新八誕生日記念小説 【雨のち晴れ (前編) 】 の続編です。
雨のち晴れ (後編)
先生と『進路相談』をしてから数日・・・
僕はまだ、先生の出した問題の答えを見つけられずにいた。
運良く・・・と言うべきなのか、あれ以来、彼女ともまだ顔を合わせていない。
もしかしたら、彼女の方も顔を合わせずらいと思っているのかもしれない。
別に逃げる気はないけど、何となく。
廊下を歩く時はビクビクしてしまっている。
(何だか・・・情けないな・・・)
昼休みで騒がしい廊下を歩きながら溜息をつき、ふと窓の外に目をやった。
(あ・・・)
屋上に彼女の姿を見つけた。
行かなきゃならない理由はない。
会わなきゃならない理由はない。
だけど・・・僕の足は自然と屋上へと向かっていた。
階段を上がり、屋上へと出るドアの前で立ち止まった。
(このドアを隔てた向こうに、乃亜さんがいる・・・)
そう思うと、急に緊張して鼓動が激しくなった。
だけど、ここまで来て引き返したくもない。
そっとドアノブに手をかけた時・・・
向こう側から賑やかな笑い声が聞こえてきた。
「あはははは!また照れちょるのう!」
「あはは!ほんと、陸奥はすぐ照れるんだから!」
「なっ・・・!別に照れてる訳じゃ・・・」
「陸奥、かぁ~わぁ~うぃ~うぃ~♪」
「乃亜!」
この笑い方は、多分坂本先生だと思う。
そして、陸奥さんは・・・確か隣のクラスの委員長。
この前話しかけた人だよね。
邪魔するのは気がひけたから、ドアは開けられずにいた。
だから、3人の話を立ち聞きしてしまう形になった。
ドアの向こうの乃亜さんは、すごく楽しそうに笑っているのに・・・
僕にはそれが無理しているように聞こえた。
「おー!そうじゃそうじゃ!この前の小テスト、返しといてほしいんじゃ。」
「おう。」
「すまんが、2人とも職員室に寄ってくれんかのう?」
「わかったぜよ。」
「あ、ごめん!私、この後ちょっと用があるから・・・」
「用?」
「うん。だから陸奥、お願いしていい?」
「わしは別にかまわんが・・・」
「ごめんね?」
「じゃあ、陸奥。行くぜよ。」
「2人っきりだからって、イチャコラしすぎて見つからないようにねー!」
「乃亜っ!!」
「あはははは!」
「あはは!後でねー!」
2人がコッチに近づいてくるのを感じて、近くの掃除用具入れの陰に隠れた。
バタンと閉まったドアの音と同時に、陸奥さんの声が聞こえてくる。
「乃亜・・・何の用なんじゃろうか・・・」
「おまんがそんなに心配しても仕方ないき。」
「じゃけど・・・!」
ポンポンとなだめる様に頭を撫でた先生は、陸奥さんの手に自分の手を絡めた。
(え・・・)
見てはいけないものを見てしまった気がして、慌てて首を引っ込める。
「こんなとこ人に見られたら・・・!」
「大丈夫じゃ!陸奥は心配性じゃのー!あはははは!」
遠ざかっていく2人の声を聞き、大きく息を吐いた。
気付かないうちに、息まで止めてしまっていたらしい。
(はぁ・・・ビックリした・・・。あの2人、そういう関係だったんだ・・・)
乃亜さんは2人の関係を知っているような感じだった。
(もしかして、あの日泣いてたのは・・・いや、考えすぎかな。)
頭を2、3回振って、またドアの前に立った。
屋上にはあの3人の他には誰もいないみたいだったから、もう乃亜さんしかいないはずだ。
用があると言っていたのに、彼女が移動する気配はない。
(どうしたんだろう・・・?)
間を隔てる薄い壁がもどかしい。
(あぁぁ・・・もう、なるようになれ!)
意を決して、再びドアノブに手をかけた。
妙に重く感じるドアを少しずつ開け、外を覗く。
だけど、そこにいるはずの彼女の姿はない。
不思議に思って、辺りを見渡してみたけど見つからない。
(あれ?屋上の出入り口ってここだけだ・・・よね?)
ただ1つしかないドアから出入りした形跡はない。
屋上にも、もちろん姿は見当たらない。
(まさか・・・!)
嫌な予感がして、正面の金網へ走った。
(いない・・・いないいない。)
結局、屋上の金網をグルっと1周してみたけど、彼女はいない。
・・・いや、もちろんいてもらっちゃ困るんだけど。
とりあえず、僕が感じた嫌な予感は外れたみたいでホッとした。
(じゃあ、どこに・・・?)
屋上を見渡しながら、尚もウロウロしていると予鈴がなった。
何故だか見つからない彼女がすごく気になったけど、これ以上探しても見つかりそうもない。
大人しく教室に戻ろうと、出入り口へ向かった時
「新八くん?」
聞きたかった声が聞こえた。
「・・・乃亜さん?」
振り返ってみたけど、姿は見えない。
「ココ、ココ。」
降り注いできた声に、上を見遣る。
「あ・・・」
彼女は出入り口の更に上に上っていた。
「そんなところにいたんですか。」と言おうとして、口をつぐんだ。
だって、探していた事がバレるのは恥ずかしかったから・・・
「もう、予鈴なっちゃいましたよ?」
「・・・うん。新八くん、早く戻んないと遅れちゃう。」
「乃亜さんは?」
「私は・・・サボりだから。」
そう言った顔が僕の目にはあまりに切なく映って・・・胸が締め付けられた。
「・・・・・・」
「ほら、あと3分で5時間目始まる。」
「・・・も。」
「え?」
「僕も・・・サボります。」
「あ、ちょ・・・!」
梯子を上り、乃亜さんの隣に座った。
「・・・いいの?」
「いいんです。」
「でも・・・」
(キーンコーンカーンコーン♪)
「もう鳴っちゃいましたし。」
「・・・あは。ほんとだ。」
チャイムが鳴り終わった後もしばらく、2人して黙り込んでしまった。
「あ、そうだ。コレ・・・」
切り出したのは乃亜さんだった。
「あ・・・」
「ありがとう。返すの遅くなってごめんね?」
「いえ・・・」
差し出されたハンカチを受け取った。
そして、またしても訪れた静寂。
だけど、不思議と嫌じゃなかった。
むしろ、心地よさを感じる。
「変なの。」
「・・・何がですか?」
「私ね、普段は沈黙が続くと気まずくて耐えられなくなるの。」
「はは・・・僕もです。」
「でも、新八くんといると・・・そんな時間も安心する。」
「えっ・・・」
「あれ?何言ってんだろ、私。あはは!気にしないでね?」
急な事に驚いた僕は、笑い返す事しか出来ずにいた。
「・・・・・・」
「・・・・・・」
「新八くんは・・・優しいんだね。」
「いえ、そんな事は・・・」
「だって、何があったか聞かないでいてくれる。」
「・・・・・・」
「新八くんには、カッコ悪いところ見せてばっかりだなぁ・・・」
そう言った彼女は・・・泣いていた。
「ほんとは・・・この前も・・・今も・・・1人になりたかったのに・・・」
「・・・・・・」
「ズルイよ・・・そんな時ばっかり強引になるの・・・」
「・・・すいません。でも・・・」
「・・・・・・」
「乃亜さんがつらい時は、僕が一緒にいますから・・・無理は・・・しないでください。」
「・・・・・・」
「一人で泣かなくてもいいんです。僕が・・・・・・僕は!あなたの泣ける場所になりたいんです!」
「新八くん・・・?」
俯いていた彼女が顔を上げた。
「あの日・・・乃亜さんの泣き顔を見た日から、僕はずっとずっと・・・乃亜さんが気になって仕方がなかったんです。」
「え・・・」
「それが何でなのか・・・僕にはよくわからなくて・・・」
「・・・・・・」
「相談した人には、それが“好き”って事だって言われたけど・・・未だに僕は、好きだって言う実感がないし・・・」
「・・・・・・」
「で、でも!1つだけわかった事があって・・・。乃亜さんは・・・僕にとって特別な存在で・・・楽しい時も一緒にいたいとは思うけど・・・それ以上に、悲しい時に一緒にいたくて・・・」
「・・・・・・」
「きっと、一緒にいる事しか出来ないけど・・・安心して泣ける場所を作ってあげたいと思ったんです・・・」
「・・・・・・」
「あ・・・何か・・・すいません。訳わかんないですよね。ははは・・・僕も訳わかんなくなっちゃいました・・・」
「ふっ・・・」
「・・・乃亜さん?」
「あははは!」
「あの・・・」
「あはっ・・・ごめんごめん。」
「僕、変な事言っちゃいました・・・よ・・・ね?」
「ねぇ、新八くん?」
「はい・・・」
「今のって・・・告白?」
「え!?こ、告白・・・ですか!?」
「あ、自覚ないんだ?あはは!でもね、私には告白みたいに聞こえた。」
「あ、あの・・・えと・・・そんな・・・」
いっぱいいっぱいになりながらも、精一杯に伝えた僕の気持ち。
よくよく考えると・・・すごく恥ずかしい事を言ってしまったのだと、一瞬で顔が熱くなるのを感じた。
「あはは。・・・ありがと。」
「乃亜さん・・・」
「新八くんがそんな風に思ってくれてるの、すごく嬉しい。」
「はい・・・」
「じゃあさ・・・ちょっとだけ。肩、借りてもいいかな?」
「え・・・あ・・・」
僕が返事を返すより先に乃亜さんは隣に座って、肩に額を乗せた。
声は出してなかったけど、肩を震わせていたから泣いてるのはわかった。
「声・・・我慢しなくてもいいですよ。」
乃亜さんの方へ向き直ると・・・ぎゅっと抱きしめた。
堰を切ったように泣き出した彼女が、少しだけ愛おしく感じた。
(これが“好き”って事・・・?)
まだ、僕にはよくわからない。
しばらくして、泣き止んだ彼女が頭を擡げた。
真っ赤な目を、両手でゴシゴシと擦る姿が可愛くて笑ってしまった。
「あはは・・・はい、これ。」
「・・・ありがとう。」
彼女は、差し出したハンカチを恥ずかしそうに受け取った。
「やっぱり・・・」
「ん?」
「僕が乃亜さんの泣く場所にならないとダメみたいです。」
不思議そうにコッチを見る顔に、ニッコリと笑顔を返した。
「だって、乃亜さんハンカチ持ってないから。」
「あ・・・」
「乃亜さんがいつ泣いてもいいように、ハンカチ2つ持ち歩く事にしますね。」
顔を見合わせて笑いあったと同時に、5時間目終了のチャイムが鳴り響いた。
「今日は天気がいいから・・・もう1時間サボっちゃいましょうか!」
「うん!」
~完~