Sの意味
恋する乙女は兎印
(神楽side story)
特別な日だけの素直な気持ち (総悟side story)
↑コチラを読んでからの方が話がわかりやすいかと思われます。
真選組屯所にて。
「何を意識する事があるんでさァ・・・」
朝から落ち着かない様子の少年が一人。
同じ頃・・・
万事屋銀ちゃんにて。
「何をこんなに意識してるネ・・・」
朝から落ち着かない様子の少女が一人。
「3月14日、土曜日・・・ただそれだけでさァ。」
「3月14日、土曜日・・・ただそれだけアル!」
まるで、自分に言い聞かせるように繰り返す。
「ホワイトデーなんて、知ったこっちゃねぇですぜィ・・・」
「ホワイトデーなんて、知ったこっちゃないネ・・・」
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その日、少年はいつものように見回りをしていた。
・・・いや。
見回りをしているフリをして、今日もサボるために公園に来ていた。
少年の名は、言わずと知れた・・・真選組一番隊隊長 沖田総悟。
昼寝をしようといつものベンチへ向かったのだが、そこには先客が居た。
「チッ・・・邪魔な奴らでさァ、ったく・・・」
先客とは、1組のカップルだった。
総悟は、その様子を遠くから見つめていた。
どうやら、バレンタインのお返しに男が女へプレゼントを渡しているようだ。
箱の中身は、ペンダント。
受け取った女はそれを身に付け、喜んだ。
涙を零すほど。
男は女を優しく抱きしめる。
そして、見つめ合った2人は口付けを・・・
「はーい、そこの2人ー。猥褻物陳列罪で逮捕するー。」
「えええええ!?ちょっ・・・!」
「嫌ならさっさと消え失せな。」
いい雰囲気をぶち壊されたカップルは、不満そうに荷物を手に取った。
「なんなら、これからもずっと一緒にいれるようにしてやってもいいんですぜィ?」
そう言って笑みを浮かべた総悟は、バズーカを構える。
2人は慌てて公園から出て行くのだった。
「人前であんな事出来る奴らの気が知れませんぜ、まったく・・・これだから、最近の若者はダメなんでさァ。」
「総悟・・・お前、歳いくつだ?」そう問いたくなるような発言。
だが、いつになく不機嫌そうな顔をしている今の彼には言わないでおいた方がいいだろう。
「ホワイトデーが何だってんでさァ・・・」
空いたベンチに寝転がる。
「俺には関係ねぇ・・・・・・訳じゃねぇですけど・・・」
脳裏には一人の少女の顔が浮かんでいた。
初めて、姉以外からチョコを受け取った相手・・・
「アイツもあんな顔して喜ぶんですかねィ・・・」
しばらく空を眺めていたが、やがて意を決したように立ち上がる。
「・・・やっぱ・・・渡すべき・・・か。」
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その日、少女はいつものように公園へ来ていた。
定春の散歩のためだ。
・・・とくれば、もちろんこの少女の名は神楽。
仕事の予定もなく、する事がなかったので、定春を連れて出歩いていた。
公園では、子供たちが遊んでいる。
ふと、ブランコの方に目をやると男の子と女の子が話をしていた。
ブランコまでは少し距離があるので話の内容までは聞こえなかったが、遠目に見ている神楽からでも大体の内容は理解できた。
何故なら、男の子がポケットから小さな包みを取り出し、女の子に渡していたから。
「今日はホワイトデーだったアルな・・・」
朝から意識してソワソワしていたのだから、知らなかった訳ではない。
ただ、その気持ちを隠したくて自分に言い聞かせるように言ったのだ。
「べ、別に私には関係ないネ!バレンタインだって、誰にもチョコあげなかった・・・訳じゃないけど・・・」
脳裏には一人の少年の顔が浮かんでいた。
初めて、チョコを渡した相手・・・
「でも・・・アイツがそんな事する訳ないネ!」
首を左右に振り、定春めがけて走り出す。
「定春ー!私と競争するアル!」
「わんっ!」
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公園を後にした総悟は、駄菓子屋の前に来ていた。
「・・・・・・」
駄菓子を見つめる目は真剣そのもの。
(何がいいかねィ・・・やっぱ・・・)
そう思って手に取ったのは『酢こんぶ』。
(無難に好きなもの買うのが一番でさァ。)
酢こんぶを一つ買い、駄菓子屋を出る。
「何か・・・ひねりがねぇや・・・」
相手の好物を買ったはいいが、普通すぎてどうも納得がいかない。
「そうだ・・・」
懐からマジックを取り出すと、酢こんぶの箱に大きな“S”の文字を書く。
「これでよし。」
満足げに微笑み、そのまま渡す相手がいるであろう公園を目指した。
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「はぁっ・・・はぁっ・・・!」
「はっはっはっ・・・!」
「っはぁ・・・かなり走ったアルな!いい運動になったネ!」
「わんっ!」
競走を始めた神楽と定春は、いつの間にか公園を飛び出しとある場所に来ていた。
その場所とは・・・公園。
い、いや・・・さっきいた公園じゃなくて。
遊具がない上に街から少し離れているため、人がほとんど来る事はなく。
昼寝にはうってつけのあの公園だ。
「こんなところまで走ってきたアルか・・・」
「この場所に来たい!」と言う想いがそうさせたのか・・・無意識のうちにここまで走ってきてしまっていた。
恐る恐る公園に足を踏み入れる。
そして、ベンチを見た。
・・・誰もいない。
(いない・・・アルか・・・)
会いたいような会いたくないような複雑な心境。
「・・・別に、会う必要なんてないネ。・・・行くよー、定春。」
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「どこ行きやがったんでィ・・・」
あの後、公園へ向かった総悟だったが・・・
公園では子供たちが遊んでいるだけで、少女も大きな白い犬も見つからなかった。
それからいろいろなところを探したが、結局見つからずじまいで・・・
そろそろ屯所に戻らなければならない時間になってしまった。
「ったく・・・だから嫌なんでさァ。女って奴は・・・」
一人愚痴りながら屯所への帰路につく。
そして、堤防に差し掛かった時・・・
向こう側の土手に白い大きな塊と、その横に赤い小さな塊が見えた。
「あれ・・・」
来た道を引き返し、橋を渡って反対側の土手に回った。
「こんなところで何してやがんでィ・・・」
そこにいたのは、神楽と定春。
走りつかれたのか、眠ってしまっていた。
「・・・オラ、起きな。」
「ん・・・ん~・・・もうご飯アルか?」
寝ぼけ眼を擦りながら起きた神楽は、目の前にいた意外な人に目を丸くさせた。
「なっ!何でお前がココにいるネ!」
「何でって・・・たまたまでさァ。」
「たまたまでこんなところに来る訳ないネ!」
「一応、俺も真選組なんでねィ?こんな時間にうろついてるガキを見過ごす訳にはいかないんでさァ。」
「ガキって・・・お前に言われたくないネ!それに、自分の身ぐらい自分で護れるアル!」
「・・・・・・風邪ひかねぇよう心配してやってんでィ。ちったァ感謝してもらいたいもんでさァ。」
「っ・・・!お前に感謝するくらいなら、ゴキブリに感謝した方がマシネ!」
「そうかィ。」
「定春!帰るアル!」
「わん!」
「・・・待ちな。」
その瞬間、隊服のポケットから取り出した箱を神楽に投げた。
「何アルか・・・!・・・酢・・・こんぶ?」
「アンタにやりまさァ。」
「何で・・・あ!さては毒でも入ってるアルな!」
「そんな事しやしねぇぜ。」
「じゃあ・・・」
「お返し・・・ってヤツでさァ。」
「お返し・・・?チョコの・・・?」
「他に何があるんでィ。」
「え・・・」
「・・・・・・」
「・・・がとう。」
「あ?」
「な、何でもないネ!」
「俺に感謝するくらいなら、ゴキブリに感謝する方がマシなんじゃなかったんですかィ?」
「お前、聞こえてんなら聞き返すんじゃねぇよ!恥ずかしいんだぞコノヤロー!」
「・・・・・・」
「お返しなんて貰えないと思ってたネ・・・」
「・・・俺は、借りを作るのが嫌いなだけでさァ。」
「・・・この“S”って何アル?すーぱーアルか?すぺしゃるアルか?」
「違いまさァ。」
「じゃあ、すっぱい・・・あ!サドの“S”アルか!」
「・・・そういう事にしておきなせェ。」
「な!教えろよ!」
「知りたいですかィ・・・?」
「だから教えろつってんだろうが!」
「・・・・・・」
「・・・・・・」
「・・・・・・・・・き。」
「・・・え」
「死ねの“S”でさァ。」
「・・・お前が死ねコノヤロォォォ!もう、帰るアル!」
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定春を連れ、橋を渡る神楽を総悟はずっと見ていた。
「聞こえてなきゃ・・・いいんですけどねィ・・・」
そう言いながらも、どこか満足気な表情をしている。
一方、神楽は・・・
「アレは・・・聞き間違いだったアルか・・・?でも・・・確かに聞こえたネ。
『スキ』
って・・・。アイツが・・・私を・・・?」
自分で言って、顔が赤くなるのを感じる。
そして、受け取った酢こんぶの“S”の文字を見つめた。
「サド・・・総悟・・・・・・好き・・・」
恥ずかしさと嬉しさでニヤける。
その顔を定春が覗き込んだ。
「定春?銀ちゃんと新八には内緒アル!」
「わんっ!」
~完~