皆さん、こんにちは。



お兄さんのために必死に生きてきたゆうさんでしたが、急遽お兄さんは入院することになってしまいました。



完全な引きこもり生活となったゆうさんは、その後どうしたのでしょうか。



早速見ていくことにしましょう。


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兄が入院してから、私は暫く親とも外の世界とも遮断していました。




兄から受けたゲーム依存の傾向もなかなか取ることが出来ず、私は兄が離れたのに兄と居た生活に執着していました。




いつまでもその洗脳状態から抜け出せない私を、どうにかしようと立ち上がり行動してくれたのは母でした。




兄の居た自宅からいったん離れて母の母親(私から見たら祖母)が住んでいる家へ母と私で一時期住むことにしたのです。




祖母も受け入れてくれて、私は暫くの期間ずっと引きこもっていた自宅から離れることができたのです。




私はこの時、人に会うことなど恐くて到底できず、外出して“ただ楽しむ”ということが出来ない状態でした。




そもそも“楽しい”という感情さえ当時はよく分からなくなっていました。




そんな私を母は「今は無理に人に会わなくてもいいから、車でドライブに行ったり自然のある場所に行こう。」と少しずつ外の世界へ慣れる様に、何度も何度も連れ出そうとしてくれました。




最初は私はそれさえも受け入れることが出来ずに「ゲームを買わないと!!お兄ちゃんが待ってる!!!」とパニックになって祖母の家で叫んだり、泣いたり、怒ったり取り乱していました。




それでも母は「もうあの生活は終わったの、ゆう。ゲームはもう買わなくていいの。ゆうもいい加減目を覚ましなさい。もうあの生活から、洗脳から離れるのよ。」と何度も私に言っていました。




何度もそのやりとりを繰り返しているうちに、ある日私は「外に行きたい…」と思えるようになり、人気のない公園や山に、母や祖母と出かけるようになっていったのです。




今思っても、本当にこの時期は母にとって根気のいる作業だったと思います。




公園に行っても、人が居れば車の中から出れなかったし、人が居なくなるまで何時間もずっと車の中で待機したり、やっと少し公園の入り口付近まで出れたかと思ったら、人が来るとすぐ帰ったり…本当に少しずつ、少しずつと外に慣れるまでとても長い時を必要としました。




私は“ただ楽しむ”ということも困難だったため、外にドライブに行って楽しい気分になってきても“楽しんではいけない”と勝手に頭がそう働いてしまい楽しむことが出来ませんでした。




ある日、母と飼っているななと一緒に山にお出かけしに車で行った時、母が「ゆう、風が気持ち良いから、窓開けてみたら?」と窓さえも恐くて開けられない私に声掛けをしてくれました。




最初は「嫌だ、恐い」と私は駄々をこねましたが、外の風を感じてみたくて、思い切って車の窓を開けて、少し顔を出しました。




とても、心地よかった。




なんだかよく分からないけれど“平和”を感じた私は、あまりに嬉しくて穏やかな気持ちになり、幸せを感じました。




けれど、次の瞬間、私の目に風と混じって虫が入ってしまったのです。




私は一気に窓を閉めて、さっきの幸福感など消し去ってパニック状態に陥りました。




母がなだめてくれても、「だから窓なんて開けたくなかったんだ!!」と楽しい雰囲気を自ら壊していきました。




私は、兄との生活で、“楽しいことが起こると必ず嫌なことが起こる”、“幸せの後には必ず不幸が待っている”と脳に染みついてしまっていました。




だから、虫が目に入った、そんな些細なことでも“幸せな時間はやっぱり簡単に崩れるんだ…私は幸せを感じちゃいけないんだ”そう思ってパニックになってしまったのです。




母は、私のその感覚をよく理解していました。




だから母の対応は落ち着いていました。「ゆう、今日はたまたまそうゆう日だっただけだよ。帰ったら目をゆすごうね。」と言ってくれました。




私は帰ってからも虫が目の中に入った事実にパニックになり泣いていました。




母は洗面器に水を入れたのを持ってきて「ゆう、これでまずは目をゆすいだら?大丈夫だから」となだめてくれました。




それでも私は「嫌だ!嫌だ嫌だ!!出来ない出来ない!!虫が虫が!!怖い怖いよ!!」と混乱状態でした。




すると母は「ゆう、じゃあ、ゆうが勇気出して洗面器の水で目を洗って虫が取れたら、偉いねって500円あげるから、やってごらんよ」と少し笑いながら違うアプローチをかけてきました。




私は一瞬「500円?」と変わった提案に笑って反応してしまいました。




すると心が少しほぐれて「500円もらえるなら頑張る!」と不謹慎な理由ではありますが、気持ちを切り替えて水の中に目を入れて虫を取ることが出来たのです。




私が外の世界へと慣れるまでの道のりは、本当に長くて地道で根気のいる内容ばかりでした。




進んだかと思えば後ずさり、またもや進んだかと思えば後ずさり…その繰り返しの日々でした。




1mずつでも進めれば、よしとしよう、そんな毎日を送り私は次第に少しずつ、でも確かに外の世界へと足を踏み入れ始めることが出来てきたのです。




この作業に関わってくれた今は亡き祖母にも、そして根気強く、諦めずに外の世界へと行けるように協力してくれた母には、今でも心から感謝しています。



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