太閤殿下
不如帰家康、信長と並ぶ方と言えば、豊臣秀吉でしょう。最近、この方について見方が変わりつつあります。信長は僕と同じ、平家の血筋。家康は、源氏の流れを組む坂東武士と言われている(諸説あり)しかし、この豊臣秀吉だけは武士ではない。皆さんもご存知のとおり、百姓の出なのだ。他の二人と違い、武家の出ではないから、武家のいわゆる教育を親から受けていない。武家の作法、茶の湯の作法もすべて、生きる術として真剣に学び、楽しんだそうだ。そして、この百姓の倅は、歴代でも稀に見る関白の位につくのだ。国の実権を握る天皇であり、征夷大将軍としてその地位は関白より遥かに低い。なにせ、関白は天皇の2番目に偉い(?)地位にあるのだ。藤原氏が栄えた平安時代、関白は摂政政治の中心として天皇以上の権力を有していた。もちろん、関白になるためにはそれなりの血筋が必要なのだ。成り上がりかもしれないが、秀吉は弱体化した朝廷の関白の血筋に当たる公家に養子入りし、関白の職を権力で手に入れた。武家の出はないため、征夷大将軍にはなれなかった、秀吉。しかし、臆することなく、諦めることなく、その遥か上の位にある関白という地位を得た。ここに学ぶものが多々ある事に今更ながらに気づいた。夢は途方もなくでかくていい。そしてそれを掴めると自分を信じて邁進する事。決して諦めない事。目的達成のために手段を選ばない事。などなど、改めて秀吉という人物の大きさに感嘆した。秀吉のスケールが大きかったのは、もともと武家でも公家でもない自由人である事だったのだろう。何も持たないものは何ものにも縛られる事なく、自由な発想と行動が出来る。常識など覆るもの。豊臣秀吉、それを教えてくれた大恩人である。