彼は一度僕を自分のアパートに招待してくれた。井の頭公園の裏手のあるちょっと不思議なつくりの平屋だてのアパートで、部屋の中は画材やキャンパスでいっぱいだった。絵を見たいと僕は言ったが、恥ずかしいものだからと言って見せてくれなかった。我々は彼が父親のところから黙って持ってきたシーバスリーガルを飲み、七輪でししゃもを焼いて食べ、ロベールカサドゥシェの弾くモーツァルトのピアノコンチェルトを聴いた。
彼は長崎の出身で、故郷の町に恋人を置いて出てきていた。彼は長崎に帰るたびに彼女と寝ていた。でも最近はなんだかしっくりといかないんだよ、と言った。
「なんとなくわかるだろ、女の子ってさ」と彼は言った。「二十歳とか二十一になると急にいろんなことを具体的に考えはじめるんだ。すごく現実的になりはじめるんだ。するとね、これまですごく可愛いと思えていたところが月並みでうっとうしく見えてくるんだよ。僕に会うとね、だいたいあのあとでだけどさ、大学出てからどうするのって訊くんだ」
「どうするんだい?」と僕も訊いてみた。
彼はししゃもをかじりながら頭を振った。「どうするったって、どうしようもないよ、油絵科の学生なんて。そんなこと考えたら誰もアブラになんて行かないさ。だってそんなところ出たってまず飯なんて食えやしないもの。そういうと彼女は長崎に戻って美術の先生になれっていうんだよ。彼女、英語の教師になるつもりなんだよ。やれやれ」
「彼女のことがもうそれほど好きじゃないんだね?」
「まあそうなんだろうな」と伊東は認めた。「それに僕は美術の教師なんかなりたくないんだ。猿みたいにわあわあ騒ぎまわるしつけのわるい中学生に絵を教えて一生を終えたくないんだよ」
「それはともかくその人と別れた方がいいんじゃないかな?お互いのために」と僕は言った。
「僕もそう思う。でも言い出せないだよ、悪くて。彼女は僕と一緒になる気でいるんだもの。別れよう、君のこともうあまり好きじゃないからなんて言い出せないよ」
僕らは氷を入れずストレートでシーバスを飲み、ししゃもがなくなってしまうと、キウリとセロリを細長く切って味噌をつけてかじった。キウリをぽりぽりと食べていると亡くなった緑の父親のことを思いだした。そして緑を失ったことで僕の生活がどれほど味気のないものになってしまったかと思って、切ない気持になった。知らないうちに僕の中で彼女の存在がどんどん膨らんでいたのだ。
「君には恋人いるの?」と伊東が訊いた。
いることはいる、と僕は一呼吸置いて答えた。でも事情があって今は遠く離れているんだ。
「でも気持は通じているんだろう?」
「そう思いたいね。そう思わないと救いがない」と僕は冗談めかして言った。
彼はモーツァルトの素晴らしさについて物静かにしゃべった。彼は田舎の人々が山道について熟知しているように、モーツァルトの音楽の素晴らしさを熟知していた。父親が好きで三つの時からずっと聴いてるんだと彼は言った。僕はクラシック音楽にそれほど詳しいわけではなかったけれど、彼の「ほら、ここのところが――」とか「どうだい、この――」といった適切で心のこもった説明を聴きながらモーツァルトのコンチェルトに耳を傾いていると、本当に久しぶりに安らかな気持になることができた。僕らは井の頭公園の林の上に浮かんだ三日月を眺め、シーバス・リーガルを最後の一滴まで飲んだ。美味い酒だった。
(村上春樹 ノルウェイの森 より引用)