数えたりして、殿が任官できるかどうか不安そうに歩き回っている。おかしくてならない、まさに興ざめである。


『まあまあよく詠めたな』と思う歌をある人に送ったのに返歌をしない。すでに(別の人に)恋をしている人なら返歌が来なくても仕方がないが。それにしても季節の風情がある時に贈った手紙に返歌をしないのは『こちらが思っていたよりも劣った人』と思ってしまう。


時勢に合って忙しく栄えている人の所に、時代遅れの古めかしい人が、自分はすることもなく暇だからと昔を思い出して、どうということのない歌を詠んで寄越したり、儀式用の扇を『特別なんだから』と思って情趣がわかる人に渡しておいたのに、その日になって思いもしない絵など描いて渡されたり、出産の祝宴や旅立ちの餞別などの使いに行ってご祝儀を与えない。ちょっとした薬玉や卯槌などを持って歩く者などにもやはり必ず与えるべきなのに。思いもしなかったのにもらうのは『使いのしがいがあった』と思うに違いない。『これは必ず祝儀がもらえる使い』と思ってワクワクして行ったのに、もらえないのは特に興ざめ。 


婿を迎えて四、五年も産屋の騒ぎがしない家も、ものすごくがっかりする。成人した子供が沢山いて、最悪の場合は孫なども這い回っていそうな年輩の親同士が昼寝している。そばにいる子供の気持ちとしても、親が昼寝している間は頼ることができなくて興ざめ。


大晦日の夜に寝て起きて、すぐに浴びる湯は興ざめどころか腹立たしくなるほど。大晦日の長雨。こういうのを「一日ほどの精進潔斎(しょうじんけっさい=飲食を慎んで修行して心身を清める)」 と言うのだろう。



最後まで読んでいただいて本当にありがとうございました😊お疲れ様でした😢💦