ある年の十二月二十三日―――。
攘夷戦争の真っ只中だと言うのに、妙に浮ついた空気が漂っているのは、祭り好きな輩が集まっているせいなのだろう。
非番の連中は朝っぱらから、今夜から、明日の夜半にかけて行われる盛大なパーティーの準備に勤しんでいる。
「女だから」と言う理由で戦には参加させてもらえず、常に宿舎で待機させられている私も当然、皆と一緒にパーティーへ向けてせっせと準備をしているところだった。
料理の下準備も終わり片づけを手伝っていると、部屋の片隅に置かれた写真に目が留まった。
柔らかい笑顔を浮かべた髪の長い男性。
私はこの人の事をあまりよくは知らない。
もちろん、会ったこともない。
ここに来てすぐの頃、銀ちゃんが言っていた。
「俺たちの先生だ。」と。
それ以上のことまで突っ込んで聞くのは、何となく空気を読んでやめておいた。
後にヅラが教えてくれた話によると、先生は既に亡くなっているのだとか・・・
この戦で負傷し、そのまま帰らぬ人となってしまったんだそうだ。
ここに集まっている連中は門下生ばかりで、皆、先生の仇を討ちたいと思っているみたいだった。
私以外で、唯一先生の門下じゃないのは、土佐から来た辰馬だけ。
彼がどうしてここにいるのか、詳しい事情までは知らないが、流れ歩いているうちに辿り着いたのだと本人からは聞いている。
ここの連中が気に入って、留まる事を決めたらしい。
そして、私がここへ来たのは・・・数年前の話。
小さい頃から剣術の修行をしてきたため、その辺の男より腕っ節は強かった。
だけど、さすがに二対一では分が悪く・・・天人に捕らえられた私は、縄をかけられズルズルと引き摺られながら奴らの船へと乗せられそうになっていた。
そこに運良く現れてくれたのが、“白夜叉”の異名を持つ銀ちゃん。
白夜叉と言う名を耳にしたことぐらいはあったのだけれど、まさかこんなに若い人だったとは・・・と驚いたのを覚えている。
それでも、その名がダテじゃないというのは、戦いっぷりを見ていれば一目瞭然だった。
無事に救出され、行く宛てのない私はここへと連れて来られた。
炊事・洗濯・掃除・・・と、まるで家政婦のような扱いに最初は文句を言っていたけど、ヅラや辰馬に諭されて了承することとなった。
今ではすっかりその生活にも慣れ、家政婦と言うよりは寮母のような感じになっている。
「コラ。何遊んでんの!いつまでたっても準備終わんないでしょ!」
写真に目を奪われている間に、周りで飾り付けをしていた連中が、いつの間にか遊び始めていた。
「ほらほら。皆が帰ってくる前に終わらせるよー!」
そのかけ声で、皆は再び作業へと戻るのだった。
夕方になり、戦に出向いていた面子が帰ってきた。
「お疲れ様!お風呂沸いてるよー。」
泥だらけで、至るところに返り血を浴びたままの姿で、続々と風呂場へと向かっていく。
「あーあ。今日も疲れた疲れた。」
「あ、銀ちゃんお疲れ様ー。っと、ヅラお帰りー!」
「ヅラじゃない桂だ。・・・ただいま。この様子じゃ、風呂は混んでいる様だな。」
「あぁ、そうかも。」
「あはははは!そげなこと気にせんと、入ってしまえばこっちのモンじゃ!」
「お、辰馬もお帰り!」
「ただいま。ホレホレ、さっさと入ってパーティーじゃパーティー!」
「馬鹿!くっつくんじゃねぇよ、辰馬!」
「あはは。・・・アレ?晋助は?」
「お?さっきまで後ろにおったと思ったんじゃがのう。」
「アイツはどうせアソコだろ。」
そう言って、広間を顎で指したヅラを見て納得した。
「あ・・・そっか。」
「毎日毎日、ご苦労なこった。」
「とか何とか言って、おまんもやっちゅうじゃろうが。」
「あ?俺はアレだよ?あの、人を見透かしたような顔に文句言ってんの。」
「まぁ、そう言うことにしておいてやろうかの。」
「っるせぇな。そう言うことも何も、その通り・・・」
「あー、はいはい。わかったから、早くお風呂入っといでって。」
「そうだな。さ、行くぞ銀時。」
「オイ!人の話聞け・・・」
「あはははは!行くぜよー!」
そのままじゃれ合いながら、三人も風呂場へと向かっていった。
「・・・よし。向こうにも声かけるか。」
私は晋助の元へと向かうことにした。
思った通り、先生の写真の前に立っていた晋助に、後ろからソッと声をかける。
「お疲れ様。」
「・・・あぁ。」
「皆、お風呂行っちゃったよ。」
「そうか。」
目を合わせずにその場を立ち去ろうとする腕を、グッと掴んだ。
「つっ・・・!」
「・・・やっぱり。怪我してんでしょ。」
「・・・大したことねぇよ。」
「はいはい。晋助の大したことないは当てになりませんから。ほら、見せて。」
「いい。」
「いいから!」
袖を捲り上げると、刀でつけられたであろう傷から血が流れていた。
「もー・・・止血くらいしなよ。」
「・・・・・・」
「ひ弱な晋ちゃんは、すーぐ貧血起こすんだから。」
「っ誰がひ弱だ!つーか、その呼び方すんなつっただろ!」
「それだけ元気なら大丈夫かな。ほら、早くお風呂入って傷口キレイにしといでー。」
「ちっ。」
「ふふ。あ、上がったら手当てするから教えてね。」
「・・・・・・」
「晋ちゃん、返事は?」
「・・・ああ!わかったよ!」
不機嫌そうに部屋を出て行く晋助を見送った後、救急箱の用意をして食事の支度を手伝いに行った。
「じゃ、準備はいいがか?・・・メリークリスマース!」
お酒の入った杯を掲げ、一斉に辰馬に続く。
「メリークリスマース!」
「・・・つーか、何でお前が仕切ってんだよ。」
「あははは!こういう時はワシの出番じゃろ。」
「んでだよ!しかも、まだクリスマスじゃねぇし。」
「まぁまぁ。もうやっちゃったんだからいいじゃん!細かい事は気にしない!ほら、喧嘩しないで仲良く!・・・ね?」
皆が思い思いに食べたり飲んだりを楽しんでいる中、相変わらず仏頂面をしていたのは晋助だった。
「もうちょっと楽しそうな顔出来ないかなぁー。」
「・・・高杉か。アイツには無理だな。」
「逆に、アイツが楽しそうに笑ってたら気持ち悪ぃしな。」
「それはそうだけどさぁ・・・」
「ま、アイツはアイツなりに楽しんどるんじゃろう。」
「かなぁ?・・・でもさ、せめてコッチくればいいのに。」
「よし。俺が連れてこよう。」
「やめとけよ、ヅラ。来る訳ねぇって。」
「いや。俺に考えがある。」
そう言って立ち上がり、部屋の端にいた晋助の元へと向かう。
「考えって何だろ?」
「アイツのことだから、ロクなモンじゃねぇと思うけどな。」
その直後にヅラは晋助を連れて戻ってきた。
「ほぇぇ・・・晋助がヅラの言うこと聞くなんて珍しいね?」
「ふっ。俺の手にかかればざっとこんなもんだ。」
「・・・で、いつやるんだ?」
「・・・やるって何を?」
「飲み比べして、勝った奴が何でも言うこと聞かせられるんだろ?」
「・・・は?何それ?」
「おー、面白そうじゃのう!その話、ワシも乗った!」
「じゃ、俺も参加すっか。」
「メンバーは、俺と高杉と坂本と銀時・・・でいいか?」
四人の視線が一気にコッチへと向けられる。
「え・・・何この空気読めみたいな流れ。・・・・・・あーあー、わかりました!参加すればいいんでしょ!」
ニヤリと笑った四人の顔に、「意地でも勝ってやる!」と思ったのだった。
~To be continued~