陸奥誕生日記念小説 【陸奥side】 | じゃすとどぅーいっと!

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陸奥誕生日記念小説 【Prologue】  / 【乃亜side】



彼は誰 ーかはたれー



「陸奥!おはよー!」


朝に弱く、よく寝坊する乃亜のために、毎朝欠かさず家まで迎えに行く。


「おはよう。・・・最近は、ちゃんと起きちょるのう。」


「えー?だって、学校行ったら坂本先生に会えるじゃん?寝坊なんてしてられないよ~♪」


そうなのだ。

ここ最近、乃亜は早起きになった。

少し前までは、迎えに来てもまだ寝ちょる事が多かったのに・・・


「・・・そうか。まぁ、いい事じゃ。」


「早く行こ!今日は1時間目、数学だよ!朝から坂本先生に会えるなんて幸せ~!」


「はいはい・・・」


今日も騒がしくなりそうじゃ。






「起立、礼、着席。」


「今日も皆、揃っちゅうようじゃのー!んじゃ、32ページ開いてー。」


斜め前に座っちょる乃亜を見ると・・・既に授業の内容は上の空。

すっかり先生に目を奪われちょる。


物好きと言うか何と言うか・・・変わり者ぜよ・・・

あんな男のどこがいいんかのう・・・


視線を正面に戻し・・・

ヨレヨレの白衣姿にモジャモジャした頭。

教師のクセにサングラスなんぞかけちょる、その男を見据えた。


その瞬間、ずれたサングラスの上から覗く藍色の瞳と視線がぶつかった。


「じゃあ、この問題を・・・陸奥!前に出てきてやってみるぜよ!」


目が合ったこと。

そして、あてられたことに驚きはしたが・・・数学は得意じゃ。

少しぐらい内容を聞いちょらんでも解け・・・


「先生。ここ、間違っちょるんじゃが。」


「お?・・・あはははは!ほんとじゃ!すまんのう!・・・コレで大丈夫じゃ!」


・・・ったく、先生がこんな調子でどうするんじゃ。

乃亜。やっぱり、おまんの趣味はおかしいぜよ・・・



予想通り、そんなに難しい問題でもなく。

チョークを置いて先生の方をチラッと見ると


「正解ぜよ!」


と、満面の笑みを浮かべる。


「わしの間違いまで見つけるとは、さすがじゃのー!」


そう言って、不意に手が伸びてきたかと思うと・・・

チョークに塗れたその手で、頭を撫でられた。


「っ・・・!」


・・・またこの感覚じゃ。

ドクン!と鼓動が跳ねたかと思うと、締め付けられるように胸が痛くなる。


「先生!陸奥の髪にチョークの粉ついちゃったじゃん!」


「あはははは!コッチの手じゃいかんのう!すまん、陸奥。今、掃うきに。」


さっきよりも1歩近づき、左手が髪に触れる間際・・・


(パンッ!)


気付けばその手を振り払っちょる自分がいた。


「・・・陸奥?」


俯いた顔を、不思議そうに覗き込んでくる。


それ以上、近づくな。

それ以上、見るな。

それ以上・・・触るな。


「どうかしたがか?」


「いや・・・具合が悪くなったき、ちょっと保健室に行ってくるぜよ・・・」


「じゃあ、わしが・・・」


「いい!・・・1人で行けるきに。」



静まり返った教室のドアを閉め、誰もいない廊下を歩く。


・・・何しちょるんじゃ、わしは。

たったあれだけの事で、心を乱されるとは・・・情けない。

そもそも、あんな男に・・・こんな・・・



そうこう考えているうちに、保健室へ着いた。


(コンコン)


「失礼します。」


「あら?どうしたんだい?」


「ちょっと気分が悪くて・・・」


「んじゃ、そこのベッド使って。一応、熱も計っときな。」


「・・・はい。」


先生から体温計を受け取り、ベッドに潜りこんだ。

真っ白な天井をボーっと見つめていると・・・さっきの光景が脳裏に蘇り、顔が熱くなるのを感じた。


「体温計、見せてみな。・・・んー、熱はないみたいだけど。」


「そうか・・・」


「でも、ちょっと顔が赤いわね?少し休んでなさい。」


「・・・幾松先生。」


「なぁに?」


「いや・・・何でもないき・・・」


「・・・悩みがあるなら聞くよ?口は堅いから安心しなさい。」


「悩み・・・ではないんじゃが・・・」


「もしかして・・・恋の相談?」


「別に恋とか・・・第一、あんな男の事なんて何とも・・・!」


「ふふっ!図星かい?」


「・・・・・・」


「その様子からすると、その人の事を好きだっていう自覚がないのかねぇ?」


「だから、好きじゃ・・・」


「でも、その人の近くにいるとドキドキするんでしょう?」


「胸が・・・痛くなる。」


「そして、気付けばその人の事を考えてしまっている。・・・でしょう?」


「・・・・・・」


「私にもあったねぇ、そんな時が。懐かしい~♪」


「・・・のう、先生?もし、百歩譲って・・・この気持ちが・・・こ、恋だとして・・・。」


「うん?」


「親友と・・・同じ相手に恋をしてしまった時は・・・どうしたらいいんじゃろうか?」


「・・・それは少し厄介ねぇ。・・・陸奥はどうしたいんだい?」


「・・・・・・」


「親友を思って身を引くとしても、自分の気持ちを貫き通すとしても・・・結局そこは自分で決めるべきなんじゃないかねぇ?」


「そう・・・じゃのう・・・」


「でも、一つ言えるのは・・・気を使って身を引くなんて真似しても、誰も喜ばないって事。親友が相手なら、尚更ね。」


「・・・・・・」


「あ、ごめんごめん。余計悩ませちまったねぇ。」


「いや・・・」


「まぁ、これも勉強だと思ってたくさん悩みなさい?いつでも相談にはのってあげるから。」


「じゃあ・・・もう1つ聞いてもいいじゃろうか?」


「どーぞ。」


「その・・・恋した相手が・・・・・・好きになってはいかん相手だったら・・・?」


「・・・学校の先生・・・とか?」


「・・・!」


「ふふっ。別に答えなくてもいいよ。そうねぇ・・・もし、学校の先生なんだとしたら・・・やっぱり反対する。だって、いくら好きだとしても“教師と生徒”って言う関係からは逃れられないもの。」


「・・・・・・」


「一緒にいるところを周りの人に見られたとして・・・きっと、責任を取らされるのは大人である教師の方なんだ。好きな人に迷惑かけたくないだろ?」


「ん・・・」


「・・・ま、これは教員って立場の私の意見だけどね。」


「え・・・?」


「ちょっと長い話になるけど・・・付き合ってもらえるかい?」


コクリと頷くと、ベッド脇にある椅子に腰をかけていた先生が、背を向けるようにしてベッドに腰を下ろした。


「今の陸奥と、ちょうど同じ歳の女の子の話だ。その子には好きな人がいた。でも・・・それは好きになってはいけない相手だったんだ。・・・どんな相手だと思う?」


「・・・先生?」


「そう。保健室の先生だったんだ。男の先生だなんて珍しいだろう?歳は20代後半で、顔もカッコよくて。何より、優しいんだ・・・すぐに女の子はその先生が好きになった。当然、ライバルも多かったけどねぇ。」


「そうじゃろうのう。」


「だから、女の子は頑張った。3年間、ずっと保健委員をやって・・・そして、念願叶ってやっと保健委員長になる事が出来た。」


「保健委員長?」


「保健委員長になると、放課後は毎日保健室に来て先生の仕事を手伝わなきゃならないんだよ。」


「そう言うことか・・・」


「だけど、いざ先生と2人きりになったら・・・緊張で顔も見れないし、話も出来ない。気持ちを伝えるチャンスなんていくらでもあったのに、結局何も出来ないまま5ヶ月が過ぎた。・・・勿体無いだろ?」


「はは・・・」


「そんなある日・・・先生は午後から用があっていないから、今日は委員の仕事も休みだって言われたんだ。毎日、先生を独り占め出来るその時間を楽しみにしていた女の子にとっては、それがすごく残念で。その日は1日中、ボーっと過ごしていた。そして、放課後になると・・・無意識のうちに保健室へ来てしまっていた。ドアを開けて、先生のいない保健室を見て・・・『私、何やってるんだろう?』って。でも、何となく帰る気にはならなかったんだ。先生が戻ってくるような気がして。」


「・・・待った?」


「待ってた事がバレるのが恥ずかしかったから、棚の整理とかしながらね。」


「で、戻ってきたがか?」


「うぅん。6時過ぎても戻って来なかったから、今日は諦めて帰ろうと思った。」


「そうか・・・」


「保健室から出ようと思って、ドアに手をかけた時・・・いきなりドアが開いてねぇ。その勢いで、ドアに手挟んじゃったのよ。痛くてその場に蹲ったら、意外な人の声が聞こえた。でもそれは、ずっと聞きたかった声。」


「・・・先生?」


「『大丈夫?ごめんね?』って手当てしながら何度も何度も謝ってくれて。その優しさと会えた嬉しさで、痛みなんてすぐに吹っ飛んじまってたんだけどねぇ。手当てが終わって、先生に『今日は戻ってこないんじゃなかったんですか?』って聞いてみたんだ。そしたら、『何となく君がいる気がして・・・来てみたらほんとにいるんだもん、ビックリしたよ。』って。」


「それって・・・」


「先生も自分の事想ってくれてるんじゃないかって・・・期待しちゃうだろ?だけど、その後に続いた言葉はこう。『君はほんとに保健の仕事が好きなんだね?保健室の先生にむいてるよ!』だって。鈍いって言うか・・・まぁ、気付かないのも無理はないんだけどね。」


「そうじゃのう・・・」


「それが何か悲しくて・・・逃げるように保健室から出ようとした。その時、先生は更に追い討ちをかけるような事を言ったんだ。『怪我が治るまで、しばらく放課後は来なくてもいいよ。』って。先生は、女の子を思って言ったんだけど・・・女の子はそう受け取れなかった。」


「・・・・・・」


「泣きながら先生に訴えたんだ。『来なくていいなんて言わないでください・・・。先生と2人でいられるこの時間が、私にとっては幸せなんです。私の幸せを・・・奪わないでください・・・。』って。」


「・・・先生は何て?」


「しばらく困ったような顔をしていたけど・・・真っ直ぐ女の子を見て『それは・・・こういう事でいいのかな?』って・・・抱きしめた。女の子は気付いてなかったんだけど・・・実は、先生も同じ気持ちだったのよ。『最初は、可愛い子だな・・・くらいにしか思ってなかった。だけど、一生懸命に委員の仕事をしてくれる君を見ているうちに、違う感情が芽生え始めた。3年間も保健委員を務めてくれたのは、僕に気があるからなんじゃないか・・・とまで思うようになってね。何度自嘲したかわからない。僕と君は、先生と生徒だから・・・こんな気持ち、許される訳ないって我慢してた。』って、少し切なそうに話してくれた。」


「それで?」


「・・・2人は付き合う事になった。当然、周りには秘密の関係だったけどねぇ。それでも、幸せだったのよ。『卒業したら結婚しよう』って約束もしてたしさ。」


「じゃあ、2人は・・・」


「結婚して、幸せに暮らしましたとさ。めでたしめでたし。」


「そう・・・か・・・」


「“好きになっちゃいけない相手”なんて、いる訳ないのよ。好きになる気持ちなんて、誰にも止められるものじゃないもの。」


「・・・・・・」


「だから、陸奥の思った通りにやってみなさい。自分が納得のいくところまでやれば・・・例えそれが実らなかったとしても、後悔しないでしょ?」


「・・・おう。・・・先生・・・ありがと。」


「ふふっ。陸奥もそんな可愛い顔で笑えるんだねぇ。素直になれば、きっとうまくいくよ!」


人からそんな事言われたんは、初めてじゃったき・・・

照れくさくて、頭まで布団をすっぽりかぶった。


(コンコン)


「失礼しま~す。」


「・・・乃亜?」


「陸奥、大丈夫?」


「おう。」


「そっか・・・よかったぁ。」


「ワザワザ迎えに来てくれたがか?」


「うん。だって、心配だったし・・・」


「すまんのう・・・」


「うぅん。それに、坂本先生が『陸奥に悪い事したんかのう?』って授業どころじゃなくなっちゃって!」


「先生が・・・」


「だから、『私が代わりに見てきます』って。」


「そうか・・・」


「じゃあ、陸奥も元気になった事だし2人とも教室に戻りなさい!」


「えー?今来たばっかりだよー?もうちょっと居させてくれてもいいじゃ~ん。」


「ダメよ。学生は勉強が本業でしょ?ほら、戻った戻った!」


「んー・・・仕方ない。陸奥、戻ろっか?」


「おう。・・・先生、ありがとうございました。」


「どういたしまして。」


「あ・・・最後にもう1つだけ質問してもいいがか?」


「何?」


「さっきの話の女の子・・・もしかして、幾松先生?」


「・・・さぁ?どうかしら?」


意味深な笑みを浮かべた先生に、もう1度頭を下げて保健室を後にした。



「ねぇねぇ、何の話?」


「何がじゃ?」


「さっきの話の女の子って・・・」


「あぁ・・・何でもないき。」


「えー?余計気になるじゃん!」


「ははは。」


「んもー!・・・でも、何か陸奥スッキリした顔してるね!」


「そうかのう?」


「うん。最近、ずっと悩んでるように見えたし・・・」


「・・・乃亜。」


「ん?」


「今日の放課後・・・ちょっと話があるんじゃが、いいかのう?」


「別にいいけど・・・どうしたの?改まって。」


「後で話すきに。」


「・・・そっか。」


この時は・・・すでに自分の気持ちが固まっていた。

どういう結末になろうと・・・後悔しないように。






そして放課後。

いつものように日誌を書いていると、掃除を終えた乃亜が教室に戻ってきた。


「ごめんね、遅くなって!」


「いや、ワシもさっき来たとこじゃ。」


「早いトコ終わらせて、どっか遊びに行こ♪」


「・・・その前に、話したい事があるんじゃ。」


「あ・・・そ、そうだったよね・・・。えっと・・・何?」


「実は・・・」


いざ乃亜を目の前にすると・・・なかなか言葉が出てこない。


「あの・・・」


「・・・・・・」


「す、すまんのう・・・何から話せばいいのか・・・」


「・・・・・・」


「えっと・・・」


「・・・大丈夫だから。」


「え・・・?」


「ちゃんと聞くから・・・。」


乃亜の真っ直ぐな視線から、何かを決意したような気持ちが伝わってくる。


「おう、わかった。」


そして、ようやく話す決心がついた。


「ワシには、好きな人がいるんじゃ。」


「・・・うん。」


「カッコイイ訳でも、頼り甲斐がある訳でもない。むしろ、その真逆な人間じゃ。」


「うん。」


「それに・・・立場的に、好きになってはいかん相手じゃ。」


「うん。」


「それから・・・ワシの大事な友達も・・・その人の事が好きでのう・・・」


「・・・・・・」


「最初は全然興味もなかったんじゃが・・・去年の学校祭の時。作業に時間がかかって、遅くまで残っていた日があったんじゃ。」


「私が用事で先に帰った日?」


「そうじゃ。9時近くなっちょったき、いい加減帰ろうと思って・・・片付けて、廊下を歩いとったんじゃ。そしたら、後ろから声をかけられた。」


「もしかして・・・」


「『こんな時間まで残っちょったがか?1人で帰るんは危ないき、ワシが家まで送ってやるぜよ。』って。断ったんじゃが・・・『女子をこんな時間に1人で帰らせるんはワシが心配じゃき・・・送らせてくれんかのう?』なんて言われてのう。おまけに、手まで繋がれてしまったき・・・断るに断れんかった。」


「・・・先生らしいね。」


「さり気なく車道側を歩いてくれる優しさとか、繋がれた手の大きさとかにドキドキして・・・その日から、気付けば目で追うようになっちょった。」


「そっか・・・」


「好きだって自覚したのはついさっきじゃったが・・・」


「・・・自覚してなかったんじゃなくて、認めたくなかったんじゃない?」


「・・・やっぱり・・・そう思うかのう・・・。わしもそんな気がするぜよ。」


「はは。陸奥らしいね。」


「そうかのう・・・」


「でも・・・それはきっと私のせいだよね。」


「・・・何でじゃ?」


「私が先に好きだとか言ったから、陸奥は言えなくなっちゃったんだよね?」


「いや、乃亜は悪く・・・!」


「私ね、知ってたんだ。」


「な・・・」


「陸奥が、ずっと前から坂本先生の事見てたの。」


「乃亜・・・」


「『どこがいいんだろう?』なんて思ってたけど・・・結局、私まで坂本先生を好きになっちゃって。」


「・・・・・・」


「だから、あの時・・・ワザと言ったの。牽制するために。・・・最低だよね。」


「いや・・・」


「そうやって言ったら、陸奥はきっと遠慮するって。実際、陸奥は何も言わなかったし。」


「・・・・・・」


「だから、陸奥が気にする事は何もないよ。むしろ、私の方がごめんね?」


「そんな・・・」


「遠慮してないで、先生のとこ行っといで!」


「でも・・・」


「決めたんでしょ?」


「・・・おう。だけど・・・」


「陸奥が玉砕したら、次は私の番だからね!陸奥は特攻隊長ってことで♪」


「乃亜・・・ありがとう。」


「何言ってんの!それは、坂本先生と付き合う事になったら言ってよね~!」


「・・・ありがと。」


「ほら、早く早く!日誌は私が書いて出しておくから。」


きっと乃亜はすごく無理して・・・精一杯の気持ちで笑顔を見せてくれちょるんじゃろう。

大事な友達だからこそ・・・その気持ちを無下には出来ん。


乃亜に聞こえないようにもう1度お礼を言って、教室を飛び出した。



先生がどこにいるか・・・わかってた訳じゃない。

じゃが、足は自然に屋上へと向かっていた。


あの日・・・星空を眺めて楽しそうに微笑んだ先生の横顔が思い浮かんだから。


(バン!)


勢いよくドアを開けると、天を仰いでいた横顔が驚いたようにコッチを向いた。


「陸奥・・・?なんぞあったがか?そんなに急いで・・・」


「先生・・・」


「身体の方はもう大丈夫かのう?あん時、ワシは気に障ることでもしたんじゃろうか?」


ドアの前で立ち尽くしちょると、先生は心配そうな表情で近づいてきた。


「違う・・・アレは・・・」


「陸奥?」


覗き込んでくるその顔に、心臓が跳ね上がる。


「せんせ・・・ワシは・・・」


伝えたい言葉の代わりに、次々と流れ落ちる涙・・・

それを見た先生は、笑顔で頭を撫でてくれた。


「ゆっくりでいいきに。落ち着くまで、ワシがこうしててやるきに。」


その優しい声と、大きな手に・・・少しずつ気持ちが落ち着くのがわかる。


「・・・先生。」


「何じゃ?」


「ワシは・・・先生が好きじゃ。」


「陸奥・・・?」


「好きなんじゃ。あの日から・・・ずっと・・・」


最初は驚いていたが・・・どんどん表情が曇っていくのがわかった。


「陸奥・・・ワシとおまんは、“教師と生徒”じゃ。」


「わかっちょる・・・」


「じゃから、おまんの気持ちには応えてやる事は出来ん。」


「わかっちょる!でも・・・、好きなモンは好きなんじゃ!もう・・・止められん・・・」


再び溢れ出た涙を隠すように、先生に背を向けた。

さっきの言葉と、困った表情が頭から離れなくて・・・胸が痛い。


「はぁ・・・」


後ろで聞こえた大きな溜め息に、これ以上何も出来ない事を悟った。


いいんじゃ・・・

気持ちを伝えられただけで、満足ぜよ。

もともと付き合える確証なんてどこにも・・・


「え・・・?」


切ない気持ちに言い聞かせるように、色々と考えていた次の瞬間・・・フワッと後ろから温かいものに包まれた。

何が起こったのかわからず、頭ん中が真っ白になる。


「無理じゃ無理じゃ!いい先生で終わろうと思っちょったが・・・ワシには無理じゃ!それに、好きな相手のこんな可愛いトコ見せられて・・・我慢できる訳ないぜよ。」


「せん・・・せ?」


「陸奥。ワシも・・・おまんが好きじゃ。ずっとおまんが気になっとったんじゃ。」


「ずっと・・・?」


「入学してすぐの頃・・・おまん、中庭で桜の木眺めちょったじゃろ?」


「・・・お、おう。」


「その時の横顔がビックリするほど綺麗でのう・・・。思わず見惚れてしまったんじゃ。一目惚れってヤツじゃのう!あはははは!」


その言葉に、みるみる頬が赤くなっていく。

顔を見られてないのが、救いじゃ・・・


「あの日・・・陸奥と一緒に帰った日。ほんとに嬉しかったんじゃ。・・・でものう。帰り道、ふと考えてしまったんじゃ。」


「何を・・・?」


「『“教師と生徒”って言う立場で、ワシとおまんがそれ以上の仲になって・・・ほんとに陸奥を幸せに出来るんじゃろうか?』ってのう。」


「・・・・・・」


「じゃから、ワシはこの気持ちを抑える事にした。・・・んじゃけど・・・」


「・・・?」


「陸奥が一生懸命伝えてくれた気持ちを受け取らんなんて、ワシには出来ん!アレコレ考えるのは、ワシらしくないぜよ!あはははは!」


「先生・・・」


「おまんは絶対、ワシが幸せにしてやるき・・・心配せんで、ついてきてくれればええんじゃ。」


「・・・はい。」


「陸奥・・・」


抱きしめていた腕を離すと、肩に手を置き向き合うような体勢になった。


「好きじゃ・・・陸奥。」


「ワシも・・・」


言い終わらないうちに、先生の口唇が重なった。


もっと、近づきたい。

もっと、見て欲しい。

もっと・・・触れて欲しい。



これから先、辛い事や悲しい事もあるじゃろう。

でも、ワシを包んでくれるこの笑顔があればきっと大丈夫。

この人の隣で笑っていられる。


温かい腕の中で、永遠の愛を誓い・・・

再び重なった口唇に、永久の幸せを願う。



「先生・・・大好きじゃ・・・」



                                     ~完~