高杉くん誕生日記念小説 【Moon Phase ―朔― 】 の続編です。
Moon Phase ―弦―
あれから1ヶ月。
あの猫は、動き回れるほどにまで回復した。
病院が休みの日以外は、毎日顔を出していたものの・・・
その子が懐いてくれる事はなかった。
自分だけじゃなく、世話をしてくれる看護士さんまで近づくのを拒むほどだった。
それはきっと、仕方のない事・・・
人間だけじゃなく、コタローでさえ傍に行くと威嚇する。
人見知り・・・と言うか、猫見知りもするのかもしれない。
でも、元気になってくれた事だけでも嬉しかった。
まだまだ残暑の厳しい8月10日。
通院の必要はあるが、やっと退院の許可が出たので
コタローと2人、あの子を迎えに行く事になった。
薬や消毒の事についての説明があるから、閉院後に来てほしいとの事だった。
買い物を済ませ一旦家に戻った後、迎え用のキャリーバッグを持ち再び家を出た。
隣を歩くコタローは、どことなく嬉しそうに見えた。
「今日から家族が1人増えるね!」
「ニャァ♪」
鳴き声からして、やっぱりコタローも喜んでいるみたいだ。
病院に着き、扉を開けると・・・
「ニ゙ャァァァァァ!」
と言う鳴き声と共に、何かが倒れる音が聞こえた。
驚いて立ち竦む自分に気がついた看護士さんが声をかけてきた。
「あ、お迎えですね。少し待っててください。」
「あの・・・」
「はい?」
「この鳴き声って、もしかして・・・」
「あ・・・はい。実は・・・」
看護士さんからの説明によると、さっきの鳴き声はあの子のものだった。
どうやら、エリザベスカラーをつけることをすごく嫌がっているらしい。
つけようとする度に逃げ回るので、もう1時間近くこの状態なんだそうだ。
以前、コタローが怪我をしていた時にもつけていたので、エリザベスカラーがどんなものなのかは理解している。
確かに、お世辞にも見た目がいいとは言えないし・・・
第一、すごく動きにくいとは思う。
だけど傷口を触らないようにするために、つけなくてはならないものだ。
コタローは気にしてなかったのか、気に入っていたのか・・・
大人しくつけさせていたんだけど、やっぱり嫌がる子もいるんだ。
通された診察室で待っている間も、看護士さんとの格闘の声が聞こえていた。
「お待たせしました。」
エリザベスカラーをつけられた仏頂面の猫を抱いて現れた先生の手には、たくさんの痛々しい傷痕がついていた。
「いえ・・・・・・あの、大丈夫ですか?」
「ははは・・・ええ、大丈夫ですよ。」
苦笑いを浮かべる先生につられて、自分まで苦笑いになってしまう。
「何だか、すごく嫌がってますね。」
「たまにいるんですよ。頑なにこれをつけたがらない子が。」
「そうなんですか・・・」
喉を撫でようと伸ばした手に、威嚇の声と猫パンチをくらった。
「痛っ・・・!」
「大丈夫ですか?」
「あ、はい。全然。」
「人間不信と、人見知り。おまけにこんなものまでつけられちゃったので、かなり不機嫌みたいです。」
「あはは。ほんとにすごい仏頂面してますね。」
「あの・・・本当に大丈夫ですか?」
「え・・・?」
「この子の事、受け入れてあげられますか?」
「・・・正直、不安な事はたくさんあります。猫を飼ったのはコタローが初めてだったけど・・・コタローはすごく人懐こいから何も心配する事はなかったので。」
「コタロー君とこの子じゃ、正反対ですもんね。」
「はい。でも・・・この子に、人間がそんな人ばっかりだと思ってほしくないし・・・。何より、こんな可愛い子が家族になってくれる事、私もコタローもすごく嬉しいですから!」
そう言って笑った自分を見て、先生もやっと笑顔になった。
「それを聞けて安心しました。あなたが背負う必要のない罪悪感まで背負って、この子を引き取ると言ってるのではないかと思っていたので・・・」
「はは・・・そこまで責任感の強い人間じゃないですよ。“家族になりたいから引き取る”それだけの事です。」
「そうですか。・・・それじゃあ、改めて今後の事について説明しますね。」
その後、薬の事についてや通院する日についての説明を受けた。
動き回れるくらい元気になったとはいえ、まだまだ左目の怪我は完治していない。
ガーゼが貼られているから怪我の具合は見えないが、無茶をすると傷口が開いてしまうらしい。
しばらくは家の中で安静にさせておかなければならない。
先生と話している間中、コタローはずっとその子を見ていた。
その子の方は、ずっとコタローを威嚇していたみたいだったけど。
それでも、自分より先にコタローには心を許してくれるんじゃないか・・・と、そんな風に思えた。
「では、また明後日来てください。目一杯、可愛がってあげてくださいね。」
「はい。ありがとうございました!」
嫌がる仏頂面君を無理矢理バッグに入れ、コタローと3人、家路に着いた。
「今日の夜はちょっと涼しいねー。」
「ニャー」
「月も綺麗だし。」
「ンニャー」
いつものように、コタローと話しながら歩く。
その会話の中に、新しい声が交ざった。
「シャァァァァ!」
「ぷっ!まだ怒ってんの?」
バッグの中を覗き込むと、未だ仏頂面を続けるその目がこっちを睨んだ。
「折角の綺麗な顔が台無しだよー?」
「ン゙ニ゙ャァ!」
「うるさい!」とでも言いたげな鳴き声を上げ、バッグの中で暴れだす。
「ほら、傷口開いちゃうから大人しくして!・・・と、そういや名前まだ決めてなかったね?」
「ニャァ」
「何がいいかなー?コタローの名前は、風魔小太郎からとったんだよなぁ・・・。忍者みたいでカッコよくて。」
「ニャー!」
「ふふ。コタローも気に入ってるし。・・・ねぇ、お前は何がいい?」
再びバッグの覗くと、今度はフイッとそっぽを向いてしまった。
「んー・・・あ、じゃあ“ユエ”とかどうかな?」
「ニャー?」
「漢字で書くと“月”。月を中国語でユエって読むの。・・・どう?」
「・・・・・・」
答えるどころか、こっちを見ようともしない。
「お前に初めて会った日も、月がすごく綺麗だったんだよ。それに、今日も・・・ほら。綺麗な三日月でしょ?」
バッグを頭上に掲げて夜空を見渡せるようにした。
「・・・・・・」
「ニャー」
「・・・あれ?気に入らない?」
コタローもどこか不満気な声を上げていた。
「それじゃあ・・・“シン”は?」
「ニャァ♪」
「あはは。コタローは賛成?シンはね、ある地方の神話で“月の神”の名前なの。三日月がシンボルだからちょうどいいかなぁと思ったんだけど・・・」
チラッとバッグに目をやると、ほんの一瞬だけど目が合った。
「気に入ってくれた・・・みたいだね?んじゃ、シンに決まりー!」
「ニャー!」
無事に名前も決まったところで、家に着いた。
「今日からここがシンの家だよ。」
バッグから出すと、早々に部屋の隅にあるキャットタワーに登っていった。
「あ、あんまり暴れたらダメだって。」
「ニャァ」
シンに続いて、コタローも飛び跳ねながらキャットタワーを登ると・・・
「フーッ!」
コタローに対して、毛を逆立てながら威嚇をする。
「仲良くしないとダメだよー?」
コタローの方は、すぐにでも仲良くなりたそうにしているが・・・
シンは相変わらず、近づくのを拒んでいた。
それでも、しばらく一緒に暮らせば、いつの間にか仲良くなっているものだと思うので、あまり気にしない事にした。
我が家にシンが来てから1週間。
近づくだけで嫌がっていたコタローのことを、シンはどことなく受け入れ始めたように見えた。
寄り添って毛繕い・・・なんて微笑ましい光景は見られないが、威嚇をする事はなくなり、たまに一緒に寝ている場面も見られるようになった。
(やっぱり、猫同士の方が仲良くなるのは早いよね・・・)
わかってはいた事だったけれど、自分には一向に懐いてくれない事がちょっと寂しく思えた。
「コタロー!シンー!ご飯だよー。」
器を2つ並べると、喜んで駆け寄ってくるコタロー。
それに対し、自分がいる間は絶対近づかないシン。
仕方なく少し離れた位置へ移動すると、こっちの様子を探りながら餌を食べ始める。
「別にそっちに行かないから、安心して食べてていーよ。」
言っててちょっと悲しくなったが、まぁ仕方のない事。
そんな若干凹み気味の自分の所へ、餌を食べ終えたコタローが擦り寄ってきた。
「ニャァ」
「コタローはほんとに人懐こいね。」
ゴロゴロと喉を鳴らしながらじゃれてくるコタローを見てると、凹んでいたことなんてすぐに忘れてしまう。
シンの方を向くと、黙ってこっちを見つめていた。
多分、コタローが自分の近くにいることが面白くないんだろう。
「・・・シン、おいで?」
手を伸ばすと、意外にもスッと立ち上がったので来てくれるのかと思いきや・・・
無視するかのようにクルッと背を向けて、再びキャットタワーに戻ってしまった。
「く・・・別に凹んでなんてないんだから・・・」
ツンデレみたいなセリフを吐いた自分に自嘲しつつ、空の器を片付けると、椅子に座ってシンの様子を観察した。
退院の日、つけるのを散々嫌がっていたエリザベスカラー。
あれは結局、我が家に来た次の日に暴れて外してしまった。
なので、先生と相談して、ガーゼの上に包帯を巻くだけの状態にする事にした。
暴れて傷口が開いちゃ、元も子もないし・・・
特に傷口に触れる様子も見られないので、その方がよかったのかもしれない。
そして、シンの特徴。
毛色は、黒っぽい。
・・・と言っても、コタローのような真っ黒ではなく。
どちらかと言えば灰色のような、シルバーブルーの毛を纏っている。
目の色はグリーン。
ほんとは丸くて可愛い目なのに、不機嫌なのかなんなのか・・・
目つきはものすごく悪い。
すごく整った顔をしている美人さんなので、勝手にメスだと思い込んでいたが、実はオス。
黒豹のような威風堂々とした風貌のコタローに比べ、可愛げのある顔をしている分、シンの方が親しみやすくは見えるのだが、それはあくまで外見だけの話。
警戒心も人一倍強いシンは、常に周りの様子を気にしている。
怯えている訳ではなく、きっと神経質なんだと思う。
鳴き声も、まだちゃんと聞いた事はないが綺麗な声だと思った。
透き通ったような高い声で鳴くコタローとは、また違う綺麗さだ。
それなりにシンの事を理解し始めたつもりだけど・・・今自分が見ているシンは、きっとまだ一部にしか過ぎないのだと思う。
ここがシンにとって居心地のいい場所になるといいな・・・
コタローと3人で仲良く暮らせるようになるといいな・・・
2人のじゃれあう姿を見つめながら、いつか訪れてほしいその日を思い浮かべていた。
~Continued~
高杉くん誕生日記念小説 【Moon Phase ―望― 】 に続きます。