原発事故 残留汚染の危険性/武田 邦彦

¥1,050
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私も何かを煽ろうとするつもりは一切ない。ただ事実を知った上で、自分なりに納得して生きて行きたいのだ。一度しかない自分の人生だから、「だまされた」などと、誰か他人を恨んで死んでいくような人生などゴメンなのである。それに、我々一人ひとりは次の世代への責任はしっかりと果たさなければならないと思っている。いろいろな意味で、醜い大人に出会って、こんな大人にはなりたくない!と思いながら生きて来た。それは自分の一生を通じて貫きたいことである。もちろん、その一個人としての「責任」を充分果たしているかどうかは分からない。つらい想いもしたくないし、暗くなるような話を書きたくもない。ただ、避けて通れないものだから、今、このような状況にいる。
この本を今日読み始めた。武田邦彦氏の考え方は彼のHPで毎日のように読んでいる。
武田邦彦(中部大学)
http://takedanet.com/
HPで読むのと本で読むのは、気持ちとしてはかなり違うように、私は感じている。本に書くことは実に重いことであるからだ。HPはリアルタイムで読める便利なもの。速度が重要である。本は一生残るもの。慎重さが重要だ。HPは消し去ることもできるが、本は出版されたら消し去ることはできない。だから、責任重大だ。活字になることの怖さは、何か文章を書いて活字にしたことがある人であれば、誰でも深く納得することであろう。
この本の副題には「われわれの健康は守られるのか」と書いてある。そう、これが私の最大の関心事だ。それに本の帯には、「なぜ国は本当のことを公表しないのか!」とある。なぜであろうか? それも知りたい。知りたいことがたくさんある。そして、日本国民が「事実を知りたくない」という理由も知りたい。みんな知りたくないと思っているように私は思う。ちょっと怖いのは、「知らなければ自分には責任がない」と思っているからではないか?という疑念である。それが事実ではないことを願いたい。
この本の冒頭に次のような指摘がある。
(引用)
この事故が日本人にもたらすもっとも大きな災厄は、「残留放射線」で汚染された日本国土とそこに住まなければならない日本人なのです
(引用終わり)
この「残留放射線」の問題は今あたかも解決されたかのように世の中では扱われているような気がしてならない。隠されれば隠されるほど対処方法がなくなる。「一億玉砕」を謳った先の戦争にも似てくる。
また、今回の地震と津波が「想定外」というウソも平気でまかり通る状況があり、東電も政府もそれを理由に責任逃れモードに終始しているように思う。私は実家が津波で全く存在しない状況になった一人であるが(実に悲しいことであるし、つらいことではあるが)、自然災害は仕方がないことと思っている。備えが充分でなかったことも仕方がない。ただ、これが原発事故となると、話は全く別物である。公害をまき散らしたら、それはそのまき散らした本人が責任を取るのはいわば常識かと思う。そして、その責任が取れないぐらい甚大であることは、広瀬隆氏などが指摘しているように、最初から分かっていたことである。その上で行われた原子力政策なのである。
この本の第一章で指摘されている通り、明治三陸地震のときの津波の記録では、15Mから38M程度であったことが分かっており、今回も、全然、「想定外」ではあり得ない。民間人にとって想定外であっても、原発関係者にとっては、その危険性が何度となく指摘されてきた上のことであるから、「想定外」などという言葉は一切使うことは許されないはずだ。
また、これほど多量な放射性物質をまき散らしてしまった状況では、「風評被害」という言葉もふさわしくない。汚染されたものを避けようとするのは、「健康」とか「安全」という感覚が少しでもある人であれば、当たり前のことである。基準値を変えて、安全だから、後は「風評被害」と述べることは誤魔化しに過ぎない。「ある程度汚染されてしまったけど、この程度なら私は食べる」という選択は一切できなくなる。つまり、どれも不安で食べられないとしても、その「風評被害」を作り出しているのは、基準を変えて問題なし、とした政府のやり方なのである。こうして、国民は犠牲になる。そもそも汚染を作り出した人がその地をキレイにして、また、大丈夫だと住民が納得するまで責任を全うするのが当たり前のことではないだろうか? その覚悟がなくて、原発を運営していたとしたら、「どのような人間」なのか?!
武田氏は福島原発が「地震も津波も普通のものだったのに、壊れた」と述べている。日々、東電や政府が「認め始めた事実」を見れば分かるように、国民に対して、誠実に事実を提供しようという「良心」が感じられないことが分かる。我々はどれだけバカにされれば済むのだろうか?という気になってくる。
この本を読み出したばかりだが、ちょっと立ち止まって思ったことを書いてみた。また、読み進めてから感想を書きたいと思う。

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私も何かを煽ろうとするつもりは一切ない。ただ事実を知った上で、自分なりに納得して生きて行きたいのだ。一度しかない自分の人生だから、「だまされた」などと、誰か他人を恨んで死んでいくような人生などゴメンなのである。それに、我々一人ひとりは次の世代への責任はしっかりと果たさなければならないと思っている。いろいろな意味で、醜い大人に出会って、こんな大人にはなりたくない!と思いながら生きて来た。それは自分の一生を通じて貫きたいことである。もちろん、その一個人としての「責任」を充分果たしているかどうかは分からない。つらい想いもしたくないし、暗くなるような話を書きたくもない。ただ、避けて通れないものだから、今、このような状況にいる。
この本を今日読み始めた。武田邦彦氏の考え方は彼のHPで毎日のように読んでいる。
武田邦彦(中部大学)
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HPで読むのと本で読むのは、気持ちとしてはかなり違うように、私は感じている。本に書くことは実に重いことであるからだ。HPはリアルタイムで読める便利なもの。速度が重要である。本は一生残るもの。慎重さが重要だ。HPは消し去ることもできるが、本は出版されたら消し去ることはできない。だから、責任重大だ。活字になることの怖さは、何か文章を書いて活字にしたことがある人であれば、誰でも深く納得することであろう。
この本の副題には「われわれの健康は守られるのか」と書いてある。そう、これが私の最大の関心事だ。それに本の帯には、「なぜ国は本当のことを公表しないのか!」とある。なぜであろうか? それも知りたい。知りたいことがたくさんある。そして、日本国民が「事実を知りたくない」という理由も知りたい。みんな知りたくないと思っているように私は思う。ちょっと怖いのは、「知らなければ自分には責任がない」と思っているからではないか?という疑念である。それが事実ではないことを願いたい。
この本の冒頭に次のような指摘がある。
(引用)
この事故が日本人にもたらすもっとも大きな災厄は、「残留放射線」で汚染された日本国土とそこに住まなければならない日本人なのです
(引用終わり)
この「残留放射線」の問題は今あたかも解決されたかのように世の中では扱われているような気がしてならない。隠されれば隠されるほど対処方法がなくなる。「一億玉砕」を謳った先の戦争にも似てくる。
また、今回の地震と津波が「想定外」というウソも平気でまかり通る状況があり、東電も政府もそれを理由に責任逃れモードに終始しているように思う。私は実家が津波で全く存在しない状況になった一人であるが(実に悲しいことであるし、つらいことではあるが)、自然災害は仕方がないことと思っている。備えが充分でなかったことも仕方がない。ただ、これが原発事故となると、話は全く別物である。公害をまき散らしたら、それはそのまき散らした本人が責任を取るのはいわば常識かと思う。そして、その責任が取れないぐらい甚大であることは、広瀬隆氏などが指摘しているように、最初から分かっていたことである。その上で行われた原子力政策なのである。
この本の第一章で指摘されている通り、明治三陸地震のときの津波の記録では、15Mから38M程度であったことが分かっており、今回も、全然、「想定外」ではあり得ない。民間人にとって想定外であっても、原発関係者にとっては、その危険性が何度となく指摘されてきた上のことであるから、「想定外」などという言葉は一切使うことは許されないはずだ。
また、これほど多量な放射性物質をまき散らしてしまった状況では、「風評被害」という言葉もふさわしくない。汚染されたものを避けようとするのは、「健康」とか「安全」という感覚が少しでもある人であれば、当たり前のことである。基準値を変えて、安全だから、後は「風評被害」と述べることは誤魔化しに過ぎない。「ある程度汚染されてしまったけど、この程度なら私は食べる」という選択は一切できなくなる。つまり、どれも不安で食べられないとしても、その「風評被害」を作り出しているのは、基準を変えて問題なし、とした政府のやり方なのである。こうして、国民は犠牲になる。そもそも汚染を作り出した人がその地をキレイにして、また、大丈夫だと住民が納得するまで責任を全うするのが当たり前のことではないだろうか? その覚悟がなくて、原発を運営していたとしたら、「どのような人間」なのか?!
武田氏は福島原発が「地震も津波も普通のものだったのに、壊れた」と述べている。日々、東電や政府が「認め始めた事実」を見れば分かるように、国民に対して、誠実に事実を提供しようという「良心」が感じられないことが分かる。我々はどれだけバカにされれば済むのだろうか?という気になってくる。
この本を読み出したばかりだが、ちょっと立ち止まって思ったことを書いてみた。また、読み進めてから感想を書きたいと思う。