シュバキアをみるたびに、私は1人のベルベル人女性Fatima(ファティマ)を思い出します。
私が初めてモロッコでラマダン時期を過ごしたのは 約15年前でした。
当時住んでいたお隣の奥様がファティマです。
ファティマは料理が得意で、親戚の女の子や近所の女性が家に集まって、よく一緒に料理をしていました。
教えているようでもありました。
パンのこね方を教えてもらいました。
クスクスの作り方もみせてもらいました。
もちろん、手作りです。
シナモンだって、枝を石臼で砕いて、ふるいにかけて粉にするところまで、彼女は手作業で自分でやっていました。
私が初めて食べたシュバキアも、ファティマが近所の女性達と一緒に作ったものです。
生地を油であげる時には、私も日本から持ってきたさいばしを登場させた記憶があります。
ゴマの風味があり、ほんとうに美味しかった・・・・
スークで売られているシュバキアを「すごく美味しい」と、思ったことはありません。あのシュバキアと比べてしまうからです。
ファティマのシュバキアが食べたい・・・・。
ファティマの作ったハリラスープも最高でした。
ファティマは「共通言語なしに通じ合うことができる」ことを実感させてくれた人です。
中学生ぐらいの女の子。
小学生ぐらいの男の子。
まだ言葉をしゃべれない男の赤ちゃんがいました。
ファティマの親戚の女の子や近所のお友達と一緒にスークへでかけたこともあります。
夫と一緒に行くより安くモノが買えました。
みんなでインドのビデオを観たことがあります。
モロッコで(他は知らない)インドのビデオや映画、テレビと言えば歌に踊りです。
観ながら踊りだす私たちを見てファティマは大笑いしていました。
*ファティマは私とほぼ同じ年齢でした。
私が日本へ帰国することを決めたとき、ベルベル人女性が結婚式(参加)に着るカフタンという、衣装をプレゼントしてくれました。
ファティマがよく言っていた言葉
「○○ ○○ ○○(子供達の名)も
私も
ガーネット(ホントは私の本名)も
みんな みんな 一緒、 同じよ。 」
私が日本に帰国した約3年後ファティマは亡くなりました。
そのニュースを聞いたときは、
「死は肉体という衣を脱ぎ捨てて、別の世界に移行するだけ」
という さんざん読んだり聞いたりし、理解してたつもりの言葉もすっかり忘れ、ポロポロ涙がこぼれました。
時は流れ・・・
風水の本の「使わないモノ、古いモノは気のエネルギーを滞らせる」という文に影響されファティマからいただいたカフタンも思い切って処分してしまいました。
でも、色(明るい水色)も 形もデザインも、そして何よりファティマの暖かさも私の中にはちゃんと残っています。
今でも
シュバキアをみるたびに、あの頃の事、彼女の事を思い出し、
私はひとり、心の中でつぶやきます。
ファティマ・・・・・

ファティマ・・・・・

シュバキアの画像がないので
ファティマハンドの ピヤスで ごめんなさい
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