陸奥誕生日記念小説 【乃亜side】 の続編となっております。
雨のち晴れ (前編)
放課後の教室で泣いている女の子がいた。
同じクラスになった事がないから、その子の事はあまりよく知らない。
隣のクラスの副委員長で、名前は・・・乃亜さん・・・だったかな。
泣かない人間なんている訳ないけど・・・
何となく、いつも笑ってるイメージがあったから、泣いていたのは意外だった。
その時の僕は・・・何を思っていたのかな。
よくわからないけど、1つだけ言えるのは・・・
― 考えるよりも先に、身体が動いていた ―
「コレ、使ってください!」
そして、驚いた乃亜さんと目が合った時・・・ふと我に返ったんだ。
急に恥ずかしさがこみ上げてきて、逃げ出したくなった。
でも、差し出したハンカチを引っ込める訳にもいかなくて・・・
彼女の手に押し付けて、教室を飛び出した。
それから自分の教室に駆け込んで・・・今に至る。
僕にしては、何て大胆な行動をしてしまったんだろう。
何度頭を振っても、顔の火照りは治まらなかった。
(何で泣いてたのかな・・・)
気になるけど、僕が首を突っ込んでいいのかな?
きっと僕の事知らないだろうし・・・
泣いている人を放っておくなんて出来ないけど、初対面の人間にこんな事されても迷惑だったかな・・・
「おー?新八、まだいたのかー?」
「あ、先生・・・」
「用がねぇならさっさと帰れー。」
「はい。・・・・・・あ、あの!先生!」
「何だァ?」
「えっと・・・た、例えばなんですけど・・・目の前で、女の子が泣いてたら・・・先生ならどうしますか?」
「・・・そりゃ、お前アレだろ。」
ニヤリと歪んだ口元に、嫌な予感がした。
「優しく抱きしめて、熱い口付け。それから身体で慰め・・・」
「もういいです!先生に聞いた僕が間違いでした!」
やっぱり、この人に聞くんじゃなかった。
「帰ります!さようなら!」
「新八ィ。」
「何ですか!」
「お前のした事・・・間違ってないと思うぜ。」
「先生・・・」
「気をつけて帰れよー。」
背を向けて窓の外を眺めている先生に軽く頭を下げて、教室を出た。
隣の教室の前を通り、中を覗くと・・・
(あ・・・)
さすがにもう帰っていると思ったんだけど・・・
教室には、まだ彼女の姿があった。
声をかけようか迷っていると、鞄を持って立ち上がりコッチへ向かってくる。
心の準備が出来ていなかった僕は、とっさに柱の陰に隠れた。
表情はまだ曇っていたけど、涙は止まったみたいだ。
重い足取りで遠ざかって行く背中を、黙って見ている事しか出来ない。
自分の無力さにへたり込んだ時・・・轟音と閃光が走り、外が一瞬明るくなった。
(雷・・・?)
そして、ザーッと言う音と共に大粒の雨が降ってきた。
(今日、雨降るんだっけ?傘、あったかな・・・)
鞄の中を見ると、運良く折りたたみ傘が入っている。
(・・・帰ろう)
何度も光る窓の外を気にしながら、玄関へ向かった。
靴を履き替え、外に出る。
開いた傘越しに・・・彼女の姿があった。
急に振り出した夕立で、帰るに帰れないんだろう。
(このまま素通り・・・は出来ない。)
意を決して、声をかけた。
「あの・・・よかったら、入っていきませんか?」
彼女は驚いた顔でコッチを見た後、少し辛そうに笑いかけてくれた。
「ありがとう・・・えっと・・・新八くん?」
「え・・・何で僕の名前・・・」
「・・・ハンカチに、名前書いてあったから・・・」
「あ・・・」
未だに姉上は僕を子ども扱いして、持ち物に名前を書く。
(ハンカチにも名前書かれてたんだった・・・)
「コレ、洗って返すね?」
「あ、いえ・・・気にしないでください。」
「でもほら、鼻水とかついちゃってるし。」
そう言いながら、今度は申し訳なさそうに笑った。
「はは・・・じゃあ、いつでもいいですから・・・」
「うん。」
「・・・・・・」
「・・・・・・」
(き・・・気まずい・・・)
会話が途切れ、雷鳴と雨音だけが聞こえてくる。
「の・・・乃亜さんの家、近いですか?」
「あ・・・そっか。ごめんね。私の家、遠いから新八くん先に帰っていいよ?」
「この雨じゃ、しばらく帰れないんじゃ・・・」
「大丈夫大丈夫!夕立だから、そのうち止むよ。」
「でも・・・」
「大丈夫。ありがとう。」
その時見せた笑顔が、「1人にしてほしい」と言っている気がした。
だけど僕は・・・「1人にしておけない」と思ったんだ。
傘を左手で持ち、右手で彼女の手を掴んだ。
「新八くん・・・?」
「いつまでもこんなところにいたら、風邪引きますよ。」
「え・・・あ、ちょ・・・!」
慌てる彼女の言葉を無視して、2人で傘に入る。
「家まで送ります。」
「・・・・・・」
「無理しなくていいんです。僕が一緒にいますから。」
「っ・・・」
自分でも自分の行動が理解出来なかった。
泣き出してしまった彼女を・・・抱き寄せるなんて・・・
どのくらいそうしていたのか・・・
彼女が泣き止んだ頃、ちょうどよく雨も上がった。
「ごめんね。ありがとう。」
それだけ言うと、彼女は道の先へ消えていった。
残された僕は・・・いくら人通りが少ないとは言え、道の往来であんな大胆な事をしてしまった自分に、今更ながら羞恥心が湧き上がってくるのを感じた。
(あぁぁぁ・・・明日からどんな顔して会えばいいんだろう・・・)
クラスは違うから、毎日顔を合わせる事はないかもしれないけど、少なからず廊下で擦れ違う機会はある。
それに、ハンカチ返しに来るって言ってたし・・・
夕立の過ぎ去った空には綺麗な夕焼けが広がっていたけれど、僕の心は色んな想いが入り混じって複雑な天気だった。
だけど、今ここで僕がグダグダと悩んでいても仕方ない。
(彼女の心は晴れ渡っていたらいいな・・・)
そう願いながら、帰路に着くことにした。
翌日も・・・その翌日も、彼女に会う事はなかった。
心配になった僕は、コッソリ隣の教室を覗いてみる事にした。
教室を見渡しても、彼女の姿はない。
ちょうど横を通りかかったクラスの子に声をかけてみた。
「あの・・・乃亜さんいますか?」
「乃亜なら2日前から風邪で休んでるぜよ。」
「そ、そうですか・・・」
「何ぞ用でもあったがか?帰りに見舞いに行くき、伝言があるなら伝えとくぜよ。」
「いえ・・・いいです。お大事にって伝えてください。」
「あ!おんし、名前は・・・!」
声をかけられた気がしたけど、僕の頭の中はそれどころじゃなかった。
(別に、風邪くらい誰だってひくのに・・・何でこんなに気になってるんだろう?)
あの日以来、僕は少しおかしい。
授業も上の空だったり、友達と話している時でもボーっとしていたり。
そういう時に考えているのは、決まって彼女の事だった。
彼女が休んでいるから?
彼女が心配だから?
彼女が元気になったか気になるから?
僕自身、理由はよくわからない。
結局、その日も1日中まともに授業が受けられなかった。
そして、更にその翌日。
付き纏ってるみたいで気は引けたけど、やっぱり気になって教室を覗いてみる事にした。
(あ、いた・・・)
楽しそうに友達と話す彼女の姿が見えた。
風邪が治ったからって言うのもあるけど、笑顔が見られた事にちょっと安心した。
顔を合わせずらいのは相変わらずだけど・・・
とりあえず、声はかけずに自分の教室へ戻った。
元気そうな顔が見られたと言うのに、僕はまだ彼女が気になっている。
(どうしてこんなに彼女の事ばっかり・・・?)
彼女が泣いていたから?
彼女にハンカチを貸したから?
彼女にあんな恥ずかしい事をしてしまったから?
考えても答えは見つからず・・・
放課後になっても、一人教室で悶々とした時間を過ごしていた。
「・・・悩み事か?」
急に聞こえたその言葉に、慌てて声のした方へと振り向いた。
「先生・・・・・・。いえ、別に・・・」
相談しようかと思ったが、僕の気持ちを上手く表現できそうもないからやめておいた。
「最近、ずっとボーっとしてんな。」
「そんな事・・・ないです。」
「ま、別に話したくねぇなら無理にとは言わねぇけどよ。」
「・・・・・・話したくない訳じゃないです。」
「あ?」
「僕がどうしたいのかよくわかんなくて・・・何て相談したらいいのか・・・」
「・・・とりあえず、思った事を言ってみろ。聞いてやっから。」
「わかりました・・・」
この間の出来事から、今日までの僕の気持ちを簡単に話した。
もちろん、彼女の名前は伏せておいた。
あんな事をしたなんてこの先生に言ったら、きっと茶化されるんだろうと思ったけど、意外にも黙って聞いていてくれた。
そして、話し終えた僕に向かって
「お前・・・ほんとにその気持ちが何だかわかってねぇの?」
と言い放った。
「わかってないから・・・困ってるんです。」
「はぁ・・・」
「そんな、あからさまに“面倒臭い”って顔しなくても・・・」
「お前さ、そいつが好きなんだよ。」
「・・・え?」
「好きだから気になってるんだよ。」
「好き・・・?僕が・・・彼女を・・・?」
「お前は、泣いてる人間を放っておく事は出来ねぇ奴だから、ハンカチを貸したってのは・・・まぁ、優しさってもんなのかもしれねぇ。後、そいつが休んでる間気になってたのも。」
「・・・・・・」
「けどな、顔見たのに気になんのは、何とも思ってない奴にはならねぇ。」
「でも、僕は彼女の事なんて全然知らないし・・・」
「知らないからって好きにならねぇとは限らねぇだろ。一目惚れって事もある。」
「・・・・・・」
「第一、女抱きしめるなんざ好きじゃなきゃ出来ねぇよ。」
「それは・・・その・・・」
「新八。人を好きになるのは理屈じゃねぇんだ。」
「先生・・・」
「じゃあ、ここで問題です。」
「問題?」
「彼女の事が好きだとわかった新八くんは、どうしたいですか?」
「どうって・・・選択肢とかないんですか?」
「馬鹿かテメェは。」
「なっ・・・!」
「俺は、『どうするか』を聞いてるんじゃねぇ。お前が『どうしたいか』を聞いてるんだ。」
「僕が・・・どう・・・したいか・・・」
「そうだ。」
その超難問な問題に、思わず頭を抱え込みそうになった時
「あら?新ちゃん、まだ帰ってなかったの?」
部活を終えた姉上が教室に戻ってきた。
「あ、姉上。お疲れ様です。」
「なぁに?先生と2人で。何かの相談?」
「いえ・・・あの・・・」
「進路相談だよ。」
何て言おうか迷っていると、先生はそう言って立ち上がった。
「まぁ、そうだったの。邪魔しちゃったかしら?」
「いーや。もう終わったトコだ。」
「そう。じゃあ、新ちゃん一緒に帰りましょうか。」
「んじゃ、俺も職員室戻るわ。」
「あ、先生・・・」
「新八。よく考えて決めろ。お前がどうしたいか・・・だ。」
「・・・はい。ありがとうございました。」
出席簿を担ぎながら、空いた方の手をヒラヒラとさせて先生は教室から出て行った。
~続~
新八誕生日記念小説 【雨のち晴れ (後編) 】 に続きます。